第六五話 カエルの子供がオタマジャクシとは限りません その3
「てことになってんだけど、一体どうなんってんの!?」
アタシは開口一番、超若作り先代国王にそう言って詰め寄った。
茫漠たる空間に、アタシの怒声は反響せずに消えていく。
「く、苦しいっ。手を離せっ。離さんかっ」
おおっと、いかん。余りの余裕のなさに、思わず襟元掴んじゃったよ、はっはっは。
アタシはリズ父の服から手を離し、宥めるためにポンポンと肩を叩いた。
「で、どういう事?」
再び問いかけるも、リズ父からの答えは芳しいものではなかった。
「知らんっ」
「なんでっ!?」
国王で聖者だったんだから、神教の裏事情にも詳しいんじゃないの!?
と思って問い質そうとするけれど、
「そもそも『てことに』の前に一言の説明もないではないかっ」
アレ? そうだったっけ?
「何となく、雰囲気で分かるじゃん」
「分かるかっ」
ちっ。面倒くさいな。
とは思ったけれど、アタシに説明してくれそうな人間は、目の前の若作りオヤジしかいない。
というか、ここにはアタシとこの男しかいないワケなんだけど。
「オゲェ」
「ケロロ、ケロッ」
「キュルルルルッ、キュルッ」
「ゲコゲコォ」
「………ッ」
あ、カエルもいたか。
けれどカエルに説明を求めるのは無理だろう。
アタシは未だに、種の壁を越えてはいないのだから。
そういやあ、アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアは、アタシの気持ち次第でカエル共の言葉が分かるみたいなことを言ってたな。
本当にそんな事ができるんだろうか?
事故の記憶を取り戻したアタシは、何かが変わった、てか何かがグレードアップしたハズだ。
ファンタジー的な展開の相場からすれば、そうなっているハズだ。
んだけれども。
アタシはジッとカエルを見た。
カエル共も、アタシをジッと見上げてくる。
五対のまん丸い目は、確かに知性があると思えるんだけど。
む~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
けれどもどんなに見つめても、カエルはカエルなワケで。
アタシは所詮人間でしかないワケで。
アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアがいれば、通訳してくれたかもしれないけれど。
彼女はもういない。
アタシとアディーリアとで作った「入れ物」としての役割は終わったのだから。
「………」
アタシは茫漠たる空を見上げた。
今も欠けない赤い満月が、ポッカリと浮かんでいる。
この男がいる限り、きっとあの月は消えないのだろう。
或いは、この月がある限りこの男は消えないのか。
チカリと瞬いて、星が一つ流れ堕ちる。
よく考えれば会話したのは、たったの一度だけだったけど。
なんだか懐かしいよ、アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリア…。
アタシの中に寂寞たる思いが湧き上がる。
それを打ち消すかのように、突如高らかな笑い声が空間を揺るがせた。
「オ~~ホッホッホッホッホ。私が懐かしいなんて! 愁傷な事ね! 澄香!!」
途端にアタシは脱力して、ガックリと肩を落とす。
「やっぱり…」
何となく、こうなる予感はあったんだよね。うん。
アタシはあの瞬間の優美な唇に浮かんだ悪辣な微笑みを思い浮かべながら、振り返る。
「!!??」
「ふふふっ。驚いているわね!? どうして消えたはずの私がいるのか? 知りたい!? 知りたいわよね! いい? よおくお聞きなさいっ!」
アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアは、長い髪を優雅に靡かせながら、相変わらずの上から目線で言い放つ。
ああ、うん、確かに驚いてるよ。
アタシはアディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアをマジマジと眺め見る。
紫色の長い髪、睫毛バッサバサのくっきり二重、少し厚めの形の良い赤い唇。
リズにそっくりな、というか瞳の色以外まんまうり二つな顔は、確かにアディーリアのものなんだけど。
肩幅よりデカい頭部、寸足らずの手足、内臓はどこやった? と問い質したくなる程に短い胴体。
「………なんで、三頭身になってんの?」
「キ―――! そこは訊かない約束でしょ!!」
「いや、そんな約束してないし」
「ま! 何て事を言うの! この子は!!」
アタシの言葉に、アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアは、ハッとなって手の甲を口元にあてると、
