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第六三話 カエルの子供がオタマジャクシとは限りません

 もっと劇的なモンだと思ってた。

 例えば、カエルがカエルのままで生まれてくるような。

 オタマジャクシは!? と思わず詰め寄りたくなる様な、そんな状況。

 いやまあ、実際卵からカエルのまま生まれてくるカエルもいるけどさ。

 そういう卵からカエル的な、じゃなくて目から鱗的な、新たなパラダイムを獲得してパーッと視野が広がる、とかさ?

 でなけりゃあ、荒れ狂う記憶の嵐に翻弄される、とかさ?

 そりゃまあ確かに、以前、そう、初めてアディーリアの記憶を受け継いだ時だって、劇的なことは何もなかった。

 受け継いだ記憶を時々フラッシュバックみたいに「思い出す」んけど、それは「ああ、こんな映画を見たよね」て感じの思い出し方だった。それが徐々にアタシの中に馴染んでいって、言葉や文字や常識――但しアディーリアにとっての「常識」なので世間ではイマイチ「非常識」――が身についてくる。

 それは映画や小説が、人生観に影響を与えるのに似ている。

 けれど今回は、言ってみりゃあ「出産」なワケだから、流石にドエラい事態が待ってんじゃないかと思ってたんだよね。

 ところがフタを開けてみれば、ただ単に記憶をしまってある引き出しがどこの部屋にあるのか分かっただけ、みたいな感じで思った以上にあっけない。

 しかも何だろう、気のせいかも知れないけれど、その部屋の扉にはバイオハザードのマーク的な注意書きが張ってあるようなないような…。

 何でそんな気になるのかは、やっぱりアレだろう。

 アディーリアであってアディーリアではないアディーリアの、あの微笑み。

 ニマリ。

 って!

 何だその、明らかに悪巧みしてます的な嗤い方は!

 問い質したいけど、問い質すべき相手は、もういない。

 多分。

 きっと。

 願わくば。











「状況を説明してちょうだい」

 アタシはリズの隣に踏ん反り返って、セルリアンナさん達にそう問いかけた。

 冷ややかに、かつ徒っぽく。

 それが出来てるかどうかは不明だけれど、髪もないのになんでくっつけてんだってツッコミしたくなる程にデカいリボンの端を弄びながら、頭は左斜め四五度ややうつむき加減で上目遣い、それでアタシとしてはコケティッシュさを懸命に醸し出そうとしているワケだ。

 そんなアタシの前には、前列にセルリアンナさんとハーネルマイアーさん、後列にグィネヴィアさんとエセルヴィーナさんが礼儀正しく跪いている。

 片膝を付き、左手を右胸にあて、右手は立てた膝の上。

 本来の侍従武官の礼とは、左右が逆だ。

 それは寧ろ神官とか神殿騎士とかの作法、のハズなんだけど。

 よく見ると、てかよく見なくても、彼女達は侍従武官の制服を着ていない。

 着ているのは、神殿騎士団の制服だ。

 アヌハーン神教では、神官や神殿騎士になるのに男女の別はない。寧ろ巫女さんやら娘子軍やら、女性にしかなれない職はあるけど、男にしかなれない職はない。

 つまり。

 なるほど、そいういうワケか。

 彼女達が侍従武官の制服じゃなく、神殿騎士団の制服を着ているって事は。

 この見慣れない、ちょっと疑わしい趣味のインテリアは、神殿管轄の屋敷って事なんだろう。

「地震のあった夜から、今夜で二晩目でございます」

 そう話し始めたのはハーネルマイアーさんだった。

 てことは、地震が起きたのは一昨日の夜って事になる。

 現実世界じゃあ一週間が過ぎてるけど、こちらではまだたったの二日か。

 タイムラグが逆方向に働いてる事に、内心で安堵する。

 それだけ、リズを不安がらせる時間が短くて済んだって事だから。

「ここは何処?」

「王都の南、カディナ離宮です」

 確かカディナ離宮ってのは、神教が結婚祝いとして「彩の聖者」アディーリアのために作った宮殿だ。

 アディーリアが亡くなった今は大神殿が管理していて、リズが成人した暁にはリズに贈られることになっている。

「リズ、離宮の居心地はどう?」

 アタシの問いに、リズはニッコリと笑顔を綻ばせながら言った。

「変なものが沢山あって楽しいわ」

 そりゃ良かった。

 壁中を所狭しと飾る、巨大なお面だとか謎の木像だとか――ものすご~~くよく言えばフォークロア、ぶっちゃけ言えば胡散臭い土産物屋で買い集めたエセ民芸品――を眺めて思う。

 このインテリアがアディーリアの趣味なのか、養父であるヴィセリウス大神官の趣味なのかは定かじゃないけど。どっちにしろ小学生の芋版並の紋章を後生大事に掲げている宗教の大幹部とその象徴だ。どちらもアリな気がする。

 アタシはリズが思いの外元気そうでホッとしつつ、その艶やかな髪を撫でる。

 ああ、癒されるっ。

「離宮に移動したと言うことは、レゼル宮の被害は酷いの?」

「いえ、ガラスが数枚割れた程度で宮殿自体の損害はさほどではないのですが、調度類などが倒れ散乱しており、リズナターシュ聖下がお過ごしになられる場ではございません。従いまして急遽こちらの離宮を整えましてございます」

 へ~、意外と頑丈だったんだな、レゼル宮。

 それとも、思ったほど揺れなかったとか??

