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第六六話 カエルの子供がオタマジャクシとは限りません その4

先週は予告もなくお休みしてしまい申し訳ありませんでした。


 そもそも「契約」とは何ぞや?

 死にかけの人間が、死んだ人間の魂を代償に願いを叶える。

 それがアタシの解釈だ。

 死者であるアディーリアには魂しか差し出せるモノはなかったし、アタシには足りない分の魂が必要だった。

 見事に需要と供給が一致した結果、契約が成立した。

 「魂」は存在するのか? だとか。

 「魂」って補給できるモンなのか? だとか。

 ていうか、意識だけでも「別の世界」に行けるってどういう仕組みだよ、だとか。

 「別の世界」ってそりゃ何処だよ、だとか。

 ツッコミどころが満載なシステム、それが「契約」である。

「ちょっと! 変な解説しないでちょうだいっ」

 アタシの心の声を聞いたらしいチビアディーが、ハリセンを振りかざす。

 アタシはそれを現実ではありえない反射神経で避けつつ、

「だから心の声を拾うなと」

「拾ってないわよっ。全部声に出してるじゃないのっ」

 ブンッと耳元を掠めたハリセンの風圧に、こめかみ辺りがピリリと疼く。

 うお~、何だその威力っ。当たったら確実にヤバいだろうがっ。

「け、けどさ、実際のトコロ、アタシには『契約』ってシステムがよく分かってないし」

 それでも「契約」できるのは、自動車の仕組みを知らなくても運転できるのと同じ様なもんだろう。契約書読まずに闇金の借用書にハンコ押す様な危うさが、なきにしもあらずだけれど。

「逆に訊くけどさ、アディーは『契約』の事、何か知ってるワケ?」

 アタシがそう訊ねると、チビアディーは何故か胸を張って当然とばかりに言い放った。

「知らないわ」

 ああ、そうですか。

 としか言いようがないけど、それってつまり。

「その辺の知識は、アディーリアの記憶にもないんだ?」

 重ねて訊ねると、チビアディーは片手を頬に添えて思案する。

 アディーリアの記憶を手繰り寄せているのだろう、デフォルメされた三頭身で眉間に皺を寄せる姿は、可愛らしくもあり可笑しくもあった。

 それにしても、何で三頭身なワケ?

 これで猫耳なんかついてたら、完全に萌えキャラじゃん。

 まさか、萌えキャラ目指してんのか?

 誰が?

 言っておくけどアタシじゃないよ?

 なんて全く関係のないことを考えてたら、チビアディーがビシッとハリセンを突きつけてきた。

「そこ! 余計なことは考えない!!」

 おいっ、心の声を拾うのは止めたんじゃないの?

 てか、アンタにアタシの考えが読めて、アタシはアンタの考えを読めないって、不公平じゃね??

 というツッコミは敢えてしないでおこう。

 何せ相手はアディーリアの派生物だ。舌の根の乾かぬウチに自分の都合良く意見を翻す事など、苦もなくするのに違いない。

 因みに、アタシの派生物でもある、というのはこの際無かった事にしておく。

 そんなアタシの考えを読んだらしいチビアディーが、眦をつり上げて睨み付けてくる。

 それでも文句は言わずにおくことにしたらしい。

「私が持っているのは、アディーリアの生きている時の記憶であって、死んだ後の記憶はないの。生前のアディーリアも言い伝えに望みを掛けていただけで『契約』の事は何も知らないわ。貴女も、死後のアディーリアの記憶はないでしょう?」