「貴女には、思いやりがないの!?」
「うん、ない」
アタシがキッパリとそう言うと、アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアは悔しげに地団駄を踏んだ。
といっても、宙に浮かんでいるので、地面は踏めてはいない。
じゃあ一体どこを踏んでんのかって話だけれど、そこら辺は夢の中なので不問としよう。
「変なところだけ不問にしないでよっ」
「………じゃあ何処踏んでんの?」
「私が知るわけないでしょうっ」
アディリアであってアディーリアじゃないアディーリアは、踏ん反り返って言い切った。
うん、相変わらずの女王様気質だね。
アタシは何がどうなってこうなったのか、アニメキャラの如く三頭身となって現れたアディーリアであってアディーリアじゃないアディーリア――いやもうマジで面倒くさいので、今後はアディーリアZとしよう――を、
「ちょっと! 『Z』って何よっ!? 変なあだ名付けないでちょうだい!!」
「………さっきから気になってんだけど、なんでアタシの心の声と会話してんの?」
「それは勿論、私が貴女の一部だからよ」
何ソレ! そんなの初耳だしっ!
「何そのイヤそうな顔はっ」
また心の声を拾われた?
「ていうか、アタシそんなに高飛車じゃないし」
アタシが不満たっぷりにそう言うと、アディーリアZは花が綻ぶように艶やかに笑って言った。
「あらだって、アタシはアディーリアでもあるもの」
その言葉を聞いて、更にアタシは脱力する。
つまり、アディーリアであってアディーリアじゃないアディーリアは、宮本澄香であって宮本澄香じゃない宮本澄香でもあるって事??
一体全体、何だってこんなややこしい事に…?
アタシの心の中の問いかけを聞こえていないハズもないくせに、ドキッパリと無視をしてアディーリアZは話を続けた。
「普通ならば、あの場で私は霧散することとなったでしょうね。けれども、私とてこの九年間無為に過ごしてきたわけじゃなくってよ? 第一、根性のひねた貴女と性格の歪んだアディーリアとで作ったこの私を、簡単に追い払えると思う方がどうかしてるのよっ」
なんじゃそりゃ。
まるでプログラムされた人工知能が暴走してるかのような、サイバーパンクな展開は。
「いいこと? アディーリアの記憶が欲しければ、これから先は私を通すことね!」
オ~~~ホッホッホと、勝利宣言でもしているかのように高らかに笑うアディーリアZ。
「だから、『Z』なんてつけないでちょうだい!!」
「………勝手に人の心の声を拾わなうように。じゃあ何て呼ぶの?」
「特別に『アディー』って呼ばせてあげるわ!」
三頭身アディーリアは、そう言って顎を上げてそっぽを向いてしまった。
「アディー」って、前にアタシが付けたあだ名じゃん。
う~ん、アタシとアディーリアの合作ねえ。
頭身以外はどっからどう見てもアディーリアで、アタシの部分は、殆ど無いように思えるんだけど…。
ハッ!
まさかチビ化してる部分が「アタシ」か??
明らかに八頭身どころか十頭身くらいありそうなアディーリアと、せいぜい六頭身くらいのアタシ。足して二で割ったら三に…。
「なるかっ!!」
「な、何よ急にっ」
「心の声を拾え!」
「何よそれっ。拾うなって言ったり、拾えって言ったり。何て我が儘な子なの!」
アタシはクラリと目眩を覚えた。
アディーリアに我が儘と言われる日が来るなんて…、いや、今までも結構言われてたかも。
てか、アディーリアの場合、彼女の要求をのまない=「我が儘」になるからなあ。
アタシは三頭身になったアディーリアをつくづくと眺めながら思案する。
要するに、門番みたいなもんなんだろう。
アディーリアの持つ「有害な記憶」の。
何でこうなったのかは分かんないけど、ひょっとしたらアタシがあの瞬間躊躇したためかもしれないとも思う。
結局のところ、アタシが望んだのだろう。
彼女の存在を。
なんで三頭身になってるのかは全く不明だけれど。
「ところでアディー」
「なによっ!」
普通に呼びかけただけなのに、高飛車な口調が返ってくる。
その眉の上がり方、顎の角度、見下すような視線、嫌みったらしい程に優美な弧を描く唇。
確かにアディーリアだけど、やっぱり本物のアディーリアとはどこかが違う。
いやまあ三頭身である時点で、大違いなんだけど。
そんなチビアディーの後ろを指差しながら言った。
「アンタの後ろで、変態オヤジが何か震えてるんだけど?」
その瞬間不穏な気配を感じたのか、チビアディーがハッとなって振り返る。
途端に、
「おおっ! やはり! 我が妻! アディーリア!!」
若作り中年男が、チビアディーに飛びかかる。
バシィイイイイイイン!!
