第五五話 カエルの世界は四原色です
PC無事復旧できました。
ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。
今後同様のトラブルに対処するため、ドキュメントをブートディスクと別のHDDに移しました。これで速やかにセカンドPCからアクセスできます。んで、バックアップを自動時限式(爆発はしません)にしました。
これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m。
なお今回は、地震の描写があります。
できるだけ少なくてすむように、構成を考えました。
あと、直接的な被害を書かなくて済むように、「公園」に移動しましたが、
それでもやはりお辛く感じられる方もおいでになるのではないかと思います。
その部分だけ背景と同じ色とかにできればいいのですが、「なろう」ではそういうのが出来ないので…。
傷つけるつもりはなかった、という言い訳は、当然言い訳でしかありません。
もしあなた様につらい思いをさせてしまったのなら、申し訳ありませんとしか言い様がなく…。
ただ、ワタシに何かをおっしゃる事で気が晴れるなら、甘んじてお受けしますので。
それでは、長々と前置きをしてしまいましたが、本文へどうぞ。
満月よりほんの少しだけ欠けた月が、夜空にぽっかりと浮かんでいる。
月明かりに浮かび上がる庭園は、何時もより影が濃く、闇が深い。
それを畏れるかのように、人々は地面にしゃがみ込み、息を潜め、ひっそりとその時を待っている。
何時もなら聞こえる虫の音もカエルの声も、まるっきり聞こえない。
木々さえも、風に応えるのを止めたかのように静まりかえっている。
吐息が、衣擦れの音が、やけに響く夜だった。
夜も更けているせいか、中にはうつらうつらしてる人もいる。
まあ一部の人達、というかこの場にいる半数以上の人達は、強制的に爆睡中だけど。
――どうぞ~。心を鎮める薬草入りのお菓子で~す。ちょっと眠たくなりますが~、害はありませ~んからね~。
と、にこやかな笑顔を浮かべている娘子軍の皆さんに、焼き菓子を渡された侍女さん達が、次々と気絶したみたいに眠っていく様は、色んな意味で微妙だった。
隣の女の子が食べて一分としないうちに気絶するように眠っていくのを目の当たりにしながら、それでも彼女達は食べた。
そういう躾でもされてるんだろうか?
出されたモノは残しちゃいけません的な。
いやまあ、そういう躾はされていても、理由はそうじゃないんだろう。
あくまでも憶測なんだけど、娘子軍が何か言ったんじゃないかと思うんだよね。
そもそもさ、レゼル宮の人間ならいざしらず、他の宮殿の人達が夜中に叩き起こされて文句も言わずに「公園」に集合なんてありえない。
なのに、三人の正妃を初め、全員「公園」に来た。
しかも王族達まで、文句を言わずに菓子を食べた。
邪推したくなるってもんじゃね?
尤も、三人の正妃は食べてはいない。
といっても、第二正妃と第三正妃は、お菓子を食べる必要が無いほどに、深い眠りの中にいたからなんだけどね。
何故なら二人は、慢性的な不眠症のため毎晩「よく眠れるハーブティー」を飲んでいるからだ。そのため、ちょっとやそっとじゃ起きないらしい。
実際二人は、娘子軍に担架で運ばれてきてた。
それって明らかに…。
とまあ、そこら辺は皆まで言うまい。
二人が不眠症に陥ったのは、ケロタンによる「報復」がきっかけであることを考えれば、少しは心が痛む、ワケもないんだけれど。
けっ。不眠症にでもなんでもなりやがれっ。リズを泣かせた報いは、何時までも終わらんのだよっ。
ふはははははは。
いや、ワタシ、悪役じゃないッスよ? 正義の味方ッスよ??
正義なんてものは、人によって違うってだけの話ッスよ?
ところでさ、レゼル宮の人達は誰も娘子軍御用達即効性睡眠薬入り菓子を食べてないんだよね。
単純に疑問に思って訊いてみた。
「貴女たちは食べなくてもいいの?」
すると童顔――日本人的には年相応――にナイスバディなエリーザが、ニッコリと笑いながら答えてくれた。
「中には習慣性のあるものもありますから~」
ええ? それって、中毒ってことじゃねえの!?
害ありまくりじゃん!!
とは言わなかったさ、アタシはね。
だって何だか怖かったんだもん!
