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3/8 【永倉新八】

永倉新八は、新撰組二番隊隊長を務める浪士組結成時からの古参である。

近藤、土方達とは多摩・試衛館道場からの仲間であり、腕も確かであった。長州藩士に多い神道無念流の免許皆伝である。

そんな剣豪の新八であったが、目の前に立ちはだかるこの川上宗右衛門に対しては、妙に構えていた。

そもそも九州の剣士と戦うのはこれが初めてである永倉にとっては、宗右衛門の存在が何だか謎めいていた。

宗右衛門は、正眼の構え。永倉のそれは、下段の構え。

永倉が得意とする擦り上げの態勢だが、対示現流に効くのかどうか果たしてわからない。

道場には、近藤、土方の他に名のある幹部多数。総勢三十名近くが見物している。

場は、無音となった——。


隊士からの開始の合図が出たかと思うと、不意を衝き宗右衛門が飛び掛かる。

木刀は上を向き、右上段で襲って来た。

速い!

打突の姿勢であり、すかさず永倉は、隙を見つけ相手の胴を攻撃するため、やや前に入る。

しかしその時、示現流のもう一つの武器とも言えるその奇声が、永倉の耳に飛び込んで来た。

永倉は、その激しい奇声に、刹那だが動きが止まってしまい、そして宗右衛門は既に袈裟切りの態勢となっており、神速に永倉の右肩へ木刀が襲った。

初太刀をかわせ!

それが永倉の頭の中にあった。避けたにもかかわらず右肩に擦れるように、敵の木刀が入った。同時に激痛も走る。真剣だったら、腕を縦に半分失っていたところだ。

永倉の喉が瞬時に渇いた。

しかし、そこが正念場でもあった。

敵の得物は、下段になった。永倉のも下段である。

出番だ。

下で交差する木刀を間髪入れずに、永倉は相手の鍔元から剣先まで擦り上げて、宗右衛門の木刀は、上へとあっという間に上がった。

だが相手の木刀は硬く、腕に力が次第に入っていき、二度目の攻撃にまさに入らんとしていた。

両者木刀が上がったと同時に、永倉は一気に相手の右肩へ切り落としてしまった。

その動き、まさに刹那だった。

永倉が得意とする「龍飛」と呼ばれる剣技である。

まだ続くのかと思いきや、宗右衛門は、からくり人形の発条が回り切ったか如く、そこで動きをピタリと止めてしまった。

体躯の良いこの肥後の男は、永倉の会心技をまともに喰らっても、何事もなかったかのように姿勢を正し直立した。

永倉が唖然としている中、宗右衛門は一礼し、そして近藤、土方の方に歩み寄っていった。

「まさかこれ程の剣豪がいるとはしらなんだ。拙者、今回の手合わせでそれがよく分かりました。これならば拙者の愚弟を安心してお預けすることができ、また立派な剣客として育っていくことと存ずる。しからば、近藤局長、土方副長、どうかどうか、我が愚弟を末長く育て上げていって頂きたい」

そう言うと、川上宗右衛門はまた深く近藤達の前で一礼し、道場から出て行こうとした。

すると近藤が、すぐに呼び止めた。

「相待った、川上君。其の方の腕前も大したものとお見受けした。どうかな。今宵は酒宴を開き、剣術談義でもせぬか!」

近藤らしい誘いであった。

「折角のお招き、ありがたき幸せでござる。だが拙者、下戸であり、また人と話すことも拙いため、今回はご遠慮させていただきたいと存ずる」

そう宗右衛門が言うと、またしっかりと近藤、土方の方に向き直り、

「もし我が愚弟が、何か新撰組の名を汚すような過ちを犯したならば、それは師であるこの川上宗衛門の咎でもあります。それが分かった時は、拙者は真っ先にここに戻り、そして皆様に腹を召すことを併せて申し上げておきます」

そう言うと宗右衛門は、また二人に一礼し、そして場内の隅にいた道之助に方言で一喝すると、大きな背中を揺さぶりながら照りつける陽の中に消えていった。

人道から逸れることは無いが、規律や礼儀を常に重んじ、自他共に厳しく生きていく覚悟のある男である。


この間、土方歳三は終始黙っていたが、それはあの男の剣気、腕前に計り知れないものを感じていたからである。

後で土方は、手合わせした永倉にその感想をこっそりと聞いてみたところ、実戦では敵わない相手だったような気もすると述べていた。


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