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2.こんにちは、ファンタジー

悠大視点です。

「…………」


 どうも、俺は沖原悠大(おきはら ゆうだい)という者だ。

 生まれつきガタイがよく、そのうえ目つきが悪いせいで不良に間違われることも少なくないが、これでも現代高校生の中では真面目で常識的な学生であると自負している。

 授業中は寝ないし、赤信号は無視しないし、ポイ捨てだって一切しない。

 そんな小さなことだって気を使っていれば、何かが積もり積もって、きっと良いことがある。そう信じて、今まで善良な一市民として頑張って生きてきたつもりだ。


 ――しかし。


 俺は今、とても困っている。

 悪友である同級生の皆瀬光児(みなせ こうじ)に連れられて、おんぼろな廃ビルに来てしまったのが運の尽き。廃ビルに居たはずが、鍵のかかったドアに突っ込んで、気付けば知らない森の中に居た。


 ――なんなんだ、ここは……?


 俺は当然、混乱した。

 不安に叫びたい衝動に駆られ、腰を抜かしてその場に倒れそうになる。


「……あ」


 そして、ふと気付いた。

 俺をこんなとこに連れてきやがったあのこんちくしょうは何やって……

「うおおおおおっっっ、しゃらああああああ!!」

「おわっ、ビックリした! なんだよいきなり!」


 隣に居るだろう光児を見ようとしたその瞬間。このバカは、逆転ゴールを決めたサッカー選手のように派手にガッツポーズをしだした。

 思わずビクッとなっちまったよ。


「いえぇぇぇ!! やふぅぅぅ!! ぼえぇぇぇ!!」

「……五月蠅い」

「おぅいぇ――はびゅっ!?」


 あまりにもウザいので、のど元に地獄突きを喰らわせてやった。


「うごぉぉぉ……! ぐぉぉ……! うへ、うへへへぇ……!」


 痛みに苦悶の表情を浮かべながら、なおもにやけ顔が治らない光児。


 ――やばい、重症だ。


 取り敢えず、こいつには後で精神科のある病院を紹介するとして今は放置。


「……」


 俺は周囲を見渡した。

 光児がいつも通りバカなおかげで、この異常事態でも少しだけ平静さを取り戻すことが出来た。

 まずは状況を把握することが重要だ。

 俺たちはビル街にある廃ビルの中に居た。そして、その廃ビルの一階の隅にある部屋のドアを突き破ったら、その部屋の中は広大な森だった。


「うん。訳が分からない」


 頬をつねってみたものの、返ってくるのは痛みという現実。

 どうやらこの意味不明現象は夢ではないらしい。

 しかし、理解出来ないからこその異常事態だ。取り敢えず、ここに来てしまった原因は置いておこう。考えて分かることでもないだろうし。


 ――ならば。


 まず調べなければならないのは、どうやって元の場所に帰るかだ。

 状況的に考えて、あの“開かずの扉”を通ることで“ここ”に来てしまったのは間違いない。

 俺は振り返って後ろを見ようとする。

 目の前の光景にテンパって今まで忘れてたが、予想通りなら俺たちの背後には、俺たちが通ってきた“何か”があるはずだ――――。




「…………オオゥ。イッツ、ファンタズィ……」




 視界に“それ”が入った驚きに、思わず英語が口からこぼれ出てしまった。

 だが、今俺が見たものを表現するのに、これ以上のものはないんじゃなかろうか。

 それほどまでに“それ”は、「イッツ、ファンタズィ!」だったのだ。


「おおっ!? なんだこれー!」


 痛みから復活した光児が、同じく背後にあるものを見て驚いている。

 が、やはりその表情はどこか楽しそうににやけていた。このような状況を楽しんでいる……アホではなかろうか。


 ――いや、アホだったな。


 そんな俺の思考には露程も気付かず、光児は“それ”に近付いた。


「ほー、もしかしてオレらって“これ”を通って来たのかね?」


 俺たちの背後にあったもの。それは――“渦を巻いた光”だった。

 俺たちが今居る暗い森、その木々の間に、この光の渦はあった。

 光、と表現してはいるものの、直視しても眩しくはないし、この暗い森を照らすほどでもない。なんとも効果範囲の狭い光だ。

 大きさは、178cmある俺の身長よりも少し小さい楕円形。

 横幅は、俺の肩幅よりも少し広い程度。

 30cmほど、その光の渦は地面から浮いていた。

 SF小説とかで出てくるワームホールとか、こういうのを言うんだろうか?


