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第七九話 カエルは宇宙酔いします その2

「時間よっ。起きなさいっ」

 そう言って、誰かが身体を揺さぶった。

「う~ん。あともうちょっと」

 この揺さぶり方は誰だろう。

 急かしてはいるけれど、乱暴ではない。

「もうっ。疲れてるのは分かるけど、遅刻するわよっ」

 恵美なら、自分の用事がある時以外は急かさないし――アタシが遅刻するなんてことは考慮しない。そもそも自分が遅刻することも考慮しない――、何時でも何処でも乱暴だ。

 ならば、叔母さんだろうか?

 いや、そうじゃない。

 叔母さんはアタシを起こしたりしない。

 自分の面倒は自分で見る。

 遅刻したくないなら自力で起きるべし。

 遅刻しても良いのなら、何時までも寝るがよしっ。

 そんな放任主義は、アタシに自業自得という言葉を教え込ませた。

 ああ、懐かしいなあ。

 寝坊して、一生懸命怠そうな声を作りながら「ちょっとお腹が痛くて…」なんて学校に電話した日々が。

 先生はアタシの家庭環境を知ってるから、電話したのが保護者である叔母さんじゃなくても深くは追求しなかった。

 そうと分かっているから、自分で電話できたんだけれどさ。

 今思えば、小狡い子供だったなあ。

 なんて思いながらゆらゆらと惰眠をむさぼっていると、

「いい加減に起きなさいっ!!」

 怒声とともに毛布を剥がさた。

 冷気に晒され急激に冷えていく身体に、否応なく目が冴えていく。

 夏なのに、なんで寒いんだ??

 という疑問を頭の隅に浮かべながら、手は惰眠を貪ろうと毛布を探す。

「も~、夏休みなんだから寝ててもいいじゃん」

 文句を言う口調はモゴモゴと不明瞭だったけど、相手の怒りを買うのには十分だったらしい。

 途端にギュウッと両頬を抓られて。

「何寝惚けてんの!! 宿下がりしてたのは昨日まででしょっ! さっさと顔を洗って仕事に就く!!」

 視界を覆い尽くすピンクの瞳に、けれどもアタシの脳みそは疑問よりも痛みに支配された。

「いだだだだだだだっ!!」

 ピンクの目って、カラコンか!?

 というツッコミも、滲む涙と共に流れていった。

 相手の指を離そうと藻掻くけれど、指はますます頬に食い込んでいく。

 どんだけ力込めてんだっ!

 というツッコミも、やっぱり声にはならず。

 アタシとピンクの瞳の持ち主との無言の攻防は数分続き、

「ハァ――、ハァ――、ハァ――」

「フ――ッ、フ――ッ、フ――ッ」

 まるで縄張り争いした後の猫のような有様だった。

「ハァ――、ハァ――、ハァ――」

「フ――ッ、フ――ッ、フ――ッ」

 息を整えながらふと窓の外を見やれば、外はまだ暗い。

 どうやら、夜明け前らしい。

「そ、早朝からなんでこんなに疲れなきゃいけないんだか…」

「ア、アナタが悪いんでしょ。す、素直に起きないから」

 そう言ったピンクの瞳の持ち主を振り返れば、視界に飛び込んできたのは豊かな黄緑色の髪と褐色の肌。睫毛バチバチな大きな瞳とプルンプルンな唇。リズ程じゃないけれど相当な美少女だ。

「うわぁ、ふぁんたじー。コスプレイヤーも真っ青な完成度!」

 思わずそう呟くと、クッションが跳んできた。

 しかも一つじゃなくて、五つ。

 それも一度に。

 どうやって投げたんだ?

 エスパーか? 魔女っ子か?? 変身美少女戦士か??

「もうっ。アナタって子はっ! またワケの分からない事言ってっ! 何時まで寝惚けてんのよっ。何でも良いから、早く着替えなさいっ!! 同室の私まで叱られちゃうでしょっ」

 魔女っ子美少女はそう言ってプリプリと怒りながら、今度は布の塊を投げてくる。

 いや、そんなに怒られましても。

 ピンクの目とか黄緑の髪とか、アニメ以外にあり得ないし。

 と思ったけど、そう言うと更に怒られそうだったので、取りあえず投げられたモノを広げてみる。

 それは魔女っ子美少女が着ているのと同じデザインの服で。

「今日の監督官はオルタシアさんよ。あの人、細かいんだから。いつもみたいに制服着崩してたらネチネチ説教されるわよ」

 どうやらそれは「アタシ達」の制服らしい。

 一体何がどうなってんだか??

