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第五四話 カエルの首は回りません その4

「あと一時間(ジナス)程で、地神の寝返りが起きます。建物の中にいては危険です。今から庭園に避難します」

 舞踏会でも開けそうな玄関ホールを階段上から見下ろしながら、アタシは言った。

 ホールには、レゼル宮で働く女性達が勢揃いしている。

 大体百二、三十人てとこだろうか。

 その手にそれぞれ毛布を持っているのは、そうするように指示したからだ。

 頭部を守るため防空頭巾代わりにするためと、今は夏場とはいえ、標高が高いイスマイルでは夜は冷えるからだ。

 ほら、女性は冷やしちゃいけないって言うし。

 その彼女達はといえば、ポカンと口を開けて見上げている。

 まあ、夜中に叩き起こされて、訳の分からないまま毛布持って慌てて駆けつけたら、布製カエルが偉そうにしゃべってんだもん。誰だって大口開けたくなるわな。

 ある意味壮観といえば壮観なんだけど。

 時間があるなら、それを心ゆくまで眺めるのも一興だろう。

 けれど何せ今は余裕もへったくれもありゃしない。

「一切の質問は受け付けません。私の言葉を疑うのなら、構わずこの場に残り、そして死になさい」

 物凄い言い分だけど、悠長に質疑応答とかしてる場合じゃないワケで。

 これまた物凄く物騒な話だけれど、四号の言葉に従わなかった人間は、多分、この先二度と会うことはないだろう。「奇跡」に従わなかった人間を、神殿は許容するまい。そして彼女達は、恐らくその事を十分に承知している。

 だからまあ、こういう言い方をすれば、疑問があっても避難してくれるだろうと思うのだ。少なくとも、レゼル宮の人間は。

 レゼル宮の人間には誰にも死んで欲しくないから、死ねと脅すというのもおかしな話だけれど。

「セルリアンナはリズを抱いていってちょうだい。それから他の誰かにアンドリューとエウリディケ、といっても分からないでしょうから、カウチに寝転んでる赤いのと白いのを連れていかせてちょうだい」

「畏まりました」

 セルリアンナさんは近くにいた侍女さん二人に指示を出すと、

「王女殿下、失礼いたします」

 そう言ってリズを抱き上げた。

 リズはまだ十二だけど、日本人とでは成長速度が違う。だから十二歳だからと言って軽々と抱き上げられる大きさではない。けれど、成長結果も違うので、こちらの大人であれば軽々と抱き上げられる。

 ケロタンがリズを抱き上げられてたのなんて、最初の一、二年だけだった。

 「力」という点では、ひょっとしたら今でもいけるんじゃないかとは思うんだけど、何せ地面までの距離が、ねえ…。

 こんな時だけど、何となくセルリアンナさんが羨ましい。

 なんて思っていると、侍女さん二人が戻ってきた。

 一人はもうすぐ結婚してやめちゃうって言ってたエリーザで、もう一人は確かヘンリエッタだったかな。

 アタシの後ろにリズを抱いたセルリアンナさん、その後ろにエリーザとヘンリエッタ、更にその後ろに女官長のベアトリーチェさん。

 そしてアタシの前には、侍従武官のグィネヴィアさん。

「畏れながら先導させていただきます」

 グィネヴィアさんの言葉に、アタシは二号の体が靴部屋の中で無事なことを祈りつつ、

「行きましょう」

 アタシ達が進むと、侍女さん達の群れが二つに割れる。

 うわあ、モーゼの出エジプトみたい。

 なんてちょっと感動しつつ、宮殿を後にした。

 アタシ達の後を女官さんや侍女さん達がぞろぞろと続く。

 寝間着姿に毛布被ってる女性達の行列。

 冷静に考えれば不気味だけれど、ここは後宮、要するに女性しかいないので、まあいいだろう。

 因みにリズにはキッチリと精緻な刺繍が施されたガウン着せて、更に繊細なレースのショールを頭から被せてる。

 どんな時でも、王女様たるもの美しくなくてはならないのだよ。

 さて、アタシ達が向かっているのは後宮の中央にある何とかって物凄く有名な建築家が設計したっていう庭園だ。何やら長い名前があるんだけれど、面倒くさいのでアタシは「公園」って読んでいる。