「すげー! なにこれ、どうなってんの!? こん中に飛び込んだら、またあの廃ビルに戻れるってことなんかなー?」


 光児は興奮した様子で光の渦の周りをぐるぐる回っている。


 ――確かに! この渦に飛び込めば、元の場所に戻れるかもしれない!


 とも思ったが、俺の理性がストップをかけた。


 ――いやでも、本当に大丈夫か?


 この光の渦に飛び込んだとして、また更に変なところに出てしまう可能性は?

 分からないことだらけで、現状では不安要素しかない。

 俺は、今にもその渦に触れそうな光児を止めようと声をかけた。


「光児――」


 が、その次の言葉を発することは出来なかった。





 ドド、ドドド、ドドドドドドドド……!!





「ん?」

「な、なんだ!?」


 突然、地鳴りがした。

 地震かとも思ったが……違う。

 その地鳴りはだんだんと此方に近付いて来ているようだった。


 ――なぜ、そんなことが分かるのかって?


 いや、だって……。


「悠大! 見ろよ見ろよ! でっけぇ“イノシシ”だ!!」

「分かってるよバカヤロォオオオオ!! 逃げろ! 逃げるんだよ! 明らかに俺たちターゲッティングされてんだろうがああああ!!」


 徐々に大きくなっていく、巨大なイノシシのシルエットが見えたからだ。

 無論、此方に向けて一直線に走ってきている。

 俺たちは、光の渦のことなんてすっぱり頭から消し去り、その場から一目散に逃げだしていた。





ウオー ▽口▽.*:゜=3





「ゼェー、ゼェー、ゼェー、ゼェー……」


 数分ほど暗い森の中を走り回り、なんとかあの巨大イノシシを撒くことが出来た。

 流石に帰宅部にこの運動量はやばい。体力的にもギリギリなところだった。


「ふぅー……」

「なあ、悠大」


 ようやく息が整ってきたとき、光児に声をかけられた。


「あ?」


 というかこいつ……息切らして、ねぇ……だと……!?

 同じ帰宅部であるのずなのに、なぜ……。


「さっきのさ、イノシシ。見たか?」

「ハ? いや、まあ見たけど……」


 何を言ってるんだこいつは。見たからこそ逃げたんじゃねぇか。


「変じゃなかったか? あのイノシシ」

「え……ヘン?」


 一瞬、光児の言葉の意味が分からなかった。


「ああ。あんなでっかいイノシシ、日本に……いや、地球中探したって居るわけねえって」


 光児の指摘に、俺はハッとなった。

 確かにあのイノシシは――あのイノシシの身体は大き過ぎた。

 四足を着いた状態で、俺たちの身長以上の高さってどういうことだ?

 以前、日本で体長が2m近いイノシシが発見されたという話を聞いたことがある。

 でもその体長ってのは、尻から鼻の先までの長さ、つまり横の長さだ。

 だが、あのイノシシは四足を地面に着いた状態で、つま先から背中まで、つまり縦の長さだけで俺の身長以上あった。体長なんて2mを軽く超えてると予想できる。もしかしたら3mくらいあったかもしれない。

 あんな大きさ、世界中探したってまずありえないと思う。


「それに、大きさだけじゃない」

「……なに?」

「なんか、牙じゃなくてさ、尖った(つの)っぽいものが額に付いてなかったか?」

「!」


 光児にそう言われたとき、さっきの追いかけてくるイノシシの映像が脳内に甦った。


 ――言われてみれば……確かに角みたいなものが付いていたかもしれない……!


 でもそうすると、あの動物はなんなんだ? 

 イノシシに似ているが、違う動物なのか?

 そんな生き物が、実在しているというのか?

 そもそもこの場所…………本当に日本なのか?


