第八三話 カエルは宇宙酔いします その6
予想した通り、妃殿下の行動は素早く、その日のウチにアタシの配属は王女付きとなった。魔女っ子美少女ルディナリアを初めとする侍女トモ達は驚いていたけれど、彼女達にやっかみやイヤミはなかった。
というか寧ろ、事の次第を話した時の彼女達の気の毒そうな瞳が忘れられない。
「妃殿下は、そりゃ素敵な方よ」
「あれ程美しいお方は、二人となないでしょうね」
「並ぶもの無き高貴な血筋」
「聖なる祝福を受けし聖者」
彼女達はうっとりとした表情で一様に妃殿下を褒めそやしたけれど。
「でもなんていうの、個性的というか」
「個性が過ぎるというか」
「歩く痛快冒険活劇というか」
「私たちは、あの美しくも気高き妃殿下を、遠くから眺めているだけで幸せなのよ」
要するに、痛快冒険活劇を観るのは楽しいけれど、登場人物にはなりたくないということらしい。
下っ端侍女にまで怖れられてるって、どんだけなんだよって話だけれど。
突然の昇進にも関わらず人間関係に亀裂が走らなかったのは、妃殿下の「人徳」のお陰だろう。
「妃殿下の周辺は神教関係者ばかりで馴染みにくいとは思うけど、あなたならきっとやっていけるわ」
という無責任な励ましを受け、アタシは送り出された。
彼女達の予想通り、問題は新しい配属先にあった。
というのも、皇女であり聖者でもある妃殿下の周辺は、選びに選び抜かれた人間が隙無く配置されている。アディーリアのお付きだって、以下同文。
要するに、新米侍女の出る幕はないってワケである。
けれど王女殿下が強く望み、妃殿下が手配したのだ。
拒否する事はできない。
というわけで、アタシの役目はズバリッ。
「とにかく小聖下が退屈なされぬようにお相手をなさい」
という事に落ち着いた。
要するに、何もすんなというコトだろう。
新米にも関わらず個室を貰えたのは、アタシに聞かれたくない話があるからかもしれない。
なんて穿った見方もできるけど、素直にありがたいとも思うコトにした。
「で?」
「で? って何?」
アタシの問いかけに、チビアディーは逆に問い返す。
アタシとチビアディーは互いの顔を見合わせた。
昼下がりの庭園で、噎せるようなバラの香りに包まれながら、アタシとチビアディーはポツリと四阿に座っている。
本日ゴーシェの使者が到着するってんで、宮殿は慌ただしさに包まれているけれど、三歳児の王女殿下には関係ないコトだ。
勿論妃殿下は忙しい。
どのくらい忙しいかというと、勢いで夫である国王陛下を背負い投げする程に。
なんじゃそりゃ。
って思うけど、皇女兼聖者として育てられた妃殿下は、何事にもマイペースで、つまり他人のペースに合わせて動くということが大変なストレスになるらしい。それでも王妃としての自覚はあるので、王妃として振る舞おうとするんだけれど、ストレスが溜まって…。
というコトなんだとか。
それでなんで国王陛下をって話だけれど、他の人間を投げると問題になるからだ。
国王陛下が一番問題になりそうな気もするけれど、他人ならパワハラになるところを国王陛下相手なら「夫婦の問題」で済ませられるためらしい。
高貴なヒトは高貴なヒトなりに、色々と考えなきゃいけないらしい。
最初から投げんなって話だけれど、あの妃殿下にその選択肢はないのだろう。
「でってのは、アレだよ。今日は何して遊ぶってヤツ? ゲームもないし、マンガもないし、テレビもないし。う~ん、縄跳びとか、缶蹴りとか、ダルマさんが転んだとか?」
ボンヤリと空を眺めながら、青い空に空き缶が跳ぶ様はさぞかし気持ちいいだろう、なんて考える。因みに、リズとは缶蹴りをやったことはないけど、縄跳びとダルマさんが転んだはやったことがある。
当然ながら縄跳びの縄はカラフルなビニール製のものじゃなく本物の縄で、当たるととても危険だから早々に止めてしまったけど。
ダルマさんが転んだは良くやった。
「ダルマさんが転んだ」と言って振り返る度に、奇妙なポーズで静止してるリズが微笑ましかった。ま、変なポーズをしなくちゃいけないって教えたからなんだけど。
