第八一話 カエルは宇宙酔いします その4
二週間が経った。
といっても、実際に二週間どっぷりと過ごしたってワケじゃなく、朝目覚めてみれば初日から数えて二週間後の日付になってたってワケである。
但しこちらの一週間は八日だから、十六日後ってコトになる。
なんだそりゃ、この「夢」はダイジェスト版か?
とか思いながら、午前中は前回と同じ様に過ごし、午後はお休みを貰った。
というのも、明日ゴーシェの使者が来るので、オルタシアさんは新人研修どころでなく忙しいからだ。
ところで、なんでゴーシェの使者が定期的にクリシアに来るのかというと、ゴーシェにとってクリシアは主家筋にあたるからだ。クリシアはさる公爵家の傍系の傍系のそのまた傍系だけど、ゴーシェ王家は公爵の傍系の傍系に仕える家だったんだとか。その公爵家も、その傍系も、その傍系の傍系も滅んで久しいけれど、主家筋であることは紛う方無き事実であり、ゴーシェはクリシア王家が断絶でもしない限り礼を尽くさなければならないってコトらしい。
面倒くせえな。
と、アタシでさえ思うんだから、ゴーシェの王族なら尚更だろう。
この一年後にはゴーシェはクリシアを滅ぼすわけなんだけど、主家筋を滅ぼしたってことで、ゴーシェは神教からこの先五代は上位の血筋と婚姻を結べないという制約を受けることになる。おまけにクリシア領を占領しようにもレジスタンス活動が活発で、寧ろ火種を消すだけでも国力を削ぐ結果となっているんだとか。小国のレジスタンス活動が三十年間も大国に抵抗できているのは奇跡に近く、密かに神教からの支援を受けているという噂もある程だ。
ま、あくまでもカンだけど。絶対受けてると思うよ、アタシはね。
なんてコトに思いを巡らせながら、アタシはお昼ご飯をパクついた。
「今」は冬だけど、朝晩の冷え込みこそ厳しいもののクリシアは温暖な土地柄なので、昼間はそれ程寒くない。日当たりの良い場所なら、外でランチを楽しむこともできる。というコトを聞いたので、早速庭でランチを食ってるトコだ。
庭っていってもお馴染みの芝の校庭なんてのじゃなくて、なんかデカいバラのアーチが幾つも立ってるようなお上品な庭園だ。
お陰で人目には付きにくいけど、今を盛りと咲き誇るバラの噎せ返る様な香りに食欲をそそるはずのランチの匂いがかき消されてしまっている。
何だかバラ喰ってるみたいで、正直微妙だ。
因みに魔女っ子美少女ルディナリアは、侍女トモと一緒に街に買い物に出かけた。
アタシも誘われたんだけど、イロイロ考え事をしたかったので残ることにしたのだ。
クリシアの城下町、ていうかこちらの世界の町並みってのに興味が無いワケじゃないんだけど。
「はぁあああああ」
実は初日から今日までの間に、二度「ここ」で過ごしている。
その度に、何故か出くわすモザイク顔の「ヴィセリウス」。
迷子になって半泣き状態だったり、王妹殿下に花瓶だか何だかを投げつけられて頭にコブ作ってたりと、散々な状態の「ヴィセリウス」に、絶対コイツはアタシの知ってるヴィセリウスじゃないと確信した。
ヴィセリウスなんて名前は、特別珍しいモノじゃない。
だから、単に名前が同じってコトも考えられる。
神官は何万人といるんだから、同姓同名だっているだろう。
でもじゃあなんでわざわざモザイク掛けてんだって話になる。
猥褻物か? 十八禁か?
ルディナリアに「ヴィセリウス神官の顔って、どう思う?」って訊いたら、「うだつの上がらないオヤジにありがちな顔」と言っていたので、猥褻物ではないらしい。
因みに大神官の方のヴィセリウスはといえば、「人の良さそうなフリしてるけど野心が丸見えなオヤジ顔」。
同じ人間に対する評価とは思えない程の差だ。
勿論、人間性が劇的に変わるような経験をすれば、「別人」になっても不思議はない。
例えば、戦争。
一年後に起こる戦争、というかゴーシェの侵略は、王都を焼き尽くすほどだったらしい。
故郷が焼き尽くされれば、そりゃ人間も変わるわな。
尤も、ヴィセリウスの故郷がクリシアとは限らないけどさ。
今度会ったら、訊いてみるか?
あ~あ。
こんな時アディーリアの記憶があったらなあ。
少しは何かが見えるだろうに。
チビアディーに記憶預けたままってのが、何とも口惜しい。
いや待てよ、三歳の頃の記憶なんてロクに残ってるワケないか。
そもそもアディーリアには、戦争の時の記憶はなかったハズだし。
「はあああ」
溜め息を吐くと幸運が逃げてく何て言うけれど、そもそも幸運なんてあるのか? このアタシにさ。
空を見上げると、小鳥が三羽パタパタと横切って行った。
風は冷たいけれど日差しは冬とは思えない程ポカポカと暖かく、満腹感も相まって眠気が襲ってくる。
けれど流石にココで眠れば風邪を引くだろう。
夢の中で風邪を引くかどうかは疑問だけれど、体調を悪くすれば夕方からの仕事に支障を来す。
部屋に帰って寝るか?
「果報は寝て待てって言うけど、アタシどんだけ寝てんだよって話だよ」
なんて呟きながら、重たい腰を上げた時。
バキィイイイ!!
