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第六四話 カエルの子供がオタマジャクシとは限りません その2

更新が遅れてしまった事をお詫び申し上げます。

申し訳ありませんでしたm(_ _)m。

 ヴィセリウス大神官が死んだらしい。

 「地神の寝返り」に備えて皆が避難する中、英霊への祈祷を捧げると言い、一人大神殿に残ったんだとか。

「猊下のご祈祷により大神殿は大きな災禍を免れましたが、そのために我々は余りにも大きな代償を払わねばなりませんでした。大神官は神教の柱。猊下にはまだまだなしていただきたいことがありましたものを、我らが至らぬばかりに…」

 一体誰が知らせたのか、まあ訊くまでもないんだけれど、夜中にも関わらずメリグリニーアさんが駆けつけてきて、そう説明してくれた。

 メリグリニーアさんは、例のどうなってんだか分からない複雑な髪型をした神聖騎士を二人お供として連れてきたけど、彼らは扉の向こうで待機している。

 この待ち構えていたかのような素早さから言って、多分メリグリニーアさんは離宮近くに滞在しているんだろう。

 そうだとすれば、ヴィセリウス大神官が不在の今、誰が大神殿を取り仕切ってんだろう?

 大神官の後継者だとかっていうナントカって神官長だろうか? 若しくはカントカって神官長。相変わらず二人の名前は一文字も思い出せない。

 てことは、メリグリニーアさんは、大神官の地位には興味ないって事だろうか?

 てか、大神官ってどうやってなるんだったっけ?

 確か審査とか投票とかがあったような気がするんだけど…。

 アタシの様々な疑問は、メリグリニーアさんの死者を悼む言葉に霧散する。

「猊下程ご立派なお志をお持ちの方は二人といらっしゃいませんでしたのに。猊下の気高いお志故の死は、崇高ですが残された我らには悲しみばかりが募ります」

 本当に心の底からそう言っているように聞こえる事が、何故か逆に空々しかった。

 空々しすぎて、ケロタンに毛穴があったら縮んでいたに違いない。

「英霊に何事かを願うという事は、ただ人にはそれ程までに過ぎた事なのでしょう」

「神官長、そうお心をお落とされませんよう。猊下も、お覚悟の上の事に違いありません」

 神妙な面持ちでそう語る侍従武官改め神殿騎士も、本心から言ってるようしか見えないトコが、こりゃまたマジで嘘くさい。

 あんたさ~、さっき、どうってことないって感じで言ったよね~、大神官が死んだってさ~~~~~っ!

 と、ビシッと指差して指摘したいけど、そうするワケにもいかない。

 あ~もうっ、一体何がどうなってんの?

 メリグリニーアさんは、ヴィセリウス大神官の懐刀じゃなかったワケ??

 それとも別に黒幕がいるってか??

 てかさっ。

 ぶっちゃけ言って殺した!?

 ねえ、殺したの!?

 とは、勿論聞けない。

 いくらアタシが布製カエルでもさ。

 悲しいかな、布製品にも限界はあるのだ。

 でも何にも言わないのもなあああああああああっ。

 アディーリアやリズの事を思えば、大神官に思うところがないわけじゃないんだけれどもさ。

 同時に、大神官という盾があったからこそ、イロイロと避けてこれられたアレやコレやがあるワケで。

 大神官は、そりゃ確かに、アディーリアもリズも利用する気満々だったみたいだけれど、二人を大切にしていたのも事実なんだよね。それが手駒としてなのか、彼なりに愛情があったのかは、直接会ったことのないアタシにはちょっとよく分かんないんだけど。

 アタシはリズの様子を窺い見る。

 アディーリアと違って、リズは大神官の元で育てられたワケじゃない。

 季節の挨拶や、手紙や贈り物のやりとりはあったけど、後宮から出られないリズと、大神殿から滅多なことじゃあ出られない大神官とじゃあ、顔を合わせる機会は殆どない。

 だからリズへの影響は、殆どないハズなんだけど。

 リズは眉を顰めて何事かを考えているらしい。

「リズ?」

 声を掛けてみると、リズは難しそうな顔で訊いてきた。

「ねえ、ディー?」

「なあに?」

 アタシは平静を装いつつ、極力暢気な声で返事する。

「クリスは英霊様に会いに行ってるのよね?」

 え? 何の事??

