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レイスの子育て奮闘記  作者: roon
0歳時
10/47

3. 人肌って・・・

 何とか必要なものを買って家に帰ると、エリナさんがベッドの上ですやすや寝ている赤ん坊を微笑ましそうに眺めていた。


『ただ今戻りました』

『お帰り、シルト君。買えた?』

『ええ・・・何とか』


 買ってきたものを机に乗せ、店での話をすると、やっぱり笑われた・・・うぅ。


『シルト君長生きだものね。いつの時代の人だったっけ?』

『覚えてませんが・・・ジェイデルがあった頃の人であることは確かですね』


 生まれた年と日にちは覚えてるんだけど、暦が今と違うから何歳かまでは分からないんだよね。ジェイデルが隣国のカーナードに統合されたのが2000年以上前だから、2000歳は超えてるってことか・・・結構歳だな。


『そんなに歳とってるのに、見た目も中身も若いわね』

『・・・言わないでくださいよ』


 見た目は死んだときのままだから仕方ないとして、遠まわしな子どもっぽい発言は地味に傷つく。内心凹みながら、僕は買ってきた哺乳瓶の包みを解いた。


『ガラス製の哺乳瓶なんて豪華ね。高かったでしょう?』

『幸い、お金はありますから』


 生前に溜め込んでいた分と、レイス化した(死んだ)後に昇天した他の死者(ヒト)から遺産やら餞別やらともらった分で資金は潤沢にある。その上、予期してなかった古貨の価値上昇で一生(?)かかっても使い切れないくらいありそうだ。・・・そこまで使い道ないけど。


『まだ寝てるから、今のうちに哺乳瓶を消毒しておきましょう』

『消毒?』

『そうよ。赤ちゃんはまだ身体ができてないから、ちょっとのことで死んでしまうの。大人ならお腹を壊す程度でも、赤ちゃんには大事よ。だからちゃんと消毒して、悪いものが口に入らないようにしないといけないの』

『へぇ・・・』


 悪い菌とか虫を追い出すのに洗浄するのは知ってたけど、赤ちゃんの場合それだけじゃダメなんだ。そこまでは思いつかなかった。さすがエリナさん。


『消毒って、どうやるんですか?』

『熱いお湯で洗えばいいのよ。熱ければ熱いほど良いわ』


 なるほどね。病人の使うものと同じようにすれば良いのか。エリナさんに頷き、僕は哺乳瓶を浮かせた。

 人からはポルターガイスト現象って呼ばれてるけど、浮かせるのはかなり初歩的な魔術の一種だから珍しいことじゃない。少なくとも、レイスとリッチにはコレくらい意識せずに出来る。

 ふよふよと宙に浮く哺乳瓶の周囲に水球を作り出し、そのまま一気に熱を加える。


『"沸騰"』


 もうもうと湯気を立てる水球に軽く濯がれ、ホカホカとした哺乳瓶が机の上に置かれた。


『お見事!』


 楽しそうに手を叩くエリナさんに苦笑を返し、僕は布巾で哺乳瓶を拭った。魔術で乾燥かけても良いけど、割れると困るからね。


『シルト君家事もバッチリね。良いお母さんになるわよ』

『お母さんですか・・・』


 せめてお父さんと言って欲しかったな。ため息混じりに買ってきた粉ミルクを棚にしまいに行こうとすると、ベッドから声が聞こえた。


「ふ・・・ふぇ・・・!」

『起きたみたい!』


 エリナさんが慌てて近寄っていく。僕も粉ミルクを置いてベッドへと近づいた。傍らに置いてあった布で赤ん坊をくるみ、持ち上げてあやす。その途端、赤ん坊は大声で泣き出した。み、耳(?)が痛い・・・!


『どしたのかなー? ごはんかな、おしめかなー?』


 隣で赤ん坊を観察しながら声をかけているエリナさんに状態把握を任せて、あやすことに専念する。しかし、声はどんどん大きくなっていく。


『シルト君、ミルク作ってきてくれる?』

『え?』

『多分お腹空いてるんだわ。熱めのお湯で粉ミルク溶かして、人肌くらいにして持ってきて。その間見てるから』


 い、いきなり言われても難しいんだけど!?


『ほら、早く早く!』


 エリナさんと赤ん坊の声に急かされるままに赤ん坊をベッドに横たえ、洗い立ての哺乳瓶に魔術でお湯を生成して入れる。それから箱に書かれた分量どおりに粉ミルクを入れる。単位は今も変わってなくて良かった。

 後は人肌にするだけなんだけど・・・


『エリナさん、人肌ってどれ位?』

『人肌って言ったら人肌よ。自分の体温とだいたい同じくらいに・・・あ』


 そこまで言って、エリナさんも気がついたらしい。

 僕、死んでるから人と同じ体温じゃ無いんだよね。僕の体温に合わせると、かなり冷たいと思う。でも、人肌くらいって湯気で温度が判断できないし、難しいな・・・


『・・・赤ちゃん触ったときの感じって分かる?』

『分かりますけど・・・』


 布越しに触っても、ちょっと熱く感じたかな。


『とりあえずその位で』

『はい』


 結構無茶な要求だけど、布越しの温度を頼りにミルクを冷ましていく・・・こんなもんかな。泣きつかれたのか声を下げて愚図り始める赤ん坊のところに戻り、エリナさんの指導の下ミルクを与える。

 ・・・飲んだ!


『良かった・・・』


 赤ん坊は貪るようにミルクを飲んでいく。その必死な形相が何故か可愛く見えて、思わず呟いていた。


『可愛いなぁ・・・』

『そうよね』


 暫くして、お腹がいっぱいなったのか赤ん坊が哺乳瓶から口をはなした。


『ミルクが終わったら、軽く背中を叩いてあげて』

『ええっと・・・こう?』


 言われるままに叩くと、赤ん坊の口からケプッと満足そうな音がする。


『ゲップをさせてあげないと、体調を崩してしまうのよ。毎回、やってあげてね』

『不安だなぁ・・・』

『心配しないで。命日が過ぎるまで私がしっかりシルト君に手ほどきするから!』


 そう言い切るエリナさんは殆ど透けてるのに、とてもキラキラして存在感があった。


『お手柔らかに、お願いします・・・』


 




 読んでくださり、ありがとうございます。

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