「うーん……」

「……なあなあ、悠大悠大」


 俺が、「うぉぉ……ここ、マジでどこなんだよー」と頭をかかえていると、光児が肩を叩いてきた。


「なんだよ、うるせーな。今考え中――」

「あれ! あれ、見ろって!」

「ああ?」


 こんなにも俺が悩んでるってのに、こいつはどうしてそんなにもテンション高ぇんだ? とか思いながら、鼻息荒く俺を叩く光児に促され、示された方向を見る。






「……………………は?」






 そして俺は、ここに来ていったい何度驚けばいいのだろう、と逆に冷静になってしまいそうなくらい驚いた。


「な、な、悠大! あれってさ、もしかしてさ!」


 光児の興奮した声が聞こえる。


 ――おいおい、ちょっと待ってくれ。


 さっきから常識外のことが多すぎて、自称常識人である俺には理解が追い付かねぇよ。

 光児が指差した方向。俺の視線の先。なんの変哲もない森の木々の合間。

 太い根っこが見え隠れし、苔や草、たまにキノコが斑に生えている地面。

 そこに、“そいつ”は居た。もぞもぞとゆっくり動いていた。


「いやいやいや、あり得ないだろ」


 頭を振って現実逃避を行う俺。

 だが、光児(バカ)は無情にも、俺が信じたくない現実(それ)を大声で告げてきやがった。


「うおおおおおおおお!! “スライム”だぁ――――っ!!」





ウソーン OTZ ガクッ





 ズリ……ズルズル……ズルリ……ゴポッ……


 “そいつ”は、赤ん坊のハイハイにも劣る速度でゆっくりと、しかし確かに目に見えて動いていた。

 透けた緑色をしている“それ”は、なんと表現したらいいのか……大人ひとり丸々浸かることが出来るほどの大きさ、とでも言えばいいのか。

 一見すると深緑色のでっかいゼリー。

 いや、ゼリーというよりはドロドロに溶けた飴か?


 ――しかし、それは動いている。


 某有名RPGのような玉ねぎ型ではなく完全に不定形。おもちゃ屋などで売っている緑のアレを大きくして、全体を透けさせたような見た目だ。

 ありえないことだらけの現状でも、特上にありえないモノ。


「……スライム……だと……」


 スライム。ゲル。プテテット。ジェリー。ポリン。ぷよ。その他さまざまな呼び方をされるゼリー状、または粘液状の無形モンスター。

 無論、その全てが空想上の生物だ。現実ではそんな生物はあり得ない。

 なぜなら、全ての生物には“内臓”に相当する器官がある。地球上で最もスライムに似ているだろうアメーバなどにも、ちゃんと内臓は存在する。

 だが、目の前の動いている液状物体にはそれが確認できない。

 体内を視認できるほど透けているにも関わらず、こいつには“内臓器官が無い”!


 ――生き物じゃ、ないのか……?


 そいつを見た瞬間、俺は自分がさっきまで否定していたことを、否定したかったことを、心で、肯定してしまった。認めてしまった……!


「…………異世界」


 ここは、俺たちの世界――じゃない。





つ_▽。グスッ





「スライムぅぅぅぅ!!」

「!」


 俺の横で突然叫びだした光児。

 こいつはこいつでさっきからテンション上がりまくりだ。もっと、事態の深刻性を理解しろっ!


「ほへー、ほへー。初めて見たぜー」


 あたりまえだ! 初めてじゃなかったら逆にビックリだわ!


「どれどれ……」

「ちょっ」


 光児はスライムの前で屈みこみ、そいつに触れようと手を伸ばした。

 すぐさま俺はそれを止めにかかる。


「アホ! 毒でもあったらどうすんだよ!」

「なっ! ……こ、これは……」


 しかし、このアホは俺の忠告を無視してそのスライムに触れてしまった。


「お……おお、おおおおお……!」


 ぶるぶると小刻みに震える光児。

 もしかして、本当に毒が……!?


「おい、大丈夫か!?」


 俺は光児に駆け寄って後ろから肩を叩く。

 帰れるかどうかも分からず、病院だってあるかどうかも分からないこんな場所で、毒なんてもんにかかったら最悪の事態すら招きかねない!


