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第七七話 カエルのシースルーはヒトのエゴで存在します その3

 何かどうなってこうなったのか。

 どうやらこのファンタジーでドリーミーな空間で、何やら不具合が起こっているらしい。

 半透明になったカエル共はピーピーガーガーと雑音混じりの鳴き声を上げ、変態若作り中年は「余は変態かもしれんが、病原菌ではないっ!」と微妙な主張を声高に訴えて、それにキレた紫の髪の三頭身キャラがハリセンを振り回す。

 いやまあ、変態若作り中年の主張とかチビアディーの暴力だとかは、不具合とは関係ないけどさ。

 この状況を、不具合と言わずして何と言おう。

 取りあえず正常でないことだけは確かだろう。

 ああ、戻りたい。

 現実に。

 現実から、じゃなくって、現実に、逃避したい。

 そしてなかったことにしたい。

 この夢を。

 けれども現実に戻ることもできず、かといってカエル共が不調な今やケロタンにも降りることはできそうにない。

「余はっ、余はっ、それでもアディーリアをおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 カッキ――――――ン!!

 変態若作り中年はハリセンの痛打を浴びせられ、何故か金属音を響かせながら遙か彼方へ飛んでいった。

 ジャラジャラと身に着けた貴金属が、月の光を反射してキラリと光る。

 そしてハリセンで人一人を場外ホームラン並に吹っ飛ばすという偉業を成し遂げたチビアディーは、いい汗かいたとばかりに額をぬぐいながら高らかに宣言した。

「さあ。これで病原菌は駆除したわっ」

 愛らしいハズの三頭身キャラが、極悪非道な鬼に見える。

 ああ、素知らぬフリでポッカリと浮かんでいる赤い月が恨めしい。

 なんて黄昏れてみたところで何も解決しないので、

「いや、できてないと思う」

 と正直に事実を述べた。

 だってさ。

 カエルは相変わらず半透明だし、時々映像ぶれてるし。

 ピーピーガーガー五月蠅いし。

 それになんかさ。

 月の赤さが、なんだか濃くなってる様な気もするし。

 そう指摘すると、チビアディーはサッと顔色を青くさせて、小さな手を両頬にあてながら悲嘆の声を上げた。

「ああ、やはり抹殺するしかないのね! あのド変態をっ! でも私、毒殺以外は無理よ!? だってか弱き女なんだものっ」

 か弱き女は、毒殺とかまず言わないモンじゃないだろうか?

 いやそれ以前に、チビアディーは百万歩譲っても「か弱く」はないだろう。

 その手にあるハリセンで、簡単に撲殺とかできそうじゃね?

 という心の声は聞こえているだろうに、チビアディーはそれをまるっと無視して、

「でも、ここでどうやれば毒なんて手に入るのかしら? 私はここから出られないし。ねえ、通販なんてできるかしら?」

 できるわけねえだろうっ。

 てか相手もう既に死んでんだから、殺せねえだろうがよっ。

 というツッコミを入れるのも面倒、というか気力がなかったもんだから、アタシは至極まっとうな答えを返すことにした。

「必要なのは毒じゃなくてワクチンじゃね?」

 けれどワクチンってのは予防のためのものだから、ウイルスにヤられた後からじゃあ意味がないんじゃないだろうか?

 てことは、免疫力を高めるくらいしか…。

 免疫力ってどうやって上げるんだ? ハーブティーでも飲むか??

 なんて事を考えてハッとなる。

 いやいや待て待て、インフルエンザじゃねえんだから。

 そもそもヤられてんのはアタシじゃなくて、「アタシ」を元の身体とかケロタンとかに送り届けるシステムなワケで。

 どっちかっていうと、この状況はコンピューターウイルスにヤられたってのに近いと思う。

 てことは必要なのはアンチウイルスソフト?

 てもやっぱりそういうのって、前もって入れてないと意味がないんじゃねえの?

 あ。でもそういやあ、去年だったか。クラスメイトがグループ研究中に気分転換にエロサイト観たとかで、見事にウイルス引っかけてきちゃってさ。あわやデータ消失か?? ってな状況だったけど駆除ツールでどうにか復旧したとか言ってたな。

 てことは必要なのは駆除ツール?

