第七十話 カエルも時には空を飛びます その4
リズの王位継承順位は、現在第五位。
上から順に、新国王の異母弟である第二王子、次いで同母弟の第三王子、異母弟の第四王子、そして新国王の一粒種のなんとか王女、その後がリズってことになっている。リズの二人の異母姉は嫁ぐ際に返上させられたので、王位継承権はない。
新国王は即位式の際に、万が一の時混乱を防ぐために後継者を決めなければならない。
必ずしも立太子の必要はなく、他の誰かが王太子となった場合、慣例的にその後見人となる。
普通に考えれば、新国王は同母弟である第三王子を後継者に指名ってことになるだろう。そして国王に王子が生まれた暁には、後見人に収まると。
第二王子と第四王子、ていうかそのバックが黙っているとは思えないけど。
世継ぎ問題なんてのは、大概ゴタゴタするもんだ。
けれどリズが王太子に収まれば、それらのゴタゴタは一気に解決することになる。
リズのバックは神教で、神教に正面から対抗しようなんてヤカラは、余程のバカでなけれりゃあまずいない。そして「余程のバカ」な連中なんざ、さっさと粛正されて終わりである。
けれど、実際にリズが国王となれば、神教に国政を牛耳られる可能性が高くなる。
そして恐らく、王太子になったが最後、神教はリズを押してくるだろう。
だから、リズを王太子にする方が、リスクが高い。
但しそれは、普通の場合の話。
そしてアタシが今からするのは、普通の場合の話じゃない。
「一体どういうつもりか知りませんが、我々が己の保身のために、珍妙な布製品に国を売るなどありえません」
穏やかな表情で周りの空気を凍らせるという世にも器用な事をなしながら、黒髪腹黒が言う。
なんでアタシに国を売ることになるのかね。
と思ったけど、コイツらはケロタンが稼働するのはリズが成人するまでとは知らないから、そういう発想もアリなんだろう。
「なぁに、別に本当に国王に据えろと言ってんじゃないよ。ていうか、国王なんてちんけな肩書き、リズに相応しくないしね。君らのヘイカに王子ができて、長くてもソイツが成人するまでの間の話さ」
アタシはヘラヘラと笑いながら、ちょっとした悪戯でも持ちかけているかのような口調で言った。
「ざっ!!」
例によって例の如く金髪直情が噛み付いてこようとしたけれど、それを茶髪ジャイアンが素早く口を塞いで止める。
「フンガッ」
フンガッて。イケメンなのに、フンガッて。
でもまあ、コイツらが残念なのは今更ってコトで。
意外なことに、いきり立っているのは金髪直情だけで、他の連中は感情的な反応を見せなかった。
茶髪ジャイアンは背後から金髪直情を抑えながら、こちらの真意を探るかのように半眼に眼を細め、黒髪腹黒は眉を顰めながらも何事かを思案しているらしい。
濃紺鉄面皮も、虚空を睨み付けながら何事かを考えてるんだろうけど、相変わらず無表情なのでただボンヤリとしているように見えなくもない。
というかぶっちゃけ、見えない何かと交信しているようにしか見えないんだけど。
あの何もない空間での邂逅以降、どうにも濃紺鉄面皮がひたすら残念な人間にしか思えない。けれど宰相なんていう地位にあるんだから、きっとちゃんと考えているんだろう。ま、考えてなくても支障はないけどさ。
そんな中口を開いたのは、やっぱりというか予想通りに黒髪腹黒だった。
「第三王女殿下を王太子に据えたところで、あなた方にも我々にも益があるとは思えませんが?」
穏やかな口調で探るように訊ねてくる黒髪腹黒に、二号であるアタシはせせら笑いながら答える。
「確かにオレ達には益なんかないさ。けれど君たちにはある」
その言葉に眉根を寄せて訝しがるムダメン共に、ケロタンの「奇跡認定」話が全く彼ら側に漏れていないと知れる。
アタシは視界の端で倒れている銀髪マッドにふと思う。
もしコイツが「奇跡認定」ついて知ってるとしたら、神教からは固く口止めされているだろう。
アタシがここで「奇跡認定」の事を話せば、ムダメン共に詰め寄られることは間違いない。
ひょっとして、その事を予想してワザと気絶するハメに陥った? なんてことは、あるかもしれないしないかもしれないし。それが葛藤の末なのか、単に面倒を避けるためなのかは、これまたどうでもいいことだ。
何にしろ、イスマイル側がまだその情報を知らない事が重要だ。
まあ仕方ないと言えば仕方ないだろうけど。
何せ「奇跡認定」話が上がってから、多分一週間くらいしか経ってないし。
神教側だって、何時までも黙ってるワケにもいかないから、コイツらだって何時かは伝わる。