「そう、それは懸命ね」
とりあえずアタシは、それだけを言った。
マニア垂涎(?)のカワイ子ちゃんであろうとも、やはりレゼル宮の侍女さんだ。
きっちり神殿から教育を受けているのに違いない。
そういやあエリーザも、分厚い板を真っ二つに割ってたな…。
このプリンプリンのボディの何処に、そんな力があるんだろう?
因みに娘子軍の人達が、自ら配っている焼き菓子を食べたかどうかなんてのは言わずもがなだ。
神がバックについてる人は、色んな意味でやることに躊躇がないなぁ。
アタシはちょっとヤサグレた気分になって、月を見上げた。
こちらの月は、現実の月と変わらない。
複数あるワケでもないし、奇抜な色をしているワケでもない。
敢えて違いを言えば、こちらの月の方が大きく見える事くらいだろうか。
とりあえず「見える」ってだけで、実際どうなのかは分からない。
よく三原色と言うけれど、それは人の目が三色しか見えないだけで、カエルの目には、赤、青、緑に加えて紫の四つの色見えるらしい。
人類が両生類と袂を分かって約三億六千万年。その間に人間は色んなモノを失ってきたのに違いない。なんちゃって。
ま、そもそもケロタンは網膜では見てないんだけれどさ。
「クリスは」
不意に、隣で月を見ていたリズがポツリ言った。
「ん? クリスがどうかした?」
膝を抱えこんでる腕に、そっと触れながら問いかけた。
「えっと、英霊様に会えたかなって」
ふっと視線を地上に落として心配そうに言うリズに、アタシは言った。
「女性さえ絡まなければ、アレで出来る子だから」
リズはひょっとしたら、英霊がどうにかして地震を止めてくれると思っているのかもしれない。
けれど、どんなに願っても、地震は起こる。
だからアタシは、期待を持たせるような事は言わない。
「英霊様が、女の人だったら、どうなるの」
「とりあえず、口説くのじゃないかしら」
「でも、英霊様は力が弱っているのよね? 病気とかだったら…」
「そうねえ。でもクリスは、女性を口説くのに時も場所も相手の都合も考えないから」
それって最低じゃんっ。
と思いつつ、けれどそれが二号のキャラなのだから仕方がない。
表情を曇らせるリズに、アタシは一応フォローを入れてみる。
「大丈夫よ。無理強いはしないから」
その前に、ところ構わず口説くのヤメロって話なんだけどさ。
「きっとクリスならこう言うでしょう。『僕が女性を口説かないなんて、世界が終わってもあり得ないよ』ってね」
アタシが二号の口マネ――てかアタシ自身の口マネになるのか。それって口マネか?――でそう言うと、リズは二号の姿を思い浮かべたのかクスリと笑った。
「うん。クリスなら、きっとそう言うね」
そう言って、再びリズは月を見上げた。
「月が、綺麗ね」
リズの呟く声に、けれどアタシは月を見上げなかった。
月明かりだけしかなくても、ケロタンの目には色鮮やかにリズの姿が映し出される。
まだ幼さの残るまろい頬に、青い影を落とす長い睫毛。
この世界で最も神聖な紫の瞳に、少し欠けた月が映り込む。
ああ、綺麗だな。
心の底からそう思った。
ただ単純にそう思った。
十二でこれだけ完成されてんだもん。大人になったら、どれだけ綺麗になってることだろう。
けれどアタシが、その姿を見ることはない。
リズが十六歳になるまで。
あと四年。
たったの四年。
リズにその事は言っていない。
最初は、まだまだ時間があると思って、その内話すきっかけが掴めなくて。
ずっと一緒だと。
ケロタンは死なないから、置いていったりはしないのだと。
そう嬉しそうに語るリズに、アタシはそうだとしか言えずに過ごしてきた。
期間限定の愛情と知らせたところで、リズを傷つけるだけだと。
自分に言い訳して。
本当は、怖かった。
ただ怖かった。
リズに嫌われるとか、リズに拒否されるとか。
或いは、エゴの塊だと知られることだとか。
言い訳なら沢山出てくるけれど、そのどれもであり、どれでもない様な気もする。
ただ、言おうとする度に、足下から崩れそうになる喪失感に怖じ気づいてただけかもしれない。
その曖昧さを曖昧なままにしてきたのは、アタシだ。
だけどアタシは決心した。
だから。
言おう。
「ねえ、リズ」
「なあに?」
首を傾げた拍子に零れた髪が、ふわりと靡く。
「地神の寝返りを乗り越えたら…」
話したいことがある。
そう言いかけた時。
グラリと揺れる視界に、咄嗟にリズを抱きしめる。
「ミリー!?」
リズが四号の名前を呼ぶのと殆ど同時だった。
ドンッ!