 また更にワケの分からん状況に陥っている自分に、何だかほとほと嫌気が差してくる。

 けれど落ち込んでいるヒマはないらしい。

「ほらっ。さっさと着替えるっ! 化粧しろとは言わないけどっ、目やにくらい取りなさいっ」

 そう言って投げてよこされた手鏡を、覗いた瞬間ギョッとした。

「ぎゃあっ」

 見ちゃったよっ。

 とうとうアタシ、見ちゃったよっ!!

 心霊現象ってヤツに出くわした!!

「何!? どうしたの!?」

 アタシの叫び声に魔女っ子美少女が駆け寄ってきた。

「知らない人が鏡にいるっ」

 すると魔女っ子美少女は、盛大な溜め息を吐いて言った。

「もうっ、またバカばっかりっ。自分の顔が映ってるだけでしょっ」

 いやいやいやいやっ! そんなハズないよ!!

 だってさ。

 鏡に映ってるのって。

 紺色の髪にオレンジ色の瞳の女の子だよっ!?











 ハイ。

 紺色の髪にオレンジ色の目の持ち主は、間違いなくワタクシでした。

 あの後、鏡を覗きながら色んな変顔してみたけれど、鏡の中の女の子も同じ様に変顔をするので、間違いないと確信しましたっ。

 そして集合時間に遅刻して、オルタシアさんとやらにこっぴどく叱られましたとさ。

「ほら、そっち持ちなさい」

「は~い」

 ルディナリアに言われて、アタシはシーツの端を持つ。

 ふわりとベッドに広げると、皺一つないようにピッチリと敷き込んでいく。

 要するにベッドメイキングというヤツだ。

 アタシ達は朝からずっとコレをやっている。

 しかも使っていないベッドのだ。

 どうやら使っていようがいまいがシーツってのは毎日変えるモノらしい。

 面倒くさ、いやいや、ご丁寧なこって。

 アタシなんか、自分のベッドのシーツなんて、一ヶ月に一回洗えば良い方だよ?

 とついついポツリと零せば、ルディナリアは「私なんか半年変えないなんてザラよ」と言った。

 ルディナリア、見かけによらず大雑把だな…。

 ルディナリアってのは、例の魔女っ子美少女のことだ。

 因みにアタシ、この紺色の髪にオレンジ色の目の、頗るファンタジーっぽい色彩だが決して美少女でない少女は、「ジェイディディア=ジークリンデ」なる名前らしい。

 オルタシアさんが、叱る度にご丁寧にも神聖名まで呼んでくれるので、すっかり「自分の名前」を覚えてしまった。但し名字は分からない。かといって「ワタシの父姓と母姓ははなんですか?」とか訊けないので、恐らくこの先も分からないままだろう。

 ていうか。

 「自分の名前」なんかどうでもいいから、お願いだから誰か今この状況を説明してくれっ!

 というのが、今のアタシの正直な心情だ。

 これが単なる夢なのか、或いは「ジェイディディア=ジークリンデ」なる少女に憑依してるのか、アタシにはサッパリだ。

 今分かることと言えば。

「ほらっ。ボンヤリしないっ。そこっ。皺があるわよっ」

 ベッドシーツは皺があってはいけないということだけだ。

 ちょっとくらいの皺、分かんないと思うんだけどな~。

 どうやらこのジェイディディアちゃんは新米侍女らい。

 ルディナリアが一年先輩で十八ってことだから、ジェイディディアは多分、十六か七。

 あだ名は「グラース」。小枝って意味だ。

 小枝のように貧相な体つきだかららしい。

 ほっとけっ!

 十六なんだから、まだ発展途上なんだよっ!

 という主張は、同い年の侍女サリナちゃんの「マリリン」と呼びたくなるような豊満な身体の前に霧散した。

 くっそう。

 人間だろうがぬいぐるみだろうが、子供体型がアタシの運命だとでも言うのか!?