けどさ、今はまだ伝わっていない。
それが、アタシの計画のミソだ。
多分、アタシが思うに、神教は新国王の即位式の時に発表するんじゃないかと思う。
他国からの賓客がいる前で。
イスマイルが異議を唱えられないように。
だってさ。
過去に神人が生誕した「聖地」は、もれなく神教に接収されてきた。
イスマイルだって例外じゃないハズだ。
神教の影響力は絶大で、対抗できる国はない。
だからって、イスマイルが何もしないなんて事はありえない。
イスマイルにとって、「聖地」は国土の大部分であり、同時に貴重な財源でもあるんだから。
イスマイルは小国だけど、「皇国に連なる高貴な血筋」のお国なのだ。その血筋を盾に異議を唱えられたとなると、神教の権威に傷がつく。
皇国再興しようって矢先に、そんな事態は避けたいはずだ。
問題は、その即位式がヴィセリウス大神官の死でどうなるのか分かんないって事なんだよね。う~ん、神教は何を企んでるんだろう。
なんてことを考えてると、黒髪腹黒が穏やかな口調をガラリと変えて、冷たい平坦な口調で訊いてきた。
「では、質問を買えましょう。第三王女殿下に、どのような益が?」
二号相手に取り繕うのはムダと今更ながらに悟ったのか。
一体どういう心境の変化なのか、それもどうでもいいので、
「おや、良い質問だね。やればできるじゃないか」
と相変わらずの上から目線で言ってみる。
黒髪腹黒がピクリとこめかみを引きつらせたけど、勿論二号は気にしない。
「ハイ。分かる人手を上げて~」
当然、手を上げる人間なんかいない。いたら逆にビックリだ。
「あらら、分からないのかい。これから国をしょって立とうという人間が、随分とボンクラなことだねえ」
そう言ってケタケタと大口を開けて笑った後、大きく溜め息を吐いて首を振る。
「ああ、亡国の危機に瀕しているというのに、何て役立たずなんだろうね」
「はあっ?」
「こやつっ! また戯れ言をっ」
「お巫山戯が過ぎませんか?」
「………何のつもりだ?」
ムダメン共の鋭すぎる視線が突き刺さる。
金髪直情に至っては、腰の剣に手が伸びている始末だ。
さて。
今ここで「奇跡認定」について暴露すべきだろうか。
それとも、もう少し勿体ぶった方がいいだろうか?
こういう駆け引きって、したことないからなあ。
「………夢幻界でどのような噂を仕入れてきたのかは知りませんが、我々個人を滅することはできても、国を滅することはできないはずです」
夜影ネタじゃあ、確かにそうだ。
寧ろ神教は公になんかしないから、暗殺されてお終いってトコだろう。
アタシの告発で人が暗殺されるとなると、流石に寝覚めが悪いからしないけどさ。
「当事者だけじゃなく、それを知ってる人間も、神教はきっちり始末すると思うけどね」
脅すくらいはやらせてもらう。
「………陛下は何もご存じない」
金髪直情の吐き捨てるような言葉に、アタシは肩を竦めながら呆れきった声で言う。
「おやおや、じゃあ君らは何もしなかったんだね。夜影の気遣いもムダになっただけなんてねえ。君ら、死出の道行きは案内なしで彷徨うといい」
それに動揺したのは、意外なことに黒髪腹黒だった。
いや、意外でもないか、ヤツは夜の双性神を信奉するヨグナ教徒だ。
「我々なりに、出来ることはしたつもりです」
「君らが何かをしたとは聞かないね。そういえば、王都騎兵隊は貧者をこぞって捕らえたとは聞いたけど、アレは誰の指示だい?」
「それはっ」
すると金髪直情が勢い込んで言う。
「平民の家屋は倒壊しても、特殊な仕掛けで巻き込まれない可能性が高い。しかし貧民街はそうではない。だから大規模盗賊団が潜伏しているということにして、彼らを捕らえるふりをして避難させたのだっ」
へ~、そうなんだ。
「じゃあ、王国軍が貴族連中ばかりを救助しているのは?」
「この時期、貴族の屋敷には避暑を兼ねて外国からの賓客が多い。彼らを救助しなければ、国際問題になる」
なるほど。
「それで、大多数の平民と巡礼者を神殿に丸投げしてるんだね」
「それは…っ。神殿の動きが素早すぎたのです。夜明け前には、神殿は神殿騎士団を派遣していたと聞いております」
お~、流石はメリグリニーアさん。仕事が早い。
「国の救援など必要がないとばかりに、我々の入る余地がなかったのだっ」
悔しいのだろう。金髪直情が絞り出すようにそう言った。
まあねえ。
五号がわざわざ知らせに行ったワケだしね。
けれど神殿に忠告しに行ったのは、当日、残り一、二時間って頃だ。