「お、おい! ホントに大丈夫――」

「気っっっ、持ちウィィィィィィィィィィィィ!!」





 ……………………ハ?





「くっはぁ、なんだよこれっ! 気持ち良ずぎぃ! はぁはぁ、ヤバす! ヤバす!! ……あ、悠大。悠大も触ってみ? マジでこれヤバイって! ウッハー!」

「……」


 なんだろう。今、軽く殺意が芽生えたわ。


 ――しかし。


 毒味役(こうじ)のお蔭で触っても問題ないことがわかったのも事実。

 当のスライムは気付いていないのか気にしていないのか様子は変わらず。ただゆっくりとなめくじのように移動しているだけだ。

 正直、この謎の生物スライムは俺にとっても凄く興味深いものだ。害が無いというのなら、俺も一回ぐらい触ってみたくはある。

 表面を撫でるように触っている光児に倣って、恐る恐る手を伸ばした。




 ……ふよん。




「!?」




 ……ふよん、ふよよん。




「! ! !」





 な、なんだこれは。く、くく癖になる感触だ……!

 見た感じ粘着質かとも思ったが、実際は表面はさらさらですべすべしている。

 弾力は弱いがある。液体の低反発枕みたいな感じだ。

 こう、表面をつるりと滑らせる感触が、ぞくぞくして堪らない……!


「なあ……悠大よ」

「な、なんだ?」

「…………お、オッパイって……こんな触り心地なのかな……?」


 両手で寄せて上げて、というふうに鷲掴みにしている光児。

 俺はそんなバカに言ってやった。


「…………そう……かもな」


 もみもみ もみもみ ふよん ふよよん


「ほへー……」


「ほへー……」


 俺たちはそうやって、しばらくスライムの感触を堪能していた。





ホヘー ~´Д`~





 数分後。俺たちがスライムの感触に至福を感じている時間は、光児の行動により終わりを告げた。


「お、お、おお?」

「ん? 何やってんだよ」

「見ろよ~。手が沈むぅ~」


 手のひらをスライムの上に置いた状態で、ゆっくりと力を入れて手のひらを沈めていく光児。ずぷりずぷりとスライムの体内に埋まっていく。


「おお~、これもイイ!」


 調子に乗ってどんどん手を(うず)める光児。

 完全に安心しきっていた俺は、光児を真似て手をスライムに突き入れようとした。


 ――が、その時。


「なんか、蠢くジェルの中に手を突っ込んでる感じ…………って」


 ジュウッ……!


「うぉあチャアアアアアアアアアあああああああああああああああああ!!?」

「!?」


 突如、光児が奇声を上げつつ飛び上がった!

 そして今度はしゃがんで腕を抱えながらアウアウ言っている。


「ど、どうした?」


 俺はスライムから離れて光児に駆け寄った。


「くぅ……っ。いっ、てぇ……」

「お、おい。どうしたよ?」

「な、なんか、途中までなんともなかったんだけど、手首くらいまで沈ませたら急に指先にめっちゃ熱いものが触れたような感じがして……」


 そう言った光児の右手の指先は、かすかに赤くなっていた。

 見た感じ、軽度の火傷といった感じだ。


 ――なにがどうなったんだ?


 好き放題に体をいじくり回してたから、スライムさんが怒ってしまったのか!?

