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8/8

8/8 【新撰組】


酒屋から屯所までそう遠くはない。半刻ほどで着く距離だ。

 土方と宗右衛門は、夜の道をとぼとぼと歩いていた。お互いに会話は無い。

 秋の虫が、静かに鳴いている。


 「土方殿——」

やや前を歩いていた宗右衛門が、足を止めた。そして何かを思い出したようにつぶやいた。

 「拙者は、拙者の弟子は、たった一人であった。剣の腕も日に日に伸びていた。肥後示現流を継承していく武士としては文句が無かった。それがもうこの世にはいないのだ」

 言いながら、肩が揺れている。

この男、泣いているのか。

 「土方殿。そなたは、先ほど我が弟子の死には裏があるとおっしゃったな。——だったら、それは道之助が腹を切る前から察しが付いていたはず。でなければ、簡単に新参者の戯言などに耳を貸すまい。では土方殿、何ゆえ弟子に真相を問い詰めなかったのでござるか」

 そこまで言うと、宗右衛門の肩の揺れが収まった。返答を聞きたいのであろう。


 これは、俺の失策なのか——。


土方は、酒屋を出た時から考え込んでいた。

規律を厳しくする余り、容易に隊士達を切腹させてしまっているこの俺の失策なのか。

しかし、この男にはこの男なりの強い信念があった。

 物事の半分は、運なのだ。

自分が多摩で一生を過ごすことに成りかねなかったところ、ひょんな事から浪士組の知らせを聞いた。そして上手く芹沢派を退かせて、近藤を局長に立たせた。

 池田屋での成功。御所での闘いでの成功。数々の斬りあいでの成功。それらは実力でもあり、運でもあった。そしてその二つは互いに交わらない。

だから、この先どんな暗転が待っていたとしても、それを怨んではいけない。実力云々以前に、運に左右されることがある。それを俺たち、特に闘いに身を置く武士なら猶更覚悟していかねばならない。そこにとことん立ち向かっていくしかない。剣という実力を持って、死ぬまで突き進むというわけだ。

今自分の不運に対して、眼前でメソメソ泣いているこの男こそおかしいのだ。

土方の不敵な笑いがここで初めて漏れた。

「俺は、俺のやり方で海藤君を処罰したに過ぎない。それが隊規による切腹だったということだけだ」

長い沈黙が起こる。秋の虫の音が、痛いほど響いて来た。

一歩前を歩いていた宗右衛門は、ゆっくりと土方の方を振り向いた。暗くて顔はよく確認できないが、涙は流していないようだった。対する土方の笑みは、なかなか消えなかった。

「相分かった。土方殿の信念、まさに武士らしい振る舞いというものか。我が弟子の死は、もはや止められなかったのだろう。それがそなたのやり方でもある。しかし拙者から見れば、武士道を意固地に守るだけの単なる愚策。こんな男に、我が弟子を預けてしまった己が、実に浅ましい!」

