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C102番地に向けて、レナは足を進める。
「バッグにいる間、話してもいいけど、できるだけ静かに」
と、レナにお願いされた。他人からすれば、バッグから人の声がしたり、人形やぬいぐるみがしゃべったりするなんて、珍妙な状況であるのは間違いない。
レナが歩くたびに、バッグは縦にも横にも揺れた。
人形二体とぬいぐるみ一体が入っているバッグは、かなり狭い。
バッグが揺れるたびに、ブリキの体がパトリシアやリリアにぶつかった。
パトリシアは、さりげなく(俺には全然ばれていたが)俺と距離を取って、
「リリアさんの家に行くまでに、こちらでもやることがありますわ」
とリリアを見た。
「先ほどの話では、リリアさんの体を探すのに、いまひとつ手がかりに欠けます。覚えている範囲で構いません。グラニッジから帰宅して、ぬいぐるみになるまでの出来事を、詳しく教えてください」
リリアは長い耳をぺたんと折り、うなった。
「ピジョン・シティの港に着いたのが、お昼すぎでした。パパたちと一緒に、港近くのカフェでお昼ご飯を食べて……家に帰ったのはその後です。自分の部屋に戻って、旅行の荷物を片づけました」
「それから?」
「それから……」
少しだけ間があく。
「えっと、はい……夕方に、アランの子守りを任されました」
リリアはついっと視線をそらした。
「お母さん、夕飯の買い出しに、行くからって。……パパは大学の教授で、明日の講義の準備があるからって、少しだけ家にいませんでした。だから、わたしに子守りが回ってきたんです」
パトリシアは「なるほど」とうなずいた。
リリアはまだ緊張しているらしい。
パトリシアはおどけた調子で、声を明るくする。
「さすがお姉さんですわね。わたくしはひとりっこでしたので、姉妹のいる家族をいつもうらやましく思っていました。話しぶりからも、リリアさんがよくできた人なのは、十分に伝わります。リリアさんのようなお姉さんがいたら、ご家族は誇らしいでしょうね」
「ぜんぜんっ!」
リリアが真っ赤な目を見開いた。
「ぜんぜん、ほこらしくなんてない……!」
張り詰めるようなその声に、バッグのなかが静まり返る。
リリアは、はっとしたように目を見開いて、バツが悪そうにうつむいた。
「わたし、悪い子だから……」
それから、「すいません」とうなだれた。
パトリシアは数回まばたきして、「お気になさらないで」とその場を取り成した。それから俺の方に目を向ける。後を継げというのだ。そんなこと俺に任せていいのか? と思って見返していると、さっさとしろと言わんばかりに首を振ってきた。
俺はひとつ息をついて、リリアに聞いた。
「それから、リリアはどうしたんだ?」
リリアが重々しく口を開く。
「家を出ました」
「家を出て、どこに行ったんだ?」
「わかりません。とにかく、ずっと走って、どこかの路地でうずくまりました。それから、たぶん、眠ったんだと思います。気づいたら、いつもより視線が低くなってて、近くのショーウィンドウで体を見たら……」
うさぎのぬいぐるみになっていた。
その後は、レナの家で聞いたとおりだろう。わけがわからなくて、人に見つかるのもこわくなって、あっちこっちに逃げ回った。そして、ゴミ箱の裏で途方に暮れていた。
パトリシアがバッグの壁に背中を預けて、白い腕を組む。
「ともかく、捜索場所は絞れました。リリアさんの家。どこかの路地。抜け殻になった体は、傍目には死んでいるのと変わりません。病院、もしくは遺体安置所。他にもいくつか考えられますね」
「なんだよ、他にもいくつかって」
この状況で具体的な候補地を出し渋るか? と思っていると、パトリシアに肩を引き寄せられた。
「あなた、いまのピジョン・シティがどういう状態か、それも忘れているのですか」
首をかしげていると、パトリシアはさらに耳打ちした。
「子ども……それが女の子ともなれば、良からぬ輩の慰みものにされている可能性が、ゼロではありません。もちろん、自分からそういうことに首をつっこむ子はいます。お金を稼ぐためです。ですが、リリアさんのご家庭を想像するに、子どもが働きに出なければならないほど貧してはいないはず。(そうでなければ三日間も旅行に行けません)。リリアさんは純粋に家出をして、ひとり路地で眠っていた。そして、目を覚ましたときには、すでにぬいぐるみの体になっていた。そして気づけば、近くに自分の体がなかった」
遅れて、俺も、リリアの体がとてつもなく恐ろしい状況にあると理解する。
パトリシアが言う。
「わたくしは楽観主義者ではありません。人間の魂が無機物に入り込む——なんてファンタジーな状況でしょうね——ですが、これは絵本のなかの出来事ではなく、現実に怒っていることなんです。肉体と命に危険がある以上、常に最悪のケースを想定して行動するべきでしょう」
リリアの本体は、いろんな意味で手遅れになっているかもしれない。
そんなことを、幼い少女に正面切って伝えるのは、さすがにはばかられる。
ふと、俺たちのひそひそ話を、リリアが不安そうに見つめているのに気づいた。
俺は取り繕うように、「なんとかなるさ」と白うさぎの頭をなでた。




