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第七一話 カエルは分類学上「無尾目」です

 かくして再び二号の身体は、ムダメン共の預かりとなった。

 勿論ただ預けただけじゃない。

「君らにリズと会う理由をあげてやってもいいよ? このオレの身体をリズの元に戻すという理由をね」

 と恩着せがましく言うのを忘れなかった。

「但し一両日中に返さないと、再び誘拐犯として嫌疑を掛けられると思いたまえ。今度はどんな言い訳もできないよ。なあに、オレとしてはどちらでも構わないから好きにするといい」

 おまけに、親切にも「忠告」までしてやった。

 これで動かないなんてコトは、流石にないだろう。

 できることならムダメン共がリズと会う現場に立ち会いたいけど、こればっかりはムリに違いない。

 昼間動ければ、まだ可能性もあるけれど。

 第三王女を訪ねるのに、まさか夜ってことはないだろう。

 あの男との契約が、脳裏を過ぎる。

 けれど「契約」が現実味を帯びてきた途端に、自分が思う以上に乗り気でないことを自覚する。

 それは、メリットがイマイチ中途半端なためなのか、或いは。

「変態だから?」

 アタシは、何度も何度も何度も何度もチビアディーにハリセンで打たれてニヤけている変態を眺めながらポツリと呟いた。

 いや、マジで変態だよ、この男。

 アディーリアも仕組まれてたとはいえ、よくこんなのと結婚したな。

 こんな変態の魂喰うとか、マジであり得ないから。

 そんなのゲテモノ喰いといっしょじゃん。

 リズがこの男の遺伝子を受け継いでいると思うと、不憫で不憫で仕方がない。

「リズ、可愛そう…」

 ホロリと涙すら零れそうだ。

 そんなアタシのBGMはカエル共の合唱だ。

「オゲゲゲゲェ~」

「ケロッケロケロロロロ~」

「キュルルルル、キュルル~」

「ゲコゲコゲコ、ゲコッココ」

「……………ッッッッッッ」

 まるで慰めるかの様な鳴き声に、きっとこの先も種の壁は越えられそうにないけれど、種を超えた共感というのは存在するのかもしれないと、感動すら覚えそうに、ならないこともない。

 ていうか、ぶっちゃけ変態喰うよりカエル喰う方がよくなくないか?

 カエルは実際食材なワケなんだし。

 アタシがそんなことを思いながらマジマジとカエルを見ると、危険を感じたらしいカエル共が二、三歩後ずさる。

「オゲェッ」

「キュルッ」

「ケロロ」

「ゲコッ」

「ッッッ!」

 カエル共が今度は非難がましい声でなく。

 いやいや、恵美じゃあるまいし、喰わねぇよ。

 第一カエルのサバき方を知らないし。

 魚はサバけるけどさ~、動物はムリ。

 だからって生食はもっとムリッ。

 そう考えて、思わずカエルを生で丸呑みする自分を想像する。

 パスコ―――――ン!!

