普遍的構造部屋(恋の火蓋)
「僕」が「黒瀬さん」の帰りを待つために三号室で待機していると床下から住人が這い出てきて・・!?
「あんたどこから入ってきてんだ!」もう常識とかマナーとかの枠じゃないだろ。
「床下からですよ。あなた見てたでしょうが。」そんなことを言いながら床下から出てきて僕の真正面に
僕と同じように胡坐をかいた。その無礼者はもちろん男、年齢も背丈も僕と同じくらいで背広に袢纏をを着ている。斬新だ。そしてなにより腹が立つのは部屋が一回自然災害により浸水したんではないだろうかと思わせるほどに水も滴るいい男だからである。
黒瀬さんとつり合いのとれる唯一の人類にも見えた。これは大袈裟であってほしい。
「君、今日からクロークに住むそうじゃないですか」男はまだ僕と黒瀬さん・・恐らく黄金沢さんの三人しか知らないことを言ってきた。黄金沢さんあたりが出かける前に吹聴して周ったのか?
「そうです。よく御存じで」僕は胸を張ってそう言った。なんだかこの男には負けたくない、毅然とした態度で臨んだほうがいいだろう。
「聞こえてきたんですよ。五号室の床下にいたら偶然ね」とこちらも胸を張って答える。
いやいや、それ胸張って答えることじゃないだろ。あんたはその言葉を親御さんの前でも胸を張って言えるか。忍者みたいな諜報方法だ。しかし男は何ともないように「まぁとにかく」と続けて言って、「赤城です」と自己紹介した。
赤城さんか・・しかしちょうどいい。
「赤城さん・・」
「はい、なんです?」
黒瀬さんが帰って来るのを待たずとも赤城さんに聞けばいいのだから。
聞きたいことは山ほどあるんだ。
「黒瀬さんに彼氏はいるのでしょうか?」
「・・・・。」
聞いてしまった。他に聞くべきことは山ほどあるのに・・しかし一番気になってしまうのはやはりこれだ。僕は彼女に惚れているのだから。そしてしばらく沈黙が続いた後に赤城さんがおもむろに胸隠しから煙草を取り出し火をつけながら・・
「いますよ」と言った。
え?いるの?・・・思はず鳩がショットガンを食らったような面になった。つまり他界顔だ。もちろんいない方がおかしいのだが、なんだか虚しい。だって何回手を繋いだことか、思わせぶりもいいとこじゃないか。・・・だめだ。気丈になれ僕よ。このままでは赤城氏に僕が黒瀬さんに好意をもっていることが露呈してしまう。黒瀬さん以外の心への侵入を許したくはない。とにかく沈黙はまずい何か話さなくては。
「Είναι όντως έτσι」クソ、動揺しすぎてギリシャ語で話してしまった。
「え?なんかいいました?」まぁそうなるでしょうね・・。
赤城さんは煙草の煙を輪っかにして満足そうに笑みを浮かべている。よかった、露呈してはいないようだ。ならばさらに穿ったような質問も大丈夫そうだな、黒瀬さんの恋人がどのような人物かわかったところでどうしようもないことなのだが知りたい。
「赤城さんは黒瀬さんの恋人、見たことあるんですか?」
「あるよ。というか俺だよ」
なんと今自分の真正面にいる自然災害により浸水したんではないだろうかと思わせるほどに水も滴るいい男、赤城さんがそうだと言うのか、つまらないことこの上ない展開だ。僕から見ても十分お似合いだからケチがつけられない。だからさっき五号室の床下で僕と黒瀬さんの会話を間男がきたと思って諜報していたのか。なるほど、それなら納得が行く。それで恋人は自分だと警告しに来たわけか、短い間の儚い想いだった・・・
否、あきらめてどうする。ここにきたのは自分の世界を・・生き方を変えるためなんだぞ、黒瀬さんとの出会いは僕を変えるための運命なんだとそう信じてここにきたんじゃないか、むしろ僕の運命を捻じ曲げようとする恋敵が現れてくれて一層燃えるくらいじゃないか。それに、この不可思議なアパートでは常識なんて通用しないはずだ、ならば本来勝てない相手にでも勝てるんじゃないか?
普通なら赤城さん、でもここなら・・・
僕だ!
「赤城さん・・」
「なんだい?」煙草を吹かしながら気怠そうに言う。こんなこと言ったのは人生で初めてであったにもかかわらず僕はそれをはっきりと大きな声で言うことができた。
「僕も黒瀬さんが好きです」
「・・そうか」赤城さんは胸隠しから携帯灰皿を取り出し吸っていた煙草を灰皿の中に入れながら少し重たい口調でそう言ってしばらく黙ってから「選ぶのは彼女だ。もちろん俺も負ける気はしないがね」
と言ってやおら立ち上がり扉へ向かう。そして最後、帰り際にこう言った。
「俺から奪ってみろ」
その出で立ちは実に格好よかった。猛々しさと優しさを兼ね備えた深遠な言葉だった。
部屋で一人になり思う。なんて人を相手に僕は戦いを挑もうとしているんだ、すべてにおいて僕の上を行っているような気がして少し弱気になる。
「だだいま戻りました」
玄関から黒瀬さんの声がする。赤城さんの恋人の・・。そしてすぐに僕の部屋の扉を誰かがノックする。間違いなく黒瀬さんだ。
「どうぞ」と言った僕の声には力はなかった。
「失礼します。どうしたんですか?元気ないみたいですけど・・」
そりゃそうだろう、好きな人に恋人がいたのだから。僕はムッとして思わず当てるようなことを言ってしまう。
「さっきまであなたの恋人の赤城さんが来てたんですよ」
「ふふ、恋人じゃないですよ。」
え?違うの?いや、黒瀬さんが僕を哀れに思って言ってくれているだけなのかもしれない。しかしじゃあ「赤城さんとはどういう関係なんですか?」今の僕は嫉妬のせいか穿ったことも聞けるようになっていた。
「彼は私のストーカーです。床下から盗み聞きされたり部屋に盗聴器仕掛けられてりして困ってるんですよ」
とんだ変態野郎だった。
何が俺から奪ってみろだ。ものにできてないじゃないか。
どうやら運命は僕をまだ導いてくれているようだ。
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次回、黒瀬さん!?