5. 洗礼は大事!(中編)
時刻は草木も眠る丑三つ時。僕は再び神殿へと向かった。
本当はもっと早く行ってあげた方が良かったんだけど、もし聖戦官と戦闘になったら昼は不利だからね。死霊なだけあって、夜の方が力は強いんだ。
神官が命を軽んじることはないから、赤ん坊の無事は保障されてるしね。ただ、あの人が赤ん坊の扱いどれ位できるか分からないから、それがちょっと不安だけど。
・・・お腹、空いてないかな。
そんなことをつらつらと考えながら、神殿へと足を進める。神殿は、相変わらずこっちを威嚇するように建っていた。
夜だから、さすがに扉は閉まってるな。となると・・・
周囲に人がいないことを確認すると、ふわりと宙に浮かぶ。そのまま神殿の屋根に近づいた。あったあった。
殆どの神殿には、洗濯を干したり魔物の襲来を監視したりするために屋根に登ることができる場所が存在している。ここも例外じゃなかったみたいで、神殿の中に入る梯子がちゃんとあった。
周囲を見回し、気配がないことを確認して梯子を降りる。降りた途端、ズドンとかやられたら嫌だし。
幸い、何事も無く進入できた。さて、赤ん坊捜そう。
あまり広い神殿ではないから、虱潰しに捜してもそこまで時間はかからない。・・・代わりに、どこであの人に会うか分からないから気をつけないと。
一応僕にも、死霊らしく生者の気配を探知する機能(生者レーダーって呼んでる)ついてるけど、さすがに赤ん坊の気配は分からないなぁ・・・。聖戦官の気配も探ってみたけど、それも分からない。隠しているのか、いないのか・・・いないと嬉しいんだけど。
周囲を警戒しながら、1つずつ部屋を調べていく。程なくして、客間らしい一室のベッドに丁寧に寝かされた赤ん坊の姿を見つけた。
良かった、大人しく寝てる。
ほっと息をつき、側へと近寄る。ベッドの中に布を使って赤ん坊のために丁度良い空間が作られており、程よい広さの中心ですやすやと赤ん坊は眠っていた。
大事にしてもらったんだな・・・。
額に洗礼の痕もあるし、連れ帰っても問題ないだろう。
そっと赤ん坊に手を伸ばし・・・止める。
・・・このまま、ここに置いてもらった方が幸せなのかも。
じっと自分の手を見る。今は皮の手袋で隠されてるけど、実体のない、生者を自分の意思に関わらず死に至らしめる恐怖の手。人からは『黄泉への誘い手』と呼ばれ、怖がられている。そうじゃなくても、僕達は死霊だから人からはもちろん怖がられてるし、魔物や悪魔と同じ扱いをされることすらある。
そんな化物に育てられるよりは、人に育ててもらったほうが良いのかもしれない。孤児院に預けられることになっても、この街の様子では奴隷に落とされることもなさそうだし、人の中で育った方がこの子も幸せかもしれない。
まだ拾ったばかりだし、名前も付けていないから、今ならまだ手放せる。
伸ばした手を引き、僕はそっと立ち上がった。音を立てないよう、部屋の外へと向かう。
「あ・・・ぅ」
背後から聞こえた声に立ち止まる。振り返ると、目が覚めたところなのか、赤ん坊が手をゆるゆると動かしていた。何か気に入らないことがあったのか、顔がくしゃりと歪む。
あ、泣く。
そう思った時には、もう引き返していた。愚図り始めた赤ん坊を抱き上げ、あやす。
たった数日の付き合いだけど、どうすれば泣き止むのか、もう身体が覚えてる。
しばらくして再び寝息を立て始めた赤ん坊をベッドへと寝かす。
『・・・じゃあね』
このまま見てると、手放せなくなる。さっさと帰ろう。
きびすを返し、部屋を出る。
エリナさん、残念がるだろうなぁ・・・。
去り際に来年楽しみにしてると言っていたから、いなくなったと知ったらショックかもしれない。
そんなことを考えると、余計に気が滅入ってくる。
そのせいか、背後から放たれた一撃に直前まで気づけなかった。
『!・・・っ』
全身を揺さぶられるような痛みと衝撃が駆け抜ける。身体を支えられず、床に倒れこんだ僕の耳(?)に、誰かの足音が聞こえた。
「―――よし、捕獲成功」
ぼんやりとした頭で考えようとしても、上手くいかない。分かるのは、身体が急に持ち上げられたことだけ。
「やりすぎたか? おい―――」
その言葉を聴いたのを最後に、僕の意識は闇に呑まれた。
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