6話 演技の先輩
時刻ぴったりに到着したのに──
「遅い」
ジトっとした目で見られると、思わず背筋が伸びる。
この人が……ヒロイン役? 信じられないなぁ。
「なんで! あの大大大先輩の人に気に入られてるんですかねぇ!」
うわぁ、すごい殺気。
「じゃあ、練習としてあそこ片付けてください」
「はい!」
よくある、新人イビリだ! こういう人、売れ残るんだよなぁ……若いうちだけなのに。
(……何この生暖かい目は)
それから次々と雑用を押し付けられる。
これも、よろしく。
あっちも、こっちも。
「なんなのよ! 貴方は! 何しにきたのよ!」
「メリアさんの演技を習いにきました」
その言葉に、メリアの動きが止まる。
「……わかった。見てあげるわ」
意外な返事だった。
「その代わり、アイドルっていうものを見せてちょうだい」
(どーせ、子供騙しでしょう)
メリアの目は冷たく、それでもどこか挑むような光を宿していた。
「はい!」
主人公が舞台に立つ。
観客は、メリアひとりだけ。
だけど、そんなことは関係ない。
スピーカーから流れるイントロと同時に、主人公の体が動く。
足音が響くステージに、リズムよくステップが刻まれる。
軽やかなターン。
伸びやかな腕の動き。
指先まで意識されたしなやかさが、空気を鮮やかに染める。
最初は腕を組んでいたメリアの瞳が、次第に見開かれていく。
(何これ……すごい……)
照明は最小限。
派手なエフェクトも、歓声もない。
ただ、そこにいるのは踊る少女ひとりだけ。
だけど──
まるで、満員の観客の視線を一身に浴びているような輝きがあった。
まっすぐに向けられる笑顔は、ステージの隅々まで光を届けるようで──
「何これ……」
メリアの喉が震える。
息をするのも忘れそうになる。
(私、馬鹿みたいだったわね……)
レオン様に認められたい一心で努力してきた。
けれど、どれだけ頑張っても彼は私を見てくれない。
それなのに、この子は──たった一度のステージで、私が欲しかった言葉をあの人からもらっている。
(悔しい……いや、違う……悔しいだけじゃない)
喉の奥が熱くなる。
これは、悔しさなんかじゃない。
私は今、心の底から──
「どうでした!」
彼女の無邪気な笑顔が、まぶしくて仕方なかった。
「……すごかった」
「なんて?」
「……すごかった!!」
「ありがとうございます!」
「聞こえてたでしょ!」
「うん! バッチリです!」
「はぁ……はい、これ」
メリアは手元の書類を主人公に差し出した。
「なんですか?」
「ステージが借りられる許可証よ。スターしかもらえないものなんだから」
「じゃあ、なぜ?」
「貴方にスター性を感じたから」
そう言って、メリアは背を向ける。
その背中は、どこか吹っ切れたように見えた。