♯2「悪魔のベルなら、鈴を鳴らしてりゃいいんだじょ」
その二
「何です博士、そのホームセンターの見切り品のどこのメーカーかもわかんないバッタ品のようなハンドクリーム状の物体は?」
向島君の質問に、博士はギラリと鋭い目を輝かせ、有無も言わさない速さで答えた。
「これはね、透明クリームよ」
「とうめいクリーム?」
透明クリーム――?
向島君は、ぐるぐると頭ん中を回転させた。まったく先生ときたら、またこんなくだんないもん作っちゃって。だからせっかく沢山儲けたパテント料も核爆発のように一瞬にして浪費してしまうんだよ、なんて考えてしまったのだ。だが……透明クリームなどという直接的で一本やりなネーミングで解かる通り、それについては一切突っ込もうとはしなかった。
確かに今どきの商品は、ふわとろだとか、うまうまだとか、幼稚園児でも分かり易い赤ちゃん言葉のような商品名表記が一般的だが、これほどあまりにも直接的なネーミングであると、作者のセンスが問われるというものだ、と思わざるを得ない向島君なのである。
だがしかし!
それでも理解不能な読者諸君がおられることが予想されるので、あえて説明しよう。
透明クリームとは、そのクリームを対象物に塗ると、一定時間だけ物体が透明になるという、いかにもアレな、アレアイテムなのである。これは、地元特産品をいかに効率良く売ろうかと日ごろから四苦八苦している地産地消井戸端会議議連ザビ会長も子供ころから夢を見るほど憧れた、究極のひと品なのである。
なに? アレじゃ解かんないって? そんなのそれなりに理解しなさい!
……てなわけで話を戻すが、博士と向島君の間には一瞬凍りついた空気が張り巡らされたのである。
「なによ。何か文句あるの?」
「だって先生……またこんなものですか?」
向島君は、アゴに力が入らない様子である。
「あら、なによぅ! 向島君たら、随分変な目で見てくれたりなんかしちゃってくれるじゃないのよーっ!」
「だって先生……。いまさら“透明クリーム”だなんて、どんな子供向けフィクションの小道具にだって使いませんよ。僕の書いたミステリー小説にだって登場してません。……またどうせ、それを体中に塗りまくって、女風呂に潜入しようなんて考えてるんじゃないんですか?」
「なにいっちゃってるのよー! もう、心外だわ。ボクちゃんがそんな少年マンガの主人公みたいな品性下劣な目的でこれを作ったとでもおもっているわけ? この歳になって、悪魔のベルやこだまちゃんの裸なんて見たくないわよー! しどい、しどすぎる……」
松戸博士ことマッド軍曹はシワシワの白衣のポケットからハンカチを取り出し、いきなり正座したかと思うと、とても優しそうな中年女性が微笑んでいる写真立てに向き合いながら、チーンと鐘を鳴らして泣き叫んだのである。お線香のかほりがほのかに漂う。
「ああ、天国にいる絹子や、ボクちゃんとってもくじけそうよ。だって、だってだってだってボクちゃんね、今まで一生懸命この子達を良い子に育ててきたつもりなのよ。でもね、でもでもね、やっぱり反抗期には勝てないわ。ああ、志し半ばにして旅立ってしまった絹子……どうしてアンタはボクちゃんを置いて天国に行ってしまったの……」
博士はおいおい泣いた。辺りは塩水だらけである。
「わ、わ、わかりましたよ先生、もう……。先生の発明はとても良い発明ですって。かなわないなぁ。いつもいつも話がこじれると、毎度毎度絹子お母さんに泣き付かれてしまっちゃあ……」
「じゃ、じゃあさ、さっそく実験台になってくれる?」
「ええーっ!?」
つづく