「でもそれって、何処で手に入んだ? インターネットか? ここってWi-Fiとか繋がってたっけ?」

「なわけないでしょうっ!」

 気力の衰えを知らない三頭身美女は、見事なツッコミを入れてくれた。











「何度も言うが、余は病原菌ではない」

 あ~あ、戻ってきちゃったか。

 というアタシとチビアディーの冷たい視線をものともせず、変態若作り中年は畏まった表情でそう言った。そうやっていると一見至極まっとうそうだけど、

「それに余はアディーリアに対してのみ変態的趣向を持つのであって、余人が同じ事をすれば厳罰に処するところだぞ」

 真剣な表情をしているだけに、余計に変態くさかった。

 アディーリア限定だろうが何だろうが、所詮変態は変態である。

「ウイルスにヤられたから変態なワケじゃないんだ」

「残念ながら澄香、このウイルスは紛うかたなき生来からのド変態よ」

「だから余は病原菌ではないと言っておろう。第一、それならば何故余がここに現れた時点でその不具合とやらが起きなかったのだ?」

「そりゃ、ウイルスには潜伏期間ってのがあるからね~」

「ね~」

「それならば言わせて貰うが。余からすれば、そこな三頭身のおなごの方が病原菌ではな」

 バコ―――――――――ン!!

「失礼ね! この私をウイルス呼ばわりするなんて! そんな事言うと、優しくするわよっ!」

「そ、それだけは勘弁してくれっ」

「ならば、お黙りなさいっ!!」

「し、しかしっ。何故三頭身なのだ!? アディーリアの見事均整の取れた肢体はどこへやったのだ!? その紙製の巨大扇で叩かれるのもそれはそれでいいものだがっ、あの伸びやかな手脚から放たれる殴打や蹴りこそがっっ」

 うわ~。マジで変態。

 もう何回も言ってるけど。

 ドドドド変態だよ、この男。

 バシッバシッバシッバシッバシ!!

 ていうかワザと言ってんじゃないかと思う程の、打たれ様だ。

「それがそなたの愛! そなたの真心! 強く! もっと強く!」

 マジでワザとだったか。

 なんか背筋が寒くなってきた。

 マジきも~い。

 でも、このド変態の言うことも一理ある。

 何故チビアディーはチビなんだろう?

 これもド変態のもたらした不具合の一つだろうか?

 或いは…?

「澄香? まさかあなたまで私を疑ってるんじゃないでしょうね?」

 チビアディーの剣呑な視線に、アタシは慌てて否定する。

「いや、そうじゃなくって。何て言うの? ここまで言葉が出かかってんだけど…」

「だから、それはなあに?」

 チビアディーはニッコリと花のように微笑みながら、巨大ハリセンを振りかぶる。

 いかんっ。

 アレで打たれると、夢とは言え生命の危険を感じるっ。

 ええと。

 何て言ったっけ。

 アレ、アレ。

 あの、プログラム上の欠陥の事。

 ええと。

 何だったっけ??

 言葉が出ずに焦っていると、変態若作り中年が突然叫んだ。

「おいっ! アレを見ろ!!」

 その男の指差す先を見てみると。

「オゲェエエ!!」

「ゲコォオオッ!!」

「キュルッキュ!!」

「ケロケロロッ!!」

「ッッッッッッ!!」

 半透明のカエル共が輪になって叫んでた。

 何事??

 と思って見ていると、カエル共は輪になったままグルグルと回り始める。

 いや正確に言えば、ピョンピョンと高速で飛び跳ねなながら円を描いている。

「オゲェエエ! オォゲッ!」

「ゲコ! ゲコォオオッ!!」

「キュル! キュルルッ!!」

「ケロケロ! ケロロッ!!」

「ッッッ、ッッッッッッ!!」

 カエル共の雄叫びが響く中、回転速度はドンドンと高速になってゆく。

 何か物凄いことが起こっているのかも知れないけれど、どこかユーモラスな動作のせいでイマイチ切迫感を感じない。

「カエルって、こんなに速く跳べるものなのね」

「うむ。余も初めて知った。イスマイルガエルもこうであろうか?」

 解説しよう。

 イスマイルガエルというのは、大陸広しといえどもイスマイルにしか棲息しない希少なカエルで、「生きた宝石」と呼ばれるくらい色鮮やかなカエルの事だ。その美しさから熱狂的な収集家も少なくないらしい。何でも一匹一匹微妙に模様が違うらしく、珍しい模様なんかだとプレミアムがついて城一つ買えるくらいの値段がするって話である。

 そんな希少なカエルが、イスマイルの貴重な「資源」として外貨獲得に貢献している事は言うまでもない。

 なんて心の中で誰にともなく解説してる間に、カエル共の動きは速くなり、今はもう一匹一匹が判別できない程速い。その様子は、赤、青、白、緑、黒のリボンがグルグルと回っているようにも見える。

