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第八十話 カエルは宇宙酔いします その3

 夜部屋に戻ったアタシは、疲れきった身体をベッドに投げ出した。

 ベッドは朝起きたっきりの乱れたままだ。

 てのも、新米侍女のベッドは新米侍女自身がやらなければいけないからだ。

 一人前と認められれば、下女さんが付くらしいんだけど。

 それでも身体を横たえることができるのは、非常にありがたかった。

 アタシはベッドに突っ伏して、

「はああああああああああああああああああああああ」

 と盛大な溜め息を吐いた。

 し、知らなかった。

 侍女って、肉体労働だったんだ…。

 同室の魔女っ子美少女ルディナリアは三日に一度の風呂に入りに行ったけど、アタシはその気力も体力もないので、パスすることにした。

 今は一分一秒でも長く休みたい。

 そんな切実な欲求が、風呂好き日本人のプライドまでも押さえつける。

「う~、足パンパン。腰痛ぃいいいいい」

 午前中一杯ベッドメイキングに費やした後、午後からお茶を淹れる研修会。

 アレは凄かった。

 単にお茶を淹れるだけなのに、指先まで神経使わされるのだ。

 しかもっ。

 聞茶までやらされるのだ。

 何でも、四年に一度の闘茶大会に向けて選手を育成してるらしい。

 闘茶ってのは、互いに茶を出し合って産地と銘柄を当てあいっこするっていう競技の事だ。

 全大陸から選りすぐりの猛者が集まり、己の目と鼻と舌、そしいて経験と勘をフルに使って競い合い、優勝者には一年分のお茶という豪華賞品が貰えるんだとか。

 なんでもオルタシアさんは、なんとかっていう闘茶道の大陸西部担当家元代理だとかで、後進の育成に力を入れているらしい。

 その鬼のようなしごき、じゃなくて熱心な指導っぷりに。

 一年分のお茶とか、いらないし。

 という言葉は飲み込まざるを得なかった。

 そして夕方になると、今度は配膳。

 配膳っていっても、まだ新米なので給仕することはないから要するにお運びサンなんだけど、その量と数がハンパ無い。

 レゼル宮に引きこもってたから分からなかったけど、城って場所は毎日毎日何十人もの客がいるものらしい。しかもお貴族サマってヤツらは、ちんたらちんたら喰いやがる。

 回転よくさっさと喰いやがれっ、後がつかえてんだろうがよっ。

 フォーク喉の奥に突っ込んで、奥歯ガタガタ言わすぞっ!

 と、疲労と空腹で苛立ってたアタシは、何度も何度も叫びそうになった。

 ああ、アタシって侍女に向いてない。

 いや、向いてなくていいんだけれどもさ。

 アタシは改めて、レゼル宮の侍女さんたちを尊敬した。

 といっても、仕える相手がリズ一人だから、こんな苛立ちとは無縁だろうけど。

 ああ、リズの元に帰りたい。

 リズをギュウッと抱きしめたい。

 けれどどうやれば帰れるのかが分からない。

 そもそも、どうやってココに来たのか?

 合体して巨大化したカエルに飲み込まれ、カエルのお面を着けた両親に扉が上に開く小っ恥ずかしい車に乗せられて…。

 で、気がついたらココにいた。

 てワケなんだけど。

 結局のトコロ、何がどうなってんのかは分からない。

 いや。

 そうでもないか。

 一つ重要なことが分かった。

 モザイク顔の神官「ヴィセリウス」。

 アタシの知ってるヴィセリウスとは、似ても似つかない「ヴィセリウス」。

 アタシはゴロンと仰向けになり、シミの浮かんだ天井を睨み付けながら、モザイク顔の「ヴィセリウス」と出会った時の事を反芻した。












 廊下の向こうから、顔にモザイクのかかった人物が近づいてくる。

 お前の顔は、猥褻物か~いっ!!

