1話 「婚約破棄? いいえ、アイドルになります!」
「リリア=エルフォード。お前との婚約を破棄する」
貴族の社交場である夜会の場。
華やかな音楽が流れる中、王太子・アルベルトの冷たい声が響いた。
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
王太子アルベルトはため息をつくと、隣に立つ美しい金髪の伯爵令嬢を抱き寄せた。
「僕はもう決めたんだ。リリア、お前のような冴えない女より、エミリアの方がずっとふさわしい」
会場にどよめきが広がる。
リリア=エルフォード。公爵家の令嬢でありながら、地味で目立たず、無表情でおとなしい。婚約者である王太子ともほとんど会話がなく、噂では「冷たくてつまらない令嬢」と囁かれていた。
(……そうだよね。私なんてダメなんだろう)
ずっと分かっていた。誰も自分を見ていないことくらい。
けれど、せめて変わりたい。笑われない令嬢になりたい。
その時——
ズキンッ!!!
鋭い痛みが頭を貫いた。
——アイドルは、顔がすべて。
——お前は地味すぎる。
——加工した写真だけが価値があるんだよ。
(……え?)
脳内に流れ込んでくる記憶。
これは、リリアではない——**「田中 鈴音」**という、一人のアイドルの記憶。
失敗したアイドル。努力しても評価されず、加工された写真だけが持ち上げられた哀れな存在。
そして、過労の末に倒れ——
「その願い、叶えました」
——私は、「田中 鈴音」だった。
でも、今は「リリア=エルフォード」。
「ここは、どこ?」
呆然と呟いたその瞬間、アルベルトが鼻で笑った。
「はっはっ、ショックで頭がおかしくなったか?」
彼の言葉は、もはや耳に入らなかった。
今、私に必要なのは鏡——
「鏡はどこ!?」
ガサガサと周囲を探し始めると、会場にいた貴族たちがざわめきながら見守っている。
——どうでもいい。まずは、私を見ないと。
「あぁ、見つけた」
手鏡を掴み、そこに映る自分の顔を覗き込む。
透き通るような銀髪、青紫の大きな瞳、繊細な顔立ち——
「……私のアイドル」
そう呟いた瞬間、誰かが吹き出した。
「ほんっとに、可笑しくなってやがる」
アルベルトがあざ笑うように肩をすくめる。
だが、そんなことはどうでもいい。
この世界には、顔がある。
つまり——
「婚約破棄、受け取ります」
スッと姿勢を正し、堂々と告げる。
「その代わり、こんな可愛い子を逃すなんて……王太子殿下、あなた、可哀想ですね」
会場が静まり返る。
今までの地味でおとなしい令嬢はもういない。
——ここから、私は本物の輝きを手に入れる。
異世界アイドル、開幕——!
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