6. 洗礼は大事!(後編)
『・・・・・・?』
霞んだ視界に、天井が映る。
あれ・・・どうしたんだっけ・・・?
何があったか思い出そうとするけど、頭に靄がかかったように思い出せない。身体を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
『う・・・』
痺れたように動きの鈍い手を動かそうとして、その手首に巻かれた白い布に気づいた。ぼやけた視界を駆使してよく見ると、少し緩めだけど全身に巻かれているみたいだ。ところどころ、何か書いてあるけど、ぼんやりとした頭では何が書かれているかまではちょっと分からない。
これ・・・聖布・・・?
文字が書かれた布は呪布と聖布だけだ。僕に巻いてあるってことは、聖布の可能性が高い。
身体に直に巻かれているわけじゃないから少し効果が落ちてるはずだけど、動きを束縛するのに充分事足りている。
良い聖布(高級品)だな・・・嬉しくないけど。
何とか身を起こそうと痛みと束縛に抗い、身じろいでいると、横から出て来た手が身体を起こし、壁に凭れさせてくれた。
『あ、ありが・・・』
手の主にお礼を言いかけ、一瞬身体を強張らせる。昼間の聖戦官がこちらを覗きこんでいる。
「気分はどうだ?」
『・・・・・・最悪』
目を伏せ、簡潔にそう言うと、軽く顔を上に向けられる。直にじゃないとはいえ、僕に触るなんて、勇気あるな。
「加減したつもりだが、強すぎたか。すまんな」
『何で・・・謝る・・・の?』
祓う(消す)つもりで放ったんだろう。謝るなんておかしい。上手く回らない頭で尋ねると、困ったように頭を掻かれた。
「祓うつもりはなかったんだ。赤子をあやしていたし、無害そうだったからな」
・・・見られてたのか・・・。
まあ、僕達は大体無害だけどね。ごく稀に狂ったレイス(ヒト)が暴れて、最悪国1つ滅ぼしかけたこともあるけど、生者に対して明確な害意はない。そこは目的のために自分から死者になったリッチに似てるけど、リッチは欲望のままに行動するヒト多いから別の意味で危険だ。
「しっかし、リッチだと思っていたらレイスとはな。初めて見たぞ」
『よく・・・区別できますね』
あ、死霊の判別方法だけど、まず、触れるか触れないかで大まかに分けられる。ゴースト、ファントム、スペクターは触れないタイプで、リッチとレイスは触れるタイプに入る。あとの細かいところは種ごとのちょっとした特徴から判断しないといけないから、人には難しいと思う。
まあ、レイスとリッチの違いは触っても平気か否かで分けられるから分かりやすいほうかも?
「リッチなら『魂の媒体』を持ってるだろう。実体がないのに触れて、魂を全身に拡散してる死霊はレイスしかいない」
く、詳しい・・・。さすが聖戦官。
生き物は普通に死ぬと大抵ゴーストにしかならないから、生者に干渉できなくなっちゃうんだよね。稀にスペクターみたいに生者に干渉できる死霊や実体のあるリビングデッドになる人もいるけど、それは運の要素が強い。リッチは特殊な手段を用いて自分から死者になった生者で、死者になるために自分の魂を閉じ込めた『魂の媒体』を持っている。それを壊されちゃうと問答無用で消えないといけなくなるけど、それが壊れない限り永遠に生き(?)られる。ダメージは食らうけど祓われる心配もないし、気をつけていれば一番安全(?)な種だ。逆にレイスは本来生霊で、何らかの理由で身体から離脱した状態で自分の身体が死ぬことで、昇天できなくなった種だから、身体全体が魂の塊みたいなものだ。・・・だから、神術系統のダメージはものすごく食らう。他の種にはそこまで効かない聖水でも大火傷できるから、普段から気をつけて防護しておかないと危ないんだよね。見習い神官にゴーストと間違えられて祓われるなんてことも過去にあったらしい。幸い、レイスになる人は生前魔法師だったり神官だったりした人が多いから、防御策があるだけゴーストとかよりマシかな。
「まあ、種族はともかく、お前さんみたいなヤツを街に放置しとくのは危ないからな。街から出て行くなら見逃してやっても良いが、拒否する場合は・・・」
聖戦官の口元に笑みが広がる。蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなんだろうか・・・っ。
「ここに幽閉かお祓い、好きな方選べ」
選択肢ないよね、それ! 問答無用で出て行けってことだよね!?
言いたいことは分かるけど、ちょっとひどくない!?
あまりの言い分に言葉が出てこなくて口(?)をパクパクさせていると、面白そうに笑われる。
「今すぐ選べと言ってるわけじゃない。色々聞きたいこともあるからな。神にしっかり懺悔して、その後に決めてくれればいい」
『懺悔? 尋問の間違いじゃ』
「ザ・ン・ゲ、な」
『・・・・・・ハイ』
笑顔なんだけど、明らかに凄み入ってるよ!
