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第八六話 カエルのゴーストは実在します

 ゴーストフロッグ。

 そんな名前のカエルがいる。

 日本名はそのまんま、ユウレイガエル。

 急流にのみ棲息する、中々にチャレンジャーなカエルだ。

 その名前の由来は、その完璧なカモフラージュカラーだそうだ。

 すぐそこにいるのに見えない、幽霊の様なカエル。

 そこには、愛嬌のある姿とは裏腹に、種としての綿密な戦略が内在している。





















「あの、私はなぜここにいるのでしょう?」

 モザイク顔の神官が、落ち着き無くも頼りない声でそう言った。

 アタシは、ドアにへばりついて鍵穴から外を覗き込みながら答える。

「それは神官サマ、小聖下がお会いになりたいとおっしゃったからですわ」

 相手と目を合わさずとも一応笑顔を作るのは、笑顔は会話の潤滑油だからだ。

 決して騙くらかそうとか、誤魔化そうとか、煙に巻こうとか、そういう考えでやっているワケではない。

「それはその、存じ上げていますが」

 モザイク顔の神官は、ひょっとしたら視線を泳がせてるのかもしれないし、或いは眉を八の字に下げているのかもしれなかった。

 けれどもモザイクが掛かっているので、表情は分からない。

 ていうか、モザイクが粗いので、顔のパーツがどこら辺なのかもイマイチ分からない。

 なので大変遺憾ながら、モザイク神官の心情を慮ることは不可能だというコトを、敢えてここで断っておこう。

「小聖下にお目通りが許されるなど、滅多にない僥倖ではありませんか」

「それは確かに、そうなのですが」

「では一体何の不満が?」

「いえ、不満というわけではなく…」

 モザイク顔の神官は、頻りに額の汗を拭いながら――「額と思われる部分」としか言いようがないんだけれど――小さな溜め息を吐いて言った。

「私は、ただ、何故、衣装部屋の中にいるのかと…」

 ああ、そこか。

 アタシはモザイク神官の質問に、小さく頷く。

 そう。

 モザイク神官の指摘通り、アタシ達は今、クローゼットの中にいる。

 当然クローゼットったって、「だるまさんが転んだ」を何ら支障なくできるくらいに広い。

 つまり、アタシ達が固まってる必要はないんだけれど、このモザイク神官、さっきからアタシにくっついて離れない。

「あら、そんなことですか。小聖下が久方ぶりに御父君にお会いになる感動的な場面を、影ながら見守るためではないですか」

 さっきからアタシがドアに張り付いているのはそのためだ。決して覗きが趣味な変態というワケではない。

 だというのに、モザイク神官がやたらと話しかけてくるので集中して覗くことができないでいる。

「それは、あの、先程も聞きました。そうではなく、私が言いたいのは、何故『私が』と…」

「ですからそれは、小聖下がアナタにお会いになりたいと…」

「それは勿論、存じておりますとも。ですが…」

 こんな風にさっきから会話がループしてんだけれど、トンチキなモザイク神官は、納得できるまで続けるつもりらしい。

 いい加減イラついてきたので、アタシは一旦ドアから身体を離し、モザイク神官へと向き直る。

「神官サマ」

「な、なんだね?」

 真剣な表情を作って呼びかけると、モザイク神官は怯んだように肩を振るわせた。

 そもそも、テメェがタイミング悪く来やがったんだろうがよ。

 会いたいって言ったから会いに来ましたって、アンタ。

 相手は王女なんだから事前にアポはとれってんだ。

 しかも、朝一ってっ。

 朝一ってっ!

 他人様を訪ねる時間じゃねえだろうがっ!

 と言いたいのを飲み込んで、アタシはニッコリと笑っていった。

「全てを納得なさろうとするのは、逆に傲慢ですわよ?」

 階級社会なんて、理不尽が跋扈するような環境で育って、なんで何でも納得するまで追求しようとするかね?