 でも、今見る限りスライムに当初との変化は無いように思う。


「……だとしたら」


 俺はスライムに近付いた。

 やはりスライムに変化は無い。

 念のためそぉ~っと顔を近付けてスライムの体を見る。いきなり近づけてスライムさんがビビったりでもしたら大変だ。


「…………やっぱり」


 俺の予想は恐らく当たった。いや、むしろこれで納得できる。このスライムも、一応生きてはいるのだなと。


「なんか分かったのか?」


 ようやく痛みが引いたのか、光児が近付いてきた。

 先ほどとは違い、スライムに対して少し及び腰だ。それほどまでに痛かったのだろう。

 俺は自分の推測を光児に話し始めた。


「ああ。スライムの身体を見てくれ」

「うん?」

「ほら、よく見ると二層構造になっているのが分かるだろ?」

「んー……あ、ホントだ」


 例えるなら、薄い緑色のゼリーの中に、濃い緑色のゼリーが入っている感じだ。


「俺たちが最初に触っていた場所はスライムの表層、つまりこの薄緑色のところだ。でも、お前はスライムに手を沈めすぎて、この濃い緑色の層の部分に触れてしまったんだ」

「その部分に触ったからあんな目に遭った、ってことか?」

「たぶんな」


 ――恐らく。


 この濃い緑色の内側の層は、消化液の役割を担っているのではないか。

 獲物を体内に取り込み、溶解液で溶かして栄養とする。ハエ取り草のようなものだろうか。

 表面の層がすべすべしているのは、移動する際に砂や石などがくっつかないためだろう。

 こいつは狩りなんて出来る移動速度じゃないから、もしかしたらこんな感じか?


 動物がスライムを見つける。

 ↓

 暗い森なので、じっとしていれば水だと思い、飲もうとする。

 ↓

 スライムを飲んだ動物は流石に死ぬ(?)。

 ↓

 動物の死体を飲み込み、ゆっくりと溶かして消化、吸収。


「穴だらけの推論だな」


 でも分からないことだらけなんだからしょうがない。


 ――だがしかし。


 取り敢えず、俺たちに危害を加えてくるという可能性はなさそうだ。

 光児が手を引き抜けたってことは、スライム自身に吸引力っていうのはほとんど無いと考えていい。

 更に、スライムの移動速度はカメに毛が生えた程度。逃げることも容易。

 問題ない、問題ない。ふー、ビビったぁ。


「このオレを喰おうとしやがったっていうのか……! ククク、いい度胸だスラ公ぉ! 万倍返しにしてくれるわっ!」

「って、うおーい! 何しようとしてやがるっ!?」


 突如、光児がそこら辺に落ちていた木の棒を掴み取り、それを剣のように構えてスライムの前に躍り出た!


「チャーラッチャッチャラ~♪ スライム が あらわれた!」

「とっくの昔にあらわれてんだろっ!」


 戦闘開始BGMを口ずさみながらステップを踏む光児。


 ――こいつ……やる気だ……!


