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7/8

7/8 【土方歳三】

 「では、留守の事よろしく頼む。くれぐれも会津侯に失礼の無いようにな」

 そう言うと、局長近藤勇は、五番隊の武田観柳斎、参謀の伊東甲子太郎とその門下たちなどを連れて芸州・広島へと向かった。長州への征伐を討議する大事な幕臣達の任務に、新撰組もその随行を許されたのだ。

これは、近藤にとってこの上ない喜びであった。

 これからこの組は益々大きくなる。上様のために更なる強力な警察組織を造り上げていかなければならない。そのためには、幕府の信用を得るのが必須。この広島行きでは、幕府に自分たちの大きな存在を見せ付ける絶好の機会となるのである。

 身辺警護で力強く見せ付けるのも良し。長州征伐の道義を唱えるのも良し。とにかく、今俺たちに出来得る最大限の努力を広島で発揮するのだ。

 近藤は、意気揚々と出立した。秋の色が濃くなってきた頃であった。


 留守を任された土方は、更に隊内の規律を強化していた。

局長がいなくなった事で隊士達に気の緩みが出ないように、副長という存在が彼らを力強く縛り付けていた。

稽古場へも頻繁に顔を出し、また夜の見廻りも自分が同行するか、或いは検分役を同行させ、報告書を出させたりなどしていた。局中法度の他に軍中法度も設けられ、隊内には規律が無数に存在し、自由に歩ける足の踏み場も無いようだった。


しかし、ある晩の事——。

鬼の副長は珍しく私事で屯所を出ていた。近藤たちが広島へ向かってから二日目の事である。

西本願寺から程近い、庶民がよく集まる酒屋において人と会っていた。この日は隊務とは関係がなかったので、新撰組の隊服は着ていなかった。

相手は、肥後示現流道場の川上宗右衛門であった。

今回の海藤道之助の事件を知って、宗右衛門は夕方近くに西本願寺を突然訪ねに来たのだ。


「あんたが、どこにいるのか前回来たときに伺いそびれたもんで、海藤君の最後を教えてあげることができなかったんだ。許してくれ」

土方は、そう言うと相手の猪口に酒を注いだ。注ぎながら宗右衛門の表情を観察していた。まるで石のように、表情一つ変えず酒の注がれた猪口を口元へと持っていく。

二人は、黙々と酒を飲み交わした——。

きっと海藤については、聞きたいことがいろいろとあるに違いない。だが、今は話の取っ掛かりを見つけようとしているのか、未だに何も聞いて来ない。

自分から尋ねに来たのに、実におかしなもんだ。目だけが異様にギラギラしていやがる。

土方は、次第に目の前の男が気に食わなくなってきた。


すると、宗右衛門が突然口を開いた。

「道之助の亡骸はどこかの寺に埋葬されていると聞いたが、できれば故郷に返してやりたい」

言い終わるとクイッと酒を飲んだ。そこでいくらか表情が緩んだように見えた。酒の力がそうさせたのかもしれない。

「できればそうして貰いたい。命を失った隊士達は、皆郷里から離れているため、死んでも身内がなかなか引き取りに来ないんだ。今回、あんたがそう言ってくれるのはありがたい話だ。かたじけなく思う」

宗右衛門は、そこで笑みをこぼした。空の猪口を右手で回し始める。

「しかし、やはり解せない点がござる。何ゆえ、道之助は腹を切らねばならなかったのであろうか。聞けばある料理屋で不逞浪士と乱刃となり、わが弟子の方がそやつを斬った。……というだけの事だと聞いておるのだが、いやはや何ゆえ——」

「まず、これは海藤君自らが願い出た処罰であったと言っておこう。そして今回の一件は、海藤君の私事の闘争であり、我が隊の隊規にも十分触れていた」

土方はそこまで言うと、相手の反応を見た。

ぐっと澄ましている。が、その目は相変わらず鋭く光っている。

「拙者は今『不逞浪士を斬った』と申したはずだが、それも私事に入るのか。斬られた侍と、道之助はどのような関係であったのかご存知なのか」

「それは、今でも我が隊の監察が調べているところだ。その時料理屋には三人居たようなのだが、一人は逃亡している。そして海藤君の話によれば、斬られたそいつは薩摩の人間であっても、海藤君と知り合いであり不逞浪士ではなかったとも言っていた」

目の前の回していた猪口の手が止まる。

「知り合い——? 名は?」

「後藤田壱衛門」

宗右衛門は、土方の顔をまじまじと見た。何かを考えているような表情である。

「いいや、知らぬ。本当に道之助は、そんな輩と知り合いだったのか?」

「それは、俺にもよくわからない。何にせよ、二人はお互いに食事をしていたという形跡があったんだ。ただの不逞浪士との斬り合いではない事は確かだ。そして、もう一人そこにいた人物も目下捜索中だ。そいつを捕縛すれば、真実がわかってくる」

「ふむ——」

土方の説明を聞いてもまだ解せないという顔を残し、宗右衛門は自分でお猪口に酒を注ぎ、そして勢いよく飲み干した。

「いや、だが、何ゆえ——。何ゆえ、自分から腹を切るなどと言ってきたのか。そのまま何もなかった振りをして帰ってきておれば、或いは——」

宗右衛門は、悔しそうに左手を強く握り締めた。拳は長く痙攣している。頭を屈めると、髪の毛に溜まったフケがよく見えた。

「川上さん。あなたも武士なら、武士の道理というものがお解かりのはずだ。海藤君は、潔く武士らしい死というものを選んだ。それだけだ」

土方は、心の中で舌打ちをしていた。何を小賢しい!と、己に対して向かっ腹を立てていた。

すると相手の震えていた拳がゆっくりと開き、頭を上げると土方をじっと見た。些か目が充血している。

この男が何だか哀れに思えてきた。前言を撤回するかのように、直ぐに言葉を付け加えた。

「しかし、今はまだ今回の騒動の全てを把握したわけじゃない。この斬り合いには裏がある。切腹を望んだのは、果たして海藤君だけではないのかもしれない」

「一体どういうことだ?」

宗右衛門は、小さい目を大きく丸くさせた。表情は更に険しい。

土方は、伊東一派の姿がすぐに頭に浮かび出ていた。

しかし確たる論証が無いため、ここで彼らの名前を出すわけにはいかなかった。

出したところで、この目の前にいる男は、我を失い伊藤たちを真っ先に殺しにかかるだろう。

弟子を溺愛している様子がよく窺えた。それゆえ、この男の復讐は、もう目に見えていた。

自分がこのような曖昧な言い方をしてしまったのは、己に嘘を付くのが嫌だったからだ。本当のことを知っていて、宗右衛門には上手いことを言ってその場を丸く収める。それで自分自身にも納得させる。それがこの男にはできなかった。

(伊東一派は、必ず俺が潰してやる!)

土方には一つの信念が芽生え始めていた。

いつの間にかある一点を見つめながら、ずっと目線を下に向けていた。

そんな副長の考え込む姿を見ていた宗右衛門は、何かを悟った感じで声を発した。目つきも些か穏やかになっている。

「何か複雑な事情がおありのようですな。あなたも何かとお忙しい。まあ、それに関しては、今後の弟子に関するご報告を待とう」

そう言うと、土方の猪口に酒を注いだ。土方は手に猪口を持ったものの、なかなか口に付けることはなかった


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