 後宮に「公園」ってのも変な話だけれど、「どの宮殿にも属さない庭園」なので、意味的には合っている。

 後宮って所は、物凄く面倒な場所だ。

 主に人間関係が。

 四つの宮殿に住む正妃達とその子供達。

 彼らの仲が良好といかないのは、まあ仕方のないことだ。

 だから万が一が起こらないため、彼らをむやみやたらと接触させないように宮殿と宮殿の間には必要以上に広い庭がある。

 そこが「公園」ってワケである。

 因みにそこでは宴会、じゃなくてパーティーが催されたりもする。

 パーティーは正妃が主催するもので、後宮内だけの小規模なものだったり、女性限定だけど外部からお客を招待したりする大規模なものまでイロイロだ。そして勿論、蠢く思惑もイロイロだ。正妃及びその背後にいる人々の、見栄と野望と駆け引きがパンパンに詰まった腹黒いパーティーは、毎回そりゃもうドエライことになるらしい。

 リズは未成年だから主催したことないけど、アディーリアは何度かやった。

 アディーリアは、元来があの性格だから当然他の正妃連中に引けを取るワケじゃないんだけれど、それを敢えて「儚げで控えめな美人」という特注のデカい猫を被ってた。

 ちょっとでも嫌みくさい事を言われようものなら、あの絶世としか言い様のない顔を青くさせてフラッと蹌踉めくのだ。

 するとお付きの侍女さんやら神官さんやらが。

「ああ、聖者様! お労しい! やはり俗世の汚れは尊き御身には酷でありますれば、大神殿に疾くお戻りをば!!」

 とかなんとか騒ぎ出す。

 当然だけど、彼女達もグルだ。

 そこで賢い女性だと直ぐに謝るとかするんだけれど。中にはどうしようもない甘ちゃんな御姫様がいたりして。というか、寧ろそういうお姫様をターゲットにしてるんだけど。

 まあそりゃ面白いくらいの大騒ぎになる。

 けれど相手は聖者で、そのバックは大神殿だ。

 そしてアディーリアは、虎の威を借る狐じゃなくて、虎をけしかける九尾の狐なのだ。

 慌てた親兄弟が平謝りに詫びてきて、アディーリアには豪華な「お詫び」の品が、大神殿には多大な寄付金が入ってくる。

 どう考えても、質の悪い詐欺だよね。ヤカラの仕業だよね。

 でも実は、アディーリアのそういうトコも嫌いじゃない。

 それにアディーリアは豪華な「お詫び」の品を換金して、孤児院とかに寄付してたしね。

 そもそもアディーリアは子供の頃から普通に贅沢してたので、そんじょそこらの贅沢品なんて貰ってもイチイチ有り難がったりはしない。要するに「単なる贅沢品」なんかで詫び入れようってのが甘いってコトらしい。まあ甘いからつけ込まれるんだけれどもさ。

