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第七八話 カエルは宇宙酔いします

 時々、思う事がある。

 何もかも全部夢なんじゃないかって。

 異世界も、リズって愛称の物凄く長い名前の女の子も、何処にも存在してなくて。

 全ては宮本澄香が見ている、長い長い夢。

 一人だけ生き残った罪悪感と折り合いをつけるために、無意識が見せてる長い夢。





















「お父さん」

 アタシは運転席をのぞき込みながら、ハンドルを握るお父さんに問いかけた。

「お祖父ちゃんちまで、あとどのくらい?」

「澄香」

「何?」

「時間に囚われて生きるのは、現代人特有の病気みたいなもんだぞ?」

「……………分からないんだね?」

「そういう考え方もある」

「もう、真っ暗なんだけど」

「田舎の夜は早いからなあ」

「店もないから、寝るのも早いしね。じゃなくってっ」

「澄香はもう、ノリツッコミも一人前だなあ」

「父親がボケボケだからねっ。てかもう、お母さん寝ちゃってるじゃん。お祖父ちゃんだって寝てんじゃないの?」

 お母さんは指定席である助手席で、うつらうつらと船を漕いでいた。

 お母さんが後部座席に座ったのは、記憶にある限りあの日だけだった。

 あの日、お母さんの隣にアタシがいなければ、お母さんはアタシを庇おうなんて思わなかったかもしれない。

 お腹の赤ちゃんのことだけ守ろうとしたかもしれない。

 トラックは、運転席を抉るように突っ込んできた。

 何時ものように助手席に座ってれば、お母さんとお腹の中の妹は、助かってたかもしれない。

「どうした? 澄香?」

「ああうん。ボーッとしてた」

「眠いんなら、澄香も寝ていいんだぞ? お父さんは孤独に耐えながら慣れない夜道を家族のために運転するから」

「何その言い方。迷ったのは、お父さんじゃん」

「澄香、人生というのは、迷いながら前へ進むものなんだ」

「ウザい。お父さん、チョーウザい」

「澄香、もう反抗期か? お父さんはできれば高校の制服を着た澄香に『お父さんなんか大嫌いっ』って言われてみたいぞ?」

「変態っ! 変態がいるっ!! お母さん! お父さんが変態だよっ」

「………ん~、澄香、お父さんは変態じゃなくって、変質者なのよ」

「そんなお父さん、いらないよっ」

 変態でも変質者でも、お父さんにいて欲しかった。

 お父さんに、生きていて欲しかった。

 田舎の夜道は、それはそれはとても暗くて。

 ヘッドライトに浮かび上がるのは、どこまで行っても田んぼばかりで。

 軽自動車がギリギリ対向できるだけの幅しかない道は、ちょっとハンドル操作を誤れば、即用水路にはまり込んでしまうだろう。

 時折ライトの眩しさに誘われた蛾のフロントガラスにぶつかる音が、寄る辺ない道行きを象徴しているようだった。

「あ、お父さん、あんなトコに自販機がある」

「本当だ。家が周りになさそうなのにな。恐るべし、田舎道」

「お父さん、喉渇いた、ジュース飲みたい」

「そうだな。休憩するか」











 車を降りると、カエルの鳴き声が凄かった。

