7. お名前は?(前編)
翌日、いくつかの約束をディングさんと交わし、僕は解放された。
約束は5つ。
自分から人に害を成さないこと、用事で街に来る時は必ず最初にディングさんを訪ねること、住んでる場所を教えること、居場所を特定できる法具(通信機能つき)を常に身につけておくこと、そして時々ディングさんの手伝いをすること。
最初のはまあ当たり前だし、3つ目と4つ目は生者(人)の安全のため野放しにしておけないためだそうだ。制約ばっかりにも見えるけど、2つ目はディングさんが街での立場を保障してくれるということで、メリットも一応ある。と言っても、おおっぴらに買い物が出来るというよりはディングさんが代わりに交渉してくれるといった感じかな。どっちにしても僕じゃ筆談が精一杯だから助かる。で、最後のはディングさん個人の希望だ。死者の知り合いはいないから、情報交換やちょっとした実験に付き合って欲しいらしい。
・・・・・・いきなり新作の神術ぶつけてきたり、しないよね?
ちょっと不安だけど、約束しないと解放してくれなさそうだったからな。仕方ないと思おう。
腕の中であーうーと声を上げている赤ん坊に口元を緩ませながら、自分の家に転移する。
神殿のベッドは寝心地が良かったみたいで、すこぶる機嫌が良い。ウチのベッドももうちょっと柔らかくしないといけないかもな。僕一人だったら藁の布団でも良かったけど、あれは結構チクチクするからなぁ。赤ん坊にはちょっとだね。せめて羊毛に替えよう。そしたら多少はマシになる。本当は今日中に替えたいけど、毛狩りはすぐには出来ないから、しばらくは藁のベッドでガマンしてもらうしかない。
心の中で謝りつつ、赤ん坊をベッドに寝かせた。ウチにある布を総動員して、とりあえずの寝心地のよさを確保する。
本当は綿が良いんだけど、買うには王都近くまで行かないと無理なんだよね。持ってる死霊がいれば譲ってもらえないか聞いてみようかな。
・・・さて。
赤ん坊も寝入ったし、今後の方針を決めよう。
まず赤ん坊の名前。これが最優先事項だ。いつまでも赤ん坊って呼ぶわけにもいかないし。
・・・・・・僕、名付けのセンスないんだよね。墓地で拾ったからグレイブって名前にしようとしたら、ディングさんに神術で一撃食らわされ(突っ込まれ)たし。加減されてたけど、アレは結構痛かった。
赤ん坊だからアーボとか・・・だめだ、また怒られる。男の子じゃなかったらレイコとかつけられたんだけど・・・どっちにしてもダメか。
うーん・・・一人で考えてても埒があかないなぁ。誰かに助力を請うか・・・。
『・・・アサトさんに頼もうかな』
アサトさんは僕と同じレイスだ。僕がレイスになった(死んだ)時に色々教えてくれた先輩みたいな死霊で、今でも交流がある。アサトさんはレイスになる(死ぬ)前は占い師だったらしいし、運の良さそうな名前を選んでつけてもらおう。
善は急げとばかりに、通信の魔術を行使する。この魔術はお互いの居場所が分かっていればいつでも繋げる手軽さが気に入っていて、結構良く使う。でも、相手が繋げた場所にいなければ通信できないし、魔術が使えるか通信の魔道具を持ってないと使えないから、使える人は限られるけどね。幸い僕の知り合いで魔術が使えないのは元ゴーストのエリナさん位だから問題ないかな。
通信の魔術が発動すると、目の前に水鏡が現れる。次いで水鏡の向こうに見たことのある部屋が映った。
『アサトさん、居る?』
『――― シルトかー? ちょっと待ってなー』
姿は映ってないものの、念話が飛んできた。どうやら居るみたい。暫く待つと、水鏡に半透明な、20代半ば位の優しい目をした男性の姿が映った。
『久しぶりー。元気してたかー?』
『うん。ちょっと色々あったけど、元気だよ』
『そっかー。何があったんだー?』
『赤ん坊拾った』
『それ、ちょっとじゃないぞー』
相変わらずだなーと苦笑される。でも、あまり深刻に捉えて欲しくなくて軽く言ったけど、相変わらずの一言で流しちゃうアサトさんもある意味凄いと思う。
『で、その赤ん坊どうしたー?』
『ウチに居るよ』
そう言って、水鏡を動かし、赤ん坊の側へと持っていく。
『ちっこいなー。育てるのかー?』
『うん、そのつもり』
『間違って触るなよー』
『言われなくても』
カラカラと笑うアサトさんに苦笑を返し、本題に入る。
『アサトさん、今時間ある?』
『あるぞー。5年くらいは付き合えるぞー』
『・・・いや、1時間くらいで良いんだけど』
・・・相変わらず時間間隔にズレがあるな。
予期せずレイス化し(死に)、結果的に不老不死(?)になったから、僕達の時間は有り余っている。僕はまだ生者に近い生活をしてるけど、アサトさんは100年くらいかけて世界一周旅行に行っていることもあるし、5年なんて一瞬なんだろう。
『今からウチに来ない? ちょっと相談したいことがあって』
『いいぞー。久々にシルトの菓子食べたいし』
『うーん・・・大したもの作れないけど良い?』
最近料理はご無沙汰なんだよね。レイス化して(死んで)食べなくても良くなったから、嗜好品としてたまに作るくらい。材料も作り置きもほとんどないから、ささっとできるものはあまりない。
『いいぞー。材料何か持っていこうかー?』
『あ、嬉しいな。小麦粉ある?』
『あるぞー。20年前のだけどなー』
『ウチにあるのよりは新しいから大丈夫。それ持ってきて』
ウチの小麦粉、多分200年前のだからな。死者はお腹壊さないから何年前のでも食べれるけど、これだけ古いと味落ちてて美味しくない。
砂糖は古くても使える・・・よね?
『パンケーキでも良い?』
『いいぞー。あと、クーロからもらったベンラの実もあるから、持ってって良いかー?』
『良いけど・・・いつの?』
『7年位前かなー? 色は真っ黒だけど、変形はしてないぞー』
『・・・・・・・・・捨てて、早急に』
・・・こういうとこが、死者ってコワいよね。
読んでくださり、ありがとうございます。
そのうち資料集に載せますが、ベンラの実はモモみたいなものと思ってください(甘くて美味しいけど、傷むの早いです)。