 途端に走った後頭部の衝撃に、

「あいたっ!」

 反射的に痛みを訴えながら振り返ると、チビアディーがハリセンを振り切った格好で浮いていた。

「なんてこと想像してるの!!」

 眦をつり上げて怒るチビアディーに、アタシが事細かに解説しようとすると、

「詳しく言わなくていいからっ」

 と拒否された。

 残念。

 あの気持ち悪さを共有したかったのに。

 と思ったら、

「共有してるわよっ。変な想像しないでちょうだいっ!」

 憤然と抗議された。

「貴女、一体どういう趣味をしてるのよっ」

 そう言ってチビアディーは、頬に手を当てながら真っ青な顔で非難するけれど、三頭身なせいかイマイチ悲壮感はない。

 多分、手の小ささに対して頬のスペースが広すぎるのだ。

 どうやってもコミカルに見える動作に笑いそうになるけれど、 流石にここで笑うのはマズいので、微妙に視線を逸らしつつ反論する。

「何もそこまで言う事ないじゃん」

 確かにちょっとどうかと思う様な想像したけど、アタシだって好きで想像したんじゃない。

 なんて思いつつ、視界に入った変態に当てこする。

「それじゃあまるでアタシがどっかの変態みたいじゃん」

 すると、思いがけなく同意を貰った。

「あら、そうね。変態はいけないわ」

 その言葉に勢い込んで、だったらと言ってみる。

「アタシとしては、そこの変態と契約すると、変態がうつりそうでイヤなんだけど」

「………それも、そうかしら?」

 そう呟いたチビアディーの静かな眼差しが、若作り変態中年へと向けられる。

 するとそれまでニヤついていた若作り変態中年が、慌てた様に言い募る。

「余の知識が欲しいであろう? 今後リズナターシュの役に立つのは必至だぞ?」

「代々の国王だけに口伝で伝えられてるってヤツ?」

 アガシがそう尋ねると、男は「そうだ」と言って得意そうに踏ん反り返った。

 その姿がこれまたムカつくものだったので、鼻で笑って言い返す。

「それが本当にリズの役に立つのか、分かったモンじゃないね」

 すると変態若作り中年は、国王としてのプライドを刺激されたのかムキになって言う。

「八百年もの長きに渡り、我が王家に伝えられた秘事ぞ!?」

 八百年前。

 それは、イスマイルが建国された時代だ。

 それってつまり、建国に関する秘密だって事じゃね?

 アタシは、先程二号の姿でムダメン共に言った言葉を思い出す。

 ――イスマイル大公家が『聖地を守護する役目』が、嘘だとしたら?

 そして、地下迷宮で見つけた分厚い本と地図。

「それってさあ『イスマイル大公領』が、イスマイル王国とは別の場所にあったことと関係してる?」

 ひょっとして思いつつ試しに訊ねてみると、変態若作り中年は、国王としてそれってどうなの? と不安になるくらいアッサリ認めやがった。

「何故それを!?」

 男の言葉から、あの本の内容が荒唐無稽な絵空事ではないとの確信を得る。

 と同時に。

 ――歴代のイスマイル国王は、その事実を知ってたはずだよ。今のヘイカは、どうだか知らないけどね。

 ムダメン共を脅すために言ったデタラメが、まさか本当だったとは…。

 つまりは、あの本と地図の利用価値は高まり、逆にこの男の利用価値、てか契約する必要性は低くなる。

 そもそも、この男の一体何がアタシに必要なのか?

 昼間動けることが、それ程重要なのか?

 そんな思いを浮かべつつチラリとチビアディーに視線を送ると、チビアディーは眦をつり上げながらハリセンを大きく振りかぶっているトコロだった。

 大リーガーも真っ青になるくらいの勢いで、若作り中年の顔面めがけて振り下ろす。

 バシィイイイイイイイイイン!!

 アタシの時とは大違いの、爆音としか言いようのない音が、茫漠たる空間に鳴り響いては消えていった。

 いや正確には、鳴り響いては消えて、鳴り響いては消えて、を繰り返す。

 要するに男は何度も何度も叩かれていた。

「痛いっ! 流石にそれは痛いぞ! アディーリア!!」

 痛みを訴えつつ嬉しそうに頬を染めている男に、アタシはつくづくと思った。

 この男との契約だけは止めておこう、と。

 昼間動けるのは確かに魅力的だけど。

 同時に、アタシはその事に怖じ気づいてもいる。

 向こうの世界との縁が強くなるのだと、チビアディーは言った。

 縁が強くなるのと、昼間動ける事との因果関係がイマイチよく分かんないんだけど。

 ていうか、そもそもどうして今まで「夜だけ」だったのか、だったら「昼間だけ」もよかったんじゃね? だとか。

 昼と夜の違いは何なんだよ、だとか。

 太陽と「地球――という言葉は向こうにはないけど――」の位置関係が、アタシと何の関係があるんだとか。

 イロイロ疑問はあるけれど。

 それらを全部一先ず隅に追いやってみると。

 どこか迷子になった様な気分のアタシが、ポツリと立っている。

 それは、もう誰もいないと思いながら目覚めたあの日の気分に似ている。

 ジワリと足下に忍び寄ってくるような不安から、懸命に目を逸らしていたあの日のアタシ。

 子供の世界は狭い。

 今だって大して広くないけど。

 家族と友達と、それだけで成立してしまう様な世界だ。

 その中でも重要な位置を占める家族を、一度に失ってしまったアタシは、まるで世界から放り出された様な気持ちだった。






 向こうの世界との縁が強くなる。






 それって逆に言えば、現実世界との結びつきが弱くなるって事じゃねえの??