 アタシは心密かに涙した。

「ほら、次行くわよ」

「は~い」

 意気消沈しながらも、ルディナリアに急かされて次の客間に向かう。

 それにしても、一体どんだけ客間があるんだか。

 とポツリと呟くと、百六十七だと返ってきた。

 思わず、

「お城かよっ」

 とツッコムと、

「お城だもの」

 と返された。

 どうやらアタシが仕えてるのは、どこかの王宮らしい。

 もっと詳しいコトが知りたいけれど、やっぱり「ここはどこ」なんて訊けやしない。

 単なる夢なら訊いて騒いで終わりだけれど、夢じゃなかったら頭のイタイ子だと思われる。アタシはともかく、このジェイディディアちゃんは困るだろう。

 尤も、ジェイディディアが実在するかどうかも不明だけれど。

「ジェイは、今日の午後はお茶を淹れる研修よね?」

「うんそう」

 アタシはルディナリアの問いかけに頷いた。

 そうなのだ。

 オルタシアさんのお達しにより、今日の午後アタシを含む数名の新米次女は、お茶を淹れる研修なのだ。

 お茶の淹れ方から始まって、作法やら所作やらをみっちり扱かれるらしい。

 茶なんて飲めりゃいいじゃん、と思うんだけど、それは所詮下々の考え方で、お貴族様方は違うらしい。

「でも珍しいわね。アナタ、家で嗜みとして習わなかったの? 一応貴族なんだし」

 へ~、そうなんだ。

 ジェイディディアは貴族なのか。

 そりゃ、王宮に勤めてるんだから、しっかりした家柄の子なんだろうとは思ってたけど。

 因みに、ルディナリアちゃんは商家の子だ。

 商家といっても、母親は貴族の出で相当な富豪らしい。

 礼儀作法もバッチリで、幾つかの新人研修は免除された程らしい。

 とはいえ、習ってないものは習ってないので。

「いんや。魚のさばき方なら、習ったけどね」

 と、つい正直に答えてしまった。

 因みに習った相手は勿論叔母さんじゃなく、一階下の蓮沼のおばさんにだ。

 言った後で、貴族のご令嬢は魚のさばき方なんて習わないと気づいたものの。

「そう。アナタが変わってるのは、アナタのせいじゃなくて、環境のせいなのね」

 何故かルディナリアに納得されてしまったので、取り消すこともできなくなった。

 てか、そこで納得されちゃうジェイディディアて…。

 アタシはこの身体の本来の持ち主のコトを思って、ちょっと微妙な気持ちになった。

「ところでさ」

「なあに?」

「何か慌ただしい感じがするんだけど、気のせいかな?」

 昼間のお城なんて良く知らないから確信はないけれど、先程から廊下ですれ違う人の数が多いような気がするのだ。

 だって、アタシらが仕事してるのは、普段使わない客間のある棟だ。

 なのにひっきりなしに人が行き交うなんて、何かあるんじゃないだろうか。

「そりゃそうよ。もうすぐゴーシェの使者が来る時期でしょう?」

 ゴーシェ?

 ゴーシェといえば、西の大国だ。

 そして。

 アディーリアの生国クリシアを滅ぼした国。

 元はクリシアの王弟だか王妹だかがゴーシェにケチ着けたのが事の発端らしいんだけど。

 だからって滅ぼすことないじゃんっ。

 アディーリアのトラウマ作りやがってっ。

 アタシは、アディーリアのコトもあるから、ゴーシェに余り良い印象を持っていない。

 それで、ついムッとした顔をしてたんだろう。

「気持ちは分かるけど、ゴーシェ人の前でそんな顔をしちゃダメよ。まあ、もっともアタシ達ひよっこが、外国からのお客様の前に出ることはないでしょうけどね」

 気持ちは分かるって、ルディナリアもゴーシェに恨みがあるんだろうか?

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。

「あら、私だってゴーシェの事は好きじゃないわよ。大国なのを笠に着て。そりゃクリシアは小国だけど、格から言えばこっちの方が上じゃない?」

 は?

 今何と言いました?

 アタシの疑問を余所に、ルディナリアは話し続ける。

「大体、妃殿下が王女殿下をお生みになられた時だって、『我が国に嫁いでくださっていれば、もっと盛大にお祝いして差し上げられるのですが』なんて言ったそうじゃないっ。そんなの、妃殿下に蹴り倒されて当然よね!」

 すげーな、妃殿下。

 外国の使者を蹴倒したのか。

 じゃなくって!

 アタシは咄嗟にルディナリアの腕を掴んだ。

「え? 何? どうしたの?」

 クリシアって。

 クリシアって。

 三十年前に滅んでるんですがっ。

 という心の叫びは、辛うじて押さえることに成功した。

 てのも、前から人が来ていたからだ。

「あのさ、アレ、誰?」

 そう言って、アタシはその神官服を着た人物を指差した。

「あら、ヴィセリウス神官だわ。どうしたのかしら、こんなところに」

 ヴィセリウス。

 ヴィセリウスっていうと、やっぱりあのヴィセリウスだろうか?

 残念ながら確かめようがない。

 何故って。

 ソイツの顔には、モザイクがかかっていたからだ。

 



すいません、遅くなりました。

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