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ドールズ・ミッション  作者: 神田 伊都
第1章 不審死の真相、うさぎの事情
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 C102番地に向けて、レナは足を進める。

「バッグにいる間、話してもいいけど、できるだけ静かに」

 と、レナにお願いされた。他人からすれば、バッグから人の声がしたり、人形やぬいぐるみがしゃべったりするなんて、珍妙な状況であるのは間違いない。

 レナが歩くたびに、バッグは縦にも横にも揺れた。

 人形二体とぬいぐるみ一体が入っているバッグは、かなり狭い。

 バッグが揺れるたびに、ブリキの体がパトリシアやリリアにぶつかった。


 パトリシアは、さりげなく(俺には全然ばれていたが)俺と距離を取って、

「リリアさんの家に行くまでに、こちらでもやることがありますわ」

 とリリアを見た。

「先ほどの話では、リリアさんの体を探すのに、いまひとつ手がかりに欠けます。覚えている範囲で構いません。グラニッジから帰宅して、ぬいぐるみになるまでの出来事を、詳しく教えてください」

 リリアは長い耳をぺたんと折り、うなった。

「ピジョン・シティの港に着いたのが、お昼すぎでした。パパたちと一緒に、港近くのカフェでお昼ご飯を食べて……家に帰ったのはその後です。自分の部屋に戻って、旅行の荷物を片づけました」

「それから?」

「それから……」

 少しだけ間があく。

「えっと、はい……夕方に、アランの子守りを任されました」

 リリアはついっと視線をそらした。

「お母さん、夕飯の買い出しに、行くからって。……パパは大学の教授で、明日の講義の準備があるからって、少しだけ家にいませんでした。だから、わたしに子守りが回ってきたんです」

 パトリシアは「なるほど」とうなずいた。

 リリアはまだ緊張しているらしい。

 パトリシアはおどけた調子で、声を明るくする。

「さすがお姉さんですわね。わたくしはひとりっこでしたので、姉妹のいる家族をいつもうらやましく思っていました。話しぶりからも、リリアさんがよくできた人なのは、十分に伝わります。リリアさんのようなお姉さんがいたら、ご家族は誇らしいでしょうね」


「ぜんぜんっ!」


 リリアが真っ赤な目を見開いた。

「ぜんぜん、ほこらしくなんてない……!」

 張り詰めるようなその声に、バッグのなかが静まり返る。

 リリアは、はっとしたように目を見開いて、バツが悪そうにうつむいた。

「わたし、悪い子だから……」

 それから、「すいません」とうなだれた。

 パトリシアは数回まばたきして、「お気になさらないで」とその場を取り成した。それから俺の方に目を向ける。後を継げというのだ。そんなこと俺に任せていいのか? と思って見返していると、さっさとしろと言わんばかりに首を振ってきた。

 俺はひとつ息をついて、リリアに聞いた。

「それから、リリアはどうしたんだ?」

 リリアが重々しく口を開く。

「家を出ました」

「家を出て、どこに行ったんだ?」

「わかりません。とにかく、ずっと走って、どこかの路地でうずくまりました。それから、たぶん、眠ったんだと思います。気づいたら、いつもより視線が低くなってて、近くのショーウィンドウで体を見たら……」

 うさぎのぬいぐるみになっていた。

 その後は、レナの家で聞いたとおりだろう。わけがわからなくて、人に見つかるのもこわくなって、あっちこっちに逃げ回った。そして、ゴミ箱の裏で途方に暮れていた。

 パトリシアがバッグの壁に背中を預けて、白い腕を組む。

「ともかく、捜索場所は絞れました。リリアさんの家。どこかの路地。抜け殻になった体は、傍目には死んでいるのと変わりません。病院、もしくは遺体安置所。他にもいくつか考えられますね」

「なんだよ、他にもいくつかって」

 この状況で具体的な候補地を出し渋るか? と思っていると、パトリシアに肩を引き寄せられた。

「あなた、いまのピジョン・シティがどういう状態か、それも忘れているのですか」

 首をかしげていると、パトリシアはさらに耳打ちした。

「子ども……それが女の子ともなれば、良からぬ輩の慰みものにされている可能性が、ゼロではありません。もちろん、自分からそういうことに首をつっこむ子はいます。お金を稼ぐためです。ですが、リリアさんのご家庭を想像するに、子どもが働きに出なければならないほど貧してはいないはず。(そうでなければ三日間も旅行に行けません)。リリアさんは純粋に家出をして、ひとり路地で眠っていた。そして、目を覚ましたときには、すでにぬいぐるみの体になっていた。そして気づけば、近くに自分の体がなかった」

 遅れて、俺も、リリアの体がとてつもなく恐ろしい状況にあると理解する。

 パトリシアが言う。

「わたくしは楽観主義者ではありません。人間の魂が無機物に入り込む——なんてファンタジーな状況でしょうね——ですが、これは絵本のなかの出来事ではなく、現実に怒っていることなんです。肉体と命に危険がある以上、常に最悪のケースを想定して行動するべきでしょう」

 リリアの本体は、いろんな意味で手遅れになっているかもしれない。

 そんなことを、幼い少女に正面切って伝えるのは、さすがにはばかられる。

 ふと、俺たちのひそひそ話を、リリアが不安そうに見つめているのに気づいた。

 俺は取り繕うように、「なんとかなるさ」と白うさぎの頭をなでた。



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