誤読をされるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第44弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「自分から動くのは、君のほう。」の後の話です。
「俺たちの、ベストな姿勢はいつもの仰向けと、向かい合って座るものが良いと思います」
…………いきなり何を言い出してるの?
「オルガはどうでしたか?」
「どっ、どうでしたって……」
ノインがしたいっていうからしただけだし……。
「うーん、そうだなぁ……うつ伏せのは嫌だった。顔、見えないし」
「それは俺も同意します」
「後ろから抱っこされるのはいいけど、……うーん」
「抱きしめるくらいのほうがいいですかね」
「うん、そう」
それだ。
ノインがにっこりと微笑んだ。
「わかりました」
……わかりましたって……。
オルガはなんだか腑に落ちずに眉をひそめる。
「ノインはそれでいいの?」
問いかけに、ノインは「ん?」と首を傾げた。
「俺は君に気持ちよくなって欲しいです」
「そっ、そ、そう」
「俺も気持ちいいので、君にも気持ちよくなって欲しいんです」
「……う、うん」
「一方通行の気持ちだと、なんか嫌です」
「……………………そっか」
た、たしかに、そうかも。
オルガは強く頷いた。
「私もそう思う!」
「そうですよね」
「うん。なんか両想いみたいで、いいね」
自分で言った言葉なのに、三秒ほど経ってから恥ずかしくなって顔を真っ赤にしたけど。
「…………」
向かい側に腰掛けていたノインも、真っ赤な顔を片手で覆っていた。
***
時間は少しだけ遡る。
馬の背に乗りながら、頬を撫でる夏のぬるい風を感じる。
背後のノインがしっかり支えてくれるからか、落ちるかも、という恐怖はない。
先ほどの見たことのない菓子の数々は最高だった。
単純ではあるけど、沈んでいた気持ちが一気に明るくなってしまった。
「ご機嫌ですね。気に入ったものはありましたか?」
「えー……全部おいしかったよ?」
「……そうですか」
「でも高いんじゃないの?」
「いいえ。それほど高くはないです。さほど富裕層向けというわけでもないですしね」
「? ならいいけど。
ノインは食べたいの食べれた?」
ちょっと夢中になってて、ノインが食べてたの見てなかったな……。
せっかくノインがどんなものが好きか、調べるチャンスだったのに。
「はい。全部おいしかったみたいです」
「ん?」
なんか言い方おかしくない?
……まあ、いいか。
(あれこれ考えたって、今すぐどうにかできることってないし)
ちょうどいいし、気になってたこと聞いてみよう。
「ノイン」
「はい」
すぐに返事がくる。
「娼婦って、どんな格好してるの?」
一拍、間があいた。
手綱を握るノインの指先が、ほんの少しだけ止まる。
「ついさっきまで菓子のことで頭がいっぱいだったはずですが……急にどうしたんですか」
「ちょっと前から気になってたんだよ。男の人を誘惑する女の人なんでしょ? プロの人!」
「…………」
「で、でも、実在してるのかな」
「……実在してますし、まあ……そうですね」
「おお、いるんだ……!」
まあ騎士もいるんだし、いるかぁ。
「なぜ格好を気にするんですか」
「どんな感じなの?」
肩越しに見ると、ノインが「うっ」と少しだけ顔をしかめた。
「ごめん、声かぶっちゃったね」
「いえ……。
格好は……露出が多い、というよりは……少しだけ見せる、といったほうが近いかもしれません」
「……もしかして、見たことあるの?」
ハッとしたようにノインが視線を逸らす。
「……巡回しますから、目にすることもあります」
「そうなんだ!」
ということは、やっぱり王都にもいるんだ。
「巡回中って、どのへん?」
「夜の巡回中ですから、君は見ることはないと思いますよ」
「そうなんだ……」
お話を聞ければ、男の人の誘い方とかわかるかなって思ったんだけどな……。
(……少しだけ見せる格好……少し?)
