♯6最終回「あの唐変木が売っていた、真っ赤なスカンク」
その六
「先生。あの記事読みました?」
今年小学六年生になったばかりの向島君は、養父である松戸博士に一冊の本を差し出した。
その本とは、昨今超ミリオンセラーとして世を騒がすあの名著『驚愕! 俺の七不思議』シリーズである。これは昨日、ちょっぴりおませでちょっぴりエッチなクラスメイトの、バンディ穴戸君(柔道家)に貸してもらったのである。バンディ君と向島君はとても仲が良いらしい。
それはともかく……
その記事の内容の一つに、『あの事件』の内容が面白おかしく書かれてある。無論、博士と向島君が行った夜の営業活動についての事だ。
「ねえ先生。この本の中では、なんだか僕たちすんごい奇人変人のようにあつかわれてますよね」
「そうねぇ、ボクちゃんは今さら白いギターなんかが欲しいわけじゃないのにねぇ」
「白いギターってなんのことです先生? それよりなにより『みなしごハウス』では、明日食べるお米も底をついてしまって。ハウスの弟や妹たちも不安がってますよ」
「あらぁ、それは大変ねぇ。ここんとこ夜は出ずっぱりだったから、あの子たちの面倒を見る暇がなくって……困ったわ」
松戸博士が、みなしごを引き取って自らの養子養女にした子供たちは、長兄の向島君を含め総勢十二人いる。
上は小学六年生の向島君から始まり、一番下は幼稚園の年長組になったばかりの詩織ちゃんという感じで、みな食べ盛りの子供たちばかりなのである。
マッド軍曹の研究室と古くなった公民館跡を払い下げて買い取った〔みなしごハウス〕はすぐ目と鼻の先にあるが、ここんところの彼らの営業活動のおかげでみなが寝静まったころに帰るハメになっている。
「そうねえ、どうしようかしらねぇ……」
そういいつつも、マッド軍曹は黒革の上下に身を包み、角度の利いたサングラスをキメるのである。
「せ、先生! 今日もこれでやるんですか? もうやめましょうよ。最近なんだか警察の見回りもきびしくなっちゃったことだし、何か違う手を考えましょうよ」
「違う手ですって?」
「そうです。何かお金を稼ぐ方法を別に考えて見ましょうよ」
てなわけで、二人はない脳みそをこねくりまわして、ああでもない、こうでもない、と精一杯使ってみたものの、
「うーん、ボクちゃんたら発明に関しては天才だけど、物を売ったりするのはよく分からないわ。だから向島君、ここは一発虎の穴に修行にでも行ってきてくれる?」
「と、虎の穴ですか? ていうか、僕にさんざんネコの着ぐるみを着せた上に、虎のマスクまでかぶらせるおつもりなんですか、先生」
向島君はちょっとぷんすか怒ってみた。
「あーら、向島君たら、そんなこと言っちゃってるわりに、寝るときにまでネコの着ぐるみつけてるし。だから今度はワンランク上を行って虎にしてみようかと思ったんだけど」
「せ、先生っ!」
向島君は途端に表情を真っ赤にし、
「ぼ、ぼ、ぼ、僕はそんな……ただ、弟や妹のためになんとかできないかと思って頑張っているだけですよ! へ、変なこと言わないでください!」
「あーら、そうかしら? 向島君たら、毎晩きれいなおねえさんに抱きつかれまくって、クセになっちゃったのかと」
「先生っ!」
向島君は、マッド軍曹の広い背中をぽかぽかとやった。松戸博士は嬉しそうに、
「いいのよ、向島君。ボクちゃんうれしいのよ。だって、真面目一本やりだった向島君があんな活き活きとして……そんなアナタを見てると、ボクちゃんなんだかもう……ううう」
博士は急に泣き出してしまった。そんな博士を見てると向島君も、
「せ、先生。泣かないでください。先生が泣くと、僕も……ううう」
彼ら親子は思わず肩を寄せ合った。
その時である。
「というわけで、今日は日曜日だからお昼から売りに行きましょう」
「ええーっ!」
てなことで、町に繰り出したるは二人の親子。無論様相など夜の営業活動のままである。
「せ、先生。真昼間からネコの着ぐるみは恥ずかしいですよ」
「あら、とってもかわいいわよ」
「で、でも……」
「あら、うふふ。そうか、クラスのみよ子ちゃんに見られるのが恥ずかしいんだ?」
「せ、先生っ、それをどうして!?」
向島君は目の周りから耳たぶの後ろの方までポーッと真っ赤にした。
「あーらそんなこと、透明クリームなんか使わなくたってお見通しよ。ボクちゃん、伊達にアナタのお父さんしてるわけじゃないのよ」
とかなんとか、ちょっと歯の浮くような会話をしながらやって来たのは、近くの商店街の外れにひっそりと構える公園である。
