5話 レオンと演技勝負 上
リリアは、レオンとの演技勝負の日がついにやってきた。劇場の一室に、観客の姿はない。だが、その代わり、彼女の前に立つのはレオンただ一人。冷徹な表情で彼はリリアを見つめ、勝負の空気がピリリと張り詰めている。
「準備はできてるか?」
「もちろん!」リリアは緊張を隠して答える。
レオンは軽くうなずき、手に持っていた脚本を閉じる。
「じゃあ、やろうか」
リリアは、レオンと対峙する。舞台上の照明が二人を照らす中、リリアは深呼吸をして、自分に言い聞かせる。「ファンを思う気持ちで、心から演じる」と。
レオンが先に動き、演技を始める。彼のヒロイン役は完璧だ。まるでそのキャラクターが生きているかのような自然な演技に、リリアは圧倒される。
「これが本物の演技か……」
だが、リリアは負けるわけにはいかない。彼女もまた、心を込めてセリフを発し、演技を始める。
最初、リリアの演技はぎこちなく、どうしてもアイドル時代の「魅せる笑顔」が出てしまう。レオンはその度に冷静に指摘する。
「それ、役に入り込んでないだろ」
「えっ?」
「お前が思っているような笑顔じゃなくて、ヒロインの心情を演じろ」
リリアはその言葉に戸惑いながらも、何度も試みる。しかし、アイドル時代のパフォーマンスで鍛えた「観客を魅了する」技術は、どうしても役柄には合わない。
(私、どうすればいいの!?)
だが、すぐに気づく。彼女がファンを思うように、今は「ヒロイン」を思えばいいのだと。
リリアは少し目を閉じ、心の中でファンへの感謝を抱きながら、レオンに向き合う。今度は、恋するヒロインではなく、大切な人を思う気持ちを込めてセリフを発する。
「あなたがいないと、私は……」
その言葉を言う瞬間、リリアの表情が柔らかくなった。観客はもちろんいないが、目の前にいるレオンだけがその変化を見逃さなかった。
「……お?」
レオンが驚いたように目を見開く。
「リリア、お前……」
(よし、これならいける!)
演技が終わり、リリアは呼吸を整えた。レオンは無言で立っていたが、少しだけ眉をひそめている。
「どうだった?」リリアは少し緊張しながら尋ねる。
レオンは一歩近づき、真剣な眼差しでリリアを見つめる。
「お前、演技が深くなったな。でも、まだ本物じゃない」
その言葉に、リリアは胸の中で小さく息をついた。彼の評価は厳しいが、それが本物を目指すためには必要だと感じた。
「でも、今の演技は悪くなかった。まだ足りない部分があるけど、お前は確実に成長している」
リリアは嬉しさと悔しさが入り混じった気持ちで、レオンを見つめた。
「もっと頑張る」
「それでこそだ」レオンは少し微笑んで、腕を組んだ。
「それで、俺の後輩でヒロイン役をやる奴がいるから。そいつに習って見ないか?」
リリアは驚きと興味が入り混じった表情でレオンを見つめた。後輩がいる? それも、ヒロイン役をやるほどの実力者が?
「後輩?」リリアは少し戸惑いながら尋ねる。
「そうだ。俺の演技を見て学んだやつだから、かなりの腕前だぞ。」レオンは無表情のまま言ったが、その口調にわずかに誇りが感じられた。
「それじゃあ、私もその人と一緒に稽古するべきかな?」
「うん。お前がまだ演技に迷っているなら、その後輩に教わるのは悪くない。俺はお前の成長を確実に見届けたいからな。だが、お前がどれだけ努力するかで、次に会う時、どれだけ違う演技を見せられるかが決まる。」
リリアはその言葉に力をもらった。確かに、まだまだ足りない部分はあるけれど、もっと努力して成長することができる。
「ありがとう、レオン!その後輩に会って、私ももっと上手くなりたい!」
レオンは少し頷き、再び冷徹な目を向けたが、その眼差しにはどこか温かさも感じられた。
「お前がどこまでできるか、楽しみだな。」