 第一、アヌハーン神教そのものが思考停止システムみたいなもんじゃん。

 そこの神官が、思考停止しないで他の誰がするってんだ!?

 そんなアタシの心の声が聞こえたってワケでもないだろうけど、モザイク神官は数秒間固まった後、ガクリと肩を落とし両手を床についた。

 表情は例によって例の如く殆ど全く分からないけれど、顔の下の方の赤い部分が大きく広がったので、無言の叫びでも上げたのだろうと思われる。

「な、なんと」

 モザイク神官は、肩を振るわせながら呻くように呟いた。

「私はっ…、私の考え方はっ、傲慢なのかっ…………くっ」

 そんなモザイク神官の様子に、アタシはグッと拳を握った。

 よっしっ!

 モザイク神官の質問攻撃は封じた!

 恨むなら、タイミングの悪い自分を恨みなっ!

 やっと心置きなく覗きに集中することができるようになったアタシは、晴れ晴れとした気持ちで鍵穴を覗き込む。

 て、なんだかやってることがやってることだけに、虚しい気もしないでもないけれど。

 ていうか、モザイク神官には出直させてもよかったんだけれども。

 今後の展開によっては、モザイク神官が必要になるかも知れないし?

 そういうワケで引き留めたワケなんだけど。

 アタシはチラリとモザイク神官を横目で見た。

 モザイクが解ける瞬間ってどんな風なんだろう、という好奇心もなくはなない。

 てへ。

 まあそんなアタシの個人的な知的好奇心はさておき。

 鍵穴からは、チビアディーがちょこんと座っているのがよく見えた。

 鍵穴から見えるように、椅子の一を調整したんだけどさ。

 「お忙しい父上」に久しぶりに会えるというので、王女サマはちょっとばかり緊張しているらしい。

 久しぶりっていうか、アディーリアの記憶にないから、実質初めてなだけれどもさ。

 そんな王女ことチビアディーの傍らには、微笑ましそうに見守るお付きの侍女さん達が恭しく付き添っている。

 本来ならばジェイディディア(アタシ)もあそこにいるべきなんだろうけど、国王の中のド変態が警戒しないようにこうして隠れているワケである。

 コンコンコン。

 ノックの音が聞こえた。

 やってきたのは妃殿下付きの侍従武官らしい。

 分厚い扉越しなので聞き取りにくいけど、妃殿下と国王の到来を知らせる声が聞こえた。

 国王の中にド変態がいると目星をつけた昨日の今日でこの謁見がかなったのは、他の誰でもない妃殿下の尽力のお陰である。

 因みに、比喩でない方の力のことだ。

 早急に国王に会う必要があると感じたアタシとチビアディーは、一晩掛けて考えた。

 娘とは言え国王に会うには、イロイロと面倒な手続きが必要らしい。

 逆に国王が娘である王女に会うのには、なんの制限もないらしんだけど。

 え~、親子じゃ~ん。

 一つ屋根の下(お城だけど、別棟だけど)に住んでんじゃ~ん。

 と思うのは、庶民の考えなんだとか。

 ケッ。これだから封建的家父長制度はよっ。

 と毒づいたところで、現実は(夢だけど)変わらない。

 ましてや今はゴーシェの使者を迎えている多忙な時期。

 主家筋のメンツってヤツで、ゴーシェになめられないようにイロイロと頑張らなければならないんだとか。

 普通に会おうとすれば、ゴーシェの使者が帰国するまではお預けってコトになる。

 けどさ。

 そんなの、待ってられないじゃん。

 打開策が、今ソコに見えてんのにさ。

 なので。

 今朝、起きて直ぐ、まだベッドの中にいた妃殿下に、チビアディーは言ったのだ。

「母上、私、もう随分と父上にお会いしていないのだけど。もしかして父上は私の事がお嫌いなの?」

 コテンッと小首を傾げ、悲しそうに眉を下げ、上目遣いで相手を見る。

 アタシが指示した通りの仕草で。

 アタシはそれを側で眺めながら、グッと拳を握り込んだ。

 どうだっ!

