表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
助ける。でも選ぶのはお前だ ~救った結果、世界が止まったので壊すことにした~  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/90

第71話:レオニア共犯化 「やるか」

夜の静寂が、音を立てて剥がれ落ちていく。

王都の空気を支配していた、あの不気味なほどの重さが消えた。

完全になくなったわけではない。淀んでいた空気の底に、新しい「風」が吹き込んだに過ぎない。

それでも。

止まってはいない。

少なくとも、今のこの広間には、凍りついた時間は存在しなかった。


レオニアは、壁にもたれていた身体をゆっくりと剥がした。

その顔には、獰猛な笑みが浮かんでいる。

口の端を吊り上げ、獣が牙を覗かせるような、不敵で、傲慢な笑み。


(ようやくか。ようやく、この死んだような場所がまともに動きやがった)


動く空気。揺れる流れ。

それはまだ、微かな震えに過ぎない。

子供の一歩。弟子の独立。そして、セリスの決断。

これまで積み上げてきた均衡に比べれば、あまりに脆く、あまりに遅い変化だ。

だが、ゼロではない。

一度動き出した歯車は、もはや静止していた頃の純粋さを失い、不格好な「生」の音を奏で始めている。


「……退屈しねぇな、おい」


誰に聞かせるでもなく、地を這うような低音で独り言ちる。

レオニアは首を左右に振り、骨の鳴る音を広間に響かせた。

身体が軽い。

あの日、アグナードに救われてから、ずっと彼女の内側に溜まっていた熱量。

行き場を失い、腐りかけ、自分自身を焼き尽くそうとしていた衝動が、今は出口を見つけたかのように脈打っている。

ほんの少し、毒が抜けたような爽快感。


だが。

まだ足りない。

こんな小波程度で満足できるほど、彼女の魂は安っぽくはなかった。

もっと、大きなうねりが欲しい。

もっと、世界が軋むほどの衝撃が欲しい。

彼女が彼女として存在し続けるための、命を懸けるに値する「戦場」を。


レオニアは、真っ直ぐに視線を向けた。

その先にいるのは、アグナードではない。

銀の鎧を纏い、自らの手で「静寂」を切り裂いた女。

セリス。


動かした奴。

均衡という安穏を自ら捨て、停滞という名の地獄に終止符を打った奴。

そして、その後に訪れる混乱をすべて引き受けると決めた奴。


レオニアは、一歩前に出た。

重いブーツが石畳を噛み、鈍い音を立てる。

迷いはない。止まるつもりも毛頭ない。

そのままセリスの間合いへと、無造作に踏み込んでいく。


「……で?」


低く。獲物を値踏みするような、試す声。

セリスの瞳を覗き込み、その奥に潜む本心を暴き出そうとする。


「どこまでやるつもりだ? 騎士様よ。均衡を壊したその先、地獄まで付き合う覚悟はあるんだろうな」


セリスは答えない。

だが、その視線は微塵も逸れなかった。

恐怖に揺れることも、後悔に曇ることもない、澄み渡った正義の瞳。

言葉を重ねる必要はなかった。

その眼差しだけで、十分すぎるほどの返答になっていた。


中途半端じゃない。

彼女は、自分が何をしたかを理解している。

そして、これから自分が何をしなければならないのかも。


レオニアは笑った。

今度は、隠すこともなく、はっきりと。

暗闇を照らし出すような、眩しくも凶暴な笑み。


「いいな。最高だ」


ようやく。

ようやく、この「ごっこ遊び」のような平和が終わる。

同じ側に立てる。

誰かの後ろを追うのではなく、誰かの影に隠れるのでもない。

壊すためだけに暴れるのではない。

かといって、何かを盲信して守るためだけに止まるのでもない。


“やる”ために。

ただ、生きている実感を得るために、世界と、自分自身とぶつかり合う。


「……やるか」


短く。

それは確認ではない。同意を求める問いかけでもない。

もちろん、一方的な宣言でもなかった。


それは、共犯の合図。

アグナードという名の不変の太陽に対し、自分たちの足で歩き出すという、反逆にも似た結託。


セリスが、わずかに頷いた。

鎧の隙間から零れたその微かな動き。

それでいい。

それで、すべてが決まった。

多くを語る必要など、かつての戦友とものような信頼など、今の彼女たちには不要だった。

ただ、「止まらない」という一点において、二人の意志は重なった。


レオニアはさらに前に出る。

もはや、自分を抑える理由はない。

これまで課してきた過酷な自制。彼に嫌われないために、彼の邪魔をしないために、檻に閉じ込めてきた自分という獣を、今、解き放つ。


止めない。

この後に続く崩壊も、人々の不安も。

ただ。

合わせる。

セリスが作り出した、この「動く流れ」に、自らの圧倒的な力と熱量を叩きつける。


拳を握りしめる。

指の間で、かつての戦場を思い出させるほどの力が凝縮される。

今度は、振るえる。

くうを掴むのではなく、確かな手応えのある明日を、その拳で掴み取れる。


「……潰すぞ、何もかも」


何を、とは明言しない。

内側から始まっていた腐りか。

世界を凍りつかせていた停滞か。

それとも、自分たちを縛り付けていた過去のすべてか。


カレンが、その殺気にも似た気迫に息を呑む。

クラリスが、新たな変数の登場に目を細め、再計算を始める。

マリアが、瓦解が加速することを察し、さらに深く支える位置へと足を進める。

エルナが、真実の先にある「激動」の予感に、瞳を輝かせ見つめる。


波が、広がっていく。

セリスという中心から始まった波紋は、レオニアという力強い共犯者を得て、巨大な潮流へと変わりつつあった。


一人じゃない。

二人でもない。

この屋敷に集う者、王都で息を潜める者、すべてがこの連鎖に飲み込まれていく。


アグナードは動かない。

背後で何が起きようと、かつての「手駒」たちがどのような密約を交わそうと。

彼はただ、そこに在るだけ。

いつも通り、無機質な瞳で、変わりゆく世界を眺めている。


それでいい。

今回は。

あいつに助けてもらう必要なんてない。

あいつの顔色を伺って、止まる必要も。


「……行くぞ」


レオニアは地を踏みしめ、強く踏み込んだ。

迷いの一切を脱ぎ捨てた、戦士の踏み込み。


世界が。

一段、強く動いた。

均衡という名の美しい氷原は完全に砕け散り、その下から激しく、そして泥臭い「生」の奔流が溢れ出した。

夜明けはまだ遠い。

だが、その暗闇を切り裂くのは、もうアグナードの光だけではなかった。

自ら燃え始めた女たちの、烈火のような意志。

それが、王都の新しい形を焼き尽くし、描き直そうとしていた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