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ドールズ・ミッション  作者: 神田 伊都
第1章 不審死の真相、うさぎの事情
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 開いた口がふさがらない。


 唖然とする俺に、金髪人形が首をかしげた。

「どうなさいました? もしや声が出ませんの? 野良猫に顎を砕かれたようには見えませんが」

 俺は震える手を持ちあげて、そいつを指差した。

「人形が、しゃべってる」

「あら、しゃべれるじゃありませんか」

「そりゃあ、しゃべれるけど……はあ? なんで人形がしゃべってるんだ」

「はい? いまはあなたも人形でしょう」

 そう言って、金髪人形は手袋をしたまま、右手を伸ばしてきた。

 白い手を取って立ち上がり、金髪人形をまじまじと見つめる。


 金髪人形は、俺とほとんど同じ大きさだった。四頭身で、頭と胴体と下肢がほどよい均整を保っている。持ち主に手入れされているのか、それとも自分で手入れしているのか、金髪にもドレスにも、汚れひとつ見当たらなかった。


 金髪人形は軽く挨拶をするように、俺の手を小さく揺らした。

「わたくしはパトリシア・リーズ。あなたは?」

「えっと。フィンリー・ハンバー」

「ミスター・ハンバー。どこか具合が悪いところはありませんか? 足が動かないとか、頭が働かないとか」

「いや、そういうのは、まったく」

 パトリシアは「そうですか」と穏やかにほほ笑んで、


「では、あとは、おひとりで何とかできますね」


「え?」

「それでは、さようなら」

 彼女はいきなり別れの挨拶を告げ、にぎっていた手を離し、俺に背中を向けた。

「ちょっと、待って!」

 俺はあわてて後を追い、彼女の前で通せんぼするみたいに両手を広げた。

「頼む、おいていかないでくれ!」

 パトリシアは不審そうに目を細めて、

「なんですか。精彩を欠いた男性なんて、相手にしたくないのですけれど」

 せいさ……なんだって? いや、いまは言いまわしなんてどうでもいい。やっと似たような存在に出会えたんだ。こんな絶好の機会、逃すわけにはいかない。

 勢いこんで訴えた。

「頼む、助けてくれ!」

「頼まれません。勝手に助かってください」

「お願いだ! お礼ならする。なんでもする!」

 またしてもどこかへ行こうとする金髪人形の前に、俺はまた腕を伸ばした。

 パトリシアは面倒くさそうに眉をひそめ、それから、生涯の仇を前にしているといわんばかりの調子で、

「あなたのように頭を下げてきた男性を、これまで20人ほど相手にしてきました。その誰もが礼儀のなっていない野蛮人でした。……あなた、しゃべり方からして、どこぞの労働者でしょう? 下賤な輩を相手にするなんて、ごめんですわ」


 ぐいっと肩を押される。女性(声質からして女性)、かつ人形の姿とは思えないほどの力に、俺はすっころげた。初対面の相手に対して、あまりにも無礼な態度……それでも、あきらめるわけにはいかない。

 俺は地べたを這い、白いフリルにしがみついた。

 パトリシアがぎょっと目を丸くして、俺の手を振りほどこうと、ドレスを引っ張った。引きはがされまいと、俺は両手に力をこめた。

「ちょっと、もう! 離してください!」

「お願いだ、頼む! こんな姿になって、わけがわからないんだ。ブリキ人形になってるのに、どうして声が出せるんだ。手足も動くし、物を触る感触も……ああいや、温度とかにおいとか、そういうのはわからないけど……耳! 耳も聞こえる! そもそも、人間の体じゃないのに、どうして人間みたいに動けて!」

 やがて、パトリシアは苦々しく顔をゆがめて、力なく肩を落とした。

「はい、はい、わかりました。わかりましたから、もう黙ってください」

 パトリシアがドレスを引っ張って、俺の手を引き離す。

 俺がつかんでいたフリルには、赤黒い錆がついていた。

「ああもう、洗わないと……」

 彼女は汚れたフリルを持ち上げて、先を歩き出す。

「ついていらしてください。あなたのような存在を専門に扱っている方のところに、ご案内します」


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