大人しくコクコク頷くと、聖戦官は傍の椅子を引き寄せ、僕の前に座った。
「さて、まず名前から聞いていこうか。あ、俺はディング。聖戦官な」
『・・・シルト。レイスです』
「生まれてどれ位経つ?」
『実は数えてなくて・・・(人として)生まれた年は覚えてるんですが』
「ほう、いつだ?」
『ファデラール暦304年です』
「ファデラール暦って言うと、1500年くらい前に2645年のところで使われなくなったから・・・・・3000超えてるな」
・・・・・・思った以上に年なんだ、僕。
「レイスになってから人を害した経験は? あ、嘘はつくなよ。ついたら問答無用で消滅(お祓い)な」
『・・・・・・無意識になら、あると思うんですが、自分から襲ったことはないですね』
レイス化して(死んで)からは死者以外と積極的に関わろうとは思わなかったから、人との接触は少ない。何度か巡礼中の神官や魔法師に襲われたことはあるけど、防戦で消耗させてから逃走することが多かったし、多分怪我させてないと思う。向こうが勝手に触ってきてそれが原因で病気になったり体力落ちたりした分まではコッチにもどうしようもないし。
記憶を探りつつ答えると、暫くじっと見られたが、納得してくれたらしい。
嘘とか言われたらショックだったから、ほっとした。
「生前は何だった?」
『賢者って呼ばれてましたね。今で言う学者に近いものですが』
僕のところでは、広範囲に知識を修めた者を賢者と呼んでいた。魔術と聖術の研究の傍ら、興味のあるものは片っ端から調べてたら、いつの間にか賢者扱いされてた気がする。そんな大層なものじゃないんだけどね。
「死因は?」
『老衰ですよ』
「・・・じゃあ、レイス化した原因は?」
・・・はぐらかそうと思ったんだけど、やっぱり無理だったか。半眼でこちらを睨みつけてくるディングさんから目を逸らし、大きく息を吐く。
『・・・死に掛けた魔法師に身体を奪われ(強制幽体離脱され)ました』
「はぁ?」
魔法師の中には、永遠の生を求めて他者の身体を乗っ取るヒトがたまにいる。そんなのに目をつけられたのが運が悪かったっていうだけなんだけどさ。僕が会ったのはその中でも何度も他の人の身体を乗っ取って生き永らえてるベテランで、気づいたときには魂のまま身体の外に放り出されてた。同じように被害にあったヒト(レイス)から聞くまで、自分がどうなったのか分からなかったんだよね。
あ、その魔法師のヒト今はリッチになってるよ。結構前に一回会った。
『自分の身体に戻れないうちに、身体の方が死んじゃって昇天でき(死ね)なくなったんです。レイス化して(死んで)も特に困ったことはなかったので、普通に生活してますが』
活動時間が昼から夜になったのと、交流が生者から死者に変わったくらいで生活に困ったことはないかな。飲食や睡眠の必要ないから、生活に困ることはないし、一応死者の街とか死人マーケットは存在してるから、ちょっと遊びに行ったりもできるし。
「・・・まあ、レイスは数が殆ど確認されてないからな。なるほど、そうやって生まれるのか」
『知らなかったんですか?』
「あいにく、死霊の友人はいなくてね」
いたらすごいと思う。生者は死者を恐れるし、死者は生者を憎む種と食料や獲物とする種で殆どを占める。リッチやレイスなら生前から付き合っていた友人がいる人もいるかもしれないけど、まずもってどっちも希少種だからなぁ・・・。
「話を戻そう。あの赤子はどうした?」
『墓地に捨てられていたのを拾いました』
「墓地に捨てられてた? 罰当たりなやつがいるもんだな」
頭から湯気を出しそうなほど怒りだすディングさんに心の中で同意しておく。
「捨てたヤツとっ捕まえて制裁したいところだが・・・それは置いといてだ。お前さん、あの赤子どうするつもりだったんだ?」
『保護者が現れるまで面倒を見ようかと思ってたんです』
「・・・どうしてそう思ったかは分からんが、洗礼受けさせに来るくらいだからな。世話する気があるのは良く分かった。んじゃ、最後の質問な」
そう言って、ディングさんはじっとこちらを見据えた。
「なんで、連れて帰ろうとしなかったんだ? 迎えに来たんだろ?」
『・・・・・・』
聞かないで欲しかったのになぁ・・・。自分でも結構凹んでるから、あまり自分の口から言いたくないんだけど。
『・・・僕、レイスですよ?』
「そうだな」
『触ると、人殺しちゃいますよね?』
「直に触らなきゃ平気だがな」
『・・・・・・そんなのに育てられた子どもって、不幸じゃありません?』
「・・・・・・」
・・・なんでそこで顔顰めるのかな? こっちは真剣に言ってるんだぞっ。
『拾った以上はちゃんと育てたいと思ってたんですが、僕じゃ今の世のことも教えられないし、独り立ちして生者(人)に混じって暮らせるようになるのかとか考えると、僕が育てないほうが良いのかもしれないと思って。化物に育てられたっていう悪評もついて回りそうだし、それに』
「その辺で止めろ」
そっちが聞いたんだから、最後まで聞いてよねっ。ムッとした顔を向けると、ディングさんが痛みを堪えるような渋い顔をしている。
・・・お腹でも壊したのかな?
