第六九話 カエルも時には空を飛びます その3
アタシは、アタシなりに考えた。
ない知恵を絞って、沢山沢山考えた。
イスマイルの盾として、アヌハーン神教を。
それは自体は容易なことだ。
そもそもリズは聖者だし、それはリズが神人になることでより強化される事となる。
問題は、その盾が強力すぎるということだ。
じゃあ、どうやればイスマイルがアヌハーン神教の盾となるのか。
正確に言えば、歴史が古いだけの小国イスマイルが、全大陸的圧力団体であるアヌハーン神教に対して強く出られるようになるのか。
全ての事じゃなくていい。
リズの事だけ。
リズに関する事だけでいい。
イスマイルの唯一であり絶対的な強みは、その血筋の良さだ。
『名の失われた皇国』皇帝の血筋ということだ。
それはアヌハーン神教がお墨付きを与えてはいるけれど、元来その由来は神教とは関係ない。
そのために、元大公家であるイスマイルと他国とでは決定的に異なることがある。
他国では王権の由来が「神教からの承認」だけど、イスマイルでは「皇家に連なる正当な血筋」だということだ。
例えば、他国では即位式を「戴冠式」という。
王権の証である「王冠」を神教が「与える」ることによって、その王位を「承認する」儀式だからだ。
けれどもイスマイルでは、神教は王位を「承認」こそするけれど、「王冠」を与える事はない。
他にも、王権に関して違いがある。
他国では立太子にも神教からの承認が必要だけど、イスマイルでは国王の一存で決められると言うことだ。
そもそも、他国では王位継承権すら神教の承認が必要なのだ。
イスマイルでは、その血筋さえあればいい。
王の嫡出子である証「イス・イスマイル」が即ち王位継承権の証となるのは、現存する国でイスマイルだけなのだ。
「何故我々が貴様如きの願いを叶えねばならん」
ピクピクとこめかみをヒクつかせながら、金髪直情が唸るように言う。
今にも腰の剣を抜きそうな勢いだけど、また何かあって神殿からイチャモンつけられるのは流石にマズイと思う理性は残っているらしい。
どんなに腹立たしかろうとも、どんなに珍妙だろうとも、ケロタンは第三王女の所有物。
虎の威を借る狐って感じが満々だけど、アタシはそれを卑怯だとは思わない。ケロタンが「奇跡認定」された日にゃあ、テメエらの所行は極刑ものだぞ?
そうなった時コイツらの態度がどう変わるのか、ちょっと楽しみだったりするアタシって、性格悪いだろうか?
まあ、今更性格が良いとか言わないけどさ。
アタシは、そんな事を考えながら他のムダメン共を見回した。
金髪直情のように突っぱねることも、かといって受け入れる事もなく、硬い表情のまま用心深くこちらの出方を窺っている。
アタシは連中から視線を外すと、一番端で面白そうに傍観している銀髪マッドへと向き直る。
「そこの鳥の巣頭君。面白い話を聞きたくないかい?」
「え? 何々? 面白い話?」
医者なんてやってんだからバカじゃあるまいし、連中にとって都合の悪いことだってことくらい察しがつきそうなモンだけど。
銀髪マッドは紫の瞳を好奇心に輝かせるばかりで、他の四人を気遣うそぶりはなかった。
ふと思ったんだけど、コイツはケロタンの「奇跡認定」の事や、ヴィセリウス大神官の「殉死」について何処まで知ってんだろうか?
聖者といったって、神官になってなけりゃあ一応部外者だし。
けれど聖者もまた、神教内の派閥に組み込まれてるからなあ。
ヴィセリウス大神官派なのか、そうでないのかで、イスマイルでのコイツの立ち位置は随分変わってくるはずだ。
「実はねえ、夢幻界でちょっと面白い話を仕入れてきたんだよね。君は男だけど聖者だから、特別に教えてあげなくもないよ?」
アタシの言葉に、ムダメン共の表情に緊張感が走る。
それに気づいているのかいないのか、銀髪マッドは別なトコロに食いついてきた。
「夢幻界? てことは、君らはやっぱり精霊関係のモノなんだね?」
む。
逆にこちらの情報を引き出そうってか?
