10
レナがリビングに戻ってくる。
シャワーを浴びたというのに、彼女は寝間着姿のままだった。
対して、リリアはすっかり様変わりしていた。泥と煤で黒かった体は、元の白さを取り戻している。水で濡れているせいか、それとも長い間放置されていたせいか、毛糸はあまり上等には見えなかった。
レナはパトリシアの用意した朝食を済ませると、食後の紅茶に口をつけた。
片づいたローテーブルに、俺とリリアが並んで座る。
「それじゃあ、リリア。いくつか話を聞かせて」
レナが言うと、リリアは居住まいを正した。
「ぬいぐるみになったのは、いつのこと?」
「昨日の夜、です」
「間違いない?」
「旅行から帰ってきたのが昨日だったので、間違いないです」
「旅行って、どこに?」
「ワルツンの《グラニッジ市》です。三日前の四月四日が、アラン・デイジーの、一歳の誕生日でした。その記念に、家族で旅行に行こうって、パパが考えたんです」
「それは長い旅行でしたわね」
パトリシアが食器を拭きながら言った。
「ワルツンといえば、わたくし、水晶宮に行ってみたいですわ。様々な展覧会の会場にもなっていると聞きます。そこには行ってみたのですか?」
リリアは口を開かないまま、ひとつだけうなずいた。緊張しているのだろうか、どうにも会話がぎこちない。
レナがたずねた。
「アランっていうのは、弟?」
「…………」
「それとも友達?」
「……いえ。弟、です」
リリアはどこか、歯切れ悪く答えた。
レナは気にする様子なく、別の質問を投げた。
「そのうさぎのぬいぐるみは、リリアの?」
リリアは真っすぐうなずいた。
「六歳の誕生日に、パパとママが買ってくれました」
「じゃあ、ぬいぐるみになったのは、自分の家で?」
今度は首を横に振る。
「どこかの路地でした。気づいたときには、ぬいぐるみになってました」
リリアは不安を思い出してしまったのか、徐々に声が震えだした。
「わたし、どうしてこうなっちゃたのか、わからなくて……すごくこわくて……隠れながら、あっちこっちに、動き回っていたんです」
呼吸が浅くなり、うさぎの肩が上下する。
俺はうさぎの両耳の間に手を置いた。
「そりゃあ心細かったな。ここにいれば、もう大丈夫だから」
リリアはすんすんと鼻を鳴らしながらも、こくこくとうなずいた。
やけに視線を感じると思って顔を上げると、レナもパトリシアも、不思議なものを見つけたように目を丸くしていた。
「なんだよ」
「なんでもない」
レナは短く言って、リリアに視線を戻した。
「その体になったとき、近くに自分の体があった? ぬいぐるみの体じゃなくて、人間としての、自分の体」
「なかったと思います。ぬいぐるみになって、びっくりして、見落としちゃったのかも」
「そう」
レナは紅茶を口にして、ひとつ息をついた。腕を組み、ぼーっと天井を見つめ……しばらく時間が経ってから、再びリリアに視線を戻した。
「リリア。もしかしたら、あなたの力になれるかもしれない。あなたが望むなら、わたしはあなたの体を全力で探す。体が見つかれば、あなたを元の姿に戻すことだってできる」
「ほんとうですか⁉ お願いします!」
レナはひとつうなずいて、自室に向かった。
それからまたしばらく時間があいて、再び出てきた彼女は、すっかり姿が変わっていた。オリーブ色のボタンドレスを着て、白いフリルのスカートをはいている。ひとつ歩くたびにフリルが揺れ、編み上げブーツがちらりとのぞいた。上着と合わせているのか、縁のある帽子もオリーブ色をしていた。彼女は両手に白い手袋をして、持ち手の大きなバッグを提げていた。——あっという間に、レナは中流階級の見た目になっていた。
彼女はバッグを開けて、金髪人形のパトリシアと、白うさぎのリリアを入れた。それからレナはブリキ人形の俺をつかんで、「ハンバーさんも」とバッグに入れた。「ハンバーさんの体も、一緒に探そう」
「……ありがとう」
「どういたしまして。リリア。住所を教えて」
リリアはバッグの縁に顔を出し、「メイン・ストリート、C102番地です」といった。
「まずは、リリアの家に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
そういって、レナは玄関扉に手をかけた。