彼らは、それぞれの特殊なコスチュームにパンパンに詰め込まれた風呂敷包みを担いでここへやってきたわけだが、どうにも売り方のきっかけがつかめず右往左往するばかりである。通りを過ぎる人々が二人を見るなり目をそらし、そそくさと逃げてゆく始末である。
「これじゃやっぱり不審者そのものですよ先生……」
「そうね、このままじゃ夜やっているときと何ら変わらないわ。ここは一念発起して、どーんと声を出して透明クリームをアピールしましょうよ。バナナの叩き売りみたいにね」
てなわけで、ここからはマッド軍曹の独壇場である。
「れでぃーすえんどじぇんとるまん。えーんどおとっつぁんおっかさん。さぁさお立会いお立会い。ここにとりい出したるは“透明クリーム”と申すもの。透明といっても東京から名古屋をつなぐ高速道路のことじゃござんせん。クリームといってもレモンのことじゃありやせん。なにせ、この透明クリームはそんじょそこいらのクリームとはわけが違う。その薬効たるや一度つければアッと驚くほど効果が分かる。人によっちゃあ、アッてな声を張り上げすぎて、驚き勇んで引っくり返って粋なネエチャン立ちションベン――」
といった感じで博士がやりだすと、行き交う人々がなんだなんだと押し寄せて、途端に公園が黒山の人だかりになった。
こうなれば占めたものとばかり、マッド軍曹はクリームの欠陥だの特性だのあまり語らず、ただ「塗った場所が透明になる」事だけを告げた。すると、
「買いまーす!」
と一人の体の大きな男が突然飛び出してきた。殉職寸前のラガー刑事か、若いときのサモ・ハン・キンポーに顔かたちが妙にそっくりである。
「おやっさん、それいかほど?」
「一個五万円なり!」
「そりゃないよ。もうひとこえ!」
「なら兄ちゃんの元気に免じて、二万円でどうだ!?」
「もうひとこえ!」
「ええい、もってけドロボウ! ジャスト一万円だ!」
「買った!」
てなやり取りでその図体のでかい男が透明クリームを買ってゆくと、
「俺にもくれ!」
「俺も!」
「僕も!」
「わたしにも!」
といった具合で、およそ千五百個ばかりあったプロトタイプの透明クリームが一時間であっさり売り切れてしまったのである。
「す、すごかったですね先生」
「どう? 向島君。少しはボクちゃんを見直した?」
「ええ、もちろんですよ。それにしても、どこでこんなテクニックを学んだんですか?」
「あら、学んだのではなく、ボクちゃんは心で商売をしたのよ」
「心……ですか?」
「そうよ。商人はね、詩人のようなものよ。ボクちゃんは商品を売るのではなく、真心を込めた言葉を売ったの。世の中はそういう物を求めているのよ。ねぇ、そうではなくて? 向島君」
マッド軍曹は得意げに言い切った。しかし、
「なに真っ当な人生を送っている人みたいな事言ってるんですか! 大体こんな怪しいブローカーみたいな格好をして言う台詞じゃありませんよ、先生!」
いたって冷静な向島君は、きびしいツッコミを入れる。
「なら白状するわ。向島君がまだ少年だからやんわりとした内容で終わらせようと思ったけど、そう言われると本音を言いたくなるわ。商売はね……」
「しょ、商売は……?」
「ぶっちゃけて言えば、商売は相手を○○(※作者自粛)することが秘訣よ」
「ええーっ!」
こうやって少年の心は蝕まれてゆくのである。(うそ)
その後、近隣の銭湯や温泉施設において、数え切れぬほどの事件が起きたことは言うまでもない。ほとんどの事件の内容が、女性専用の更衣室やら浴場にリアル人体模型が多数押し寄せた、というものである。
みな、透明人間になれるとすれば(本来はなれていないのだが)、同じことを思うようだ。
朝ご飯時に、彼ら親子はその事件の新聞記事を読みながら、
「もう、先生が、欠陥品だと言わないで売ったから……」
「これも生き延びるためよ」
「それにしても、リアル人体標本が鬼のような数で押し寄せた場面を想像すると、ゾッとしますね」
「そうね。我ながら罪悪感を覚えるわ。女性の裸を目の前にした人体標本……うう、血の流れや充血した箇所まではっきり見えちゃったりするんだから、それを目の当たりにした女の人たちはお気の毒様ね」
「いっしょに見透かされちゃってますもんね、心の中まで」
終わり
このようなくだらないお話を最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
また、こんな感じの話を書きたいと思います。
では。