「オレのターン! コマンド選択! ピッ、ピピッ(選んでる音)! ゆうしゃコージ の こうげき! 行くぞっ!」


 勇者光児(笑)は、木の棒を大きく振りかぶり、スライムに向かっていった。


「でえりゃあああ!!」


 裂帛の気合と共に振り下ろされる木の棒(笑)。

 木の棒は、スライムの体を強く叩いた。




 ズバン! ビチャッ、ビチャッ…………ジュウッ……。




「ぎゃー!? スライムの逆襲ぅぅ!!」

「アホか! んな思いっきり叩いたら内側の溶解液も飛び散るのは分かってたことだろうが!!」


 強く叩きすぎたせいで、木の棒はスライムの防御力皆無の体を貫き、内側の溶解液層まで届いた。しかし、スライムは液状生物。水を叩けば飛び散るのは道理。

 溶解液が光児の学ランに付着し、少しだけ煙を出している。


「く、くそぅ……レベル1に倒される雑魚モンスターの分際で……っ」

「お前がレベル1以下ってことじゃないか?」


 めっちゃ強いスライムも中にはいるけどな、ゲームじゃ。

 しっかし、目の前のスライムさんは身体が少し飛び散ったってのに様子は変わらず。


 ――HP、ちゃんと減ってんのかなぁ。


「よーし、次だ! 戦士ユーダイのターン! ほらほら行けっ、悠大!」

「ちょ、まっ、俺もかよっ!?」


 しかも、自分は勇者のくせに俺はただの戦士……って、それはどうでも良くてっ。


「経験値だよ、悠大! 倒さないと経験値入らないって!」

「うるせぇよゲーム脳!」


 なんで俺が、とか思いつつも、何故か俺は少し興奮していた。

 光児がRPGごっこをしているのを見て、ちょっとだけ楽しそうだな、とか思ってしまった。

 童心に帰る、というのはこういうことを言うのか。危険だというのは分かってる。だけど、それ以上に面白そうというのが(まさ)ってしまう。


 ――俺も光児に毒されたか……。


「し、しかたねぇなぁ」


 俺は辺りを見回した。

 近接物理攻撃はカウンターを喰らう。それは光児の攻撃で分かったことだ。

 だとしたら遠距離攻撃か。だが、魔法なんてもんは当然使えない。使えるはずもない。

 小石みたいな小さいものを投げても、液状生物であるスライムに効くのかどうか。


「……うし。アレでいくか」


 俺は少し離れたところに落ちている“木の枝(太)”を担いだ。

 人間の太ももよりも多少太い枝だ。長さは俺の腰ぐらい。

 強風で折れたのか、端のほうはトゲトゲだった。


「んっしょ、んっしょ!」


 それを持ってスライムの前に来る。相手の動きが遅すぎるため、狙いを定めやすいのが幸いだ。

 まずはトゲトゲしている木の枝の先端を、ゆっくりとスライムに突き刺してみる。


「いっけぇー! 宇宙戦士ユ○ダイン の こうげき!」

「そのあだ名はやめろっ!」


 過去のトラウマが甦るわっ! それに色々な意味でもヤバイ!


「ったく、黙って見とけっての……」


 俺は小さくため息をついてスライムに向きなおす。

 木の枝の先端をズブリズブリと突き刺していく。


「……痛いという感覚は無いみたいだな」


 人間でいうなら、刃物を体に突き刺していくのと同じ行為。

 しかし、かなり太い枝を深く突き刺してるのにも関わらずスライムに変化は無い。


「ふむ」


 俺は木の枝を抜いた。

 とたん、ジュウゥゥゥ……と枝の先端から煙が出る。

 溶解液にやられたみたいだが、ちゃんと形状は保っている。まだ使えるだろう。

 今度は少しスライムから離れる。3mほど離れて溶解液カウンターの範囲外に出る。


「よっ!」


 俺は太い木の枝をスライムの頭上へ高く放り投げた。

 突き刺すように、ではなく、太い枝全体で押しつぶす感じで、スライムの真上から落とすように投げたのだ。


「悠大の必殺技が炸裂ゥ! 奥義っ、木の枝落とし!」

「かってに技名つけんなーっ!」


 ちゃちい攻撃を大げさに言われると恥ずかしいんだよっ! そこんとこ分かれよ……。

 と、そうやってバカやってる間にも俺の投げた枝がスライムに落ちる!




 ドバシャーン! ビチャッ、ビチャビチャッ……! ズブズブズブ……。




 2~3kgはありそうな太い木の枝のプレス攻撃を受けて、スライムの上半分が大きく飛び散り、枝はそのままスライムの体に沈んでいく。

 俺はスライムから離れていたおかげでカウンター被害を受けなかった。


「や、やったか?」


 スライムの体積はかなり減ったっぽい。周囲にスライムの破片がいくつも散らばっている。


「悠大! 周りの飛び散ったやつ見ろ!」

「え? …………んなっ!?」


 光児に促されてスライム本体の周りに飛び散った破片をよく見る。

 すると驚くべきことに、その破片たちは、スライム本体に向かって集まるようにジリジリと動いていた!


 ――もしかしてこのスライムって……不死身!?


「……お、おい。そもそもスライムって、どうやったら倒したことになるんだ?」

「う、う~ん……」


 俺たちが唸っている間に、スライムは完全に元の大きさに戻ってしまう。

 更に、スライムが移動することによって、その場に置き去りにするように先ほどスライムの上に落ちた木の枝は排出された。当然、スライムの体内を通ったので木の枝は黒焦げだ。


 ――万策、尽きた。


 単純な攻撃も、身体が飛び散るほどの強力な攻撃も、このスライムの前には意味を為さない。

 何か道具があれば色々試せるのだろうが、今手元には何も無い。鞄の中にライターとか入ってたけど、鞄は廃ビルに置いて来てしまった。

 ライターがあれば、そこら辺に落ちている枝を燃やしてスライムを炙る、とかできそうなんだけど……。





「……って、あああああああああああああああああああああああ!!!」

「ゆ、悠大!? いったいどうした……?」





 ――やばい。


 やばい、やばい、やばい、やばい、やっばあああいっ!

