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第六七話 カエルも時には空を飛びます

 昼間も動けるって、そりゃ凄い。

 太陽の光の下でリズと会える。

 そうすれば、リズに、一生懸命起きていようと寝ぼけ眼を擦らせることも、この前はどうして起こしてくれなかったんだと拗ねられることも、なくなる。寝ぼける姿も拗ねる姿も相当可愛いけれど、子供の発育上いいことじゃない。

 これから先神教はますますリズを取り込もうとするだろうから、それを防ぐ事もできるかもしれない。神教に傾倒しすぎた教育や、親切ごかしの強制に、その場に居合わせて待ったを掛けることだってできるだろう。

 メリットは沢山ある。

 とは思うのに、降って湧いたような儲け話に尻込みする小市民的心理に陥っちゃうのは、何故だろう。

 そりゃ勿論、アタシが小市民だからだ。

 ちょっと布製品に憑依できるくらいで、人間性というのは変わったりはしない。

 アタシはつらつらとそんな事に思案を巡らせながら、ゆっくりと起き上がった。

 その拍子にバラバラっと色とりどりの靴が落ちる。

 窓のないウォークインシューズクローゼットの暗い床に、それはまるで宝石をちりばめたような煌びやかさだ。

 ま、実際宝石がついてんだけれどもさ。

 小さいモノから大きいモノまで、まるで安価なラインストーンみたいに遠慮無しにつけられている。

 アタシはその中の一つを青い水かきのついた手に取り、懐かしさに眼を細め、たかったけどケロタンの目は常に全開なのでできなかった。

 今のアタシはケロタン二号、クリストファル・ウディノ・ケロタウロス。

 突然降って湧いたような儲け話に尻込みして、目があったのがたまたま青いカエルで、目があった瞬間何故かアタシの口から「転送!!」という言葉がついて出た。

 するとそれに応える様に、足下にポッカリと穴が開き。

 お約束の自由落下である。

 当然、あらん限りの声でアタシは叫んださっ。

 助かったことは助かったんだけど、あの落下システム、どうにかならんものか。

 ともかくアタシは今、地震の爪痕も生々しいウォークインシューズクローゼットの中である。

 掌に乗せたその小さな靴には、五色の宝石がついている。

 宝石には何か小難しい名前がついてんだけど、現実世界で言うルビー、サファイア、真珠、エメラルド、ブラックダイアって感じだろうか。

 五色の上質な宝石達は、ぶっちゃけ言って主張が強すぎて調和が全く取れていない。

 でもそれは、リズがケロタン達を思って作らせたものだ。

 作らせたっていうか、こういうのが欲しい的な事を言ったらしい。

 リズが五歳になるかならないかの頃で、リズはそれを履いて、嬉しそうに何やらよく分からない謎のダンスを踊ってくれた。

 大人がやったら、一体何の呪いのダンスだ? と問い質したくなるようなその踊りは、可愛らしいリズのお陰で可愛らしいダンスとなっていた。

 まるで一昨日のことのように覚えている。

 昨日のことのよう、と言えないのは、沢山思い出があるからだ。

 アタシはそれを手にしたまま、周囲を見回す。

 天井まで届く高さの棚は、壁に作り付けのもの以外はことごとくドミノ倒しに倒れ、床一面に靴が散乱している。二号の体は辛うじて棚と棚の隙間に入り込んでて、綻び一つないけれど、これを元通りにするとなったら骨だろうな、とまるっきり他人事のように思う。

 イヤだって、ケロタンの仕事は掃除じゃないしっ。明確な階級社会では、自分の仕事以外の事をすると他人の仕事を取ることになるから、不用意にそういう事はしちゃいかんのだよ、はっはっはっはっは。

 そういうワケだから、靴部屋の惨状は見て見ぬフリで放置しておくことにして、取りあえず持ってる靴だけでもと思い、無傷の棚に置いてみる。

 ……………。

 何故だろう。この惨状の中で一つだけキチンと棚に置かれていると、駐車場で綺麗に揃えられた靴を見つけた時のような滑稽さと不気味さが出てくるのは。

 ま、いいか。

 見つけた人間は何か思うかもしれないけれど。

 それもまた一興、な~んてね。

 ところで、アタシが地下迷宮から持ってきた本は、どこにいった?

 アレを人に見られるのは非常に困る。

 この惨状からして、片付けに人が入った様子はなさそうだけど。

 アタシは、倒れた棚と棚の隙間に潜り込んで靴の山をかき分ける。

 おお、あったあった。

 四冊の分厚い本は、どうやら無事だったらしい。

 さて。

 これをどうしよう。

 片付けに人が入るのは時間の問題だから、靴部屋には置いておけない。

 どうせ衣装部屋も寝室も同じ様なモンだから、勿論置いておけない。

 かといって地下に戻すのも面倒くさい。

 何のために重たい思いして持ってきたんだか。

 となればレゼル宮内の隠し通路にでも置いておくか?

 それなら一旦寝室に出るしかない。

 アタシは靴部屋から衣装部屋へ通じる扉に手を掛けた。

 アレ??

 開かない?

