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ドールズ・ミッション  作者: 神田 伊都
第1章 不審死の真相、うさぎの事情
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 レナは俺とパトリシアをバッグから出し、窓際に置いた。

 リリアの本体は見つかった。しかし、これからどうするのだろう。リリアの魂はうさぎのぬいぐるみに入ってしまっている。どうやってリリアの本体に戻すというのか。

 疑問に思っていると、「心配は無用です」とパトリシアが言う。

「レナさんにとって、この程度の事態は些事も同然です」

「簡単に言うけどな……」

 自分のことを棚上げにするが、目の前で起こっている現象は複雑怪奇の極みだ。人間の体から魂が抜けるのもそうだが、それが人形やらぬいぐるみに入りこむのだから、不思議というほかない。

 この先のプランに首をかしげるしかない俺に、パトリシアがさらにいった。

「レナさんは専門家です。この〝不審死〟と呼ばれる現象を解決できるのは、レナさんしかいません。あなたも遠からず、レナさんの能力で恩恵を受けるのですから、これから起こることを、その目に焼きつけておいてください」

 判然としないまま、俺はレナを見つめた。

 レナはうさぎのぬいぐるみを左手に持ち直し、空いた右手をリリアの本体——胸の前で組まれた小さな両手に添えた。そのままじっと動かなくなる。何をしているのだろう。


 そう思った次の瞬間、レナの両手が淡い緑色の光を放ち始めた。(それだけでも十分驚くべきことだが)、リリアの放つ光はさらに大きくなり、うさぎのぬいぐるみと、リリアの本体を包むまでに至った。


 ——時間にして、一分と経っていない。

 淡い緑色の光が、ゆっくりと引いていき、室内が再び暗闇に包まれる。


 やがて、ぴくっ、とリリアの手が動いた。

 うさぎのぬいぐるみではなく、横たわっていた方の、本体の手が!


 さらに、顔を覆っていた布が、息苦しそうに震えだした。

 レナが布を取り上げる。リリアの大きな瞳がレナをとらえた。意思のある両目が俺たちに向けられ、再びレナの方に向いた。

「おはよう」レナが言う。

「おはよう、ござい、ます」リリアの口が動いた。

 うさぎのぬいぐるみは、もう、ぴくりとも動かない。

 一瞬の出来事に、俺はただ、あぜんとするしかなかった。

 パトリシアが言った。

「これこそ、レナさんの持つ超能力——一方の魂を、別の一方に移す——〝アスポート〟と呼ばれる、特別な力です。ピジョン・シティ……いえ、瑛国中でただひとり、レナさんだけが持つ力です」


 目を覚ましたリリアに、レナはうさぎのぬいぐるみを手渡した。

 リリアは放心したようにぬいぐるみを受け取って、ぎゅっと抱きしめた。

「もとに、もどれた……」

 感極まったように、リリアは固く両目をつむった。

 リリアが落ち着いたのを見て、レナは枕元に屈みこんだ。

「いくつか、お願いしていい?」

 リリアの潤んだ瞳が、レナに向く。

「今日起こったことは、誰にも言わないこと。ぬいぐるみになっていたなんて、きっと、誰も信じない。最悪、頭がおかしくなったんじゃないかって、隔離施設に送られてしまう。だから、今日のことは、わたしたちだけの秘密。いい?」

 リリアはうなずいた。

「もうひとつ。もし、街中でひとりでに動く人形やぬいぐるみがいて、困っている様子だったら、パーク・ストリートのB12番地に来るよう、教えてあげて。もしかしたらそれは、リリアと同じように、人間の魂が入りこんでしまっているのかもしれないから」

 リリアはまたうなずいた。

 そうしてレナは立ち上がり、俺とパトリシアをバッグに詰めこんだ。そのまま振り返ることなく、病室の出口に足を向ける。

「あ、あの!」リリアがレナを呼び止めた。「お、お礼は……」

「いらない。お礼をもらうために、こんなことしてるわけじゃないから」

 しかし、リリアは納得できていない様子だ。

 レナはバッグを軽く開け、「パティは?」とたずねた。

 パトリシアが顔を出す。

「わたくしも、お礼が欲しくて手を貸したわけではありません。……ですが、そうですね」

 作り物の目が、俺の方に向けられた。

「ミスター・ハンバーには、お礼をした方がいいと思います」

「なんで俺に?」素っ頓狂な声を上げてしまう。

 パトリシアがいった。

「あなたがリリアさんを見つけなければ、リリアさんが助かることはなかったのです。レナさんの能力には遠く及びませんが、レナさんの次、わたくしの次くらいには、お礼をされてしかるべきかと」

 ……相変わらず口の減らない女だ。静かな病室で文句を言うわけにもいかず、俺は黙って、バッグから顔を出した。リリアが答えを待つように、俺の方を見つめている。

 少し考えて、ひとつ思いついた。

「じゃあ、お願いがある。もし俺が困っていたら、そのときは助けてくれ」

 この広いピジョン・シティで、どこにあるとも知れない本体を探すのは、相当に骨が折れるだろう。それに、いまの俺はブリキ人形なんだ。野良猫に目を付けられただけで、明日の朝陽が拝めなくなってしまう。人間に戻るまで、情けない死に方はしたくなかった。

 リリアは俺の答えを覚えるだけの時間をあけて、「わかりました」とうなずいた。


 そうして、レナは病院を後にした。

 帰り際。

「リリアのお父さんが探しに出たとか、キャサリンさんも側にいたとかいう、さっきの説明だけど、」

 俺はレナを見上げた。

「おまえの説明だって、こじつけもいいところだったじゃないか。本当にそうだったかなんて、わからないのに」

「別にいいでしょ、想像でもこじつけでも」

 レナは、どこか疲れたような、(実際動き回って疲れているのかもしれない)、静かな調子でいった。

「わたしは探偵じゃない。正しい真相も、科学的な説明も、わたしが用意するものじゃない。わたしは、目的が達成できるなら、それでいい」

 それに、とレナは続ける。

「ああいう説明は、ある種占いと同じ。本人がそうなんだと思えるなら、事実がどうかなんて、些細なことでしょ。抜け出た魂が納得して、すっきりした気持ちで本体に戻れるなら、それが一番」

 暗い夜。どこまでも続く深い霧。ガス灯のあかりで、景色は白く煙っている。そんな夜道を、レナは真っすぐ歩いていく。

「わたしの話が真実かどうか。それは、あの子が自分で確かめればいい。それが、偶然にも真実だったとき、あの子のなかで、レナという女の株が、少しだけ上がる  今回の依頼で受け取るものがあるとすれば、それだけ……ただ、それだけの話」



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