「少しだけ見せる格好って?」
「そうですね……肩や胸元を少し。視線を引きやすいようにするんです」
「???」
視線を、引きやすいようにする?
「こう?」
胸元の紐を少し緩めて、布を引いた。
谷間がわずかに覗く。
「ぶっ」
背後でくぐもった声がして見ると、ノインが「ごほごほ」と咳払いをしている。
「な、なにをしてるんですか」
「え? ち、違うの?」
えええ……?
「ま、間違ってはいませんけど、外ではやらないでください」
なんで!?
「家の中でなら、好きにしていいので」
「?」
んん?
(もしかして、家の中でそうしてるってことかな? なるほど!)
じゃあ、自分が前に考え抜いて作った膝丈の肌着はほぼ正解だったのでは!?
知らない間に、正しい姿に辿り着いていたなんて思わなかった!
「…………またなにか余計なこと考えてる……」
背後のノインの呟きと同時に、馬は市場へと入っていく。
*
「寄りたいお店があるけど、いい?」
「いいですよ」
オルガはどうしようときょろきょろと視線を動かした。
「? どうしました」
「布屋さんに行きたい」
「いいですけど……いつもの布屋ではダメなんですか?」
数回利用しているから、どこにあるかはわかってるけど。
(今回欲しい布地はあの店にはなさそうなんだよね……)
どうしよう……。
俯いていると、ノインが心配してくる。
「なにか問題があるんですか?」
「……は、肌着を作りたくて」
ピシッ、とノインが停止した。
しばらくしてから「あぁ」と納得する。
「今の枚数だと着回すのも限界ですよね……。
じゃあ、もう少し質の良い布を扱っている店がもう少し奥にありますから、そちらに行きましょう」
(…………待って。ノイン、なんで私の肌着の枚数知ってるの……)
「値は張りますが、その分長持ちしますよ」
(ヤバイ……高い店に連れて行かれる……!)
少し視線をそわそわと動かしてしまうが、ノインは善意で言ってくれてるし。
(ノインがくれたショールに合う服も作りたいから、う、うぅ、お財布には……ううん、高過ぎたら断ればいいんだよ!)
そうだそうだ!
案内された布屋を見て、オルガは少し後退しかけた。
(うわぁ、なんか……全然ちがう……)
看板は小さいし、お店の外に布がほとんど出てない。
……めちゃくちゃ入りにくそう……。
「行きましょう」
腰に手を回されてノインが誘導してくる。
(もおおおおお! なんでわからないの!? ど、どう考えてもまた私、場違い……)
思っている途中でノインがあっさりと扉を開けて中に入ってしまった。
ほらぁ……。
(すごい静かなんだけど、店内……)
外から中の様子は全然見えなかったけど、これは……まずい。
いつもの店は布が積んであるけど、ここは箱や棚に丁寧に保管されている。
「どういったものをお探しですか?」
「わっ」
若い男の人がいきなり声をかけてきたので、思わず肩を大きく跳ねさせる。
え? なんで声をかけてきたの???
「え、えっと……」
も、もしかして、このお店では、お店の人に言わなきゃいけないのかな……。
(ショールに合う服……と、そ、それから)
「そ、外で着るものを、少し」
「かしこまりました」
えっ。
(今の言い方で合ってるの!? 絶対違うと思う!)
戸惑っている間に、すぐに数枚布が出てきた。
「こちらは軽めの毛織でして、秋口から冬にかけて使いやすいものです」
「…………」
と、言われても。
オルガは差し出された布をそっと見た。
落ち着いている、くすんだ緑。黄緑色のようにも見える。
「……きれい」
思わず声が出た途端、「お似合いになると思います」と即座に言われて、さらに後退しかけた。
背後のノインにぶつかる。
「どうぞ触ってみてください」
さわる!?
