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セレスティア・フォン・ハレトゥの華麗なる爆発発表会

作者: 上野 ハル

「次の発表者は、機構魔導学科二年、セレスティア・フォン・ハレトゥ。題目は……」


教壇の上、魔導学会発表会の会場に、硬い声が響いた。会場の空気が凍りつく。


ハレトゥ侯爵令嬢は、まっすぐ壇上を歩いていた。ドレスのように豪華な制服。背筋を伸ばした立ち姿。しっとりと整えられた金髪だが、頭上には大きなくせ毛が揺れている。淡い赤の瞳は、心持ち弾んでいるように見える。一切の緊張を映していない堂々とした態度は、彼女の自信なのか、あるいは天然か。


私は感情を押し殺して、ハレトゥ侯爵令嬢の背中をついて歩く。私はこの発表会で彼女の補欠、端的に言うと助手係なのだ。


壇上にはすでに、黒い布で覆われた物体が置かれていた。サイズとしては、郵便受けより少し大きい程度。


「……準備、できてる?」


ハレトゥ侯爵令嬢が小声で訊いた。私は黒布を剥がし、折り畳んで係の人に預ける。


現れたのは、真鍮と水晶と何か色のわからない液体で構成された、不気味な光沢を持つ装置だった。


私は極めて自然を装って、装置に触れる。だが、手が震えている。全神経を集中させる。失敗は許されない。


「すこし位置を調整しますね」


私は装置を優しく押し、教卓の上にある原稿に場所を近づけた。客席から静かなざわめきが聞こえた。私は三歩ほど下がって後ろに控える。


「……題目は、大気中の元素精霊を直接抽出し、半物質化を経て爆縮させることで、熱源の持続的供給を目指した――」


会場がざわめいた。この題目が意味するのは、爆発だ。それに、セレスティア・フォン・ハレトゥ侯爵令嬢といえば、いつも発明品を作っては爆発させる危険人物。私だって、助手係なんかにはなりたくなかった。


――また爆発する。

それは会場の総意である。会場の全員が、一歩だけ、椅子を引いた。


――


ハレトゥ侯爵令嬢は私と同じクラス、機構魔導学科の二年生。だが、同じクラスといえども私と彼女では天と地ほどの差がある。彼女は侯爵令嬢、私は伯爵令息だが、そういうことではなく、発明面での話だ。


私の発明は、安心安全で人々が手に取りやすい優良品だ。しかし彼女の発明は、いつも学校にハプニングを巻き起こしてばかりで人の役に立たない。私と彼女で比べたら、私のほうが優れているのは言うまでもないだろう。


「ごきげんよう、オスカー様。なぜ、こんな通路のど真ん中で立ち止まっていらっしゃるの?」

「ごきげんよう、ハレトゥ侯爵令嬢。私は考え事をしていただけです。通行の邪魔でしたね。申し訳ございません」


私はすぐに通路の脇に寄り、彼女とその使用人からなる団体をながめる。と、我が目を疑った。


彼女の使用人が持っているのは、1mはある大きな物体。黒い布がかけられていて中身は分からないが、きっと彼女の発明品だろう。彼女はこれからお茶会に行くはずではなかったか。なぜ爆発物を持っていく。私はたまらず声をかけた。


「そちらはあなた様の発明品ですか?」

「ええ、そうなのです。全自動お茶抽出機ver.14ですの」

「そんな貴重な(危険な)もの、持ち出してはいけないのでは」


「あら、私の発明品のすばらしさを理解してくださるのね。これはお茶会で初披露するつもりでしたの。でも、オスカー様には特別に、最初のテストプレイヤーの座を渡しても良くてよ」


試用したこともない物を他人に触らせるのか。なんて危ない発明だ。


「いえ。つつしんで遠慮させていただきます」

「あらそう。まあ良いわ。さあみんな。お茶会へ急ぐわよ」


ハレトゥ侯爵令嬢は急ぎ足で通路をあとにした。すれ違いざまに、使用人の一人が私に頭を下げたので、気にする必要はないと首を振っておく。


危ないところだった。彼女のつくったものが爆発しないことなんてあっただろうか。いや、彼女が作っているのは発明品ではなく爆発物だ。こんな通路で爆発を起こさせるわけにはいかないのだ。




ハレトゥ侯爵令嬢はいま、学校の中庭でお茶会をしている。貴族ばかりが通う、この帝国魔導学院においては、お茶会は日常のひとコマだ。


だが、このお茶会はすこし普段とは違う。具体的に言えば、ハレトゥ侯爵令嬢がなにやら大きな荷物を使用人に持たせて登場したのだ。


私は彼女を遠目に見る。彼女の動向を調査しているのだ。ストーカーではない。彼女のつくった発明品がお茶会で爆発し、令嬢たちが怪我をするなんてことは阻止しないといけない。それだけだ。


「ごきげんよう、みなさま。見てください、この素晴らしい発明品を。これは全自動お茶抽出機ですの。これを使えば、使用人の手など借りる必要なくお茶が自動で抽出できるのですわ」


彼女は誇らしげに胸を張り、大きな荷物をお茶会用テーブルの上にドスンと置かせた。荷物の包みが解かれると、それは銀色の大きなティーカップのように見えた。といっても、本来お茶が入るはずの場所が塞がれていて、その内部はギチギチと耳障りな音を立てていた。


ここからでも聞こえる音だ。令嬢たちの不快さと言ったらない。というか、お茶とお菓子くらいしか置かない繊細なテーブルに、そんな見るからに重そうなものを置くな!