 満点の星空と、何処までも広がる水田と、遠くに望む黒々とした山々と。

 人の気配はなく、人の営みも遠い。

 自動販売機の人工的な光は、僅かながらも安心感をもたらした。

「この自販機、どうやって電気引いてるんだろうね?」

「電線が来てるわよ」

「自販機のために?」

「後ろに納屋があるだろう? きっと、農作業で使うんだよ」

 暗闇の中皓々と光る野中の自動販売機は、飲み物じゃなくて何故かカップラーメンを売っていた。

「どうして、こんなところにカップラーメンが売ってるのかしら?」

「野良仕事の途中、小腹が空いた時のためじゃないかな?」

「多分違うよ。アタシ達みたいに道に迷った人のためのものだよ」

「まさかぁ」

「だってほら、ここに最寄りの駐在所までの道案内が」

 納屋に張られたプレートを指差しながら、アタシは言った。

「本当だ」

「ねえ、駐在所に行けば、電話借りられるんじゃないかしら?」

「そうだな」

「携帯、まだ圏外なの?」

 アタシの問いかけに、お父さんとお母さんは同時に携帯を確かめる。

「まだ圏外だな」

「こっちも圏外よ」

 何故か別々の携帯会社と契約している二人は、乗り換えるんじゃなかったと呟いた。

 理由は確か、主義の違いとかなんとか、よく分からないものだった。

「………せっかくだから、ラーメン食べるか」

「うん。そうだね」

「私はいいわ」

 お父さんはカレー味を、アタシはシーフード味を選んで、お母さんは夜遅くに食べると太るからと言って、水筒に入れてきてた痩せると評判の何とかって言うお茶を飲んだ。

「凄い星ねえ」

「うん、カエルの鳴き声も凄いね」

「この星を見れただけでも、来た甲斐があるだろう? 東京じゃあ、こんな星空は見えないしな」

「星見るならプラネタリウムがあるし。東京に住んだことはないし。プラネタリウムなら、カエルの鳴き声なんて聞こえないし」

「はっはっは~、それは言いっこなしだよ、澄香ちゃん」

 お父さんは長時間の運転で疲れたせいか妙な具合のテンションで、その内雄叫びを上げながら田んぼに飛び込むんじゃないだろうかと、ちょっと心配になる。

「いいかあ、澄香。あの小さく見える星達は、実は何百万、何千万、いや何億光年と離れた遙か彼方から届いた光なんだぞう」

「うん。知ってる。理科の時間に習った」

「そうかあ、澄香はもう宇宙物理学を勉強するような年になったかあ。お父さん、ちょっぴり寂しいぞ~」

「いや、理科だから」

「だがなあ、澄香。幾ら理論を学んだところで、ロマンを忘れちゃあいかん。宇宙の大きさを思って、自分のちっぽけさを感じる謙虚さを忘れちゃあいかん。宇宙の広さを思えば、人間一人の抱えてる悩みなんてモノは、ちっぽけでしかないんだぞう」

「おか~さ~ん、お父さんが変なこと言ってる~」

「放っておきなさい。道に迷っちゃった現実を忘れたいだけだから」

「宇宙が大きいのと、悩みは無関係だよね?」

「そうよ、澄香。宇宙からすれば人間は小さくて人間の悩みも小さいけれど、だからといってその人が抱える悩みが相対的に小さくなるわけじゃないわ。要するに、宇宙が大きかろうが小さかろうが何の解決にもならないって事よ」