 チビアディーの問いかけに、アタシは黙って頷いた。

 今口を開けば余計は事を言ってしまいそうだったから。

 何だその赤ちゃん並の小さな手は、ちゃんと関節あんのか? だとか。

 その豆粒程の鼻でまともに呼吸できんのか、だとか。

 勿論、そんな事は言わぬがハナってヤツである。

 チビアディーの言う通り、確かにアタシの持ってる記憶は、主にアディーリアが二十歳を過ぎてからのものだけど、死の直前までの記憶はあっても死の瞬間から後の記憶はない。

 きっと「記憶」ってのは肉体に宿るものなんだろう。

 そりゃそうだ、脳みそなけりゃあどこに記憶を蓄積するんだって話だし。

 ソレを言うなら、チビアディーやそこで何やら萌えている若作り中年は、脳みそがない状態でどうやって思考してんだよって話にもなるんだけれど。

 やっぱりそこら辺はツッコむまい。

 ツッコんだら最後、アタシのパラダイムが崩壊してしまうに違いない。

 人よ、保身に走るアタシを笑いたくば笑え。世の中知らない方がいい事もあるのだ。

「じゃあさ、そっちの若作り中年はどうなのよ?」

 アタシはそう言って若作り中年を顎で指す。

 若作り中年は、チラチラとチビアディーに視線を投げかけながら、何やら頬を染めてモジモジしている。

 相手が誰だか知らなければ、青い春の到来だろうと生暖かい目で見てやらないこともないんだけれど。

 爛れた中年姿の記憶がある限り、それは無理ってモンである。

「どうなの、貴方」

 チビアディーが腰に手を当てて踏ん反り返りながら重ねて問うと、若作り中年はうっとりとした表情を浮かべて言った。

「余も良く知らん」

 バシィイイ――――――ン!!

 途端にハリセンが、若作り中年の後頭部に炸裂する。

「何頬染めて言ってるのよっ! 気持ち悪いっ!」

 ついさっきまでアタシの隣にいたチビアディーが、男の背後に瞬間移動したらしい。

 うおっ! マジですげぇな! チビアディー!

 アタシときたら速く走ることばかり考えて、瞬間移動なんて思いもよらなかったよっ。

 流石夢! そんな事までアリなんてっ!!

「痛いではないか、アディーリア」

 若作り中年はそう言いつつも、表情は晴れやかですらあった。

 あ。

 この表情だ。

 ふとアタシは気がついた。

 アディーリアの記憶の中で、必要以上にキラキラしてた男は、確かこんな表情を浮かべてた。

 なるほど、アレは強か殴られた後の表情だったのか…。

 その直前の記憶がないのは、アディーリアによる捏造か…。

 人間の記憶というのは、つくづくと当てにならないもんだと思う。

 そんな男の反応は見て見ぬフリをして、

「じゃあさ、それなら何時どうやって『契約』のコトを知ったワケ?」

 そう訊ねてみるも、返ってきた答えは何とも曖昧なものだった。

「どうやってと言われても、気がつけば余の頭の中にあったとしか言えん」

 なんじゃそりゃ。

 そういやあ、アディーリアは精霊のお導きがどうとかって言ってたけれど。

「何か神的なものが出てきてお告げ的なものがあったとかは一切なく?」

 あったら逆に恐いけど、取りあえずは訊いてみる。

「なかったな」

 男はアッサリとそう言った後、続けて語り始めた。

「人は死ねば、月も星もない夜の道を夜影の導きで冥府へと赴くものだと思っておった。ところが気がつけば、森にいた。梢の隙間から赤い月の光が零れておった。その時余は、己が望みとそれを叶えるために契約者を捜さなければならぬのだと悟ったのだ」

「森? 森なんかどこにあるワケ?」

 森なんか、どこにもない。

 この前、歩いて歩いて歩きまくったけど、何処まで行っても茫漠たる天地が広がってるだけで視界を遮るようなものは何一つ見当たらなかった。

 すると若作り変態中年は、神妙な顔で首を振る。

「今はない。そなたを目にした途端消え失せた。あの時、余はそれまでとは、全く別の場所に来たのだと感じた」

「別の場所?」

「この世ならざる場所だ」

 アタシとチビアディーは顔を見合わせた。

「まあ、『この世』ではないよね?」

 そもそも夢だし。

「でも『あの世』でもなくってよ?」

 ていうか夢だし。

「それは余も分かっておる」

 アタシとチビアディーと若作り中年は、互いの顔を見合わせた。

 その顔のどれもに書いてあった。

 じゃあ、ここは何処?

 けれど答えがない事を知っているアタシ達は、誰もそれを口にしなかった。

「ていうかさ、アンタの契約者が何でアタシなワケ?」

 アディーリアはこの男を愛したかもしれないけれど。

 アディーリアはそれで幸せだったかもしれないけれど。

 アディーリアの死後、リズに十分な愛情を注いだとはいえないこんな男、宇宙の塵になればいいのに、とすら思うアタシが何でコイツの望みを叶えなけりゃいけないのか?