――テーブルも、ギチギチと音を鳴らしていた。

令嬢たちは、そろってイスを一歩下げた。


「じゃあ、いくわ――」

「待って!と、ところで、これは何回目の改良ですの?」

「十四回よ。今まではすべて失敗だったけれど、今回は爆発しないから安心していいわよ」

「それで安心できる人などいないと思いますわ……」


ある令嬢が、危険をかえりみず爆発を後回しにしてくれた。だが、危機一髪だったし、次もある。さすがに止めに入るか。


そうやって、私が足を一歩踏み出したとき。


「じゃあ、スイッチオン!」


ドッカ―ン!ドドドドドバジャ―!


はたして彼女の発明品は、めでたくまた、爆発を起こしたのだった。


「や、やっぱりまた爆発したじゃない。私のドレスが水浸しよ。どうしてくれるのよ」

「爆発ではなくてよ。お茶の噴水とでも呼んでくださいな。失敗ではあるけれど、これはこれで素晴らしい装置ではなくて?」


紅茶のにおいが、ふわりと辺りに漂った。




──発表開始まで、残り三分。


私のひとつ前の発表者の発表が終わり、会場は拍手に包まれる。私の胃がきりりと痛んだ。


「……オスカー、動悸が音になって出ているわよ。緊張しすぎだわ、もっとリラックスすればよいのに」


隣に立つのは私の次の発表者のハレトゥ侯爵令嬢だ。赤の他人が、私の精神集中の時間に水を差すのは止めてほしい。そう思いながらも、身分が上の相手にはなかなか言えないものだ。


「練習なんだから、大丈夫ですわよ。まさか装置が爆発するわけではないのでしょう?」

「それはそうですよ。しょっちゅう爆発するのなんて、あなた様だけでしょう。私の研究は常に優秀な成果をあげてくれます」


彼女は実演用の装置の最終確認をしていた。


バンッ


案の定爆発して、あたりの紙が空を舞う。あと少しで発表なのに、資料が飛び散ってしまった。まったく、これだから彼女とは合わない。


「あっ、申し訳ありませんわ」

「いえ」


彼女は謝るが、どうせ次も同じことになる気がする。彼女は研究以外の何も見えない人だから。


「次はオスカーくん。どうぞ」


マイクに乗って聞こえる教授の声。私はあわてて準備をして、発表を開始した。


「オスカーです。私は、シャーペンの芯がよく折れてしまうという問題を解決するために、このような装置を作りました」


そのとき、何かが違和感のように心をかすめる。

……原稿、どこにやったっけ?

そういえば、準備のときにはすでに無かったような。


「……あ、ああっ!」


ハレトゥ侯爵令嬢の、さっきの爆風で、私の原稿が飛んでしまった。しかし、そう気づいたときには後の祭りだった。おぼろげな記憶をたよりに行った発表は、本当に下手すぎるものだった。


その次のハレトゥ侯爵令嬢は、爆発した機械の予備を用意していたらしく、完ぺきな発表をしていた。ついでにまた爆発を起こしていた。




「今年の代表発表者はセレスティア、補欠は……オスカーだね」


私が補欠?なんでだよ。


「補欠……なぜですか」

「いや、君の研究も素晴らしいんだがね。発表がね」

「それは、セレスティア嬢のせいで私の原稿が燃えてしまったから」

「そうはいっても、やり直しは認められないしね。それに、セレスティア嬢の発表は注目度がすごいからね」


注目度=爆発率だ。そんな人を代表にするなんて、間違っている。私のほうが代表にふさわしい。そう言おうとしたけど、無理だった。どうせこの教授には理解してもらえないさ。





その夜、私は自室の机に突っ伏していた。


「なんで私の安定安全高性能な研究が、あの爆発貴族に負けるんだ」


考えろ、なんでなのか。考えろ、どうしたら私が発表者となれるか。考えろ、どうしたら彼女に原稿を飛ばされた苦しみを味わわせられるか。




簡単なことじゃないか。


逆に、あいつの原稿がなくなればいいんだ。




彼女とて、もちろん原稿を使って発表する。暗記できる量じゃないし、当然のことだ。つまり、彼女も原稿がなければ発表できないということだ。そして、発表できなければ、補欠の私が出られる。


そのためには、原稿が自然と「吹き飛ぶ」事故を装えばいい。幸いにも、セレスティアの装置は、爆発する。つまり、彼女の近くに“彼女の原稿”を置けば、計画は完ぺきなのでは。