「……なんか、こういう光景絵本で見たことあるよ」

「カエルが輪になって高速で回るのをか?」

「いや、トラが…」

 詳細は覚えてないけど、確かトラが木の周りをグルグル回って、やがてバターになるっていう中々にシュールな話だった。

 アタシがかいつまんでその話を聞かせると、

「トラは幾ら速く走ってもバターにはならんだろう」

「バターは乳製品ですものね」

「トラの乳はバターになるのか?」

「知らないわ。でもなんだか美味しくなさそうねえ」

 ハイ。至極まっとうなご意見をありがとう。

「童話なんだから、勘弁してよ。アンタらの神話だって、大概どうかと思う様な内容じゃ…」

「オゲ―――!!」

「ゲコ―――!!」

「キュル――!!」

「ケロ―――!!」

「ッッッ――!!」

 パァアアアアアアア!

 カエル共の一層甲高い雄叫びと同時に、閃光が辺りに走る。

 眩しさに視力を奪われそうになり、反射的に腕で目を庇う。

「何だ!? 目が見えん! 何が起こっているのだっ!?」

「眩しいっ! 一体何がどうなってるの!?」

 変態若作り中年とチビアディーの切迫した声を聞きながら、アタシが目にしたモノは。

「うわあ……………」

 閃光が収まり、辺りは再び薄暮となる。

 そしてソコに残されたモノは。

「合体しちゃったよ」

「何が!?」

「まあっ! なんてこと!?」

 視界が戻ったらしい二人は、目にしたモノに絶句する。

 ソコにいたのは、一匹のカエルだった。

 どうやら五匹のカエルが合体したものらしい。

 らしいっていうか、思いっきり合体シーンを目撃したんだけどさ。

 ロボットアニメの様なカキーンシャキーンな合体シーンじゃなくて、まるで餅が捏ねられるようにカエル共が渾然一体となって混ざり合っていくという不気味なモノだった。

 それは最早合体というよりは融合で。

 途中五対の手や脚があちこちから生え、これまた五対の目玉がギョロギョロと蠢く様は、まるでかのクトゥルフ神話に出てくる異形の神もかくやとばかりのグロさだった。

 ぶっちゃけ言えば、ドン引いた。

 その結果生まれたカエルは、赤、青、白、緑、黒の五色の斑模様をしていたけれど。

「何というか、不気味だな」

「変な病気に罹ってるみたいだわ」

「派手な合体シーンだったわりには、地味な結果だよね」

 目も手も足も一匹分しかなくて、掌サイズから小型犬サイズになっただけだった。

 クトゥルフ神話は怖いけど、阿修羅像に比肩するくらいの茶目っ気は欲しかった。

「でもなんでいきなり合体? 合体に何か意味があるワケ?」

 そりゃ確かに、多少大きくなったカエルは半透明でもなくブレてもないけど。

 そのためだけにアレ程派手な演出が必要だったかどうかは疑問だ。

「あ、ひょっとして、今なら何て言ってるか分かるんじゃねえの?」

 チビアディーにそう言うと。

 ヒュンッ。

 何かが高速で目の前を横切って。

 パックン。

「ぎゃ~~~!! チビアディーが喰われたっ!!」

 長い舌でチビアディー巻き取って丸ごと飲み込んだ斑カエルは、ズンッと大きくなって。

 ヒュンッ!!

「うわっ。今度はド変態が!! てかどうやって飲み込んだ!?」

 そしてやっぱり斑カエルは、ズズズンッと大きくなった。

「ちょっと! ド変態はどうでもいいけど! チビアディーは返してよっ!!」

 今やアタシよりも大きくなった斑カエルに、アタシは猛然と抗議した。

 チビで生意気で性格悪くて乱暴だけど、チビアディーには愛着がある。

 けれど斑カエルは素知らぬフリで、ゲップなんかしたりして。

「ゴラッ! カエルならカエルらしく、虫だけ食っとけっ!!」

 そこでアタシは思い出した。

 そうだ、「バグ」だ。

 プログラミングミスの事。

 本来は「虫」って意味のっ。

 てことは、まさかまさか。カエルはカエルらしく「虫」を喰ったとか?

 つまりチビアディーが三頭身なのはバグのせいで。

 ド変態が変態なのも、いやこれは元からか。

 なんて一生懸命考えを巡らせていると。

 ヒュンッ!

「ん?」

 腰の辺りに圧迫感を感じて、視線を降ろす。

「ええええ!?」

 なんでカエルの舌がアタシに巻き付いてんの!?

 と思う側から、グンッと物凄い力で引き寄せられた。

 パックリと開いたカエルの口が瞬く間に迫る。

「うわわわわっ、ちょっと!! 待て待て待て待て待てええええええいっっ!!」

 パックン。


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