そこまで宗右衛門は言うと、身を低くして抜刀の構えになった。殺気は相当なものである。

「あんたにくどくど言われる筋合いはない」

土方も身構えた——。

「申し訳ない、土方殿。拙者は、弟子をしかと弔う為にも、拙者の過ちを洗浄する為にも、新撰組を討たねばならぬ!」

沈黙の後、風が一瞬方向を変えたかに思えた。

まず斬りかかってきたのは、宗右衛門の方だった。

抜刀の鞘走りの音がシャアァァ!と鳴いた。土方はこの音をよく知っていた。そしてその直後の斬り払いも知っていた。

しかし相手の動きは意外と俊敏で、後方に下がる間がなかった。

土方は自分の鞘で、その斬り払いを防ぐ。しかし相手の動きもかなり速く、斬り払いの後すぐに真上からの示現流「置き蜻蛉」に切り換わり、打ち下ろしに来た。

「きええええぇぇい!」

土方の鞘が、「蜻蛉」を食い止めた。

が、やっとだった。あまりの威力に左ひざを付く。

鞘には、大きなひびが入った。土方はまだ抜刀していない。

刀同士がぶつかる激しい轟音が、夜の闇に響いた。

左右には長屋が続いているが、みんな寝ているのか怯えているのか、物音一つ立たない。

宗右衛門は、左手を刀から放して、脇差をすかさず抜くと、土方の右胸目がけて突き刺そうとした。

片手だけの「置き蜻蛉」に対し威力が弱まったと感じた土方は、勢いよく立ち上がり、相手を後ろへ押しやった。それにより脇差も空振りに終わった。

ここで、初めて抜刀した。

そして今度は、土方が襲い掛かる。間がなかった分だけ、相手は些か慌てた。

脇差を捨て刀を構える間に相手の中に入り込み、得意とする水平平突きの連刃を浴びせた。

宗右衛門は、浴びせ来る連刃を自身の刀で防ぎかわすのが精一杯であった。

一瞬土方は隙を見せた。連刃がおさまった瞬間、再び「置き蜻蛉」の体勢になり、一気に打ち下ろして来た。

しかし、連刃は収まっていなかった。

土方は助走をつけていただけであり、そこから強力な平突きを宗右衛門の左肩に食い込ませたのである。

激痛が体を走り、よろけり、土方から逃げるように後ろへと下がる。

左肩を押さえながら宗右衛門は体勢を整えると、自分の周りに沢山の人の気配があることに気づいた。

「なんだ総司、もう来ちまったのか」

土方はそう言うと、刀をゆっくりと納めた。

「これでも土方さんのことを心配していたんですよ。何せ相手は、永倉さんを恐れさせた示現流の使い手なんですから」

一人の軽快な若者がはきはきしながら答えてきた。周りをよく見ると、全部で7、8人はいる。

「示現流なんて大したもんでもねえ。まあ、これだけ居るんなら大丈夫だろ。あとは任せたぜ総司」

土方は、何事もなかったかのようにその場から去ろうとした。しかし、驚いた宗右衛門はこれを呼び止めた。

「待て! 土方。貴様は、勝負を捨てて、立ち去る気か。尻尾を巻いて逃げるのか!」

土方は足を止め、ゆっくりと振り向く。

「勘違いするな。これは、あんたが勝手に仕掛けてきた俺への暗殺だろ。何でもかんでも自分の物差しだけで測らないでくれ。俺には、俺の闘う時ってモノがある」

そう発すると、軽快に屯所の方へと去っていった。そして二度と振り返ることはなかった。

「くそったれ! 貴様ら不埒者め。複数で拙者にかかってくるとは!」

そう言うと、宗右衛門は右手だけで「置き蜻蛉」を沖田総司に浴びせかかった。

上から打ち下ろすや否や、沖田は俊敏に相手の右斜め後ろにまで移動していた。総司の動きは、宗右衛門より遥かに速い。

それと同時に、左斜め後ろにいた隊士・大石鍬次郎が相手の左脇腹に刀を突き入れていた。

総司も既に、宗右衛門の右肩から背中にかけて深く斬りつけている。

「ぐぬぅ!」

満身創痍のこの男は未だ倒れず、何とか天に上げた「蜻蛉」を打ち下ろそうと懸命である。

しかし、新撰組の猛攻は凄まじかった。

彼らは元々、京都治安維持のために形成された警察組織なのである。また先にも触れたように、私事の闘争は好まない。故に、一対一の真剣勝負の機会などはまず皆無といってよいだろう。

敵方から取り囲みは卑怯などと言われること自体、本来無意義なのである。

顔面から血を流し、修羅さながらの顔で示現流の奇声を出さんとする川上宗右衛門に対し、隊士達は次から次へと正義の刃を振り下ろしていく。

めった斬りの末、この男はついに死んだ。


                                  了


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