 って一瞬思ったけど、そうだった。

 リズにはクリスが地下迷宮に行く理由を、そう言ってたんだった。

 あの時何か考えがあってクリスの行動を「地神の寝返り」と結びつけたワケじゃないんだけれど。

 ただ単に、地震について説明するとっかかりとして英霊云々を言っただけみたいなもんだったし。

 けれど。

 何だろう。

 視界の端に映るメリグリニーアさんやセルリアンナさん達の纏う空気が僅かに緊張感を帯びた事に、一つの予感を覚える。

 アタシの答え如何で、流れが変わる様な気がする。

 何の流れか良く分かんないけど。

 時流っていうか趨勢っていうか運気っていうか、風水っていうか。最後のは違うか?

「………そうよ」

 アタシは話の流れが何処に向かうのか分からないまま、ゆっくりとそう言った。

「じゃあ、師父様のお祈りは、クリスにも聞こえたかしら?」

 リズの紫の瞳が、アタシを真っ直ぐにみつめてくる。

 アタシは、リズの瞳だけを、希有なその瞳だけを見つめて答える。

「勿論、届いているわよう」

 誰かが耳元で、そう言うべきだと囁いているような気がした。

 それが、アタシの中に溶け込んだアディーリアなのか、或いは別の何かなのか、それとも単なる勘なのか、アタシにはサッパリだったけど。

「本当に祈っているのならねン。人の祈りは、何時でも届いているのよう。ただ精霊達は何時も無視しているだけの話だから」

 三号独特の甘ったるい言葉遣いの中に、嘲りと悦楽を滲ませる。

 三号は、人間が好きだ。

 但し、嗜好品のように。

 リズが安堵の表情を浮かべるのとは対照的に、セルリアンナさん達の表情が凍る。

 今まで、全く本心を読ませなかったメリグリニーアさんまでもが、一瞬だけだけど表情を硬くした。

 ほんの僅かな変化だけど、全方向視界のケロタンの目は確実にそれを捉える。

 本当に祈っていれば。

 アタシには、先ずそれが疑問だった。

 勿論人々は神サマや精霊に祈る。大神官だって祈る。

 でも祈ったから死ぬなんてのは、アタシには到底納得いかない。

 突然死んだと聞かされて思い浮かぶのは、心臓麻痺や脳卒中だ。

 それならそれで、大神官の年齢からすれば不思議な事じゃない。

 けれどもし。

 祈りのために残ったなんて話が嘘で、どさくさに紛れて殺されたんだとしたら?

 一体誰が、何のために?

 その答え如何によっては、リズを神教と引き離す必要がある。

 その時リズと神教の間に立つのは、イスマイルだ。

 イスマイルの盾に神教を、神教の盾にイスマイルを。

 そんな事が、タダの小娘でしかないアタシなんかに可能だろうか?

 次から次へと湧いてくる難題を、今は考えないようにして、

「クリスが帰ってきたら、どうだったか聞いてみればいいわ」

 アタシはただリズだけを見つめて言った。

「英霊様の話も聞けるかな」

「聞けるわよ。今回、英霊が守護しているにも関わらず『地神の寝返り』がおきちゃったワケもね」

 まるでちょっとした悪戯でも打ち明けるかのように、楽しげに言う。

「ミリーは、英霊様の力が弱ってるからって言ってたわ」

「そうよ。でなけりゃ地神は寝返りを打ったりはしないわよう。問題はねえ、ここの所急速に弱っちゃった原因なのよぅ」

「………どうして、英霊様は疲れちゃったのかな?」

「うふふ。クリスはそれを訊きに行ったんじゃなくって?」

「あ、そうだったわ」

「でもまあ、英霊は疲れるためにいるようなモンだけれどね」

「そうなの?」

「だって、考えてみなさいよぅ。人間って生き物はね、生きてるだけで世界を汚染していく生き物なのね。その人間が、ここには山の様に集まってくるじゃない? それをイチイチ浄化してたら、どんな精霊だって疲れるってものよ」

