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助ける。でも選ぶのはお前だ ~救った結果、世界が止まったので壊すことにした~  作者: 慈架太子


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第83話:セレスティア対等

朝の光が屋敷の回廊を白く染め上げ、世界を隅々まで暴き出している。


 かつて、この場所には明確な「階層」があった。


 高い位置。


 神の如き知性を持って、あるいは絶対的な魔力を持って、すべての事象を俯瞰し、管理し、調整する「座」。


そこに、彼女はもういない。


いつもなら、当然のように見下ろしていた。


 混迷する世界を、迷える人々を、そして停滞に甘んじる彼女たちを。


 不完全なものを整える側。


 進むべき方向を、有無を言わさず決める側。


 それがセレスティアという存在の定義であり、誇りであったはずだ。


今は――違う。


セレスティアは、冷たい石畳の上に立っている。


 同じ地面。


 同じ高さ。


 


 彼女の瞳に映るのは、もはや記号化された群衆ではない。


 同じ地平を歩み、同じ空気を吸う、一人ひとりの生きた意志だ。


 視線が交わる。


 逸らさない。


 傲慢に視線を上げることもなければ、卑屈に下げることもしない。


 


(これが、対等。……これほどまでに、世界は剥き出しなのですね)


魂の底から突き上げてくる、奇妙な違和感。


 支配という名の万能感から脱却した代償。


 癖が、まだ色濃く残っている。


 淀みを見つければ、即座に判断したくなる。


 歪みを見つければ、完璧に修正したくなる。


 それは、彼女という個体を形作ってきた「秩序」への渇望。


「……しない。……もう、私の仕事ではないわ」


止める。


 指先一つ動かそうとする本能を、自分自身の冷徹な意志で、力ずくで押さえ込む。


決めるのは、相手だ。


 その決定の結果、傷を負い、責任を背負って動くのも、また相手。


 私は――。


 ただ、この世界の一部として、関与するだけ。


前方の広場で、衝突が起きた。


 物売りと客、あるいは価値観の違う住人同士の、小さな摩擦。


 以前のような、アグナードによる「不快の排除」が機能しなくなったことで生まれた、日常的なズレ。


以前の彼女なら、あのような光景を許せなかった。


 即座に介入し、論理と魔法で最適解を押し付け、場を整えただろう。


 不完全なノイズを消し、再び美しい静寂へと戻しただろう。


今は。


 ただ、見ている。


当事者たちが、拙い言葉を交わし合う。


 怒り、戸惑い、けれど自分の意志で答えを探そうと足掻いている。


 選ぶ。


 調整する。


 相手との折り合いを、自らの責任でつけようとしている。


時間がかかる。


 非効率で、無駄も多い。


 傍から見れば、滑稽なほどに遠回りなやり取り。


でも――。


「……それでいいのよ」


吐息と共に、言葉が漏れる。


 


 結果が出る。


 自分たちで。


 誰かに与えられた平和ではなく、自分たちの足掻きの果てに掴み取った、泥臭い合意。


 歪みは残るだろう。完璧な解決など、この世には存在しないのだから。


 でも。


 動いている。


 そのプロセスこそが、世界に「命」を吹き込んでいる。


セレスティアは、深く息を吐いた。


 


 軽い。


 


 支配していない。管理もしていない。


 なのに。


 世界は、崩れていない。


 それどころか、かつての均衡時代よりもずっと、強固でしなやかな脈動を感じる。


横を見る。


 そこには、クラリスがいた。


 かつての支配者候補の一人。


 同じ位置。


少しだけ、目が合う。


 言葉はない。


 けれど、視線の交差だけで理解し合えるものがあった。


 上でも下でもない。


 同じ線上に立ち、このカオスを見つめる共犯者としての、静かな連帯。


前方。


 セリスとレオニアが、嵐の先頭を切るように動いている。


 後方。


 マリアとエルナが、祈りと歌を携えて、人々の心を支え、記録している。


 少し離れた場所。


 カレンとリリスが、それぞれの愛と自立の形を模索しながら歩いている。


そして。


 アグナード。


彼は特別な存在ではない。


 救世主でも、魔王でもない。


 ただ、そこに在るだけの男。


 けれど、彼がそこに居るからこそ、この世界は一つの「余白」を保っていられる。


それでいい。


 彼を基準にする必要はないが、彼を排除する必要もない。


「……これで、ようやく揃ったのね」


均等ではない。


 それぞれの重みも、熱量も、バラバラだ。


 でも。


 対等。


 誰一人として、自分の人生のかじを他人に預けていない。


セレスティアは、眩い朝日の中、前を見据えた。


 


 もう。


 整える必要はない。


 


 崩れたなら。


 その瓦礫の中から、また誰かが明日を選び取るだけ。


 


 それが、この世界の新しい呼吸。


 それが、彼女が愛することに決めた、自由という名の残酷な祝福。


セレスティアは、静かに歩み出した。


 


 初めて。


 高い座を降り。


 


 “同じ線に立った”。


彼女の影は、今、他の誰とも変わらない一人の人間として、王都の石畳の上に長く伸びていた。


 依存の夜は終わり、対等の光が、新しい物語の幕を押し広げていく。







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