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ドールズ・ミッション  作者: 神田 伊都
第2章 こわれた音楽隊人形
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 俺、なんでこんなことになったんだろう。

 ブリキ人形になってから、ありえない事態に巻きこまれ続けている。そもそも、自分の本体から魂が抜けて、それが別の何か(例えばブリキ人形とか、うさぎのぬいぐるみとか)に入りこむなんて現象自体、現実として飲みこみがたい。まあ、ブリキの体で一週間以上過ごしているわけだから、いまさら「飲みこみがたい」も何もない。

 それでも、多少の愚痴をこぼすことくらいは許してほしい。少なくとも俺は、ブリキ人形でいることに、納得はしていないのだ。


 パーク・ストリートのそばにある大公園。

 そこにある露店のひとつに、俺たちは隠れていた。婆さんがひとりで切り盛りする果物屋だ。客が来ない間は、うつらうつらと船をこいでいるが、客が呼びかけると目を覚まして、リンゴなりナシなりを剥いている。

 ある意味、逃げ場所として最適だった。

 俺たちが露店の下に飛びこむのを見て、野良猫は当然、俺たちを追ってきた。

 しかし、いるのかいないのかはっきりしない小さな人形より、俊敏に走り回る猫の方が、誰の目にもつきやすい。店番していた婆さんもそれは同じで、うとうとしつつも、屋台に近づいた野良猫を木の棒で一蹴した。盗み食いに来たと思ったらしい。野良猫はあっという間にどこかに逃げていった。

 これで、猫に遊び殺されることはなくなった。目下の脅威は去ったわけだが、新しい問題が出てくる。

 ——露店の下からいつ出るか、ということだ。

 正午を過ぎたこの時間、遅めの昼食を取るひともいるし、走り回る子どもたちの姿もある。人通りはそれなりだ。うかつに飛び出すわけにはいかない。

 というわけで、表の人波が途切れるまで、しばらく露店の下で隠れていることになった。俺ひとりの考えではない。露店の下には、同居人がいた。

 俺の隣で、音楽隊人形が疲れたようにため息を漏らした。本当はもっと体を屈めたいのだろうが、両手のシンバルが邪魔になって、ひざを抱えるくらいしかできていない。

 ちなみに、音楽隊人形はいま、シンバルを打つ手を止めている。走っている間に、ゼンマイが回りすぎたらしい。野良猫から逃げる途中、「ぷちん」という情けない音とともに、ゼンマイが壊れたようだった。壊れてくれてよかった。いまもまだシンバルを鳴らしていたら、露店の下に隠れるなんてできなかっただろう。

「どうして、こんなことになったのかな……」

「それはこっちのセリフだ」

 こいつがいなければ、いまごろ俺は、自分の本体探しを続けていたはずだ。もうすぐ、俺の魂が消えてしまう。こんな悠長にしている暇なんてないのに……。

「ごめんなさい」

 音楽隊人形がしゅんとうなだれる。

 あまりに気落ちした声で言うものだから、こちらの気勢もそがれてしまった。

「いや、謝るほどのことじゃない」

「そう?」

 音楽隊人形は気を取り直すように小さく笑った。

「猫に追われたのは最悪だけど、ある意味良かったかな。ぼく以外にも、動き回る人形がいたんだ。……ずっと不安だった。ファンタジーの世界に迷いこんだんじゃないかって、イカれた想像が頭から離れなくて……隔離施設の脳なしどもと、ぼくは違う人種なのに」

 音楽隊人形は苦々しく歯噛みした。それから、わざと大きく息をついて、不安そうな顔をこちらに向けた。

「ねえ、キミ、何か知ってる? ぼくが知らないだけで、体が人形になるなんて、瑛国では普通のことなのかな?」

「いや、普通じゃないと思うぞ」

「……そうだよね。それじゃあ、これからどうすればいいんだろう。これからずっと、このままなのかな。気づいたら、幽体離脱したみたいに、目の前にぼくの体があったし……余計におかしいよね。ぼくはここにいるのに、ぼくの体に、ぼくはいないんだから」

「ああ、それは魂が本体から抜けて——」

 はたと思い至る。

「もしかして、自分の本体がどこにあるか知ってるのか?」

 音楽隊人形は何度がまばたきをして、

「知ってるよ。ぼくは東の港で気を失ったんだ。運搬用の大きなコンテナがたくさんあるところ。そこで気がついて、そしたら、目の前に自分の体があった」

 なるほど。それならこいつは、すぐに元の体に戻れる。

「おまえの本体、まだ港にあるか?」

「たぶん。誰にも見つかっていないなら、どこかに運ばれたりはしないと思う。結構入り組んだところで気を失ったから。……キミ、この現象のこと、何か知ってるの?」

「正直に言って、わからないことだらけだ。でも、こういった事情に精通した奴を知ってる。そいつのところに行けば、元の体に戻れる。案内してやろうか」

「ほんとうかい⁉」

 音楽隊人形は嬉しそうに俺の手をにぎってきた。

「ありがとう! 助かるよ!」

「お、おい、早とちりするな。俺が助けるわけじゃない。助けてもらえるかもしれないところに案内するだけだ」

「ううん、それで十分だよ。こんな、わけわかんない状態から抜け出せるなら、何だっていいよ」

 声質は青年らしいが、喜び方は子どものようだ。可愛らしいような、奇妙なギャップがあるような……まあ、ひとの話し方なんて、とやかく気にしても仕方ない。

 俺たちは機会をうかがって、果物屋の露店から抜け出した。

 B12番地への行きしな、俺は音楽隊人形にたずねた。

「おまえ、名前は? 俺はフィンリー・ハンバー」

「ああ、まだ名乗ってなかったね」

 音楽隊人形は器用に会釈した。

「フェレック・ラチェット。改めて、よろしく」


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