それでアレだけ素早い反応ができたのだ。メリグリニーアさんが神殿騎士団を掌握してるって、本当だったんだな。
あの何を考えているのか分からない銀色の瞳の奥で、一体何を企んでいるのだろう。
ヴィセリウス大神官の死亡には、確実に噛んでいるハズだ。
知れば知る程、敵に回したくないと思う。
「………妙な噂を聞いたのだが」
それまで殆ど喋らなかった濃紺鉄面皮が、ポツリと言った。
「大神殿周辺では、『地神の寝返り』の直前に避難するよう指示が出たというのだが」
「うん、それが?」
「避難した多くの巡礼者が、メリグリニーア神官長が大切そうに黒いカエルのぬいぐるみらしきものを抱えていたと…」
「うん。サウザだね」
濃紺鉄面皮の勿体ぶった物言いに、アッサリとそう答えてやると、ムダメン共は「やっぱりっ!」て顔をした。約一名相変わらず無表情だけど。
「では、イシュ・メリグリニーアに『預言』を!?」
勢い込んでそう訊ねてくる黒髪腹黒に、アタシはせせら笑いながら答えてやった。
「何喜んでんのさ。まさかそれで自分達の事が公になってもチャラになるとでも? 大体、『預言』はイシュ・メリグリニーアにじゃなくて、リズにだよ。サウザはリズに頼まれて、大神殿に行っただけさ」
「第三王女殿下に、『預言』…」
それが何を意味するのかが分かったのだろう。
ムダメン共は見る見るウチに顔色を変えていった。
連中の信心深さがどの程度なのかは知らないけれど、『名の失われた皇国』の初代皇帝が「預言」によって大陸を統一したことは、子供でも知ってることだ。そして彼らが神教でどういう地位に奉られているかということも。
「亡国の危機とは、そういうことか」
濃紺鉄面皮が虚空を睨み付けて唸るようにそう呟くと、重い沈黙が訪れた。
誰もが沈鬱な表情を浮かべている。
その姿はまるで、霊に語りかける霊能者と除霊を依頼した客の如し…。
濃紺鉄面皮に、虚空を凝視するのは止めて方が良いと注意した方がいいだろうか?
と、ふと思ったけど、コイツがどう思われようがどうでもいいので放置する。
「つまり、第三王女殿下を王太子に据えることで、神教が聖地を接収するのを阻めるわけか」
「神教が聖地を接収するのは、聖地がもともと『神人に与えられた土地』だからだ。その神人が、聖地の正当な主である神人が王とならずとも、王の後見人なら…」
「接収する理由はなくなる」
ムダメン共が複雑な表情で、話し合う。
多分、二号の提案を受け入れるのが業腹なんだろう。
それでもリズを王太子として立てる方向へと流れが傾いていく。
そんな連中に内心でほくそ笑んでいると、黒髪腹黒が待ったをかけた。
「本当にそうでしょうか」
黒髪腹黒の冷静な声に、ムダメン共が振り返る。
「イスマイルには聖地を統治する正当性があります。元々イスマイル王家は、聖地を守護する役目の家柄。皇国時代から、ここはイスマイル王家の管轄地です。神教に接収される理由はありません」
そう指摘されて、ムダメン共の表情が明るくなった。
そう。
そこなんだよね。
けどさ。
「イスマイル大公家が『聖地を守護する役目』が、嘘だとしたら?」
悪いけど、その可能性は潰させて貰う。
「それこそ戯れ言だろうっ」
「そんな事があるはずがないっ」
「虚言を弄するつもりか?」
「さあどうだろう。少なくとも、歴代のイスマイル国王は、その事実を知ってたはずだよ。今のヘイカは、どうだか知らないけどね」
「そんなはずがないっ。第一、証拠がないだろう!」
吐き捨てるようにそう言った金髪直情に、すかさず言った。
「証拠ならあるさ」
地下迷宮で見つけた本と地図。
アレが今こそ切り札になる。
しかもご丁寧にも、イスマイル王族の署名入りだ。
「あるというなら見せてみろっ」
「おバカさんだねえ。そう易々と見せるハズがないだろう」
「それを、どうするつもりだ?」
「さてね。それは君らの心がけ次第じゃないかい?」
ぐっと悔しげに唇を引き結ぶムダメン共に、アタシは勝ちを確証しつつ王手を掛けるべく言った。
「因みに訊くけど。君らが『預言』を授かった事を、ヘイカが知らないという証拠はあるかい?」
多分二号は、余程悪辣な表情をしていたんだろう。
けれどムダメン共の顔色が蒼白になったのは、アタシのせいじゃない。
ってこともないか。
今回長くなりました…。お付き合いいただきありがとうございました。
来週で今年最後の更新となります。
年末年始は誠に勝手ながらお休みをいただき、2012年最初の更新は1月13日を予定しております。