下から突き上げる様な衝撃に、リズを離すまいと抱きしめる腕に力を込める。
あちらこちらで悲鳴が上がる。
地面がうねり、次々と衝撃が襲いかかる。
ミシミシと木々が軋み、梢がざわめき、遠くで鳥たちが一斉に羽ばたく音がした。
地震大国日本に生まれたけれど、流石にこれほどの揺れを感じたことはなかった。
震度三や四じゃない。
それぐらいなら、経験したことがあるっ。
「くっ」
ケロタンの体は小さくて、必死に抱きしめてもリズの体を庇いきれない。
それでもアタシはリズを抱きしめる。
グラグラと揺れる地面に、リズから離されまいと力を込める。
「大丈夫よ! 大丈夫! 大丈夫だから!」
腕の中のリズを少しでも安心させたくて、叫び続ける。
不意に、背後で温もりを感じた。
ピタリと重なるそれは、どうやらアタシごとリズを抱きしめたらしい。
ギュウギュウと抱きしめてくる腕は力強く、頼もしかった。
なのに。
アタシは何故だか混乱した。
それを鎮めようと、懸命に同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫、大丈夫よ」
自分の声に、誰かの声が重なった。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何時だったか、誰かが言った。
大丈夫。
その言葉が誰に対してなのか何に対してなのか、記憶にない。
大丈夫。
自分でそう言葉にする度に、誰かも同じ言葉を言った。
そして同じ分だけ、胸をかきむしるような不安が募る。
どうしようもない程の喪失感が、全ての感情を塗りつぶしていく。
そんなはずもないのに、背中に覆い被さる体温が、ゾッとするほど冷たく感じた。
――誰か! を助けて!
殆ど衝動としか言い様のない拒絶が、全身を駆け巡る。
見たくない!
見てはいけない!
逃げなければ!
何処へ?
何処でも良い。
「ここ」じゃなければ!
そう念じた瞬間、突然視界に別の光景が重なった。
パニックを起こした人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
落ち着け! という怒声と、祈りの声が入り交じる中。
靴、靴、靴。
色とりどりの小さな靴が降り注ぐ。
空には月。
壮麗な白い神殿。
それを隠す様に、小さな靴が落ちてくる。
リズの震える睫毛。
固く閉じられた瞳。
月影に浮かぶ金と薄紫のアラベスク。
リズの紫色の髪が、神殿のアラベスクに絡みつく。
三重の光景がアタシの「今」と「ここ」を見失わせる。
「よ~し。じゃあ次は、落語といくか~。澄香は『寿限無寿限無』、覚えてるか~」
「ここ」じゃない。
「ここ」は違う。
「ここ」はもうない。
だってアタシが、消してしまったから!!
唐突に、全ての風景が視界から消えて。
気がつけば。
アタシは暗闇の中にいた。
周囲を見回しても、誰もいない。
誰の気配も、何の気配もない。
唯一人。
アタシだけ。
この闇は、あの闇だ。
二号で地震にあった後、落とし込まれた闇。
けれどあの時と違うのは、探すまでもなく、目の前に柔らかく発光する膜がある事。
そっと顔を近づけて目を凝らす。
薄い膜の中にいるのは、まるで水の中に浮かんでいるかのように髪を揺らめかせているアディーリア。
金色の瞳と視線が重なる。
形の良い唇が、ゆっくりと開く。
寂しそうに、悲しそうに、或いは諭す様に、彼女は言った。
――もう直ぐ、 るわ。
再び視界が明るさを取り戻す。
視界に映るのは、一号と三号をそれぞれに抱きしめて、必死で耐えているエリーザとヘンリエッタ。
そして腕の中には、リズナターシュ。
どうやら、無事四号に戻ったらしい。
揺れは殆ど止んでいて、けれどもショックの余り誰もが動けずにいるようだった。
相変わらず、月だけが何事もなかったように浮かんでいる。
そうか。
アディーリアの腹にいるのは
アタシの記憶だ。
アタシは、唐突にその事に気がついた。