 とツッコまなかったアタシを、誰か褒めて欲しい。

「おはようございます、神官様」

 魔女っ子美少女ルディナリアが行儀良く挨拶したので、アタシもそれに習って小さく膝を折る。

「おはよう、シエンナータ」

 シエンナータってのは、未婚の女性に対する敬称「シエンナ」の複数形だ。「シエル」が既婚未婚年齢を問わないのに対して、「シエンナ」は「未婚」且つ「若い」という注釈が付く。大抵は十代かそれ未満の相手に使うけど、半人前という意味でも使われるので、気の利く人間ならまず使わない。

 そしてアタシの知るヴィセリウスなら、そんな迂闊な事はしない。

 案の定、女官を目指す上昇志向のルディナリアちゃんは、ピクリと口元を引きつらせる。

「この様な場所で如何いたしましたか? 神官様」

 部外者がウロウロするんじゃねえよっ、という魔女っ子美少女の心の声が聞こえてきそうな尖った口調は、「ヴィセリウス」には通じなかったらしい。

「いや、ちょっと困っていてね。シエンナータ、ニレニア王妹殿下をお見受けしなかっただろうか?」

 鷹揚というよりも鈍感と言った方がいい反応に、ルディナリアがあからさまに鼻白む。

「いいえ。お見かけしておりませんわ」

 ヴィセリウスの顔がこちらに向けられたので、多分同じ事を訊ねたいんだろうと思い、アタシは黙って首を振る。

 すると「ヴィセリウス」はあからさまに落胆した溜め息を吐き、

「そうか。もし殿下とお会いすることがあれば、私が探していたと伝えて貰えるだろうか?」

 運良く出くわしたところで一介の侍女が王妹殿下に話しかけられるわけがねえだろうっ、と思ったけど、敢えてそれは指摘せず、ルディナリアもアタシも笑顔を作って承知した。

「分かりました」

「かしこまりましたわ、神官様」

「そうかい。頼んだよ」

 そう言って立ち去っていくモザイク顔の神官を見送りながら、アタシは確信した。

 ココは「過去」じゃない。

 誰かの記憶、もっと言えば、誰かの記憶を元にした誰かの夢だって事を。












 そうだと分かって周囲を注意深く見てみると、そこここに綻びがあるのが見て取れた。

 例えば、柱の天井に近い部分の意匠。

 植物なのか鳥の羽根なのか、モヤモヤとなってて判然としない。

 そのくせ、窓から見える尖塔がやけにハッキリと、ていうか遠近法が狂ってるとしか思えないくらいデカデカと見えてたり。

 きっと記憶の主は、天井は殆ど見上げなかったけど窓の外はよく眺めていたんだろう。

 人の顔にしてもそうだ。

 使用人仲間の顔はハッキリしてるけど、貴族の顔は「へのへのもへじ」みたいだったり。

 極めつけは、アヌハーン神教の紋章「尾のない獣」の意匠だった。

 神教の紋章は、元から「小学生低学年の作った芋版」並の出来映えだけど、そこには下手なりに一生懸命やりました的な努力が見え隠れしてなくもなかった。ところがこの記憶の主の記憶では、丸描いてチョン的な、テキトウもテキトウ、どちらかと言えば投げやりな印象のものに成り下がっていた。