 この扉は衣装部屋からだと内開きだ。

 つまり靴部屋からだと外開き。

 扉に耳をくっつけて外の様子を窺ってみる。

 まあ、耳をくっつける必要はないんだけれど、そこは気分の問題だ。

 物音一つなく、人の気配もなさそうだ。

 アタシは二、三歩下がってから、扉に体当たりした。

 けれど扉はビクともしない。

 まあ、ぬいぐるみがぶつかったくらいでどうにかなるような扉じゃないけど。

 仕方がないので、両足を踏ん張って全身で押してみる。

 ふぐぐぐぐぅ。

 ケロタンはアタシより早く走れるしアタシより力持ちだし、壁歩きとかも出来たりするけど、それでも限界はある。

 その点は、あの何にもない空間よりも制約があるんじゃないかと思う。

 多分肉体(ケロタン)があるからだろう。

 縫製の強度やら重力やら、物理的な要因が枷となっているのかもしれない。

 ま、要するに、ケロタンには開けられないって事なんだけどさ。

 衣装部屋も、部屋の構造は靴部屋と似たようなモンだ。

 要するに、天井まで届く棚がズラズラズラ~~~。

 耐震補強なんかしてない棚は、やっぱり同じ様に倒れていることだろう。

 そしてその棚が、ドミノのように折り重なってこの扉を押さえているのに違いない。

 てことはつまり?

 どうやらアタシは、靴部屋に閉じ込められたらしい。

「マジか??」

 二号の体をこのままここに置いておくのも一つの手だけど。

 どうせ片付けに来た誰かが回収してくれるだろうから。

 けどさ「英霊に会いに行っている」ハズの二号が靴部屋で見つかるって、不味くね??

 それにこの明らかにヤバいって分かる本はどうする?

 下手すりゃ、隠し扉が、ひいては地下迷宮がバレてしまう。

 アタシとしては、地下迷宮は隠したままにしておきたい。

 イスマイルにとってイロイロと不味いモノが置いてある地下迷宮には、脅迫、じゃなくて交渉ネタが山とある。

「……………」

 ここは一旦地下迷宮に下りて、時期を見て二号の体を回収するか。

 いや待てよ。

 いっそのこと、地下迷宮通って王府の方に出るか?

 王府の状況、正確に言えばヘイカ達が娘子軍からの地震情報をどう処理したのかが知りたいし。

 セルリアンナさん達にそれとなく訊いてみたんだけれど、混乱してるらしくってイマイチはっきりしないんだよねぇ。

 問題は、あとどれくらいの時間があるのかって事だ。

 アタシは二号の首にぶら下がってる水時計を見た。

 これもよく壊れなかったと思うけど。

 時刻を計れない水時計じゃあ、見ても意味がない。

 まあ、行くだけ行ってみるか。

 どっちにしても、二号も本もこのままここに置いておくワケにもいなかいし。

 アタシは仕掛けを動かし、隠し扉をすり抜ける。

 例の本は、地下に戻すのは面倒なので扉の裏側に置いておく。

 扉が閉じたのを確認してから、アタシは地下迷宮へと下りていった。











 水時計が三分の二程落ちた頃、アタシは例の小さな扉の前にいた。

 思ったより早く着いたのは、道中走ってきたのと、寄り道を一切しなかったためだろう。

 この扉の向こうには、王府のガラクタ部屋がある。

 なんだって行政庁にガラクタ部屋があるのかは謎だけど、あるものはあるのだから仕方がない。

 前に来た時には雑然と物が置かれていたけど、地震の後の惨状はきっと靴部屋の比ではないだろう。

 ひょっとしてココも開かなかったりして…。

 なんて思いながら、そっと扉を開ける。

 開いたことにホッとしつつ、隙間に顔を押しつけて中を覗く。

 人はいないと思うけど、一応念のためである。

「うわっ」

 隙間から見えたガラクタ部屋は、ドエライことになっていた。

 前来た時はそれなりに「道」はあった。今にも倒壊しそうなほどガラクタの山ではあったけど。

 けれど今はもう、その道もない。てか足の踏み場がない。

 一号か三号なら、強力な吸盤を使って壁歩きができるんだけど。

 残念ながら二号には水かきしかない。

 水かきがあったところで、泳ぎが達者ってワケでもなさそうだけど。

 どうせならもっと水かき大きくして、空飛ぶカエルにして欲しかった。

 何年か前にヒマラヤで発達した水かきで滑空するカエルが発見されたらしいけど、こっちの世界には空跳ぶ蛙はいないんだろうか?

 きっといないんだろう。

 いたらカエル好きのアディーリアの事だ。絶対ケロタンのどれかをを空跳ぶ蛙にしたことだろう。

「ああ、空を飛べたら」

 なんて歌の題名みたいな事を呟いてみても、二号は空を飛んだりしない。

 夢なんだから気合いでどうにかならんもんかと思うけど、制約はあるのだ。奇妙奇天烈な布製品にも。

 アタシは気合いを入れて、ガラクタ部屋への扉を潜る。

 隠し扉になってる鏡をきっちり元の通りに戻して、

「さて、いきますか」

 アタシは果敢にガラクタ山の制覇を目指そうとしたトコロ。

 ギギギギギギギギギ――――。

 重苦しい軋み音がしたと同時に、ガラクタ部屋に明かりが差し込む。

 月明かりとは違うそれは、炎が作り出すものらしくそこかしこの影がユラユラと揺れている。

「うわっ。ホコリだらけじゃねえかっ」

「もう何年も誰も入ってないそうだからな」

 聞き覚えのあるようなないような二人の男の声に、アタシはしてない息を潜めジッと聞き耳を立てる。

「うわ~すげえな。『地神の寝返り』のせいでこんなになったのか? 元からこんななのか?」

「『地神の寝返り』のせいだろうが…。それにしても酷いな」

「本当にここを使うのか?」

「『地神の寝返り』のせいで礼拝堂がああなってしまったのでは致し方ない。ここも二百年ほど前までは礼拝堂として使われていたらしいぞ?」

 アタシは用心深くガラクタ山を登り、そっと様子を窺う。

「こんな場所で陛下の即位式を行う事になるとはな…」

「陛下を大神殿に行かせるよりはマシだろう」

 やっぱり。

 アタシは見覚えのある金髪と茶髪の男達の姿に舌打ちした。

 もっとも、ケロタンに舌はないけどねっ。


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