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  挿話 男に女子の「可愛い」は理解できそうにない

「他の誰かが言ったのなら、バカを言うなと笑い飛ばすとこなんだがな」

 カウゼル=セラヴィード・ロルド・イスマイル・アウラ・シス・ナディシス・ハジェク・イス・イスマイルは、己の腹心達の顔を見廻すと、些か疲れた声でそう言った。

 彼こそは未だ正式に即位こそしてないが、イスマイル王国現国王その人である。

 御歳二四歳。父親譲りの金髪と母親譲りの青い目を持つ彼は、本来ならば颯爽とした美丈夫だが、今は疲労の色が濃い。

「ひょっとして私は、お前達に明け方まで仕事させたことの方を謝るべきなのか?」

 疲れた頭が見せた幻影ではないのかと言外にそう言っているのだが、寧ろそうであって欲しいという願望も見え隠れしていた。

「恐れながら陛下。我々としても大変遺憾ではありますが」

 そう言いかけた近衛騎士を、カウゼルは分かっていると言うように手で制す。忠実なる第一近衛連隊隊長オーランド=ジャスティア・ハジェク・ド・アルラマイン・アウラ・チェザリスは、目を伏せてそれに従う。

 キッチリと結わえ上げられた真っ直ぐな金の髪と真っ直ぐな眼差しをした新緑の瞳を持つ彼は、誰もが思い浮かべる騎士のイメージそのままだが、真面目すぎて冗談が通じないのが玉に瑕だ。

 カウゼルは忠実な騎士に内心でだけ苦笑すると、どこか虚ろな眼差しでソレを見た。

「で、ソレは何だ?」

 カウゼルの視線の先には、大きめの金色の鳥かごに入った青い物体がある。

「恐らく、お人形じゃないですかね」

 肩を竦めながらそう答えたのは、ディンゼア=セアフェル・ハジェク・ド・フィアマス・アウラ・ロトゥルマである。明るい茶色の髪に真っ青な瞳の持ち主である彼は、第一近衛隊副隊長という立派な肩書きを持ちながら、どこか退廃的な匂いのする男だった。

「人形だと?」

 カウゼルが秀麗な眉を不機嫌に顰めるが、それに構わず嬉々として答える声があった。

「頭があって、胴体があって手足があって、どこからどう見ても人形じゃないですかぁ」

 茶化すようにそう答えたのは、銀髪紫眼の青年だ。

 彼の名は、シャルルート=ネルゼス・アウラ・ネネーシディ・ハジェク・ネラスラス。なんと国王陛下の侍医である。

 この大陸では成人した男子は髪を伸ばすのが一般的だが、彼の見事な銀髪は肩よりも短く、癖っ毛であることも手伝って鳥の巣のような有様だ。けれどメガネの奥の悪戯っぽい眼差しに、自由奔放なその髪は不思議とよく似合っていた。

「人形というものは、愛らしいものだと記憶しているが?」

 大きすぎる頭、飛び出した眼球、耳まで裂けた口元、飢えた子供のように細長い手足。カウゼルのソレを見る眼差しは、何処までも胡乱である。

「まあ、確かに愛らしさは足りないかもしれませんけどぉ」

 シャルルートはそう言うが、誰がどう見ても足りないどころの話ではなかった。

 カウゼルには、皇太子時代に迎えた第一正妃との間に王女が一人いる。王女は先月一歳を過ぎたところで、女の子らしく人形遊びが好きだが、カウゼルは親としてこんなものを与えようとは思わない。

「子供にこんなものを与えては、泣き出すのがオチだろう」

「あ、泣き顔を見るためにわざとコレを上げるって手もありますよね」

「口を慎め、変態医者」

 呆れる王と茶化す医者、そして威嚇する近衛騎士。

 不毛な三つどもえの会話に割って入ったのは、濃紺の髪色をした男だった

「陛下、今はコレが愛らしいかどうかを議論する時ではありません。シャルルート、貴様も特殊な趣向を引っ込めろ」

 作り物めいて見える程完璧に左右対称の美貌が、その髪の色と相まって彼を神秘的に見せている。しかし、彼をよく知る人間なら、彼が神秘とは一番遠い場所にいることを知っている。

 彼、クラリス=レヴィド・エルド・ノーザラン・ハジェク・ソルダークは、現実主義の宰相として、実利を追求することを専ら良しとする人間であった。

「でもねえ、僕ほど問題点を把握している人間はいないと思うよ?」

 尚も言い募るシャルルートの紫の瞳に、好奇心がキラキラと煌めいている。こういう時の彼は危険だ。

「ほう?」

 クラリスの冷ややかな眼差しにもめげす、シャルルートが言う。

「考えてみてよ。これは見ての通り生物じゃない。なのに、生きているかのように動く。走って、喋って、笑いもする」

 クラリスは一瞬だけ片眉を〇・五リグだけ上げた。常人で言うところの「苦虫を噛み潰したような表情」というヤツだ。恐らくソレが爆笑したときのことでも思い出しでもしたのだろう。