あー、リズは今頃何してるかな。
「今」はまだ生まれてすらいないけど。
なんて思いを馳せていると、
「そうじゃないでしょっ」
と、チビアディーの鋭い叱責が跳んできた。
「どうすればココから脱出できる糸口が掴めるのか、考えるトコロでしょっ!」
「そりゃ、あのモザイク神官の顔を暴くことだよ」
アッサリと答えたアタシに、けれどもチビアディーは追及の手を緩めない。
「どうやって?」
「それが分かってれば、こんなトコロでボーッとしてないよ」
そうなのだ。
どうやればあのモザイクが解除できるのか、それがサッパリ分からない。
アタシはハーブティーをゴクリと飲んで、また空を見上げた。
ハーブティーは、他の侍女さんが用意してくれたもので、一応アタシが用意しようとしたんだけれど(研修したし)、「これは闘茶じゃないのよっ」と叱られてしまった。
どうやらお貴族様に出すお茶の作法と、闘茶の作法は違うらしい。
じゃあ何だってあの厳しい研修をしたんだって話だけれど、オルタシアさんと離れてしまった今は訊きようもない。
「そうね。それじゃあ、取りあえず整理してみましょう」
「そうだね」
「先ず、私たちが何故ココにいるかということよ」
「それは、カエルに飲み込まれて」
「それは『どうやって』であって、『何故』じゃないわ」
「う~ん。システムの不具合を修正するためだと思う」
「ウィルスがどうとかってヤツね」
「あ、それなんだけどさ。ウィルスじゃなくて、バグじゃないかと思うんだよね」
アタシは、カエルに飲み込まれる直前に思った事を口にした。
「よくOSの不具合でセキュリティーホールがどうとかって言って、修正プログラムが配布されんだけど」
ムダメン共が迷い込んできたのは、不具合からくる「セキュリティーホール」のせいかもしれないとも思う。
そしてその「バグ」が「モザイク顔のヴィセリウス」だ。多分。
それがどういう事を意味するのかがイマイチ分かんないんだけれど、とにかく今はココから出ることだけを考えよう。
「私たちは『ここ』でプログラムを修正しなければならないと言う事かしら」
「そうだと思う。アディーリアに三歳前後の記憶があれば、『ヴィセリウス神官』の顔も分かるハズ。そうすれば、修正できるんじゃないかと思うんだけど。やっぱりない? 『今』のアディーリアの記憶」
「三歳以下の記憶があったとしても、ニレニアの教育係である『ヴィセリウス神官』に会ったことがあるとは限らないわ。寧ろその可能性は低いでしょうね」
てことは、アディーリアの記憶に頼るのはムリってコトか。
「「う~ん」」
アタシとチビアディーは二人して同時に唸った。
するとその時。
ハァハァハァ、ハァハァハァハァ。
どこからともなく、荒い息づかいが…。
ハァハァハァ、ハァハァハァハァ。
耳を澄ませば、背後の茂みの方から聞こえてくる。
「これってアレじゃね?」
チビアディーの耳元に囁くと、チビアディーもコクリと頷く。
「イタズラ電話でよくあるパターンね」
流石一心同体、考えつくコトは同じらしい。
「変態には鉄槌を」
「ド変態には鉄槌を」
アタシとチビアディーは殆ど同時にそう言って、息づかいの聞こえる方へと手元のモノを投げつけた。
ガシャンッ!
ガシャ――ン!!
因みにアタシが投げたのはティーカップで、チビアディーが投げたのはポットの方だ。
「熱っ!! あちちちちちちちちっっ!!」
そしてそのどちらにも、まだまだ熱いハーブティーが入っている。
息づかいの主は茂みから飛び出して。
「痛っ! 痛たたたたたたたたっ」
庭園の生け垣用のバラはトゲがない品種だけれど、四阿の周りだけはトゲのある品種でできている。
そのトゲがもろに突き刺さったのだろう。
「トゲがっ! トゲがっ! トゲがっっっっっ!!」
「ありゃ。こりゃ本物のド変態だよ」
「本当ね。ド変態だわ」
最早妻であって妻でない妻に「ド変態」としか呼ばれなくなった男は、優美なバラ庭園で転げ回った。
そこに「高貴な血筋」とやらは、微塵も感じられない。
けれどアタシは閃いた!
