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その日の夜。
珍しく、俺は夢を見た。人形の体で夢を見るというもの不思議な話だ。もしかしたら、自分の本体に寄り添っていたのがきっかけかもしれない。俺の魂と、本来の入れ物である本体が近づいたから。だから、こんな夢を、見たのかもしれない。
夢の中で、俺はスコップラップの実家にいた。
麦畑に挟まれた道に立って、ぼうっと、空を見上げていた。
ピジョン・シティでは見られない、雲ひとつない青空だ。
それがあまりに澄んでいて、清々しくて、両目に涙がにじんだ気がした。
ざあっと柔らかい風が吹き、俺の肌をなでていく。風の吹く方に目を向ければ、空気に霞むように、大きな畜舎が見えた。そこには、牛、豚、鶏がいる。そいつらの世話を、みんなで……家族みんなで、交代でやっていった。
麦畑。
畜舎。
広く青い空。
それが、田舎にいたころの、俺のすべてだった。
妹や弟が産まれてからは、彼らの相手をするのが、俺の新しい役目になった。兄貴は農場の経営や管理なんかを祖父や父から教わる日々が続いていた。俺がその役目につくのは自然なことだったと思う。
長女のシスティはよく笑った。やんちゃで、走ることが大好きで。俺はシスティに手を引かれて、畑も畜舎も関係なく、よく一緒に走っていた。初めての妹だったから、俺も、彼女の相手をするのが嬉しかった。
次女のテレサは頑固者だった。自分が「こうよ」と決めたことはやり切らないと納得しない性分だ。母について裁縫をすることが多かったが、一度作り始めたものは、完全に作り終えるまで、食事も寝るのも後回しにするくらいだ。なんとか食事の席につかせようと躍起になる俺に、よく怒鳴ってきたっけ。
三男のタイラーは内気な奴だった。俺よりも、どちらかというと兄貴の方に懐いて、兄貴の部屋で本を読んでいることが多かった。それもまた自然な事だったと思う。タイラーは俺より頭が良くて、文字と数字の使い方をあっという間に覚えてしまった。口は達者なほうじゃないけれど、そういうところが、あいつの凄いところだと思う。
その三人を連れ立って、俺は田舎にできたばかりの、唯一の学校に通った。読み書きも簡単な算数も、その学校で教わった。そして家に帰れば、畑や畜舎で仕事をする。農場労働者の基本みたいな、そんな生活だった。
「にーちゃん。にーちゃん!」
末っ子のリックは、よく俺に甘えてきた。あいつが麦畑で迷子の野良犬を拾ってきたときも、真っ先に俺を呼んだ。
「にーちゃん、犬だ」
「見りゃわかるよ」
「こいつ、かわいいよ。飼っていい?」
「どうだろうな。畑の野菜とか、畜舎の鶏とか食われたらたまらないから、ダメなんじゃないか」
リックはうるうると両目に涙をためた。
「ぼく、ちゃんとするから」
「ちゃんと?」
「ちゃんと、犬のめんどう、みるから。にーちゃん、いっしょに、とうちゃんとかあちゃんのところ、行って?」
行って、と言いつつ、リックはすでに俺の手を引いていた。
それから、まあ当然だけど、父さんも母さんもいい返事はしなかった。
だから、
「最近、畑泥棒が来てんだろ。野菜とか肉とか、うちのものを粗末にするやつは、俺も許せない。犬の一匹でも居れば、用心棒になるんじゃないか」
その言葉で、両親は悩みつつも、首を縦に振った。
それ以来、リックとその子犬・ジョンは、日がな一日、あちこちを駆け回るようになった。他の妹弟も、動物を飼うのは嬉しかったようで、リックと一緒に、ジョンの世話をしていた。驚いたのは、内気なタイラーも、ジョンの世話を喜んでしていたことだ。リックとどっちが世話をするか喧嘩するほどに。
ジョンは、俺たち家族に、良い風を吹かせてくれたと思う。
どれくらい季節が廻っただろう。
父さんも母さんもしわが増えて、兄貴はかなり精悍な面構えになった。
じいちゃんとばあちゃんは経営から手を引いて、ときおり内職を手伝うだけになった。
徐々に動きが鈍くなる二人とは対照的に、妹弟は大きく、頭も回るようになってきた。
そして、俺は十六歳になった。
……ああ、嫌だ。
この先を思い出したくない。
だけど、一度回り始めた夢は、俺を逃がしてくれなかった。