 てかさ~。

 「急遽」って言うには、整えられすぎじゃね? この離宮。

 九年間使ってなかったとは思えないくらいピッカピカじゃん。

 なんちゃってフォークロアには似合わないゴージャスなシャンデリアを視界の端に納めながら、記憶を手繰る。

 そういやあ、前にリズが言ってたな。

 父親の喪が明けたら、神殿に来ないかって誘われたって。

 その時から、或いはその前から、神殿はこの離宮を準備してたんだな。

 それってさ、「誘い」と言っときながら殆ど決定事項になってんじゃんっ。

 何か、ムカつくわ~。

 アタシは湧き上がる苛立ちを押さえながら、その他の被害状況を訊いてみる。

「『地神の寝返り』の影響は、どれほどだった?」

 その質問に答えてくれたのはセルリアンナさんだった。

「正確な被害状況の把握には未だ至っていませんが、王都では家屋の倒壊が著しく負傷者も続出した模様です。しかし幸いながら死者は出なかったと聞き及んでおります」

「あら、家が壊れたのに、死人はでなかったの? ホントに随分と幸運なことねえ」

 ムダメン共が何か対策を講じたって事なんだろうか?

 けれど続くセルリアンナさんの言葉の中にに、ムダメン共の名前は出てこなかった。

「はい。白のケロタウロス様はご存じでしょうが、イスマイルでは民家は殆どが木造です。木造建築の密集地で恐ろしいのは、火災です。特に人口の多い王都では毎年火災による死者が出ています。そのためイスマイルでは、延焼によって大火災となるのを防ぐため、木造建築には倒壊できるような仕掛を作るようにと法律で定められております」

 へ~、そうなんだ。そりゃ知らなかった。

 それってさ、江戸時代に火消しが延焼を防ぐために家を倒してたみたいな「破壊消防」ってヤツだよね。なんでも当時の長屋なんかは、最初から燃えることを想定してほっそい柱の安普請だったって話だ。仕掛けってのも、それと同じ様なモンだろうか?

 でもそうしたらさ、

「火事でもないのに勝手に誰かに壊されちゃったりしないの?」

 だってさ~、壊せるって分かってるものが目の前に建ってるんだよ?

 誰だってチラッと「壊したらどうなるんだろ?」みたいな考えが過ぎるはず。

 んで、何千人かに一人くらいは、実際にやってみたりなんかすると思うんだよね。

「人為的な倒壊は王都騎兵隊だけができると定められておりますが…」

 ハーネルマイアーさんはそう言って言葉を濁すけど、それって肯定してるのも同じじゃね? そう思って視線を送ると、セルリアンナさんが至極真面目な顔で補足した。

「そのような場合にそなえて、倒壊に巻き込まれない箇所を作っておくものなんです。大抵は寝室などがその様な場所になっております」

 結局のところ倒されるのが前提なのか…。

 何だか微妙だな~と考えて、同時に気づく。

「それってつまり、地震で簡単に家は壊れたけど、その仕掛けのお陰で倒壊には巻き込まれなかったって事?」

「はい。こう申し上げるのも何ですが、幸い大抵の住民は就寝中でしたので」

 そりゃまあ深夜だから、大抵は寝てるよね。

 木造だから心配したけど、この場合木造だったことがラッキーな方に働いたのか。

 てことはつまり、大多数のイスマイル国民に関しては心配する必要がなかったって事になる。

 イロイロ苦悩した分、何かちょっと損した気分だ。

 あんのクソオヤジ、何でその事言わなかったんだ??

 まさか、知らなかったとか?

 いやいやいやいや、幾ら何でも国王としてそりゃナイだろう。

 くっそ~。今度会ったら、絶対シメてやる。

 そこでアタシは、更にイヤ~なことに気がついた。

 てことは、結局あのムダメンどもに与えた預言も、大した意味はなかったって事になるんじゃね。

 ただ単に、ヤツらの魂が肉体に戻るのを促した程度か。

 む~ん。それって何か、納得がいかない。

 一方的にアタシがヤツらの役に立ったみたいで、腹が立つ。

 今のところ、何か地震対策したって話も聞かないし。

 ひょっとして、預言の事、覚えてない??

