♯1「心をサバにしてはいけないんだじょ?」
その一
松戸博士ことマッド軍曹と呼ばれる発明好きの博士は、はげつる頭でカイゼル髭が特徴的だ。
そんな彼はちょっぴりおしゃまで、ちょっぴりセンチなマッドサイエンティストなのである。
「ちょっと、向島君。こっちにきてちょうだい」
「なんです、先生?」
向島君とは、博士が若いときから発明で得たパテント料を基に、たくさんのみなしごを引き取って育て上げた子供たちのうちの長兄である。つまり彼は、マッド軍曹の養子にして一番弟子のなのである。
「新しい発明品が出来上がったんだけど、ちょっと見てくれない?」
「えぇ!?」
「あら、なによ。随分いやそうね」
「あ、いやその、だって……」
「なによ」
「だってボクには、これから世の中におけるたくさんの迷えるボロボロになった子羊のような人々の疲弊しきったハートを鷲掴みにして、陶酔的かつ熱狂的にさせるような、とろとろででろんでろんの究極ファンタジー小説を世に送り出すという崇高かつ超合法的なおびただしい使命が待っているわけで……」
「この、イカレポンチ!」
博士は向島君のみぞおちに一撃、熱い拳をめり込ませた。
「なによそれ、あんたの目は三日前に西友の特売品コーナーの隅で寂しく売れ残っていた高知県産のごま鯖みたいにどんなに値を下げたって手を差し伸ばされないぐらいどんよりと濁ってるわ! いつからそんな既得権益に憧れを抱く小賢しいオイルダラーな陰鬱少年になり下がってしまったのよ? ちゃっちゃと目を覚ましてこっちを手伝いなさいな、まったくもう! それよりきちんと世界を完全支配するぐらいの揺るぎない気持ちで発明をして稼いだ方が堅実的なのよ。育ての親として、ボクちゃんそんなのゆるさないんだからぁ!」
松戸博士ことマッド軍曹は、向島君の縮こまった背中を、電気肩たたき機のやうにぽかぽかとやつた。
「わ、わ、せんせ……先生。痛い痛いですよ。分かりました、分かりましたよ。付き合えばいいのですね。……それより、地の文が一部旧かなづかいなのはどういうわけですか?」
「知らないわよ、そんなの。作者ちゃんにでも訊いてちやうだい」
てなわけで、毎度とぼけたやり取りをするこの義理親子は、これから養父が創り出した発明品を試そうというわけである。
「ねえ、先生。ところで今度の発明ってなんですか? またこの間みたいに、世界を支配するために必要な高分子吸収シート理論を応用したという、塩辛のピンク色したドロドロの部分を混合圧縮利用した無限チカラが発動する動力源……なんてものだったらいやですよ。あの実験の後、三ヶ月以上すべてのごはんとおやつがイカの塩辛と、かつをの酒盗で埋め尽くされたんですからね。おかげで目に関しては丈夫になったけど、血圧が常時百五十を越えてしまったんですからね。あれ以来、クラスの中で“お前の死因は絶対に腹上死だ”なんてからかわれたりするんですよ」
「もう、向島君たら……。あんたのクラスメイトはどんだけおっさん臭いのよ。いいからそんなかわいらしい誹謗中傷は放っておいて、ボクちゃんの発明をとくとその目で見てみんしゃい」
そしてマッド軍曹が差し出したのは、手のひらサイズの円筒形の容器だった。
つづく