「お前さんの言い分は分かった。しかし、お前さんが放棄したら、あの子は孤児院行きだぞ。さすがに神殿の管理と子育ての両立は俺には荷が重いからな」
『それは・・・仕方ないでしょう。それでも僕が育てるよりはマシです』
孤児院の子は家庭で育つ子ほどは大事に育ててもらえないけど、最低限の生活は保障される。飢饉や戦争が起こらない限り飢えや寒さに苦しむことはないだろう。特に問題ない。僕の持ってるお金を寄付すれば、僕が育てるより良く育つんじゃないかな。
・・・なんでそこで溜息つくの?
「マシとは言い切れんな。この街の孤児院は、独立した者の多くが早死にしてる」
『え? な、何で』
「ここの孤児院は子どもに生きる術を教えない。貴族の慈善事業の一環で作られたものだからな。ただ成人まで食事を与え、寝る場所を与えるだけだ。洗礼受けさせにすら来ないこともあるんだぞ。言葉も覚束ない者も少なくないから、仕事も魔物狩りや重労働しか回されない。無理がたたって身体を壊し、死ぬ者の方が多い。女の場合は、娼婦になるか結婚するかの2択。俺が親なら、そんなところには預けないな」
そ、そんなこと言われたら預けられないじゃないかっ。不幸になるって言われて預けられるほど、非情になれたら最初っから拾わないよ。
『他の街の孤児院は・・・』
「ま、似たようなもんだな。きちんと運営してるところも無くはないが、そういうところは満員で、充分な生活が保障されない。受け入れ拒否されることも多々ある」
『うぅ・・・・・・』
どうすれば良いのかな・・・。子どものいない夫婦捜して育ててもらうとか・・・。でも、そういう人は孤児院から養子をもらうか。となると、孤児院のない小さな村を1つずつ捜していくしかないか・・・何年かかるかわかんないよ。うー・・・。
「・・・そんな孤児院で育てられるくらいなら、化物に大事に育ててもらったほうが子どもにとってもいいだろ?」
『ふぇ?』
顔を上げると、楽しそうな笑みを浮かべた目が視界に入る。
「お前さんが拾ったんだから、最後まで面倒見ろ」
『え、でも』
「心配すんな。独立するまできちんと育てるんなら、独立した後は人の社会に慣れるまで俺が仕込んでやる」
『・・・・・・・・』
ありがたい話なんだけど、根本的な解決にはなってない気がする。結局影で色々言われることは変わらないわけだし。
「大体あの赤子、もうお前さんに懐いてるぞ」
『え? で、でもまだ目も見えてないし、個人の区別だって出来るはずないのに』
エリナさんから生まれたばかりの赤ん坊は自分と他者の区別が出来ないって聞いてるから、僕とディングさんの違いなんて分からないハズだ。
「さっき、お前さんがあやしたらすぐ泣き止んだだろう。俺があやした時は一時間近く泣き止まなかったぞ」
それ、単にあやすのが下手なだけじゃ・・・流石に言えないけど。
「いい加減認めろ。あの子はお前さんに拾われた時点でお前さんの子だ」
『・・・・・・僕が育てても、大丈夫かな?』
「大丈夫だ。俺が保証してやる」
頭の上に何かが乗せられる。・・・あったかいな。生者に触られたのいつ振りだろう。
「今夜は泊まっていけ。さっきのダメージもまだ残ってるだろう?」
『確かにまだ痛いけど、動けないほどではなくなってきました』
「そうか。回復は早いんだな」
どっちかというと、今動けないのは聖布のせいだね。緩めだけど身体の線に沿って全身に巻かれてるから、動かそうにも力入らないんだよ。
『これ、外してください』
力を込めてなんとか片腕を動かし、訴えると、ディングさんは少し考え込み、ニヤリと笑った。
・・・・・・やな予感。
「そういや、神殿への不法侵入の罰を与えてなかったな。罰として、朝までそのままな」
『うぅぅ』
意識がはっきりしてるのに動けないって結構辛いんだよ。せめてもう少し緩めてくれないかな・・・。
「あの子の世話は俺がやっとくから、ゆっくり寝てな」
そう言ってディングさんは僕の身体を横にすると、鼻歌交じりに行ってしまった。
この後、赤ん坊の夜泣きの声がここまで聞こえてきてすっごくヤキモキする羽目になるとは、予想してなかったなー・・・。
読んでくださり、ありがとうございます。




