第七三話 カエルは分類学上「無尾目」です その3
「アンドリューは、どうしていつもいつも人の話を聞かないの?」
それはね、可愛いリズ、一号がそういうキャラだからだよ。
「あの人達は、クリスを見つけて返しにきただけなのよ?」
それがね、可愛いリズ、ヤツらはそんな親切な人間じゃないんだよ。
「何の事情も聞かずに、いきなり捕まえるなんてっ」
ああ、可愛いリズ、事情なら知ってるよ。
けどまあいきなり捕まえたのは、確かにやり過ぎだったかもね。
でもさ、アタシにもイロイロと事情があるんだよ。
何て言うか、ほら、心の準備というか腹構えというか覚悟というか。全部同じか? まあともかくそう言うヤツがだよ。
「しかしなあ、リズ」
一号との会話にノリノリで乗ってきたリズだってある意味同罪なんだけど、勿論アタシはそんな事は指摘しない。
「どんな事情があろうとも、婦女子の元を訪れるのに日が暮れてからというのは、非常識だろう。だから、俺サマは不逞のヤカラを成敗しようとしてだなあ」
ムダメン共も一号に非常識とは言われたくないだろうけれど、この場にいないので問題なしっ
「リズはハコイリでフカマドな令嬢だから知らんだろうが、世の中にはお綺麗な皮を被った腹の中ドロッドロな連中がごまんといるんだぞ?」
「フカマド………。深窓、って言いたいのね?」
リズの胡乱な眼差しに、ハイテンションで答えるアタシ。
「おう、ソレソレ!! ソレだよソレッ! どうも人間の言葉は妙ちきりんでなあ」
妙ちきりんなのはお前だっ! というセルリアンナさん達の冷たい視線をものともせずに、
「窓が深くてなんで世間知らずって意味になるのか分からん。というか深い窓って何だ?? 深い井戸なら意味が分かるんだがなっ。そういえば何時だったか、深い井戸の中から這い出てきたカエルと出会ってなっ。ソイツが海を見てみたい言うもんだから、案内してやったんだ。そして親切な俺サマは、ついでだからそのカエルを鍛えてやろうと海の中に放り込んだ。ところが海水じゃあカエルは生きてけねえとくる。全くあの時は散々な目にあったぜ」
散々な目に遭ったのは確実に井戸から出てきたカエルだろう。
というツッコミが聞こえてきそうな程の強い視線を感じたけれど、空気を読まない一号は気にしない。
するとふっとリズが視線を緩めて呟いた。
「………リューは、私を守ろうとしてくれたのね」
「無論、それが俺サマがここにいる理由だからなっ」
リズの怒りが解けたと思ったアタシは、勢い込んでそう言った。
そんなアタシに、リズは花のように微笑んで。
「ありがとう」
と言った次の瞬間、キッと眦をつり上げた。
「でもソレとコレとは話が別よっ」
うわあっ。
そんな表情してると、アディーリアにホントそっくりっ。
いやまあ、元からクローン並に似てるんだけれどもさ。
普段のリズはアディーリアと違って、素直さとか性格の良さがふんだんに溢れてるっていうかさ。
アディーリアは三頭身になってさえ、内面の計算高さとか腹黒さが滲み出てるって言うかさ。
そういやあチビアディー。
あの時言いかけた言葉は、本当に「尾のない獣」だっただろうか?
尾の長い猿とか、斧無くした樵夫とかじゃなくて?
いやまあ、それは流石に無理があるか。
しかし、あのカエル共が「尾のない獣」ねえ。
神の似姿が欲しいって神サマにねだった獣。
神の似姿が人間だってオチは、神話じゃあ良くある話だけれど。
万が一その「尾のない獣」だったとしても、なんで人の夢に勝手に住み着いてんだよって話。
ていうか、アタシにはカエルに見えてるように、チビアディーには、正確に言えばアディーリアの知覚を引き継いでいるチビアディーには「尾のない獣」に見えてるってだけじゃねえの??
