11. 言葉の壁(後編)
「俺が交渉するから、何か買いたいものがあったら俺だけに念話しろ」
『はい』
道具屋の前で買う物の確認と取り決めを交わし、僕達は道具屋に入った。
相変わらずたくさんの物があって思わずゆっくり見たくなるけど、ディングさんに続いて奥のカウンターへと向かう。
「お、神官さんじゃないか。久しぶりだな」
この間の店主―――アーノルドさんがにこやかにディングさんに声をかけた。
「ああ、ちょっと用事があってな」
「何か必要なものでも?」
「ああ」
そこまで言って、ディングさんは僕の方に視線を向けた。それに釣られて、アーノルドさんも僕を見る。
そして目を僅かに見開いた。
「おや、この間の」
「知り合いなのか?」
「いんや。前にウチで哺乳瓶買って行ったお客さんだよ。神官さんの知り合いだったのかい」
「まあな」
アーノルドさんは僕を見て、抱かれたソルテスの姿に目を細める。
子ども、好きなのかな?
「今日は赤ん坊も一緒かい。ゆっくりしていってくれよ」
嬉しそうに言うアーノルドさんに、僕はペコリと頭を下げた。
「で、何が入用だい?」
「こいつ・・・シルトって言うんだが、赤子を風呂に入れたいんだと」
「なるほど。じゃあ、石鹸が欲しいんだね」
アーノルドさんの言葉に、こくりと頷く。流石商人。よく分かるな。
「うーん・・・赤ん坊にウチの石鹸は少しキツいかもしれないな」
「肌が荒れにくいのはないか?」
「そんなのお貴族様じゃないと使わないから、あいにく取り扱ってないね。取り寄せはできるけど、早くても2ヶ月はかかる。そんなに待てないだろう?」
言われて、曖昧に頷く。石鹸がイマイチなら、自分で作ろうかな。
・・・いっそ、ちょっと遠出をして近くの都市まで行こうか。
そんなことを考えていると、ディングさんから微妙に険しい視線を頂いてしまった。
やっぱりダメか。
「かなり薄めて使ってくれれば使えないこともないがね。どうする?」
他に選択肢がないので、頷いておく。ついでに指を1つ立てた。
「はい、1個ね。ありがとう。他には?」
アーノルドさんの視線が僕からディングさんに移る。
「羊毛ってあるか?」
「また、微妙なものを欲しがるね。ないことはないけど、ちょっと値が張るよ」
そうだよね。今夏だもん。羊を飼ってる農家は秋に毛狩りをするから、去年の残りがないとお店に売っていないし、保存しておいた分高くなる。
でも、お金はあるし、ソルテス置いて野性の羊の毛狩りにいけないから、売ってくれるなら多少高くても嬉しい。
何度か頷くと、アーノルドさんに苦笑を向けられた。
「金払いの良いお客さんは大歓迎だよ。それで、どれ位要るんだい?」
「赤子のベッドを作るくらいだそうだ」
「じゃあ、そんなにたくさんは要らないね。他にはあるかい?」
「本が欲しいんだと」
ディングさんの言葉に頷く。
この間も買ったけど、ソルテス用に絵本も欲しいし、もう少し詳しい言語や文化の本も欲しい。
「本か・・・そんなに種類はないけど、この辺でどうだい?」
そう言ってアーノルドさんが取り出したのは、10冊の図鑑だった。魔物図鑑から薬草図鑑、鉱物図鑑、料理図鑑まで揃っている。図鑑はかなり詳しく、挿絵つきで、この国の言葉で書いてある上、学名については他の国の言葉でも記載されていた。
・・・これなら、僕でも理解できるな。語学書代わりにもなる。
『全部欲しいです』
こっそりディングさんに念話で伝えると、呆れた顔を向けられた。
「・・・・・・全部でいくらだ?」
「全部買うのかい!? ・・・まあ、そのお客さんなら可能だろうね。丁度高くて長いこと売れてなかったから、サービスするよ」
そう言ってアーノルドさんは石鹸と羊毛も入れて全部でシャーリー銀貨5枚と言ってくれた。・・・僕が古貨しか持ってなかったのを覚えていたみたいだ。
今日はセゼル金貨は置いてシャーリー銀貨しか持ってこなかったから丁度いい。
本の数を考慮しても破格の値段だし、頷いてシャーリー銀貨を5枚渡す。
「はい。ありがとう」
「店主、もう一個良いか?」
本を包んでいるアーノルドさんに、ディングさんが声をかける。
「なんだい?」
「絵本とかあるか? 赤子に読み聞かせたいらしい」
ディングさんの言葉に、アーノルドさんは少し驚き、僕に視線を向ける。
「絵本か・・・あるにはあるけど、喋れないんだろう?」
・・・そうなんだよね。どうしよう。
黙って俯いている僕を見て何を思ったのか、アーノルドさんは痛ましげに目を細めた。
「うーん・・・あ、そうだ!」
何かを思い出したように、アーノルドさんはカウンターの奥にある棚を開け、何かを探し始めた。
暫くして、小さな箱を取り出してカウンターに置く。
「あったあった」
僕達が見ている前で、箱が開かれる。
中には、不思議な置物が入っていた。・・・蒼い宝石でできた卵のような形をしていて、一目で高そうだと感じる。ついでに魔力も感じるような・・・?