手を恐る恐る出してから、指でなぞった。
少しざらつきがあるけど、柔らかい。それに、温かそうだ。
「うーん」
「値段は気にしなくていいですよ、オルガ」
「気にするよ」
小声で言い合うけど、ノインが背後で小さく笑った。
(わかった。ケチケチしない)
そう決めたのに、もう一枚差し出される。
今度は落ち着いた、暗い青。
「先ほどのはモスグリーン。こちらは藍色です」
「…………」
どっちも、いいかも。
(一着で十分だと思うんだけど……! そんなに滅多にこんな……でも、一着ダメになっちゃったら予備がなくなっちゃう……!)
散々悩んでから。
「……これと、これ、お願いします」
疲弊した状態で言ってしまった。
店員が微笑む。
「ありがとうございます」
なんだろう。慣れない接客に困惑するばかりだ。
あ。
そうだ、まだある。
「あの、肌着も少し……」
「でしたらこちらを」
白い布が広げられる。
「リネンです。夏でも使いやすく、汗をよく吸います」
よ、よく喋るなぁ……。
触れるとさらっとしていて、軽い。
(おお、これいいかも……!)
「あ、あの、これ……とてもいいです」
「何枚ほどご用意されますか?」
なんだって!
(もう買うことが決定されてる!)
こわい……高いお店ってこんな感じなの……?
「え、えっと……さんま」
いや、たぶん足りない。
「五枚、お願いします」
「かしこまりました」
はっや! 即決なの!?
店員がすぐに書き留めている。
値段もわからないのに。いや、値段は言うべきじゃないの? こういうお店では言わないのがふつうなの!?
(もうやだ……早く出た……)
い、と思う直前でハッとした。
身を少しだけ店員に寄せる。
「……あの」
店員が視線を寄越した。
「もう少し……薄い布って、ありますか?」
「…………」
あ、あれ?
「薄い、ですか」
「家で着るものなんですけど」
わああああ、ノインに聞こえてませんように……!
耳のいいノインに聞こえないようにと必死になってしまう。
店員は一度だけ頷いた。
「でしたら」
奥から、数枚持ってくる。
(ちょっとおおお! 数が多いんだけど!)
どれも軽そうで、光に透けている。
「こちらは細い糸で織ったリネンです。かなり薄手になります」
手に取ってみる。
向こう側が、少し見えた。
「…………」
うっす。
でも。
(……うん)
丈の短い肌着姿を見せた時の、ノインのあの「夢?」と本気で言っていた顔を思い出す。
「……これも、ください」
「かしこまりました。装飾のあるものもございますが」
えっ。なんでべつのをすすめてくるの!?
終わったと思っていたオルガは、それでもおかしな態度にならないように微笑んだ。
出されたのは、縁に細かい飾りのついた布だった。
「きれい……」
「レースです。少々値は張ります」
……え、ええ。う、うぅ。
「それもお願いします」
小さく言う。
店員の目がわずかに変わったが、オルガはまったく気づいていない。
(どうしようどうしようどうしよう。レース!? レー……)
「ありがとうございます」
笑顔の店員の声に我に返る。
「男性用の下穿きなどもございますが」
「あ、それも」
反射的に答えてしまい、慌ててノインを見た。
「いい?」
「……助かります」
ん?
(なんか、ノインがちょっと変……。お金使い過ぎた!?)
重ねられた布を見て、店員が「ずいぶん、まとめてですね」と穏やかに言う。
「後日入るものもございますので、お届けも可能ですが」
「必要ありません」
ノインの声に、お店の人が驚いて動きを止めた。
「馬があります」
「二回ほど分けて入るのですが」
えっ、何回もノインに来てもらうのはダメだよ!