 人の記憶って色んな意味でスゲェな。

 とある意味感心したモノだ。

 そんな曖昧なトコロのある記憶だけれど、モザイクが掛かっていたのは「ヴィセリウス」だけだった。

 これはあくまでもカンだけど。

 きっと、あの「ヴィセリウス」がココから抜け出す鍵だ。

 「ヴィセリウス」のモザイク処理を消すことができれば…。

 う~ん。

 モザイクといえばエロビデオ。

 エロビデオのモザイク処理って、どうやって消すんだろう。

 アタシは、エロゲー好きな男子学生がそんな話をしてなかっただろうかと記憶を手繰る。

 けれど、思い当たるような記憶はなく…。

「ただいま~」

 カチャリとドアが開いて、魔女っ子美少女ルディナリアが戻ってきた。

「おかえり~」

 アタシは起き上がって、ルディナリアを出迎える。

 ルディナリアは、今のアタシにとって唯一の情報源だ。

 誰のモノだか知らないけれど、夢だと分かれば遠慮する必要もないと思ったアタシは、仕事の合間中ずっとルディナリアに質問し続けた。

 勿論仕事はちゃんとした。

 だってしないと、ルディナリアに叱られるから。

 夢の中でも、叱られるのって中々キツイもんなのだ。

 そんなルディナリアの叱責に耐えながらも懲りずに質問し続けたお陰で、色んな事が分かった。

 「今」がクリシアが滅亡する約一年前だって事。

 ゴーシェとの間にきな臭い噂はまだないって事。

 そもそもクリシア王家ってのは、皇家に連なる血筋らしいって事。

 臣籍降下した公爵家の一つ、の傍系の傍系のそのまた傍系っていう、イスマイルから見れば屁みたいな血筋だけど。

 それでも血筋ランキングは二二位と高い。

 血筋ランキングに連なる家名は二百以上にのぼるから相当上位って事になる。

 対するゴーシェはやっとこさ五三位。

 それでも上位には違いないけど、大国としては物足りないだろう。

 因みに血筋ランキングは、自家より五位以上上の血筋が入ると一つ上がる。

 この五位以上ってのがミソで、例えばイスマイルは三位だけど、三位だからこそこの先順位が上がることはない。つまり、どんな血筋も皇家に並ぶことはできないようになっているのだ。

 そしてもう一つ分かった事がある。

 それは、アディーリアが生まれて三年経ってる事だ。

 アディーリアに会いたいと思ったけど、新米侍女が幼い王女殿下に会えるはずもなく。

 会ったところで三歳児のアディーリアに何ができるワケでもないだろう、と思って諦めた。

 それよりも。

 アディーリアで思い出したんだけど。

 アタシより先に合体カエルに飲み込まれたチビアディーはどうなったんだろう?

 ついでに言えば、変態若作り中年も。

 同じ夢の中にいるのか?

 或いは別の夢の中にいるんだろうか?

 次々に浮かぶ疑問に答えをくれる人はいない。

「何呆けてんの? 久しぶりの仕事で疲れた?」

 髪を拭いながらルディナリアが訊いてきた。

 魔女っ子美少女の黄緑色の濡れ髪は、これまた中々色っぽい。

 当然だけど、ドライヤーなんてないから、地道にタオルドライだ。

 ルディナリアもジェイディディアも髪長いから、相当時間掛かりそうだな。

 なんて思いながら素直に頷く。

「うん、凄く疲れた」

 久しぶりっていうか、初めての重労働に。

「出仕した早々の宿下がりじゃあね。仕事のペース掴む前に休み取ると、また一からやり直しみたいなものだろうし。お家の都合だから仕方がないんでしょうけど」

 ルディナリアの言葉に内心で「家の都合って何だろう」とか思いつつ、言葉を濁す。

「う~ん、そうかもね~」

 それからさりげなく話題を変える。

「そういえばさあ、昼間あったトンチキな神官なんだけど」

 ありゃ、さりげなくもなかったか?

 と、自分の話術の拙さに失望しつつ、

「とんちき? ああ、ヴィセリウス神官の事ね。アナタがトンチキだと思うのも無理ないけど、他の人の前では言わないようにね。アレでも王妹殿下の教育係なんだから」

「そうそう、それだよ。なんであんなトンチキなのが、王妹殿下の教育係なワケ?」

 そうなのだ。

 どうやらモザイク顔のヴィセリウスは、王妹殿下の教育係らしいのだ。

 神官が王族の教育係を受け持つってのは、珍しい事じゃない。

 リズみたいに教育係全員神官ってな事はないだろうけど、世継ぎの王子や他国に嫁ぐ王女が宗教儀礼の事細かな取り決め事を教え込まれるのは極当たり前の事だ。何せ祖国の顔として他国の目に晒されるんだから。

 だったらよけいにさ。

 親元から独立して自分の食い扶持稼いでる人間に「お嬢ちゃん」呼ばわりするような気の利かない人間に、王族の教育なんて任せるだろうか?

 アタシがその事を指摘すると、ルディナリアは肩を竦めながら言った。

「ヴィセリウス神官は、知識だけはあるから。所謂専門バカ、学者バカって言うの?」

「専門って?」

「儀礼典よ」

「儀礼典…」

「ほら、ニレニア王妹殿下は、イスマイルに嫁ぐじゃない? あの国は古いから儀礼も複雑で…」

「は?」

 何処だって?

「だから、イスマイルよ、イスマイル。ホラ、『一生に一度は巡礼したい! 誉れ高き聖国イスマイル』って巡礼者向けのチラシでよく見るでしょ?」

 陳腐なキャッチコピーに、笑いたかったけど、笑えなかった。

 

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