「これは・・・?」
「綺麗だろう? これは声を録音・再生できる魔法具なんだよ」
「魔法具? これが?」
驚くディングさんに同意してしまう。魔法具は元々が高価なものだから、盗まれないようにこんなキラキラした見た目の魔法具は造られないからね。これはかなり珍しいものなんじゃないかな?
「この周囲についてる宝石みたいなのは魔石さ。今は魔力が満タンだからキラキラしてるけど、使っていく内に魔力が無くなってただの石でできた卵みたいになるよ」
なるほどね。
魔石っていうのは字のごとく魔力を溜めた石のことだ。特に魔力が籠められた水晶を指す場合が多い。魔石の魔力は使うと減るから、この魔法具も使っていく内にただの水晶でできた置物に変わるだろう。
「これなら、誰かに絵本を読んでもらって録音しておけば、君でも使えるだろう?」
それ、いい! アーノルドさんの提案に僕は思いきり頷いた。
魔石の魔力は魔術を使えば供給できるし、絵本を読んでもらうのはリビングデッドに頼んでも良いから、ソルテスを危険な目にあわすことなく言葉を聞かせられる。
「これも高いものだから、普通のお客さんには薦められないけど、君なら買えそうだしね」
「・・・因みに、いくらだ?」
「そうだね・・・お得意さんってことで少し割引して、シャーリー銀貨10枚だな」
「やはり高いな・・・」
ディングさんは顔を顰めている。
やっぱり、一般的な基準では高いよね。普通の家族が5年は余裕で暮らせる額だ。
ディングさんはもの言いたげに僕に視線を向けた。買えるのかの確認みたい。
僕はコクリと頷いた。
「・・・・・・買うらしい」
「ありがとう。じゃあ、おまけに絵本を1冊つけようかな」
「・・・不思議に思わないんだな」
平然と魔法具を箱に戻し、絵本と一緒に包むアーノルドさんに視線を向け、ディングさんは溜息をついた。
「あはは、だって・・・シルトさんだっけ? そのお客さん、哺乳瓶買うときにセゼル金貨出したんだよ」
「セゼル金貨!?」
「そんなの経験したら、もう驚きようがないね」
頭を抱えるディングさんに軽く笑って、アーノルドさんは包んだ大量の荷物をディングさんに渡した。
「・・・・・・なんで俺に渡すんだ?」
「だって、シルトさん赤ん坊抱いてるから、荷物持てないじゃないか。神官さん、よろしく」
あ、そっか。
・・・重いものばかり買っちゃって、悪いことしたな。
憮然として荷物を持つディングさんに心の中で謝り、僕はアーノルドさんにシャーリー銀貨10枚を支払った。
「しかし、神官さんのおかげで助かったよ」
「何がだ?」
「シルトさん喋れないし、書ける文字も古語ばっかりでねぇ・・・。でも、金払いは凄く良いから、商人としては逃したくないお客さんだからね。神官さんが知り合いで私はとても嬉しいよ」
「・・・・・・そうか」
・・・あれ? な、なんかディングさんに睨まれてる?
「また来ておくれよ、神官さん」
「ああ。また来る」
「シルトさんもね」
コクリと頷き、アーノルドさんに深々と礼をすると、僕達は道具屋を出た。
道具屋の扉が閉まったところで、ディングさんから凄みの入った笑みを向けられる。
「・・・・・・さっきの話、詳しく聞かせてもらおうか?」
『?』
「お前さんには、きっちり今の常識を覚えてもらわんとな」
え、えと・・・な、なんでそんなに怒ってるのかな?
この後神殿に帰ったら、道具屋で最初に買い物したときのことを根掘り葉掘り聞かれて、思いっきり怒られた。
「死語なんか使うな!」
『ご、ごめんなさい!』
わざとじゃないのにー!
読んでくださり、ありがとうございます。




