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助ける。でも選ぶのはお前だ ~救った結果、世界が止まったので壊すことにした~  作者: 慈架太子


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第23話:手順

夜の静寂が、街の裏通りを深く塗り潰していた。

建物の合間に差し込む月光は細く、石畳の凹凸を不気味な陰影として浮かび上がらせている。昼間の喧騒が嘘のように遠のいたこの場所では、わずかな衣擦れの音さえも過敏に響く。


だが、その静寂は不完全なものだった。

闇の奥で、複数の気配が蠢いている。


「……今夜だ。仕掛けるぞ」

低く、くぐもった声。

街に潜り込んだ傭兵崩れの男たちが、影のなかで肩を寄せ合っていた。

「ああ。手間取らせるなよ。一気に片付ける」

油断はない。彼らは素人ではないのだ。互いの呼吸を合わせ、獲物を仕留める瞬間の冷徹な高揚感を共有している。


しかし、彼らは気づいていない。

自分たちが獲物を狙っているつもりでいながら、その頭上から、より冷徹な「目」に見下ろされていることを。


屋根の上。

二人の子供が、瓦に身を伏せていた。リンによって配備された尾行組の少年たちだ。

彼らは数時間、瞬きさえも惜しむようにして男たちを監視し続けていた。心臓の鼓動が耳の奥で早鐘を打っているが、指先一つ動かさない。

「……来る」

一人が、唇の動きだけで相棒に伝えた。


次の瞬間、路地の入口に変化が訪れた。

ゆっくりと、だが迷いのない足取りで現れる影。

一人、また一人。

カレン。レオニア。そして、マリア。

アグナードという中心軸を共有しながら、決して相容れることのないはずの女たちが、そこには並び立っていた。


彼女たちは足音を消そうともしなかった。あえて石畳を鳴らし、自分たちの存在を誇示するように歩み寄る。


「……誰だ」

傭兵の頭が弾かれたように振り向き、瞬時に腰の剣を抜いた。

仲間の二人も即座に反応し、背中を合わせて三方に武器を向ける。プロの練度。だが、彼らが対峙しているのは、その技術が通用するような相手ではなかった。


「……あんたら」

カレンが口を開いた。

彼女は退屈そうに自分の髪を指で弄りながら、刺すような視線を男たちに据える。

「……動かないで。これ以上、路地を汚されるのは真っ平なの」

軽い口調。だが、その言葉と共に放たれた威圧感に、男たちの肌に粟が立った。空気が重く、粘りつくような感覚。


「……何だ、お前ら。女の出る幕じゃねぇぞ」

傭兵の一人が震える声を絞り出す。

「用件を言え。俺たちに何の恨みがある」

ジンが――かつて盗賊だったあの男と同じように、覚悟を決めた目を向ける。


「……簡単よ」

カレンが肩をすくめ、宣告するように言った。

「……通報済み。逃げ場なし。……今のあんたたちは、ただの『書類上の不備』みたいなものよ」


短く、残酷な言葉。

男たちの顔が、一瞬で青ざめた。

「……は?」

「正規処理、ってやつよ。残念だけど、もうここは『俺ら』が勝手に殺し合っていい場所じゃないの」


カレンが笑う。その微笑みは、暴力そのものよりも遥かに冷たく、男たちのプライドを粉砕した。

その言葉を裏付けるように、路地の奥から整然とした足音が響いてきた。


闇の中から現れたのは、統一された銀の鎧を纏った一団。

街の治安を司る衛兵たちだ。彼らは抜剣し、慣れた手つきで路地の出口を封鎖していく。


「……くそ、囲まれている」

傭兵の仲間、ドーラのような境遇を持つ女戦士が吐き捨てた。

「ああ。逃げ道は完全に塞がれたな」

頭が、撤退の余地がないことを悟り、歯噛みする。


「……突破するぞ! 構えろ!」

若手の男が死に物狂いで突っ込もうとした、その時。

レオニアが、無言のまま一歩前に出た。


「……やめろ」

低い、地を這うような声。

それだけで、男の全身の筋肉が凍りついた。

踏み込もうとした足が止まり、振り上げようとした剣の重さが、今の自分には耐えられないほどの質量となってのしかかる。

直感。

本能。

目の前の女一人にすら勝てない。ましてや、その背後に控える者たちを含めれば、抵抗そのものが滑稽な喜劇でしかないことを、彼は理解してしまった。


「……」

マリアが、一歩前に出て、慈愛という名の冷徹さを込めて告げた。

「……抵抗を放棄してください。そうすれば、法による裁きは軽くなります。……無駄な負傷を重ねることは、あの方にとっても不本意なはずですから」


事務的。

そこには同情も怒りもなかった。

ただ、アグナードという基準に照らし合わせ、最も「合理的」で「不快感の少ない」手順を提案しているだけだ。


沈黙。

やがて、傭兵の頭が、肺の中の空気をすべて吐き出すようにして息をついた。

そして、カランと音を立てて、剣を石畳に落とした。

「……降りる。……抵抗はしない」

その一言が、場の崩壊を決定づけた。


「……しゃあねえな。ツキがなかったよ」

仲間の女も、諦めたように武器を離す。

最後に残った若者も、悔しげに唇を噛み切りながら、力なく剣を手放した。


衛兵たちが速やかに歩み寄り、男たちの手首を拘束していく。

手際よく。

無駄なく。

流れるような、法執行の手順。


カレンは、連行されていく背中を、欠伸を噛み殺しながら眺めていた。

「……楽ね。あの方が指先一つ動かすまでもないわ」

「……ええ。これが、本来あるべき正規の形です」

マリアが頷く。


レオニアは何も言わず、ただ拘束が完了し、路地に静寂が戻るのを確認していた。

彼女たちの目的は、敵を殺すことではない。

アグナードという存在に、「余計な手間」という名のノイズを届かせないこと。

そのための、最もクリーンで確実な手段。


屋根の上で。

そのすべてを見守っていた二人の少年は、静かに溜息を漏らした。

「……終わったな」

「ああ」

彼らは飛び降りることも、勝利の叫びを上げることもなかった。

介入する必要など、最初からなかったのだ。

自分たちが「見つけ」、あの方に「伝え」、そして繋がった大人たちが「処理」する。

その連鎖が、完璧に機能したことへの充足感。


彼らは、静かに影の中へと消えていった。

やるべきことは、すべて終わっていた。


――この日。

街の片隅で起きた事件は、血の一滴も流れることなく解決された。

それは、圧倒的な武力による蹂躙でも、個人の激情による断罪でもなく。


「手順」という名の、新しい秩序の勝利だった。

アグナードという中心軸を囲む者たちが、彼の沈黙を守るために創り上げた、名前のない、だが強固な仕組み。

その仕組みは、アグナード本人の預かり知らぬところで、世界を少しずつ、着実に書き換えていた。






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