「はっはっはあ。お母さんは手厳しいなあ」

「何も泣かなくてもいいじゃん」

「泣いてないぞ、澄香。これは心の汗だ」

 お父さんはそう言って涙を拭うと、ゴクゴクッとカップラーメンの汁を飲み干した。

 少し遅れて、アタシもカップラーメンを食べ終える。

 残った汁は申し訳ないけれど道に捨てて、カップと箸をコンビニの袋に突っ込んだ。

 何となく狭い車の中にに戻る気になれず、親子三人で車にもたれて空を見上げた。

「ねえ。お祖父ちゃんなんでこんな田舎に引っ越しちゃったの? 前は普通に町中だったよね? お祖父ちゃんち」

「去年定年退職したと思ったら、突然田舎に引っ越しちゃうなんて、ビックリしたわねえ」

「兄貴も大祖母ちゃんもビックリしてたさ。急に畑耕したいっなんて言ってさ、親父のヤツ、それまでそんな事一言も言ったことないのにさ」

「銀行勤めでずっと忙しくなさってたから、田舎でのんびりしたくなったのよ」

「それにしたって、田舎すぎじゃない?」

 高速を降りてから、もう何時間走っているのだろう。

 カーナビにも表示されない田舎道は、お祖父ちゃんが送ってきた地図だけが頼りだけれど。

 自販機の明かりの下改めて広げてみると。

「約何キロ行って右に曲がるとか言われてもなあ」

「お義父さんらしく、物凄く正確そうなんだけどね」

 定規を使ってキッチリと描かれているものの目印になるものがない地図は、子供の描いた案内図より質が悪かった。

「………カエル、凄い五月蠅いね」

 アタシ達の存在などどうでもいいとばかりに、カエルの大合唱が辺り一帯に響き渡る。

「そうだ。知ってるか? 澄香」

「知らない。けど聞きたくない」

「ええ? 聞く前からソレ?」

「お父さんの『知ってるか?』は知らない事ばっかだけど、嘘かどうでもいい事ばっかだもん」

「どうでもいい知識なんか、存在しないぞ? いいか、澄香、あのなあ」

「………結局言うんだ」

「カエは宇宙に行った事があるんだぞ?」

「またそんな嘘ばっかり」

「何を言うっ。お父さんは大概な嘘もつくけど、カエルが宇宙に行ったのは本当だっ。そして凄いことが分かったんだぞ! 何と! カエルは宇宙酔いするんだ!!」

「嘘はつくんかいっ。しかも何!? そのムダ知識っ!! カエル、チョー迷惑じゃんっ!!」

 言いながら、アタシはお父さんの鳩尾に拳を入れた。

 勿論全力で。

 だってそれこそが「いいツッコミ」のコツだから。

「ゲホッ! 年々澄香のツッコミは冴え渡ってくるなあ。お父さん、嬉しいぞ~」

「って、涙目で言われても…」

 それは春と夏の境の一夜。

 まだ誰も死んでない、祖父と祖母、曾祖母と伯父さん家族、そしてアタシ達。

 父方の親戚全員が最後に揃った日の前の夜。

 この後、結局どうなったんだったっけ?

 お祖父ちゃんちに無事に辿り着いたんだろうけれど。

 駐在所で案内してもらったのか、自力で辿り着いたのか。

「さて、行くか」

「どこに?」

 と訊いて、馬鹿な事を言ったと気づく。

 勿論、お祖父ちゃんちだ。

 なのにお父さんは、こう言った。

「勿論澄香の望む場所へだ! このデロリアンは、何処にでも行けるんだぞ!!」

 は?? デロリアンって何!?

 お父さんの指差す先には、使い古した日本車が。

 と思いきや。

「何この車?」

 それは見慣れた大衆的な日本車じゃなくて、やたらとカクカクしたデザインの車だった。

「だからデロリアンだっ!」

「だからデロリアンって、てかお父さん!?」

「なんだ!?」

「なんでカエルのお面とか被ってんの??」

「何を今更! 最初から被ってただろう!!」

「そうよ、澄香。今更よ」

「お母さん!? えええ!? お母さんまで!?」

「澄香、このデロリアンは、ただのデロリアンじゃないのよ」

「だからデロリアンて何!?」

「よく見るんだっ、澄香っ」

「うわあっ。ドアが上に開いたっ」

「見よ! これぞかのガルウィング!!」

「かうんたっく!?」

「違うぞ! デロリアンだ!」

「さあ、澄香。早く乗りなさい」

「ええ?? やだよっ。こんな小っ恥ずかしい車っ」

「我が儘言わないの。もう二十歳過ぎたんだから」

「うわあっ。アタシの身体が大人に!? けど体型変わってないっ!」

「何時までも変わらない澄香が、お父さんは好きだぞうっ」

「くっそうっ! アタシは成長したかった!!」

 カエルのお面を被ったお父さんとお母さんに、アタシは車の中に押し込まれ。

「マーティ、行っきまああああああああす!!」

 お父さんの物凄いテンションと押し潰されそうな程の物凄い重力に、アタシは為す術もなく意識を飛ばした。




















 時々、思う事がある。

 全ては宮本澄香が見ている、長い長い夢。

 そう。

 「今」この瞬間も「宮本澄香」は、「夢を見ている」。











 じゃあ。











 「今」この瞬間「ここ」にいる「アタシ」は。










 誰?



USJでデロリアンに乗りました。

面白かったです。


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