 忘れてた! 巨大イノシシと不死身スライムという二大出来事が重なって今まですっかり忘却の彼方だった!


「光児!」

「お、おう! な、なんだ悠大」

「あれ! あれだよ! “光の渦”!」

「ん? 光の渦?」

「俺たちが通って来た(かもしれない)あの光の渦だよ! あれの場所、覚えてるか……?」


 そうだよ光の渦だよ! もしあれが廃ビルとこの森を繋ぐゲート的なものだとしたら……あれが帰るために必要なんだとしたら、絶対に見失っちゃいけないものなのにィ!


「うぇ?」


 光児の表情が固まる。

 ぐああああ、絶対覚えてねぇえええ!!

 あの巨大イノシシから逃げるのに必死で、どこをどう走って来たかなんて俺も覚えてない。光児に覚えてろというのも無茶があるだろう。


 ――でもっ。


 やばすぎる事態だということは分かる。

 装備も食料も水も、何もなしに深い森の中。しかも巨大イノシシやスライムなんかが出る意味不明地域。道らしい道も無いから、近くに民家があるのかも怪しい。そもそも、ここが本当に地球なのかも分からないのだ。もし、もしも地球じゃなかったとしたら、人間がいるかどうかさえも怪しい。


「お、俺としたことがぁ……!」


 俺は頭を抱えた。

 あの時、深く考えないで光の渦に飛び込んでおくべきだったか。

 そうすれば、良くて廃ビルに戻れて、悪くても光の渦を見失うということはなかったかもしれない。

ど、どうすれば……。


「あぁ~、うぅ~」

「……悠大くん、悠大くん」


 また光児が俺の肩をポンポンと叩いてくる。


 ――なんだよっ。慰めならいらねぇ。それより帰る方法を……。


「いやね、落ち込んでる場合じゃないみたいよ……」

「は?」


 光児に言葉に顔を上げる俺。

 いったい、なんだってんだ……?


「ではぁ、周りをごらんくださぁ~い」


 バスガイドさんよろしく、光児は周囲を見ろと促した。


「……は? はぁ? はあああああああああ!?」


そして俺が見たものとは――――


「だ、団体様のご到着のようですねー」


 そこには、スライムが居た。いや、俺たちがスライムと言っているだけで、実際は違う名前なのかもしれないが、今はスライムと呼んでおこう。

 問題はそこじゃない。問題は、そのスライムが一匹ではなくなっていたことだ!

 暗い森の中、スライムの体はテカリと光沢を放っているので結構目立つ。そんなテカリが視界の中いっぱいに広がっているのだ。めっちゃ怖ぇ。


 ――え~と。


 正面に、ひぃ、ふぅ、みぃ……はい、二十で数えるのを止めました。


 右側に、ひの、ふの、みの……はい、二十で数えるのを止めました。


 左側に、いち、にい、さん……はい、二十で数えるのを止めました。


 後ろに、ちゅー、ちゅー、たこ、かい、な……はい、二十で数えるのを止めました。


 合計は、軽く見積もって八十匹以上なぁりぃ。本当にありがとうございました。


「悠大くん」

「なんだね、光児くん」

「……とりあえずさ」

「……うん」

「逃げようぜ?」

「…………ぅん」


 俺たちは、コマンド『にげる』を選択した。





スタコラ ▽Д▽;=3 サッサ @Д@;=3





「うおおおおおおおおお!!」

「くおおおおおおおおお!!」


 俺たちは駆け出した。

 風を切り、草木をかき分け、全力で走る。この場所から出来るだけ離れるために!

 あのスライム、俺たちの攻撃になんの反応もしてないように見えたけど、実際には仲間に救援信号みたいなのを送っていたのかもしれない。どうやって信号を送ったのかは、スライムの生態なんて知らない俺たちには分からないが、あんな数のスライムが集まってくるなんて尋常じゃない。

 不死身のスライムが『仲間を呼ぶ』をも使えるなんて!

