17. ハイハイは危険 1
ソルテスと暮らし始めて半年があっという間に過ぎた。歯もまだ生えきっていないけどしっかりしてきたし、そろそろ大人と同じものが食べられるんじゃないかと思う。噛むのが下手だから工夫が要るけど。あと、寝返りがうてるようになったからか、ベッドの上をごろごろ転がったり、腹ばいになってずりずりとほふく前進したりして結構活発に動いてる。言葉の方も、簡単な念話なら使えてるし、魔法具から聞こえるロクセル語の子守唄に合わせてあー、だー、と声を上げているから、多分覚えてくれるんじゃないかな。
そんなある日、ソルテスが肘をついてほふく前進していた。足が水揚げされた魚の尾のように、バタバタとしか動いてないのがちょっと面白い。
「だー」
『がんばれー』
ソルテスのベッドは動き回れるように多少大きめに作ってあるから、最近は毎日ベッドの上でやんちゃしてる。ふと見ると頭の位置が上下逆だったり、ベッドの柵に頭ぶつけて泣いてたり、シーツがくしゃくしゃになってたり、おもちゃがベッドの下に落ちてたり・・・。拾ったばかりの頃は、ミルクとおしめを除いてずっと寝てたから、今のやんちゃぶりが信じられない。
エリナさん遊びに来たら驚くだろうな。
ソルテスがベッドの上端へとずりずり近づいていく。肘で身体を引きずってる分いつもより速いかも。あ、そっちは・・・。
ゴチン、と鈍い音がした。
ここ最近は同じことを何度も繰り返しているから、もう取り乱さない。固まっているソルテスの側に近づくと、ひょいと抱き上げる。その途端、ソルテスは泣き出した。
「びぇぇぇぇぇ!」
『あー、痛かったねー。痛いねー』
額より少し上の所にある前髪が、少し盛り上がっている。ちっちゃいけど、たんこぶできてるな。
『痛いの痛いの、飛んでけー』
「えぇぇぇえええぇぇぇぇっ・・・ふぇぇぇ」
たんこぶを軽く擦りながらあやすと、少しずつ泣き声が収まってくる。ソルテス、動くとき全力だからな。もうちょっと加減できるようになれば良いんだけど、赤ん坊にそれは酷だね。
『もう痛くないよー』
「えっ・・・ぅえっ・・・」
まだ愚図っているソルテスの目の前に、魔術を用いてベッドの中に置いてあった自作のマラカスを出現させる。カラカラとなる音と、目の前に突然マラカスが現れるという現象に、ソルテスは泣くのを止めた。
『ほーら、カラカラだよー』
「だー」
ソルテスはマラカスを握り、思いっきり振った。カラカラという音と共に、僕の腕や胸、首、肩に衝撃が加わる。
「キャッキャッ」
『・・・良かったねー』
ソルテス、僕に当たってるよ。・・・痛くないから良いけどさ。
それから数日後、ソルテスの動きが突然速くなった。よくよく観察すると、後ろ足が上手に前後移動できるようになったみたいだ。そのおかげで移動速度が上がったんだろう。それに応じてベッドの柵にぶつかる回数も一度に増え、僕は一日の殆どを慰めて過ごしている。
『・・・そろそろ、ソルテスを遊ばせる部屋がいるかな』
「びぇぇえぇぇええ!」
今度は後頭部にたんこぶをこさえたソルテスをあやしつつ、僕は溜息をついた。
僕の家には居間と台所、自分の部屋しかない。浴室や作業用の部屋は家の外にもう一軒小屋があるけど、そちらで遊ばせるには置かれているものが危ない。剣とか薬とか普通に置いてあるから、ソルテスが動き回って落ちてきたりしたら困る。それに、家と小屋は土足で出入りしてるから、赤ん坊を這わせるなんてできない。
やっぱり、土足厳禁の別室を増築するしかないか。うーん・・・増築か。できないことはないんだけど、今冬だからなぁ・・・。まだ雪は降ってないけど、外は寒い。家の中を増築するには家の壁に穴を開けないといけないけど、それで寒い空気が入ってきてソルテスが風邪引いちゃうと困るし・・・。でも、このまま毎日泣かせ続けるわけにもいかないし・・・。
一人で考えてても、埒が明かないな。誰かこういったことに詳しい死霊、エリナさん以外に居なかったかな・・・。
『・・・・・・あ』
一人思いついた。リーベルのラナおばさんなら、良い対処法考えてくれるかも。
都合がつけば、明日辺り行ってみよう。
読んでくださり、ありがとうございます。




