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ドールズ・ミッション  作者: 神田 伊都
第1章 不審死の真相、うさぎの事情
11/81

10

 レナがリビングに戻ってくる。

 シャワーを浴びたというのに、彼女は寝間着姿のままだった。

 対して、リリアはすっかり様変わりしていた。泥と煤で黒かった体は、元の白さを取り戻している。水で濡れているせいか、それとも長い間放置されていたせいか、毛糸はあまり上等には見えなかった。


 レナはパトリシアの用意した朝食を済ませると、食後の紅茶に口をつけた。

 片づいたローテーブルに、俺とリリアが並んで座る。

「それじゃあ、リリア。いくつか話を聞かせて」

 レナが言うと、リリアは居住まいを正した。

「ぬいぐるみになったのは、いつのこと?」

「昨日の夜、です」

「間違いない?」

「旅行から帰ってきたのが昨日だったので、間違いないです」

「旅行って、どこに?」

「ワルツンの《グラニッジ市》です。三日前の四月四日が、アラン・デイジーの、一歳の誕生日でした。その記念に、家族で旅行に行こうって、パパが考えたんです」

「それは長い旅行でしたわね」

 パトリシアが食器を拭きながら言った。

「ワルツンといえば、わたくし、水晶宮クリスタル・パレスに行ってみたいですわ。様々な展覧会の会場にもなっていると聞きます。そこには行ってみたのですか?」

 リリアは口を開かないまま、ひとつだけうなずいた。緊張しているのだろうか、どうにも会話がぎこちない。

 レナがたずねた。

「アランっていうのは、弟?」

「…………」

「それとも友達?」

「……いえ。弟、です」

 リリアはどこか、歯切れ悪く答えた。

 レナは気にする様子なく、別の質問を投げた。

「そのうさぎのぬいぐるみは、リリアの?」

 リリアは真っすぐうなずいた。

「六歳の誕生日に、パパとママが買ってくれました」

「じゃあ、ぬいぐるみになったのは、自分の家で?」

 今度は首を横に振る。

「どこかの路地でした。気づいたときには、ぬいぐるみになってました」

 リリアは不安を思い出してしまったのか、徐々に声が震えだした。

「わたし、どうしてこうなっちゃたのか、わからなくて……すごくこわくて……隠れながら、あっちこっちに、動き回っていたんです」

 呼吸が浅くなり、うさぎの肩が上下する。

 俺はうさぎの両耳の間に手を置いた。

「そりゃあ心細かったな。ここにいれば、もう大丈夫だから」

 リリアはすんすんと鼻を鳴らしながらも、こくこくとうなずいた。

 やけに視線を感じると思って顔を上げると、レナもパトリシアも、不思議なものを見つけたように目を丸くしていた。

「なんだよ」

「なんでもない」

 レナは短く言って、リリアに視線を戻した。

「その体になったとき、近くに自分の体があった? ぬいぐるみの体じゃなくて、人間としての、自分の体」

「なかったと思います。ぬいぐるみになって、びっくりして、見落としちゃったのかも」

「そう」

 レナは紅茶を口にして、ひとつ息をついた。腕を組み、ぼーっと天井を見つめ……しばらく時間が経ってから、再びリリアに視線を戻した。

「リリア。もしかしたら、あなたの力になれるかもしれない。あなたが望むなら、わたしはあなたの体を全力で探す。体が見つかれば、あなたを元の姿に戻すことだってできる」

「ほんとうですか⁉ お願いします!」

 レナはひとつうなずいて、自室に向かった。


 それからまたしばらく時間があいて、再び出てきた彼女は、すっかり姿が変わっていた。オリーブ色のボタンドレスを着て、白いフリルのスカートをはいている。ひとつ歩くたびにフリルが揺れ、編み上げブーツがちらりとのぞいた。上着と合わせているのか、縁のある帽子もオリーブ色をしていた。彼女は両手に白い手袋をして、持ち手の大きなバッグを提げていた。——あっという間に、レナは中流階級の見た目になっていた。

 彼女はバッグを開けて、金髪人形のパトリシアと、白うさぎのリリアを入れた。それからレナはブリキ人形の俺をつかんで、「ハンバーさんも」とバッグに入れた。「ハンバーさんの体も、一緒に探そう」

「……ありがとう」

「どういたしまして。リリア。住所を教えて」

 リリアはバッグの縁に顔を出し、「メイン・ストリート、C102番地です」といった。

「まずは、リリアの家に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」

 そういって、レナは玄関扉に手をかけた。


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