トントン拍子に細部が詰められて、気がつけば発表当日。私は補欠という名の助手係として、壇上に立っていた。


「すこし位置を調整しますね」


私は装置を優しく押し、教卓の上にある原稿に場所を近づけた。客席から静かなざわめきが聞こえた。彼女の装置に触ったら爆発する。そう思っている人が多いからだろう。


その通りだ。私は爆発の巻き添えにならないよう、三歩ほど下がって後ろに控える。


「……題目は、大気中の元素精霊を直接抽出し、半物質化を経て爆縮させることで、熱源の持続的供給を目指した――」


会場がざわめいた。この題目が意味するのは、爆発だ。私が、爆発しやすい装置を作るよう、誘導した。といっても、どんな装置をつくってもどうせ爆発させるのだから、その心配は杞憂だったかもしれないが。


「セレスティア・フォン・ハレトゥです。私は、近年の地球温暖化に対する対策として、熱をずっと生み出す装置を開発しました」


ここで彼女は装置に手をかける。会場がさらにざわめくのを、彼女は好意的に解釈したようだ。


「口で説明しても分かりにくいと思うので、とりあえず一回見てください。これが私の創りだした装置。これがあれば、エネルギー問題がすぐに解決します」


彼女は装置のスイッチを押した。装置が起動する。舞台上に重々しい振動音が響く。魔素圧縮が始まり、炉心が青く脈動を始める。


ボンッ!!


炎と白煙が舞台を包んだ。観客たちは半ば慣れた様子で身構え、教師はバリアを張る。煙が晴れると——


「……っ、想定内ですわ。熱が限界異常に集まることで、純エネルギーとして爆発したのです。つまり、装置は正常に起動したということ……」


ハレトゥ侯爵令嬢が咳き込みながらもマイクを持って説明しようとしていた。その足元には、燃え尽きた原稿の束。


ここまでは想定通りだ。爆発して、少しだけ彼女はアドリブで説明をする。しかし、やがてはスライドの通りの流れにもどる。そのとき、原稿がないのに気が付くだろう。最初に実演を入れるのも、私がそう促した。


「ハレトゥ侯爵令嬢、原稿は!? もう発表できませんよね?」


私は彼女の言葉が止まったころを見計らって、意図的に大声を出した。審査員の耳にもしっかりと届いた。


しかし——


「原稿などなくとも、アドリブで十分ですわ! では、説明を始めます!」

「……えっ」


始まった。


面白くわかりやすく、彼女は爆縮反応炉の仕組みを語り始めた。理論、魔素の流れ、自己修復回路、臨界圧縮ポイント。


しかも、さっきの爆発で得られた“実測値”まで即座に組み込んで解説している。彼女が手を叩くと、使用人が予備の装置を持ってきた。彼女は流れるように実演を開始する。


そして爆発した。天井は無事だったが、二度目の炎と白煙が舞い、観客は涙目で拍手を送った。


なにそれ、なにその天才芸……。こんな規格外相手に、私が勝てるわけがなかったんだ。心を折られた気がする。


だって、だって。

装置が爆発したのに、さらにもう一つ予備を出してきて、それも爆発させるなんて、予想できなすぎる。



 

そして——


「今回のハプニング賞は……セレスティア・フォン・ハレトゥ嬢に決定!」


ぱちぱちぱち、と拍手が湧き上がる中、私は黙って自室に戻った。そして、交代したときのために作り直した原稿なんか、ぐしゃぐしゃに握りしめてやる。


「なんでだ。なんで爆発して賞を取るんだよ。私の安全で完璧な研究は誰も見てくれないのに……」


私が机にふさぎ込んでいると、元気なノックの音が響く。ドアを開けると、ハレトゥ侯爵令嬢がにっこりと微笑んで立っていた。なぜか巨大な装置を抱えた使用人たちも一緒だ。


「助手様~! 実験の続きをしましょう!」

「実験って……発表が終わったのだから、私はもう助手ではないだろう」

「大丈夫ですわ!教授様に正式な助手として認めてもらいましたから」


私の手に書類が降ってくる。


証明書

オスカーを、セレスティア・フォン・ハレトゥ侯爵令嬢の正式な助手として認める。機構魔導学科教授、セイレーン


下のほうに教授の走り書きとみられる文字が。


オスカーくん、うまくセレスティアをコントロールしてね。爆発を起こさせないように。健闘を祈ります。


「冗談じゃないっ!」


使用人たちが私の抵抗もむなしく私の自室に運び込んできたのは、例によって全く意味が分からない無駄に大きい装置だった。赤いラベルがついている。


《※爆発確率90%》


「いや、爆発するの前提なんですか!?」

「大丈夫、絶対に10パーセントをつかみ取るわ! 失敗した場合は、オスカー様の部屋だけ吹き飛ぶように設定しておいたから安心して!」

「どこが安心なんだよ!!!」


オスカーの叫び声を無視して、セレスティア嬢は楽しげに実験の準備を始めた。その様子を見つめながら、オスカーは静かに呟いた。


「次こそ、絶対に彼女より注目される研究を作ってみせる……絶対に……」


セレスティア嬢に次の発表会を任せたら、聴衆の命が危ない。そう決意するオスカーだった。


そしてその夜、オスカーの部屋から「爆発音」と「次は成功するから!」という楽しげな声が響いたのだった。

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