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6/8

6/8 【切腹とは】

伊東一派の行動は速かった。

 徹底的に調べ尽くす土方の行動を察知していた伊東は、事前に盟友篠原泰之進を祇園の方まで出向かせていたのだ。


『大きな仕事が昨晩有った。土方達だけでは処理し切れない仕事を、陰で(新参の)伊東一派が力を添えていたのだ。だがそれは土方、近藤たちに見つからないように、慎重に事を運んでおかなければならなかった。彼らの自尊心を傷つけてはならない』


 新撰組が世話になっている祇園のお妙には、そう伝えておけば全てを飲み込んでくれる。『仕事』と言えば何を意味するのか、この女にはよくわかった。そして『大きな仕事』とは志士狩りを意味し、夜な夜な人斬り包丁が暴れ回ることである。

 昨晩のそれを陰で支えた伊東一派——。

だが、隠しておかなければならない。一派のうちの一隊士・内海次郎は昨晩祇園の方で、深雪太夫との伽で『その仕事』には参入していないことを、このお妙(もちろん、深雪太夫の方にも、その話を伝え辻褄を合わせてもらう)に口裏を合わせて貰うのだ。

もちろん篠原は私金で、お妙にいくらか握らせておく。


「篠原はん。そん時のあんたの伽の相手は、どうなさるのん? それが必要でしたら、また懐を軽くした方がええんでっしゃろうと思いますけど」

「いや、其の他伊藤先生門下の隊士たちには、内海とは違ってもっと上手な細工ができているので安心しろ。されど内海だけどうにも困った事に、上手く誤魔化せなくなってしまったのだ。さればお妙、ここはよろしく頼む」

などと篠原は、その場を上手く纏めてしまう。これでは監察の山崎がやってきても、お妙たちはなかなか口を割らないであろう。

そして都合のいい事に、明後日より、伊東一派は近藤勇や幕臣永井尚志達と共に、芸州へ向かうことになるのだから、この事件はいよいよ雲の中に入ってしまうだろう。


それにしても、なにゆえ海藤道之助は腹を切る決意をしたのだろうか——。


それは当然、策士伊東の企てに因るものであった。


「まだ海藤君は、入隊して日も浅い。そして腕前も今一つと言えるが、雛鳥の巣立ちのように、あの者の上達速度は実にそうさな、それは韋駄天のようだ。そこで今度の暗殺の件、万一相手がしくじりでもしたら、海藤君自身に責任を果たして貰うことにするのだ」

この伊東の言動は、すなわち海藤の切腹を意味した。

小料理屋へ海藤が行く前に、伊東は内海次郎を呼んであらゆる事態への策を練り、そして伝えておいた。

「しかし伊東先生。相手を斬ったとして海藤を切腹させるには、些か無理があるかと思われますが——」

と、内海は不安げに尋ねる。

全てを熟知しているのか、伊東は不敵な笑みを浮かべた。こういう笑顔を見せる時、内海はいつも背中から鳥肌を立てていた。

「ここ(新撰組)には、土方歳三が創った局中法度という便利な決まりがあるではないか。あれは使いようによっては、何とでもなる優れ物だ。まあそれ故に、あの男はこういう法度を創ったという事だが、なかなかどうして——」

「と、おっしゃいますと——?」

内海の眉間に、更に皺が出来た。

「お前が相手の屍を発見したら、『これは私事による斬り合いで、無意味な殺生を行った』と、海藤を執拗に咎めれば良い。言い訳は一切聞いてはならぬぞ。それが武士というものだろ。武士ならば、潔く腹を切るのが道理。相手を斬ってしまったのなら、それは明らかに海藤本人というわけなのだから、これでは言い逃れも何もできないのだよ」

そこまで言うと伊東は再び微笑み、その切れ長の瞳で内海の脇差をじっと見ていた。

「なるほど。奴は、まだ入隊したての青二才。鬼の副長のこういった哲理を、本人に長く語ってやれば或いは——」

内海も、伊東に似た微笑を返してきた。「まあ、そうだ」と、返す伊東——。

「恐れを成して脱走したところで、それもまた局中法度に触るだけの事だ。全く土方という強かな男はどこまでを考えて、アンナモノを創ったというのか——」

今宵、伊東の口元の緩みは、どうしても消えなかった。


その二日後、意外にも海藤は刺客の後藤田壱衛門を小料理屋で斬ってしまったものの、伊藤の思惑通り、海藤は局中法度に則り、自らの腹に短刀を突き入れたのだった。

介錯は、斉藤一。腹を召す時は、差ほど時間を空けずに刀を振り下ろすのが通常であるが、海藤はそれを制止していた。

「合図をするまで暫し、暫し!」

短刀が、海藤の左腹に深く入る。そこから力ある限り、右腹へと短刀を動かしていく。更にもう一度左腹に戻り、最初よりも深く抉り刺す。

これでもかと言う程、右へと力いっぱいに動かし、開いた腹からは血が垂れ流れ、内臓の腸が飛び出して来る。

武士らしく死にたいのであろう。海藤は耐えた。ただの斬首ではない。武士の終末の儀式とも言えるこの腹詰めは、存分に痛みを味わい、そして泣き喚くこと呻くことなく、どこどこまでも堪えてこそ、綺麗に滞りなく終えると言えるのである。これぞ武士の本懐である。


侍の本懐、これに過ぐるものはない——。


介錯までの時間は長かった。つまり切腹人に情けを与える首斬りは、痛みや苦しみを一瞬にして消し飛ばすことができる。さっさと死なせてあげるという行為だった。

海藤の場合は、時間が掛かった。

十分に苦しんだ末の介錯であり、本人は最後まで静かに腹を切り続けていた。

「さ、斉藤、殿——」

合図だ!

斉藤一の流派は山口一刀流であり、剣術道場では師範代を務めていたほどの達人である。介錯が下手な者は首骨に刃が当たり、刃こぼれを起こす場合さえある。そうなると、何度も首に刃を叩き込まなければならない。苦痛を和らげるための介錯が、逆に更なる苦痛を齎す死神となる。

だが、斉藤は違った。

介錯の合図を聞くや否や、一瞬にして一振りの斬り落とし。閃光の如し!

何があったかわからないうちに、海藤の生首が残された身体の前に転がった。

海藤の歪んだ表情はそのまま残っていたが、痛みと苦しみは、既に過去のものとなっていた。

介錯を始め周りの検視役の隊士たちは、海藤の見事なまでの耐え抜き方にしばし呆然とした。

斉藤にしても、その耐える儀式を安易に中止させてしまうのでは、と躊躇したほどだった。


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