派手な音と共に哀れ変態中年は、無残にも星屑となって飛び散ったのであった。
んだったらよかったのに。
残念ながら世の中そんなに上手くは事が運ばない。
いや別に消えて欲しかったワケじゃないけど。
今は訊きたいことがイロイロあるし。
けど、ぶっちゃけ言って、いずれは消えて欲しいとは思ってる。
だってさ~、何の情もない人間に夢の中に居座られるのって、相当イヤじゃね??
「な、何をするのだ!? アディーリア!!」
若作り中年変態オヤジは、まるで高下駄で足蹴にされた芸者のように、片手で体を支えつつもう片方の手を頬にあてて三頭身と化した妻であって妻ではない妻を詰った。
「余は余だぞっ! そなたの愛しい夫であろうがっ!」
なんだろう、この間抜けな台詞は。
一国の国王ともあろう者の言葉とは思えない情けなさ。
それに対するアディーの答えは、清々しいまでに容赦なかった。
「フンッ! なれなれしくしないでちょうだい! 私はアディーリアであってアディーリアではないアディーリア! 貴方を愛した記憶はあっても、貴方を愛してはいないのよっ」
高らかにそう言い切ったチビアディーの手には、何故か特大のハリセンが…。
ハリセン。
それは日本の伝統的なツッコミグッズ。
それをなぜチビアディーが?
ハッ!
アタシが混じってるってのは、こういう事か!?
てか、何でハリセン?
よりによって、何故ハリセン??
そもそもアタシ、ハリセンなんか持った事ないんですけど!?
アタシの頭の中がクエスチョンマークで一杯になっていくのを余所に、夫と妻であって妻ではない妻との言い争いは不毛と化す一方だった。
「なんとっ! 余との愛の記憶がありながら、余を愛しておらぬなどと! 余は認めん! 余は認めんぞっ!」
「ホホホホホ! 笑わせないでいただける? 貴方の許可なんか、私には必要なくってよっ!」
「ぬぐぐぐぐっ。その蔑みきった瞳! 確かに余のアディーリアであるのに!」
そういうトコロで愛する相手を認識するのってどうなのよ??
ていうか、アディーリアの記憶では、この男は薄ら寒いまでにキラキラ輝いていたのに、この男の記憶の中のアディーリアってそんななの!?
一体どこをどうすれば、そんな相手に恋愛感情が持てるのか?
やっぱり顔か? スタイルか?? 性格だったら、それこそマジで変態じゃね??
そう考えてハッとなる。
リズの父親が変態!?
そんな事はあってはならない!
リズの輝かしい人生の汚点となる。
そんな事、神が許したとしても、決してアタシが許さない!
ハリセンで強か打たれながらもどこか嬉しそうな若作り中年への殺意が芽吹く。
「澄香!」
不意に名前を呼ばれて、アタシは思わずビクリとなった。
ひょっとして、チビアディーに殺意だだ漏れ??
口ではあんな風に言っても、ツンデレ属性のアディーリアだ。流石に本体の旦那を殺されるのには抵抗があるのに違いない。
アタシが叱責を覚悟してアタフタとしていると、チビアディーは焦れたように言った。
「澄香! さっさとこの男と契約しなさい!」
はぃいいい??