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コント「MAD軍曹」三十六某  作者: ジェイのすけ
4/6

♯4「見上げてごらん。夜空の星が輝く陰で、集団ナルシシズムの笑いがこだまちゃん」

その四


「先生、洒落になりませんよ」

 向島君はうな垂れながら溜め息をついた。

「そうね、これはもう駄作に違いないわよね」

 松戸博士ことマッド軍曹もそれにならったかのように深いため息をついた。

 そして作者もついでに溜め息をつく……。

 もちろんのこと駄作と言っても、このコント小説の事を示唆しているのではない。松戸博士の新作、透明クリームのことを言っちゃっているわけなのである。多分。ふう。

 なんだか彼らは妙に辛気臭い。当然といえば当然である。なにせ、数十分前にあんなことがあったのだから。

 向島君は、重くなった舌にようやくムチ打って口を開いた。

「ねぇ先生、なんであんなもの作ったんですか?」

 彼の表情からは精気が感じられない。

「あんなものって……向島君。それを言っちゃお終いだわよ」

 そう言いつつも、松戸博士もかなりの落胆ぶりである。

 それはそうだ、そうなのだ。松戸博士ことマッド軍曹と、向島君は先ほどの騒ぎで〔透明クリーム〕の特性について思う存分に理解を深めてしまったからなのである。

「ボクちゃんが自分で作っといてなんだけど、まさかねぇ、透明クリームがあんな風なものだとはねぇ」

「ええ……」

 向島君は一度目をつむり、先ほどのことを思い出すと、ぶるぶるっと体を震わせて自分を抱きしめるように、

「さすがに“透明クリーム”というからには、体中のすべてがこの世から無くなってしまったかのように消えて見えなくなるのだと思っていたら、まさか……」

「透明クリームを塗った表面だけ透けてなくなる……だなんて、作ったボクちゃんも考えてもみやしなかったわ」

「おかげで僕は、血管と骨と筋肉繊維で覆われた、おぞましいリアル人体標本を目の当たりにしてしまったのですからね……」

 向島君はまた、ぶるぶるっと身をすくませた。

「最初、先生が僕にクリームを塗ろうとしたとき、先生はクリームを素手ですくい上げたものだから、手の表面が透けてしまって……僕にとって、一生忘れることのないトラウマ映像です」

「ごめんね向島君。ましてアレを頭から被っちゃったりなんかしちゃったら、リアル目玉おやじの出来上がりですものね。さすがのボクちゃんでさえ、一瞬気が違えてしまったわ」

 彼ら親子の間には、先ほどまでのどえらいテンションの形跡もみられなかった。

 実を言うと、真面目な向島君でさえ透明クリームを塗りさえすれば、誰にも気づかれずに女湯に忍び込むことは可能だ、と密かに淡い期待を抱いていたのだから。健康的な男子であれば、必ず持ち得るドゥリーミーなクリーミーであったことは間違いないのだ。 

 ああそれなのに、それなのに……

 そんな淡い希望でさえ儚い夢幻のごとく消え去ってしまったのだから、少年の落胆ぶりといったらこれ、筆舌に尽くしがたい苦悩が垣間見られるというものだ。

 だがここで、一筋の光明が差してくる。

「だけど先生。この発明ってすごいですよね。だって、クリームを塗った場所が透けて見えてくるなら」

 向島君の顔が、花が咲いたようにパッと明るくなり、「開腹手術ができない人の体の中を調べたり出来るんじゃないですか?」

 そこで博士も納得したように、

「そうね、そういうことなら使えそうね。体の深部までは今のクリームのポテンシャルでは難しそうだけど、それなら何とか商品として売り出せそうね」

 なにやらこの親子の瞳の色が、銭、銭、銭、で染まってきたようである。

「分かったわ向島君。それなら、これから透明クリームの改良を模索してゆけば、ビッグビジネスのチャンスも生まれてくるというわけね」

「そうですよ先生! その意気ですよ先生! それでこそ僕のお父さんだ」

 なんともこの親子。なにやら妖しげなものにとり憑かれてしまったようである。

 だが……

「それより向島君。この試作品はどうしようかしら」

「ええ? そんなの失敗作として、いつもの失敗作専用納戸にしまっておけばよろしいじゃないですか」

 彼はさらりと答えた。が、

「それがダメなのよ」

「え、どうしてです?」

「だって……」

 博士はそう言って、広い研究室の壁際のボタンを押した。すると途端に壁自体が観音開きなって左右に放たれると、なんとそこには!

「わ、わ、わ! 先生なんなんですか、この大量の透明クリームの在庫は!」

 そうなのである。松戸博士ことマッド軍曹は先行量産型と称し、何も考えなしに透明クリームのプロトタイプを山のように生産してしまっていたのである。

「どうするんですか先生。こんなに欠陥だらけの失敗作を作ってしまって……」

「あら、向島君。血管が透けて見えるだけに欠陥だらけとは、少年のわりに洒落たことを言うじゃない」

「うんもうっ! そんな変な突っ込みは置いといて、これどうするんですか!?」

「決まっているでしょう? これから街に出て売り込みに行くのよ。だって……」

「だって?」

「だって、売れると思って試作品に全財産をつぎ込んでしまったんですもの。てへ」 

 さて、彼らの運命はどうなってしまうのであろうか。



 つづく





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