やっぱりバカじゃないんだな。油断も隙もない。
「さあ、どうだろうね。そもそも人間の言う『精霊』ってのが、僕にはイマイチ分からないからね」
肩を竦めながら、話題の焦点を微妙にずらす。
実際、アタシには「精霊」が何なのかが分からない。
勿論、知識ぐらいはあるけれど。
「神の眷属にして、人と神を繋ぐ存在って言われているね」
断定しない辺りに、意外な用心深さが見て取れた。
或いは、他人事めいた言い回しは、ひょっとしたら神とか精霊とかを信じてないのかも知れない、なんて思う。
もしそうなら、生き難いだろう。
ま、どうでもいいんだけどさ。
「じゃあ、その『神』って何なんだい?」
「う~ん、そう言われるとねえ。不死なる存在、人智を越えた存在としか言いようがないかな?」
「人間の智恵の及ばない存在ね。随分と傲慢な事だねえ」
「え? そうかな?」
「だって君ら人間が、一体何を知っているというんだい? 君らは君ら自身のことすら知らないじゃないか。それではまるで、君ら自身が神だと言っているようなモンだよ」
「人は不死じゃないよ」
「じゃあ『死』とは何だい? 肉体が滅びること? 君たちの考えでは、魂は輪廻の輪の中で世界の終わりまで生き続けるんじゃないのかい? それは不死とは言わないかい? 僕にはねえ、君たちの信仰は君たち自身を神に仕立て上げるための体系にしか思えないんだよ。実際良くいるじゃないか。自分を神だと唱える人間がね」
ま、そんな人間、現実世界にもゴロンゴロンいるけどね。
結局のトコロ問題は、神と精霊を主軸とした世界観を、アタシは決して持ち得ないって事だ。
こればっかりは、アディーリアの記憶を得ても無理だろう。
アディーリアの記憶は「知識」であって、「体験」じゃない。
だからアタシと連中が神や精霊について議論しても、根本的なトコロで平行線のままなのだ。
今までの議論は、本質的なところで決定的にズレている。
でもまあ、そんな事はどうでもいいのだ。
ケロタンが神だろうが精霊だろうがその手先だろうが、リズの盾となるのなら。
「ならば『神』とは何なのです!?」
多分信仰心が篤いのだろう。黒髪腹黒が、いつになく切羽詰まったような声で問う。
そんなにマジメに捉えんなよ。所詮布製カエルの言うことだ。
なんて思いつつ、アタシは無情にも言い放つ。
「『神』なんてモノは存在しない」
アタシの言葉に、全員が驚愕に目を見開く。
超常現象が超常現象を否定するんだ、そりゃビックリもするだろう。
そんな連中の視線などお構いなしに、厳かに宣言する。
「それらは全て君らの妄想の産物さ」
その直後、言葉が連中の意識に堕ちきる前に、ニヤリと人の悪そうな歪んだ笑みを浮かべて言った。
「とでも言えば、君ら絶望に悶絶してくれるかい?」
途端に、連中の表情が悔しさと怒りに彩られる。
「なっ!!」
「揶揄ったのか!?」
「なんと畏れ多い!」
「………殺す!!」
続く罵詈雑言を、アタシは腹を抱えて笑いながら聞いた。
本当は別に可笑しくもないんだけれど、それでもアタシは嗤う。二号がそういうキャラだからだ。
「あ~~~~はっはっはっはっは! 女性でもないのに、どうしてオレにまともな会話をしてもらえると思えるんだろうねっ。君らは全く愚かしい!!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑っていると、
「くそっ! 貴様が真面目な事を言うと一瞬でも思った俺がバカだった!」
すっかり一人称が素になってる金髪直情は、艶やかな髪を振り乱しながら地団駄を踏み、
「一瞬でも耳を傾けた己が呪わしいっ」
茶髪ジャイアンは髪の毛が根こそぎ抜けるんじゃないかと思うくらい頭を掻き毟り、
「我が心理を弄ぶとは、万死に値する」
黒髪腹黒は、ズモモモモモモモモッと目には見えない黒いオーラで部屋中を埋めつくさんばかりである。
そして濃紺鉄面皮は、
「……………っ」
鉄面皮のまま壁に頭を打ち付け続けた。
その様子は、正しく地獄絵図。
演技で笑っていたハズが、心の底から可笑しくなる。
「あっはっはっはっはっはっはっは」
いやだって、全員いい大人の男だよ? しかもイケメンなんだよ?
それがもう人目も憚らず取り乱す様は、予想外に可笑しかった。
「いっひっひっひっひっひっひっぐふぅ」
オトメにあるまじき引きつり声まで漏れる始末だ。
そしてアタシの声に重なる、もう一つの笑い声。
「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! な~~っはっはっはっはっはっ!」
その余りの大音量に我に返って振り向くと、銀髪マッドが床の上で転げる様に笑ってた。
「凄いね! クリストファル君! 彼らがこんなに狼狽えるなんて! 僕は初めて見たよ! いいもの見させて貰ってありがとう!! にゃはっはっはっはっはっは!」
その余りの野放図な笑い方に、原因であるアタシの方が逆に引いてしまう。
それは他の連中も同じだったらしく、すっかり平静を取り戻したムダメン共が、銀髪マッドを冷たい目で睨んでた。
「クラリス」
「なんだ? ナジャ」
「投げます」
「やれ」
濃紺鉄面皮と黒髪腹黒の何やらよく分からない会話の後、どこからともなく分厚い本が飛んでくる。
ドカッ!
「うげっ」
バタンッ!
分厚い本は、銀髪マッドの頭に見事命中した。
銀髪マッドはそのまま床に倒れ、部屋には平穏、じゃなくて静寂が訪れた。
ええと。その本、どっから飛んできた??
てか何処にしまっていたわけ?
床に転がってる本は、アタシが地下迷宮から持ち出した本二冊分に相当する分厚さだ。
とてもじゃないが懐にしまえるサイズじゃない。
アレが頭を直撃したとなれば、痛いだけじゃあ済まないんじゃねえの??
死んでない? 死んでないよね??
アタシはピクリとも動かない銀髪マッドに、内心で焦る。
ぎゃ~~っ、第一発見者とか勘弁してっ。
けれどもムダメン共は慣れた様子で、全く銀髪マッドの容体を気にするそぶりもない。
「これで暫くは静かでしょう」
シレッとした顔で黒髪腹黒はそう呟くと、ニッコリと真っ黒な笑みを浮かべて言った。
「で、クリストファル殿は、我々に何をさせようと言うのです?」
その一瞬で、緩みきっていた空気が張り詰めたものにすり替わる。
濃紺鉄面皮が金色の瞳を眇め、金髪直情が切っ先のような視線を送りつけ、茶髪ジャイアンは値踏みするかのように片眉を上げ、それぞれに二号の出方を待っている。
アタシは考えた。
精一杯考えた。
イスマイルを利用して、神教がリズを容易に取り込めないようにする方法を。
「なあに、簡単な事だよ。君たちにとっても悪い話じゃない」
アタシは一呼吸置いてから、極力軽い口調で言った。
「フィオリナ=リズナターシュ・ロラン・イスマイル・ハジェク・イス・イスマイル。要するに我が主の養い子をね、王太子として立てろってことさ」
二号は女子がいないと一人称が「オレ」になります。