困ったように微笑んでいるお店の人に「届けてください!」と言ってしまっていた。
*
布は、思っていたよりも早く届いた。
オルガは門の内側に立ったまま、少し困ったように振り返る。
「ここで大丈夫ですよ」
そう言ってるんだけど……。
「いえ、玄関まで運びます。重いでしょう?」
腕に抱えている布は、確かにかさばってはいるけど。
(ノインに門から中に入れるなって言われてるけど……)
この人、頑固だなあ。
(そういうのも商売ってやつなのかな)
まあ玄関までならいいか。
入ってすぐは壁なのだし、そこに置いてもらえばいい。
「ご親切にありがとうございます」
商売だろうけど、ありがとうは言っておくべきでしょ。
小さく頷くと、男は自然な足取りで門の内側へ入ってきた。
玄関の前で、オルガは腰をかがめて扉を開ける。
中はすぐ折れ曲がる造りになっているから、奥の居間は見えない。
「ここで……」
言いかけた時、布を受け取ろうと伸ばした手首を、掴まれる。
(えっ、なに?)
驚いていると、思ったよりも男の顔が近い。
「……やっぱり、そうですよね」
頬をわずかに染めて、男が笑う。
「最初から、気になっていたんです。あの店で」
「え?」
「無理に言わなくてもいいです。わかりますから」
「???」
なに言ってるんだ、こいつ。
握られた手に、少しだけ力が込められる。
その瞬間、後ろから強い力で、男の身体が引かれた。
襟首を掴まれ、そのまま後方へ引きずられる。
男は足をもつらせ、石の小道へと倒れ込んだ。
見つめた先には、濃紺の制服と、まっすぐに立つ姿勢。
ノインは一度もこちらを見ないまま、淡々と言う。
「布は俺が運ぶので、そのまま置いておいてください」
そして、彼は玄関扉を閉めた。
*
「???」
まあいいかとオルガは布を抱えようとする。
おもっ!
足に力を入れて踏ん張る。う、うまくいかない!
「ぐぎっ……」
ぐらりと体が傾く。
その手から、布がすっと持ち上げられた。
「俺がやると言ったでしょう」
オルガは小さく瞬きする。
「さっきのお店の人、どうしたの?」
「帰りました」
布を抱え直すのを見ながら、うーんと首を大きく傾げる。
「なんか変なこといっぱい言ってたんだけど」
「……」
ノインが、一瞬だけ視線を落とす。
「君のこと、いいなと思ったのかもしれませんね」
「ええ?」
なにそれ。
「お店でちょっと話しただけだよ?」
「……そうなんですよね」
小さく、息を吐く。
「……そろそろ勘違い虫が湧くと思ってましたが、まだ増えそうですね」
「むし? 魔物でも出たの?」
「そうですね……光に寄ってくる害虫タイプです」
なにそれ……こわい。
居間へと運ぶノインを、うかがう。
「ノインは怪我しない? 大丈夫?」
「俺は大丈夫です。全部叩き落とすつもりなので」
「? 牛とか馬サイズなんでしょ? 魔物って」
「人間サイズです」
「そんなのもいるんだね」
感心していると、ぴたっと足を止めてノインがこちらを向いた。
「あとでキスさせてください」
「? い、いいけど」
「……はー、俺のいない時を狙ってくるとは……」
「??? そういえばグラナードは? また表に置いて来ちゃったの?」
*****
数分前。
玄関扉に続く石の小道の上で、男は息を詰めたまま動けない。
目の前に立つ男には見覚えがあった。
あの娘の背後にいた、荷物持ちの……美しい青年。
違う。
――騎士だ。
「……さて」
声音は、恐ろしいほどに静かで、氷のようだ。
「俺の妻に、なにか用でしたか?」
男の顔から、血の気が引いた。
「い、いや……その……」
「…………もしかして」
続ける。
「少し話しただけで、自分に気があるとでも勘違いしました?」
店とはまったく雰囲気が違う。
その顔に一切感情がないし、声も平坦だ。
「それとも」
一歩、近づく。
「俺より、彼女に似合いだとでも思いました?」
「ち、違……」
ノインは視線を外し、門のほうを見た。
「最近、そういうのが増えまして……あなたで三人目なんですよね」
ぞっとするような声音に、男の喉が鳴る。
「……店に戻ってください。残りの布は俺が取りに行きます」
それだけ言って、門を開ける。
「次は、ありませんので」
門が閉まる音が、やけに大きく……響いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