 不意に思い浮かんだ疑念に、不安の形を自覚する。

 リズが好きだ。

 愛おしいし守りたい。

 けれども、アタシが生きるべきは他の何処でもない現実世界。

 叔母さんがいて、恵美がいて。

 僅かな大切な人達と、多くのどうでもいい人達と。

 何となく過ぎてく、他の誰かにはかったるいに違いない、怠惰な日常。

 それが退屈であれば退屈である程に。

 アタシは強くそう思う。

 或いは。

 強くそう願う。

「澄香」

 チビアディーが柔らかい声でアタシを呼んだ。

 顔を上げると、心配そうにこちらを覗き込んいる。

「………ごめんなさい。貴女の気持ちを知っていながら、私、知らないふりをしていたの」

 チビアディーの思いがけない告白に、アタシは目を見開いて、それからゆるりと首を振る。

 アタシに自覚がない以上、他の誰かに指摘されても意味がないのに違いない。

「それでもね、彼は確かにあなたに必要なのよ。アディーリアがそうだったように」

 アタシは何故と心の中で問う。

「必要でなければ、誰がどんなに願っていようと、『ここ』には入り込めないからよ」

 ここ、と言われて、アタシは茫漠たる世界を見渡した。

 空しさすら覚えない程、何もない世界。

「ここはね、『貴女の夢』なのよ」

 アタシはチビアディーを見て、あの男を見て、再びチビアディーを見た。

 視線を動かす度に、視界の端にカラフルなモノがチラチラ映る。

「あのさ、まさかカエルも?」

 アタシがふと疑問に思ってそう訊ねると、チビアディーは不当にデカい頭部をコクリと上下させた。

 一体全体、どうしてアタシに両生類が必要なのか?

 両生類に、一体どんな御利益が??

 アタシの声にならない疑問に、チビアディーが呆れたように答える。

「だから、『カエル』ではないと言っているでしょう。彼らこそが『尾のな…」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 突然消えた地面と急速な落下に、アタシは殆ど習慣的な叫び声を上げる。

「だから何で何時もいきなりぃいいいいいいいいいい!?」

 自由落下に身を任せながら、必死で考えを巡らせる。

 チビアディーは、「尾のない獣」って言いかけた?

 ソレって言うとアレか?

 神話上の珍獣、じゃなくて神獣。

 人間を創ってくれって神サマに強請ったって言う。

 いや、確かにカエルに尻尾はないけどさ。

 分類学上で「無尾目」って言うくらいだけれどさ。

 アヌハーン神教の紋章である「尾のない獣(小学生の芋版バージョン)」が脳裏を過ぎる。

 アレがカエルというなら、あの紋章の作者は「画伯」も真っ青な腕前だ。

「幼稚園児でも、もっと上手いわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 それを言うなら、人間だって「尾のない獣」だ。

 ていうか、カエルはオタマジャクシの頃には尻尾があるから、寧ろ人間の方が「尾のない獣」なんじゃね?

 でもアレが人間だとしたら。











「もっと怖いわっ!!」

 アタシはガバリと上半身を起こしながら叫んだ。

 途端に、驚くリズの表情が視界に飛び込んでくる。

「リュー!?」

 どうやら再びリズの元に戻ったらしい。

 大きく見開かれたリズの紫の瞳に、赤いカエル(のぬいぐるみ)が映り込む。

 そしてケロタンの全方向視界は、余計なモノまで映し出す。

 神殿騎士団の制服じゃなく、侍従武官のそれを着たセルリアンナさんとハーネルマイアーさんと。

 その向こうに跪く、さっき別れたばかりの男共。

 ええええ!!??

 何がどうなってんの?

 

今年の更新はこれで最後です。

大晦日なんで、当然と言えば当然ですが。

皆様よいお年をお迎えください。

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