何かが生け垣を突き抜けてきた。
「なになになになになに!?」
直ぐ側の生け垣にポッカリと空いた穴と、転がって来た物体を交互に見つめる。
穴は丸かったけど、転がって来た物体は丸くはなかった。
それどころか、手があり足があり、立派な服まで着ている。
「ううう。流石、カリエス・フランシーヌ。聞きしに勝る豪腕ですね」
そして喋った。
喋りやがったっ。
若作り中年。
いや。
こんの。
「「ド変態がっ!」」
誰かの声がアタシの声と見事にハモった。
他の誰かがいることに気がついて、咄嗟に口を押さえたけれど。
当然ながら遅かった。
「なんとまあ、妾と同じ意見の者がいるとは」
張りのある声と共に現れたのは、豊かな紫の髪をしたゴージャスの美女。
立ってるだけなのに威圧感がハンパなく、平伏すのも忘れるほどに絢爛だった。
その余りにも圧倒的な迫力に一瞬見間違いそうになったけど、それは確かに良く知る顔だった。
正確には、彼女と良く似た顔を知っている。
言わずもがなの、この国のただ一人の正妃フランシーヌ=エクレティシア、以下割愛。
要するに、アディーリアの母親、リズの祖母ちゃん、フランシーヌ妃殿下だ。
そしてまたの名をフランシーヌ皇女。
更にまたの名を、彩の聖者エクレティシア。
って、またの名が多いなっ。
ついでに言えば、「またの名」の方が遙かに格が高い。
そんな妃殿下は、アタシのコトを頭のてっぺんから足の先までマジマジと検分した後、ピタリとアタシの顔に目線を据えて問うてきた。
「そこな侍女。何故この者を『ド変態』と直ぐさま断じた?」
その威嚇してるとしか思えない眼力に、思わず「そこな若作り中年は、僅か三歳のアナタの娘さんに懸想するようなド変態だからです」と本当の事を言いそうになったけど、流石にそんな事を実の母親に言うのは憚れるし、第一ソレを一介の侍女でしかないアタシが知っているってコトもこれまた憚りがある。
なので仕方なく。
「ええと。生け垣に穴を開けるほどの勢いで体当たりをする様な人間は、ド変態に違いないからです?」
と答えたら、ガシッと首根っこひっつかまれて連行されてしまった。
連行された先は、妃殿下の私室だった。
何事かと訝しがる侍女さん達を尻目に、妃殿下はアタシをドンドンと奥の部屋へと引っ張って行く。
後から若作り中年、いやこの場合単なる少年、じゃないか。
ともかく、「未来」のアディーリアの夫が、ワタワタと付いてきてるけど。
なんでイスマイルの王太子が、こんなトコロにいるんだ?
しかも明日ゴーシェの使者が来るって時期に。
ていうか、ゴーシェの使者なんかより、イスマイル王太子の方が遙かにVIPじゃん。
非公式にしたって、なんで来てるコトが知らされてねえの?
という様々な疑問は、
「アディーリア! 所望の者を連れてきたぞっ!」
という声と共にポイッと放り投げられた瞬間、何処かへ行ってしまった。
バサリッ。
と落ちた先はクッションの山で。
「ううう…」
何とかケガは免れたけど、精神的なショックの方は免れなかった。
なんのショックかって?
そりゃ。
美人に軽々と放り投げられた衝撃というか、美人が軽々と人を放り投げた衝撃というか。
自分でもよく分からないけど、とにかくやたらとヘコんでしまった。
そんなアタシの耳に、幼い声が飛び込んできた。
「ありがとうございます、母上」
顔を上げると、そこにいたのは紛れもない三歳児のアディーリア。
少女漫画もかくやとばかりの縦巻きロールの髪に、バラ色の頬に影を落とすバッサバサの睫毛。ラズベリーピンクの唇は、グロスをつけてもないのにプルンプルンのつやつやだ。
瞳の色こそ違えど、その姿はリズそっくりで。
「うわっ。可愛いっ」
思わず何時もの調子で口にして、慌てて口を噤んだ。
そんなアタシを三歳のアディーリアはチラリと見遣ると、
「確かに、所望した者ですわ」
と、三歳とは思えない口調で言った。
すると妃殿下は満足げに頷いて、
「まさか、そなたの言う様な人間がいるとは思わなかったが。世の中何があるかわからんの」
呵々と豪快に笑うと、今度はド変態の首根っこひっつかんで何の説明もないまま去って行ってしまった。
「あのっ、ちょっとっ」
妃殿下の背中に伸ばした手は、当然の如く無視された。
残されたのは、アタシと三歳のアディーリアと。
そして勿論沢山の侍女さん達。
侍女さん達の痛いほどの視線に晒されて、アタシの繊細な神経がすり切れそうだ。
そりゃそうだ。
妃殿下付きの侍女なんて、選りすぐりの者ばかり。
多分皇女時代からのお付きの者も多いだろう。
そんな彼女達にしてみれば、突然現れた何処の馬の骨とも分からないアタシなんか、怪しい限りだろう。
「アンタ何なの??」的な視線が、ビシバシと皮膚に突き刺さって来るのも仕方がない。
けれど、一番説明して欲しいのは他の誰でもないアタシなのだ。
説明しろ! 断固として説明を要求する!
とは言えないのが、ノーと言えない日本人のサガってヤツだ。
「ええと。あの、帰っても?」
とヘラリと笑って言ったアタシに、アディーリアは囁いた。
「澄香、漸く見つけたわよ」