アタシにとってカエルに類するモノが、アディーリアにとっての「尾のない獣」なのだろう。
……………。
「アタシにとってカエル」って何だよっ!
思わずそう自分で自分にツッコんだ瞬間、傍らから不穏な空気が流れてくるのを感じた。
ハッとなって顔を上げると、
「アンドリュー?」
リズに一段低いトーンで名前を呼ばれる。
それから、十二歳とは思えない程呆れを帯びた深い溜め息。
「本当に、人の話を聞かないのね」
明らかに怒ってるんだけれども、それがまた物凄く可愛いもんだから。
「………すまん」
ついつい素直に謝ってしまう。
因みに一号は、リズが唯一説教できるケロタンだ。
まあ、勢い余ってベランダから落ちたり、タンスと壁の間に挟まったり、シャンデリアに引っかかったままタイムアウトしたりするからなんだけれどもさ。
世界中を旅するフリーダムな一号はリズにとってはある意味憧れの的だけど、「自由すぎると周りが迷惑する」という教訓を叩き込む反面教師でもある。お陰でリズは成長するにつれ「自制」というものの大切さを知るようになった。それは王族として、そして聖者として生きていかなければならないリズにとって、必要不可欠なものだ。
現に今、セルリアンナさん達に怒りの矛先を向けようとはしない。
きっと王女である自分が侍従武官を咎めることの意味を、リズは知っているのだろう。
僅か十二歳にして思うままに動けないリズが不憫ではあるけれど、立派に成長していく姿は誇らしい。
「ふう。ついつい考えに耽ってしまってな」
アタシは天を仰ぐように顎を上げ、グッと拳を握りしめた。
「ヨダレ塗れで抱きついてきたあのリズが、夜に男を連れ込むまでに成長したとわ…」
そしてやっぱりキメポーズ。
今度は「シャキーン☆」という効果音(口頭)入りだ。
直後にクッションで強か殴られたのは、流石アディーリアの娘と言ったトコロか。
勿論全然全く痛くはないけど、くすぐったさについつい笑って、更に叱られたのはご愛敬というヤツだ。
結局リズを宥めて寝かしつけるまでの一時間余り、深い井戸から出てきたカエルとの冒険譚を話して聞かせなければならなかった。
「じゃあ、そのカエルさんはサダコをやっつけて無事におうちに戻ったのね?」
「ああ、そうだとも。ヤツは井戸に帰ったよ。怪物の腹から取り出した聖剣エクスカリバーで井戸に住み着いた魔物サダコをやっつけてな」
荒唐無稽なエピソードを重ねていく内に、「井の中の蛙大海を知らず」の諺は、『浦島太郎』と『ピノキオ』と『アーサー王伝説』と某ホラー小説、その他モロモロのお話が入り交じった我ながらよく分からない話になっていた。
井戸出身のカエルが海で死にかけたトコロを亀に助けられたり、助けてやったお返しに怪物を退治しろと言われたり、結局怪物に飲み込まれて胃の中で暮らしたり、怪物の胃の中で出会った美少女カエルとの淡い恋バナがあったりと、迷走甚だしかったけれど、
「よかった」
と呟いたリズがスウスウと安らかな寝息を立て始めたので、多分「いい話」だったんだろう。
アタシには何処が良かったのかはさっぱりだけど。
カエルの苦労を側で見ていた一号が、全くカエルを助けようとしなかった、どころかより窮地に追い込んでいた事については、どう思ったんだろうか?
一号だから仕方がないとでも思っているのか?。
既に夢の中にいるリズには、確かめようもないけれど。
そんなキャラクターを見事に演じきってる自分に、疑問を抱きそうになる。
てことも、今更無いけどさっ。
アタシはリズの手を上掛けの中に仕舞うと、頭を一度撫でて、ソッと寝室を出た。
離宮の廊下はシンと静まりかえっていて、ジッと耳を澄ませば、
――出せっ! 出しやがれっ!
――我々が朝までに戻らなければ、大事になるぞっ!