 妃殿下!

 健気で可愛いだろうっ!!

 因みにその仕草は、リズのお得意で。

 何か無理を通したいことがあれば、こうやるように。

 と、以前アタシが仕込んだものだ。

 今でも「復習」と称して目の前でやらせるけど、その度に可愛すぎて身もだえしそうになる。

 そのリズとソックリなアディーリアがやるのだ。

 その破壊力はハンパない。

 そして更にっ。

 妃殿下が、チビアディーを殆ど睨み付けるように凝視しながらワナワナと震えているトコロへ。

 そうだっ! チビアディーよっ! その小さな唇をキュッと噛め!

 その瞬間妃殿下は、神界にあるという神の泉(クラシェーダ)の如くと讃えられる淡い水色の瞳をカッと見開き、

「あのバカモノを今すぐここに引っ捕らえてこいっ!! いいや! 妾が参る! 妾が自らきゃつを引っ捕らえてくれようぞっ!!」

 と叫びながら、飛び出していったのだ。

 寝間着のままで。

 慌てた侍従武官が、ガウンを持って追いかけていったけど。

 ま、妃殿下はナイスバディーだ。晒して恥ずかしいモンでもなし、寧ろ拝みたいくらいのシロモノなのだ。

 愚民共よ、アタシに感謝するがよしっ!

 なんて考えている時に。

 「あの~~」と恐る恐るやってきたのが、未だに自失しているモザイク神官だったワケである。

「いだだだだだだだだっ! フランシーヌッ! 痛い! 痛いではないかっ!」

 妃殿下に首根っこを捕まれて引きずり回されている国王の姿に、軽いデジャビュを覚えながら、アタシは鍵穴にへばりつく。

 すると、妃殿下は何を思ったのか、国王の襟首を両手で掴んでジャイアントスイング宜しく振り回わし始めたではないか。

 余りの高速回転のため、国王の顔は直ぐ側のモザイク神官の顔より判別しづらい。

「う~~わ~~っ! め~~が~~ま~~わ~~るうううううううっ」

 国王の身体は何度も何度も振り回された後、ポーンと空中に投げ出された。

「ううううううううううううう~~~~~~っ!」

 そしてチビアディーの頭上を通り過ぎ。

「ひゃっは~~~~~~~~!!」

 ガシャンガシャンガラガラガラガラッ!

 ドンッ!

 バタンッ!!

 逝ってしまいましたとさ。

 めでたしめでたし。

 じゃなくてっ。

「父上!?」

 慌てて駆け寄るチビアディーに、アタシも焦りを覚えてクローゼットから飛び出した。

 まさかそんなトコから侍女が出てくるとは思ってもみなかったんだろう。

 驚く妃殿下や侍女さん達を尻目に、アタシはチビアディーに駆け寄った。

「ちょっと、まさかマジで死んでないよね?」

 そう言った後で、よく考えたら、ココは夢で、既にもう死んでいるのだと気がついた。

 国王と王妃は戦死。

 残った王族は籠城の上、自害もしくは処刑。

 抵抗した官吏も使用人達も、殆ど皆殺し。

 ゴーシェの攻めは、それ程までに苛烈だった。

 そう、歴史に刻まれている。

 そして、その通りにアディーリアは教えられた。

 なのに。

 アタシは伸びてる国王の顔を見て、愕然となった。

 ヒュッとチビアディーが息を呑む。

「なんで?」

 どうして?

「師父様…?」

 見えているのに見えない顔の国王。

 その顔は、アタシ達が知る「ヴィセリウス大神官」そのものだと認識した瞬間。

 世界は暗転した。


  

誠に勝手ながら、来週はお休みさせていただきますm(_ _)m。

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