「いるじゃんっ! アタシ達の知ってるド変態で、確実に『ヴィセリウス神官』の顔を知ってるド変態が!!」
その名もナイアルド=クルスト中略イス・イスマイル!
「今」のイスマイル王太子にして、ニレニア王妹殿下の婚約者。
そして「未来」のアディーリアの旦那。
てことは、今気がついたんだけど、ニレニア王妹殿下は戦死するって事か。
いや、王妹殿下は妃殿下と違って典型的なお姫様って話だから、戦場には出ないだろう。てことは、自害か。或いは、処刑か。
王妹殿下って、後二年で成人だから、今一四。十五で死ぬってコトだ。
そんな事を考えると、何だか一気に気分が悪くなってしまった。
そんなアタシの気持ちを、チビアディーが引き戻す。
「だから私が言ったじゃないのっ! この男と契約しなさいって!」
アタシに必要だから、この男はアタシの夢の中に来た。
何時だったか、チビアディーはそう言った。
なるほど。
あの時点で契約してたら、そうとは知らぬ間に修正プログラムが手には入ってたのかもしれない。
そしたら現実に戻れなくなる事も、巨大カエルに飲み込まれる事も、カエルのお面被った両親に出くわす事も、なかったかもしれない。
けれど全ては後の祭りってヤツである。
「とりあえず、コレを捕まえよう」
「そうね、捕まえて。それで、どうするの?」
「えっと、契約するんじゃないの? 気が進まないけど、背に腹は代えられないし」
「でもどうやって捕まえればいいの? 縄なんかなくてよ?」
アタシとチビアディーは、痛みのためか他の理由のためかは定かじゃいけど、地面に突っ伏したまま動かなくなってしまった王太子を冷ややかな眼差しで眺めながら言った。王太子に対して不適切な言動かも知れないけれど、相手は所詮ド変態だ。構いはしない。
「縄があっても意識のある人間なんか縛れないよ、プロじゃないんだし」
「気絶させればいいのかしら?」
「う~ん、今はハリセンがないから、そこら辺の棒きれで殴っとく?」
アタシはキョロキョロと周囲を見回して、適当な棒きれがないか探した。
けれども手入れの行き届いた庭園に、そんなものがあるはずもなく。
「こういう時、侍従武官がいたらなあ」
王族の警護を担う侍従武官は、常に帯剣している。
断っておくけれど、別に叩き切ろうってワケじゃないよ? ちょっと鞘で殴って貰おうってだけの話だ。
「侍従武官は五歳にならないと付かないわ」
「クリシアでもそうなんだ。残念」
仕方がないので、手元に残った皿でいくか?
なんて事を思って、ティーカップの無くなった皿を手に取ろうとした時。
「くっ。サタナシア王女ならともかく、何故侍女如きにそこまで言われなければならんっ」
ガバリと起き上がってそう怒鳴ったド変態と、真っ正面から視線がぶつかる。
「あ」
「あら」
「こりゃ」
「困ったわね」
この前はちゃんと見てなかったから気がつかなかったけど。
ナイアルド=クルスト以下略の別名は、セラーディス・アヴィスレーダ・クルスト。玉の聖者であるヤツの瞳の色は、当然ながら紫。
なのに目の前の王太子の瞳の色は。
「茶色?」
「ちょっと緑っぽいわね」
「何かビミョー」
この「夢」は、「誰かの記憶」に基づいてる。
そして曖昧な色は、曖昧な記憶に基づいている。
「いやあね。コレ、NPCじゃない」
溜め息混じりにそう言ったチビアディーの言葉に。
何故そんな単語を知っている?
と問い質すべきか、ちょっとだけ迷った。
段々澄香が暴力的になっていくような気がします。気のせいでしょうか?
4/17 誤字報告ありがとうございました。訂正しました。