――いまなら戯れで済ませてあげますよっ。
――きゃ~~! たぁすけて~~!! お~かされ~るぅ~~~~~っ!!
――バキッ! ガコッ! ドガッ!!
夜の静寂に微かに響くは、木々の囁きか、或いは風の戯れか。
「………静かな夜だなあ」
あのまま追い返したのかと思ったけれど、本当に捕まえていたらしい。
一体何処に閉じ込められているのか、罵声がここまで聞こえてくるとは。
ま、元気があるのはいいことだ。
アタシは声の発信源は辿らずに、直ぐ隣の扉を開ける。
「待たせたなっ」
すると中で待機していたセルリアンナさん達が、起立して出迎えた。
「いえ」
と短く答えるセルリアンナさんに座れとも命じず、アタシはドッカリとソファに座った。別に偉ぶってるワケじゃなく、一号にはそういう気遣いができないというだけの話だ。
「さて。あの連中をどうしたもんかなっ。どっかに捨てに行くか?」
「それは流石に…。返さなければ大事になるでしょう」
神妙な表情でそう言うセルリアンナさんの言葉通り、ムダメン共をここから返さないワケにはいかない。
二号は返してもらったんだから、連中には帰って貰っても全然構わないんだけど。
先程の罵声を聞く限り、ただ返したんじゃ連中も黙ってないだろう。
かといって、この場でセルリアンナさん達の立ち会いなしには、連中と話すなんて無理な話だ。
「そういえば…」
ふと思い出して、アタシは問うた。
「今日は何月何日だ? 『地神の寝返り』から、現界では幾日経った?」
「カレーズの月二六日、地神の寝返りより四日経ちましてございます」
グィネヴィアさんの答えに、鷹揚に頷き返す。
てことはあの連中は、約束通り二号の体を二日以内に届けにきたわけか。
これじゃあ、遅れた事をネタにあの連中を黙らせるワケにもいかないな。
アレでも忙しい連中だから、無理だと思ったんだけどなあ。
それにたった二日じゃあ、例の話が通ったワケでもないだろう。
かといって、わざわざ黒髪腹黒御自ら足を運んできたんだ。ただ二号を返しに来ただけじゃないハズだ。
二日の内に、何かネタを掴んだか?
例えば、ヴィセリウス大神官の死について、とか?
大神官の死は未だ公表されていない。
ハズだ。
ついさっきムダメン共と会った時、二日前には、そうだった。
アタシは、亀が「鶴拳」のポーズで整然と並んでいるという意味不明の絵画の描かれた天井を見上げながら、全方向視界でセルリアンナさん達の様子を窺う。
一国の重鎮を軟禁しているというのに、彼女達に動揺は見えないけれど。
「王佐殿は、青のケロタウロス様と何かお話をされたのでしょうか?」
と問うハーネルマイアーさんに、決して泰然と構えているワケでもないと知る。
「クリスが? あの連中と? 男共と? 一体何を話しするんだ? クリスは、少なくとも男相手にまともな話なんぞしねえぞ?」
気のないそぶりでそう言うと、微かにだけど安堵の空気が彼女達から伝わった。
彼女達は何を怖れてる?
勿論、ムダメン共の事じゃない。
きっと、ヴィセリウス大神官の死に関することだろう。
二号は、英霊の元で大神官の末期の祈りを聞いたことになっている。
けれど、ヴィセリウス大神官の死は何時かは公表しなきゃいけないことだ。
何の思惑で伏せてるのかは知らないけれど。
たったら、死に方か?
やっぱり殺した?
殺しちゃった??
そんなことをグルグルと考えてると、何だか嫌気が差してきた。
陰謀とか謀略とかならまだしも、暗殺なんてマジで勘弁して欲しい。
アタシは所詮無力で無害な女子大生だ。
キャラ作って、辛うじてアンタらと対峙してるだけの小娘だ。
………だったらアタシは。
「なあ」
キャラに忠実に行動するのみじゃね?
「ヴィセリウスを殺したのは、何故だ?」
コレは流石に直球過ぎか?