 周囲の人間の体感温度が確実に五度は下がったはずだが、シャルルートは全く気に留めなかった。

「だから、さっさと解剖しちゃおうよ!」

「アホですか、あなたは」

 呆れたような声とともに、パスコーーンとシャルルートの頭から軽快な音が鳴った。

「痛いっ」

 シャルルートが後頭部を押さえながら抗議するが、叩いた本人はニッコリと笑って言い切った。

「大丈夫。痛くありません」

 その手にあるのは、部屋履きである。

 黒髪黒目に褐色の肌をしたその青年は、シャルルートよりも更に髪が短く、額には異教徒であることを示す赤い入れ墨があった。

 大陸で最も信仰されているのはアヌハーン神教であり、現存する全ての国がそれを国教と定めている。多神教であるためか異教徒にも寛容ではあるが、やはり様々な面で差別されやすい。しかしナジャ・エリアーデ・アウラ・カディスは、己の才によって王佐という確たる地位に就いていた。

「僕の事なのに、何で君が言い切るのさっ」

 シャルルートが文句を言うが、ナジャはきっぱりはっきり無視をした。

「問題は、第三王女殿下の御名が出たということですね」

「そうだ」

 カウゼルが、苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 第三王女はカウゼルには異母妹にあたるが、二人は殆ど面識がない。先王は生前、公式の場にも王族だけの私的な集まりにも王女を出さず、また自分以外の誰かが王女を訪ねることも許さなかった。それを先王の深すぎる愛情故と多くの者は考えているが、問題はそれ程単純なものではない。

「いっそのこと、王女殿下に直接聞いてみたらどうですか?」

 ディンゼアの茶化すような言葉を、オーランドがスッパリと断ち切る。

「こんな怪しいものを持っていけば、神殿が何を言い出すか解ったものじゃない」

「確かに。レゼル宮は、王宮にあって王宮ではない。治外法権みたいなもんだからね」

 ディンゼアは軽口めいてそう言うが、それは現在王国が抱える非常にデリケートな政治的問題だった。

 後宮の警備は、過去の不祥事のため神殿娘子軍が受け持っている。中でもレゼル宮は女官や侍女、厨房の下働きに至るまで、神殿関係者で占められている特殊な宮だ。

 大神官が亡き第四正妃の後見であり、今は第三王女の後見を務めているからだ。

 即位式まであと半年。

 この微妙な時期に神殿の機嫌を損ねでもすれば、即位式に支障を来すかもしれない。

 誰もがそのことを危惧しているのだ。

 コンコン。

 ノックの音にナジャが言う。

「キャセリーヌ達でしょう。お茶を持ってくるようにお願いしておいたので」

 カウゼルが頷くと、ディンゼアが扉を開けた。

「やあ、二人とも、今日も可愛いね」

 ディンゼアの口説き文句など、挨拶と同じだと分かっているのだろう。

「ありがとうございますぅ」

「いつも、どうも~」

 二人の侍女はさらりと笑顔であしらった。

「お茶をお持ちしました」

「軽い食事もご一緒にどうですか?」

 侍女としては砕けすぎた態度だが、キャセリーヌはカウゼルの、ニコラはクラリスの乳姉妹で、他の者にとっても気心の知れた女性である。カウゼルにしても、公式の場でもない限り格式張った態度は必要ないと言い含めてあった。

「あら、陛下、ソレは?」

 お茶の給仕をしながら、目敏いキャセリーヌが問うてくる。

「二人は、コレを何だと思う?」

 カウゼルにしてみれば、気軽に訊いてみただけだったが。

「カエルですよね?」

「「「「「「はぁ!?」」」」」」

 思いがけなく返ってきたハッキリとした答えに、カウゼルだけでなく彼の腹心達も驚きに目を見開く。

 彼らの脳裏に、子供の頃捕まえた、あの水辺を跳ねる動物を思い浮ぶが、どうやっても目の前の物体と結びつかない。

「あ、ホント。カエルですね~」

 キャセリーヌの言葉に、ニコラも同意する。

「どうして鳥かごに入れてあるんですかぁ? 可哀想にぃ」

 どうやら二人には、ソレが間違いなくカエルに見えるらしい。

「ねえ! どこら辺が、カエル??」

「飛び出た目玉、掌の水かき、大きな口元。どれもカエルの特徴じゃないですか」

 女性というものは男とは視点が違うと常々思ってはいたが、まさかここまで違うとは。 彼らには良く見知った二人が、まるで見も知らない何かに取って代わってしまったような感覚を覚える。

 しかし。

 衝撃はそれだけでは済まなかった。

「ふふ。可愛い~」

「ほ~んと。ギュッてしたくなっちゃうわね」

「「「「「「可愛い!?」」」」」」

 男達は自分達の耳を疑った。

「不気味だろう!」

 と指摘すれば、

「ええ。キモカワイイですね」

 ニッコリとキャセリーヌが言い、

「不細工じゃないか!」

 と反論すれば、

「はい、ブサカワイイですぅ」

 ウットリとニコラが言う。

「キモカワイイって何!?」

「気持ち悪くて可愛いってことです」

「ブサカワイイとは!?」

「不細工で可愛いってことです」

「「「「「「………」」」」」」

 男達は絶句したままお互いの顔を見合わせた。だがどの顔を見ても、答えらしきものは見つからない。やがて意を決したクラリスが、勇気を出して問いかけた。

「『気持ち悪い』もしくは『不細工』というのは『可愛い』とは対極に位置する言葉ではなかったか?」

「「ですからぁ、そこがカワイイんですよ~~」」

 キャッキャと喜ぶ侍女達の声。妙齢の女性が少女に戻ったようにじゃれ合う姿は、本来ならば微笑ましいはずなのだが。

 わ、分からん!!

 男達は彼女たちの言っていることを全く理解できそうにもなかったが、理解したいとも思わなかった。


主要人物の紹介も兼ねてみました。

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