 毎年大きな神社やお寺での初詣の映像をテレビで見る度に、アレだけ人が集まってきたら神サマだって仏サマだってウンザリするだろうな、なんて事を考えた事がある。

 英霊は願いを叶えるモノじゃないけど、それでも人々は英霊に祈る。

 何を祈るのかって言ったら、そりゃ健康だとかお金だとか成功だとか良縁だとか。アタシ達が初詣で願う事と変わりない。神社仏閣は三が日がピークだけれど、聖地のそれは一年中だ。流石にご立派な英霊だってノイローゼになるのに違いない。ま、英霊がいたらの話だけれどもさ。

「ここの英霊もそろそろ限界かもねン。どんなに英霊が浄化してもぉ、人間が来る限り汚染は止まらない。汚染された場所を地神がむずがって寝返りを打っちゃうのよ」

「じゃあ、一昨日の『地神の寝返り』は人間のせいなの?」

「そうとも言えるわね~。でもリズのお陰で、被害は最小限に抑えられたでしょう?」

「私?」

「そっ。リズがいたから我が主が動いた。アタシ達も動いた。リズがいなかったらこの辺一帯、多分ゲシュマイル高地そのものが消失していたでしょうねン」

 さっきのお返しってワケじゃないけど、とんでもない事を何でもない事のように言う。

 アタシの言葉にリズが目を見開く。

 セルリアンナさん達だけじゃなく、メリグリニーアさんさえも驚きを露わにする。

 勿論嘘八百どころか、八那由他な言いぐさだけど、真実は誰にも分かんないから無問題!

 重要なのは、ヴィセリウス大神官が死んじゃった今、それに代わる「盾」が早急に必要だって事だ。

 彼らがリズを粗末に扱うなんてことはないだろうけど。

 リズを安易に利用しようなんて考えを持たせない様に。

 リズを得る事は、諸刃の剣を得る事だと、思い込む様に。

「リズ。アナタのためなら、アタシ達の主は創世神をも叩き起こすわよぅ。なんたってあの方はねえ…」

 そこで言葉を切って、アタシはチラリと横目でメリグリニーアさん達の様子を伺った。

 取り繕う余裕もなく、アタシとリズの話に聞き入っている。

 そういう姿を見ていると、この人達は本当に神サマだとか精霊だとかの存在を信じているんだなって思う。腹の中でどんなに真っ黒な事考えていようと。

 アタシにはそれが不思議だ。

 ちゃんと神サマ信じてる人って、神サマに知られて困らない様な生き方をするもんだとばかり思ってたけど。

 でもまあ現実世界でも、宗教と陰謀は仲良しだし。

 ましてやこっちの神サマは、人間を救いもしなければ罰しもしない。

 人間に興味がないから。

 だから人は神サマに何も期待できない。

 ある意味、現実世界のどんな宗教よりも過酷だ。

 そんな神サマを信仰するって、どんだけマゾだよって話だよ。

 アタシには一生理解できそうにないし、理解したいとも思わない。

 そして当然、彼らの心情も思惑も、顧みるつもりは一欠片もない。

 アタシは不意にリズから視線を外し、う~んと背伸びして言い放った。

「ああ、クリスが帰ってくるのが楽しみねえ。あの子ったら、英霊のトコに入り浸って、主様のトコにも帰ってきてないのよぅ。一体大神官は、英霊に何を祈ったのかしらね~」

 わざとらしいくらいに話を逸らしたのは、単にアタシも「主」とやらについて全然全く知らないから、というのは勿論秘密だ。


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