 アタシが憤然としてそう言うと、チビアディーが諭すように言った。

「貴女にも必要だからこそ、彼は貴女の目の前に現れたんだと思うわ」

「アタシに? コイツが??」

 まさかっ。

「言ったでしょう? 私は貴女でもあるのよ?」

 つまりアタシの自覚しない何かを知っているってか??

「アタシはこんな男の魂なんか必要ないよ?」

 アタシは死にかけてないし、死にかける予定もない。

「そなたに必要なのは、余の知識ではないか? この前も、余にいろいろな事を訊いてきたではないか」

 男は憮然とした表情でそう言うけれど、

「そんなの、契約しなくてもいいじゃん。アンタが目の前にいるんならさ。てか、アンタの記憶とか、マジでいらないからっ」

 変態中年の記憶なんぞ、誰が欲しいもんかっ。

「余の知識の中には、代々のイスマイル国王しか知らぬものもあるぞ?」

 うっ。それは欲しいかも。

「けどそんなの、今のヘイカに訊けばいいじゃんっ」

 そんな事ができるかどうかは謎だけど、地下迷宮でみつけた本と地図を突きつければどうにかなるかもしれないとは思う。

 すると若作り変態中年はフッと嗤って言った。

「カウゼルには伝えておらん」

「え? なんで?」

 病で倒れてから一ヶ月くらいで死んじゃったけど、その間に伝えるチャンスは幾らでもあったはずだ。第一、九年前に立太子した時に一子相伝的な知識は伝えてあるモンじゃねえの??

「カウゼルはそんなものがあることすら知らん。余の知識は、リズナターシュに伝えるつもりであったのだ。あれが成人した暁にはと…。まさかその前に寿命がつきようとは思ってもみなかったがな」

「なんで…?」

「余の知識は、リズナターシュにこそ必要なものだからだ。………余は父として、余りにも不甲斐なかった…」

 幼さの残る顔立ちに、年相応の苦渋が浮かぶ。

 後悔したって、今更遅い。

 この男は、リズを囲い込むだけ囲い込んで、そのくせ滅多に会いに来なかった。

 それがリズを守りもしたけれど。

 リズが父親を恋しがるのは寂しいからだ。

 両親から無条件に与えられるべき愛情を、リズは知らずに大きくなった。

 アディーリアが死んだ後、それを与えられるのはこの男だけだったのに。

 そう考えると、何だかますます腹が立ってきた。

 この男の知識は確かに欲しいけれど、この男の望みを叶えるくらいなら、そんなの放棄した方がマシだ。

「ところでさぁ」

 我ながら悪意が顔に出てるだろうなと思いながら、男に言った。

「アンタの望みって何?」

 すると男は、憧憬を希有な瞳に湛えて言った。

「アディーリアに再び相見えること。そして、決して二度と離れぬよう共にあること」

「………」

 そりゃまあ、アタシにしか叶えられない願いだわな。

 アディーリアと同じ様にアタシに喰われりゃ、二度と離れることはないだろう。

 ただし「会える」かどうかは分からない。

 アタシが思案していると、チビアディーが声を掛けてきた。

「澄香」

「何?」

「記憶を受け継ぐのがイヤなら、私と同じ様な存在を作ればいいのじゃなくて?」

 それだけじゃない事なんて知ってるだろうに。

 アタシはチビアディーを軽く睨みながら問いかける。

「そこまでしてこの若作り変態中年との契約を推す理由は何?」

 チビアディーも口ではキツいことを言いながら、やっぱりこの男の事が好きなんだろうか?

 アタシの心の声を読んだチビアディーは、ゆるりと首を振って否定した。

「そうじゃないわ。この男の、というよりももう一つ魂を食べれば、『向こうの世界』とのえにしが強くなるのよ」

「ふ~ん、そしたらどうなるワケ?」

 それが一体何になるのか? ハッと嘲笑いながら訊いてみる。

 するとチビアディーは、意外な程真剣な表情を浮かべて言った。

「昼間も動けるようになるわ」

「ゲコォ」

「オゲェ」

「ケロロッ」

「キュルキュルルッ」

「………ッ」

 同意するかのようにカエルが鳴いた。




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