 あ~、マジ使えねえ連中だなっ。

 この国の男共はよっ。

 アタシは苛立つ気持ちを拳に込めて、隣の一号の腹にぶち込んだ。

 ゴメンよ、一号。アンタで連中に会った時は、思う存分報復するからっ。

「ディー?」

 アタシの思いがけない行動に、リズがおっかなビックリ訊いてくる。

 そんなリズに、アタシはニッコリ笑って見せて、

「あら、ビックリさせちゃった? でもリズは何にも悪くないから、気にしなくて良いのよ。ただイロイロと大人の事情ってのがあってね」

「そうなの?」

「そうよ。でも、そうねぇ。終わりよければ全てよしって言うし。死人がでなかったのだから、一先ず良しとしましょう」

 三号は四号と違って、人間に好意的だ。

 だから人が死んでいないことも、素直に喜べる。

 但し好意的だからといって、友好的とは限らないってのがミソである。

 ほんっと、ロクなキャラがいねえな、ケロタンズはよっ。

 アタシはケロタン達の生みの親であるアディーリアに、心の中で悪態をつく。

 こんなことだったらさ~。

 あんなムダメン連中、放っておくんだったとか。

 もっと蹴倒しときゃよかったとか。

 もっと脅しときゃよかったとか。

 イロイロ思うところはあるけれど、どうにか頭を切り換える。

「そうそう。大神殿はどうなったの?」

「それは勿論皆無事でございます。黒のケロタウロス様のご尽力により、負傷者こそ出ましたが、『地神の寝返り』による死者はおりません」

 アタシは地震が起きた直後に三重になった視界の中に見えた、逃げ惑う巡礼者達の姿を思い出す。

 まあ相当な揺れだったから、パニックを起こすのも無理はないけど。

 あれじゃあ確かに無傷ってワケにはいかないよね。

 あ、ひょっとして、例の仕掛けがあるんなら、寝てた方が逆にケガしなくって済んだかも。

 そう思いついて、そのまんま口にする。

 するとグィネヴィアさんがゆるゆると首を振って否定した。

「宿屋は火災対策のために、一部或いは全てに石材を使うことが義務づけられているので、逆にそのような仕掛けはないんです。高級宿屋ともなれば、当然総石造りですし」

 え~、何ソレ。国民より外国人に対しての方が火災対策が厚いって、どういう事?

 多分、イスマイルの財源が観光だからだろうけどさ~。そりゃ外貨欲しいだろうけどさ~。

「で、その石造りの宿屋はどうなったの?」

 イスマイルの国策に不満を感じつつ訊ねると、

「半壊、もしくは全壊だそうです。黒のケロタウロス殿のご指示がなければ、重い石材に押しつぶされ、多くの巡礼者達の命が失われた事でしょう」

 グィネヴィアさんは神妙な顔でそう言った。

 ありゃりゃ。

 こっち火災対策が仇になったってワケか。

 でもまあ、五号が出向いた甲斐はあったってワケだ。

 って、そういやあ五号の姿が見えないんだけど。

 アタシの隣には一号、リズの逆隣には四号がいる。二号はレゼル宮の靴部屋にいるとして、肝心の五号はどした?

 アタシがその事について訊ねると、

「黒のケロタウロス様は地震の直ぐ後にご帰還されたご様子で、お体の方はメリグリニーア神官長が大切にお預かりさせていただくとの事です」

 まるで当たり前のことの様にそう言うセルリアンナさんに、思わずツッコミそうになあった。

 いや、リズのところに返しなよ。今すぐにでもっ。

 けれど、ふと気がついて思い止まる。

 なんでメリグリニーアさんが預かってんの?

 そりゃ、五号が会いに行ったのはメリグリニーアさんだけどさ。

 リズのものなら、ヴィセリウス大神官が預かるべきじゃねえの?

 後見人なんだからさ。

 アタシは物凄くイヤ~な予感に背中が震える様な気がした。

 避難の最中はアタシも夢中だったし、イロイロと慌ただしかった。

 だからヴィセリウス大神官と顔を合わさない事を不思議に思わなかったけど。

 よくよく考えたら、「奇跡」認定の儀式って大神官しかできないワケだから、どさくさ紛れてでも何らかの接触があってもよかったハズだ。

 てかむしろ、するべきじゃね?

 病気ってのならともかく、そんな話は聞いていない。

「……………」

 そういやあさあ。

 さっき、この人達、何て言った?

 確か、地神の寝返りよる死者はいなかったって言ったよね?

 「地神の寝返りによる死者」だなんて、わざわざ言う? この状況で。

「ヴィセリウス大神官は、どうしたの?」

 アタシは恐る恐る、とは聞こえないよう、できるだけ何でもないことのように訊いてみた。するとセルリアンナさんもまた、どうってことないって感じの口調で言った。

「猊下は、ご祈祷の最中、夜の双性神の元へと召されました」


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