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ようこそ、クロークアパートへ(続・運命)

三話目、運命の続き。

あれから僕は黒瀬さんの案内で北三不にある場所に向かっているわけだが、黒瀬さんを自転車の荷台に乗せての運転をしたため酷い筋肉痛だ。そして・・


「こちらです、あと少し」


僕は今現在、北三不のメインストリートにあたる通称「北道」からオフィスビル群の隙間を縫うようにして路地に入り黒瀬さんに手首をつかまれ、ぐいぐいと急かすように引っ張られている。ある場所へ僕を連れて行くためである。


なぜこのような展開になったのか?


先ほどのめくるめく回想にもあった通り僕はもう黒瀬さんに惹かれてしまっているわけだ。するとなんでも話してしまうのが男の阿呆なところ、しかし自分の塵ほどにもない誇りも守りたいと心のどこかでセキュリティーがかかりただ父親と喧嘩して勢いで出てきたことにした。本来なら父とは喧嘩はおろか先に風呂にも入れないほど上下関係はっきりしている。父(上)(下)僕(関係)。


すると黒瀬さんが・・


「よかったら家に泊まりませんか?」と軽はずみな言動を。


何を言ってるんだ黒瀬さん。御付き合いもしたことない僕がたった今あったばかりの女性宅へ行ける度胸があると思っているのかい。


しかし行ってみたい!絶世の美女・黒瀬さんならおそらくベルサイユ並の宮殿に御住いなのだろうか?




気になる。しかしこちらも・・


「ご家族に迷惑ではないでしょうか?」気になる。一番気になる。


「はい、今は北三不で一人暮らしをしているので」と黒瀬さん回答。




独立万歳!!



と心で叫ぶ。



しかし本当にいいのか?否、もうそれだけ信頼してくれているんだ。それに泊まるあては他にはない。自分を律するだけの理性も知性もあるはずだ。大丈夫、大丈夫・・しかしもしも・・。とこの議論を延々頭で繰り返しながら僕らは黒瀬邸を目指して今になるわけだが・・・


「あと少しってさっきも言ってませんでしたか?」不安になってきていたので訊いてみる。


「測り違えただけです。本当にあと少しです」と言ってつかんでいた手を離す。あいかわらずのお澄まし顔にもみえるが何か含むことのありそうな表情にもみえて一層不安になった。自宅への帰路だろうに・・。もう路地に入ってから小一時間は経ってる気がするが、だとすればもう太陽が昇ってもおかしくない。しかしビルの狭間であるからか朝ぼらけどまりである。自転車を押しながらだからかな、黒瀬さんが握ってくれていた手首はともかく手は冷たい。



そろそろ日を拝みたいものだ。夜はもういい。


それにしても複雑な路地、よそ者や土地勘がない人が入ったらもう出られないんじゃないか?樹海を彷彿とさせるラビリンス設計の路地が延々、永遠・・


はぁ・・不意にまた思い出してしまった。「事件」のことを、過去に縛られて延々、永遠にかわらない人生のことを。


黒瀬さんと出会った時点でもうかわらない日々は崩壊したはずなのに。


この路地が自分の人生で、そう、まさに今自分の歩いている人生がこの路地そのものなような。いやな感覚が蘇ってくる、逃げたくなる感覚だ。思わず目を閉じてしまい俯く・・そして気づく。押していた自転車がないことに。


あれ!?一瞬目を閉じただけだぞ?


後ろを振り向くが自転車はない。横幅なんて大人三人が並べば塞がれてしまうくらいの道だ、見失うはずがないし誰かとすれ違った訳でもない。盗難じゃない・・。自転車の理由なき反抗か?




そんなはずない、生物学的に。



うろたえている僕の冷たい手に暖かくぬくもりある黒瀬さんの手が伸びてきた。


「着きましたよ」と言って微笑んでいる。でもそれより。


「黒瀬さん!僕の自転車知りませんか!?」焦りで声が大きくなってしまっている。しかし黒瀬さんは冷静に「理由なき反抗じゃないですか?」と言ってのけた。・・・発想が同じというより心を読まれた気がした。数秒前の。


そして僕が駄々をこねないようにかすぐに「後で一緒に探しましょう」と言ってくれた。何も不思議そうな顔はせずに。


「さぁ、早く!」黒瀬さんが僕の手を引っ張りながら駆けて行く。僕も連鎖で駆けて行く。


しかしアパートなんてみえない。周りはビルばかりだ。聳え立つビル群を見上げながら走っていると黒瀬さんが急に立ち止まったので繋いだ手の影響を大いにうけ転んでしまった。


見ると、高いビル達に囲まれて昭和の古い下宿を彷彿させる廃墟が建っていた。




「ここです」



廃墟ではなかった。


だが黒瀬さんのような人が住んでいるとは到底思えない。しかし彼女は転んだ僕を起こしてまた手を繋ぎ空き地のようになにもない庭を超えて玄関先まで行き一言。


「ただいま」


ここが家なのは間違いないようだ・・。ベルサイユを想像していた僕は落差の激しさにまたしても不安を覚えたが、黒瀬さんは僕と繋いだ手をぎゅっと離さないよう、あるいは僕の不安をつぶすかのように強く手を握ってから言ってくれた。



「ようこそ、クロークアパートへ」


その言葉に僕は僕の新しい世界が開ける鼓動を感じた。

次回からアパート編です。


毎話読んでいただきありがとうございます。

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