 しかも効果は画面外にも及びます。


 ――それなんて無理ゲ!?


 左右に避け、時には飛び越え、スライムの集団を駆け抜ける!

 ハードル走をしてる気分だ。


「はっ、はっ、……あ! 悠大、あれ!」


 右側を走る光児が、前方斜め左を指さした。

 俺は走りながら、光児の人差し指の延長線上を見る。


「ハッ、ハッ、……あ、あれは!」


 それは俺たちが最初に居た場所にあったもの――“光の渦”だった。

 スライムとの遭遇場所から約500mほどしか離れていない。あのとき、イノシシから滅茶苦茶に逃げまくったんだけど、まさかこんなに近くにあったとは……!


「悠大! 飛び込もう!」

「でえっ!? マジで!?」

「マジで!」


 光児の言っていることは分かる。

 スライムがもし俺たちを追ってきた場合、この光の渦に集まる、ということになる。俺たちにとって、この光の渦は廃ビルに帰れるかもしれない唯一の希望。その周りにスライムが八十匹以上も足の踏み場も無いほど集まったりなんてしたら……想像するだにヤバ過ぎる!


「わ、わかった……行くぞ!」


 光の渦の中に入るとしても、別に飛び込む必要は無い。

 ゆっくり片足から、とかでもいいとは思う。


 ――だけど!


 光の渦が本当に廃ビルに……俺たちの世界に通じているのかどうかも分からない。今度はもっと危険な場所に行ってしまうかもしれない。二度と、元の場所へ帰れなくなるかもしれない。

それを考えると恐怖で動けなくなりそうだ。


「――だからっ、…………このまま突っ走る!」

「おう!」


 今の勢いのまま突っ切る!

 止まるのはだめだ。この勢いを利用して、また別の場所に行くんじゃないかという不安を吹っ切らせる!


「うおおおおおおおおおお!!」

「はああああああああああ!!」


 俺と光児は、光の渦に向かって同時に飛び込んだ。





ズサー \○_ノ=3





「うごっ!?」

「ぐはっ!?」


 飛び込んだ勢いで地面に身体を打ち付ける俺たち。すごいデジャヴュを感じた。

 衝撃にきつく結んだ瞼を、ゆっくりと開ける。


 ――頼む! 廃ビルであってくれ……!


 これでまた変な場所だったらどうしよう、と思いつつ視界に映った景色は……。


「……は、はは。ははははは、あははははは!」

「帰って……これたー! 元の廃ビルだー!」


 視界一面コンクリート。木々も、土の地面も、紫の雲が覆う空も無い。

 この景色を覚えている。この場所を覚えている。

 近くには置き去りにしていた自分の鞄もある。


 ――間違いない。


 ここは、元居た廃ビル。俺たちの、世界だ……!






オレノ ▽∀▽。 セカイダ






 その後、俺たちは自分の家にそれぞれ帰った。

 携帯で時間を見てみると、なんと一時間しか過ぎてなかったのには驚いた。体感では五時間くらい居たような気がしたんだが。

 そして、あの開かずの扉は一応閉じた。調べたら、扉を開けたすぐそこに、あの“光の渦”があったからだ。

 光の渦は消えていない。恐らく、今もあの不可思議な場所に通じていると思われる。

 この光の渦を発見したことを誰か――マスコミとかにでも知らせれば、一躍有名人になるのは間違いない。

 だが、光児は反対した。


『もったいなーい!』


 と。

 マスコミとかに知らせないのは別にいいのだが、光児は何か良からぬことを考えていそうだ。

 そして、俺の予想が正しければ、俺もきっと無関係ではいられない。絶対に巻き込まれる。思いっきり迷惑をかけられるだろう。


 ――だけど。


 なんでなんだろうなぁ。……嫌なのに、危険な予感がバシバシするのに、実際に危険に陥ったのに。

どうしてか俺は、それを楽しみにしてしまってる。そんな気がする。

 マゾじゃないんだがな……もしかして、光児のRPG好きがうつってしまったのかもしれねぇな……。


 ――ま、いいんだけどさ。

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