 アディーリアが掛け値なしに喜んだのは。

 あの男に、リズの父親に、小さな花を手にプロポーズされた時だけだった。

 それはまあともかく、「公園」てのは大規模な野外パーディーが開けるくらいに広い。つまり避難場所にも適しているって事である。

 アタシ達がもうすぐ「公園」に着こうって時に、前から二人の女性がやってきた。

「殿下!」

「ケロタウロス様!」

 リズ付きの侍従武官は、全部で四人。

 内二人はアタシの後ろにいるセルリアンナさんとグィネヴィアさん。そして残る二人が目の前の女性、ハーネルマイアーさんとエセルヴィーナさん。

 この二人には、先に娘子軍にお使いに行って貰っていたのだ。

 後宮の警備は神殿娘子軍が引き受けている。

 だから他の宮殿にいる人達の避難は、彼女達に任せることにしたワケだ。

 アタシは片膝をついた二人に声をかけた。

「首尾はどう?」

「各宮殿の避難は、それぞれ担当する中隊があたっています」

 ハーネルマイアーさんがそう言うと、エセルヴィーナさんが続けて言った。

「レゼル宮付き中隊は、ララナイナ・ハルフェルサファル・エフェルゼーダ庭園にて控えております」

 ああ「公園」ってそんな名前だったんだ。

 庭園一つに、なんちゅう面倒くさい名前をつけやがるんだか。

 なんて呆れつつ、アタシはもう一つ頼んでいた事について尋ねた。

「カウゼル四世の元へは?」

「娘子軍隊長アマリーアが」

 ハーネルマイアーさんの言葉に、アタシは頷いた。

 実は娘子軍には、ヘイカの所へも知らせに行って貰うことにしたのだ。

 あのムダメンどもがアタシの予言を覚えているかどうかも分かんないし、覚えていたとしても表向き「地震の予言を知らない」彼らが避難することはありえない。

 というあの男の助言があったので。

 一応知らせておく事にしたのだ。

 娘子軍に行って貰ったのは、その方が会いやすいと思ったからだ。

 娘子軍はあくまでも神殿所属で、イスマイルからすれば「客分」だ。

 一介の侍従武官が夜中に国王に会うなんてのは無理だろうけど、娘子軍なら会えるだろうと。

 ただまあ、時間が時間だから会えないかもしれないけど、その場合はとりあえずメモでも何でもいいから「知らせた」証拠は残す様にと指示をした。

 アタシが責任持てるのは「知らせる」までで、だからその後のことは自分達で決断するといい。

 「奇跡」のもたらした「予言」に従うか、従わないか。

 結果がどうあれ、それが彼らの運命なのだ。

 ハーネルマイアーさんとエセルヴィーナさんと合流して、アタシ達は不必要に長い名前の「公園」に入った。

 「公園」には松明をもった娘子軍の人達が、何故か地面に杭を打っている。

「アレは何をしているのかしら?」

 アタシがそう尋ねると、エセルヴィーナさんが答えてくれた。

「杭と杭の間に縄を張って、他の宮殿と人員が入り乱れない様にするのだそうです」

 命が掛かってるかもしれないのに、そんな事にまで気が回る娘子軍を、褒めればいいのか哀れめばいいのか分からなかった。

 それにしても、地震が来るっつうのに火を焚いてるとは。

 ここは庭だぞ? 燃えるものなんか山盛りあるぞ?

「今すぐ火を消させなさい」

 怒気の籠もった声でそう言うと、ハーネルマイアーさんが「はっ」と短く答えて駈けだして行った。

 けれど直ぐに娘子軍を伴って帰ってきた。

 やって来たのは副隊長のイザベルさんだ。

「翠のケロタウロス殿」

「イザベルですね。クリスから貴女のことは聞いています」

 イザベルさんは相変わらず華やかな美人さんだけど、今は美人具合を鑑賞してる場合じゃない。

「今すぐ松明を消しなさい。周囲にこれほど燃えるものがあるというのに。我が養い子に火傷を負わせるつもりですか?」

「しかし、明かりがなくては人々は不安に陥ります」

 イザベルさんは軍人らしい口調で、きっぱりと言った。

 なるほど。

 集団行動中に何が怖いって、集団でパニックに陥ることだ。

 そして、人は本能的に暗闇を怖がるものだ。

 地震を知らない人間なら、そちらの方を危惧するのも分からないでもない。

 けれど、アタシは火の方がもっと怖い。

 なもんだから。

「面倒ねえ。気絶でもしてくれないかしら」

 ついついそんな言葉が口を出た。

「それは…、素晴らしい妙案でございます!」

 イザベルさんはポンッと手を叩いてそう言うと、嬉々として部下に何やら命じ始めた。

 え? 何々? 何時もの即効性睡眠薬入りの菓子を持ってこい?

 ………アタシが言い出しっぺだけれどさ。

 それでいいのか? 神に仕える娘子軍。

 というか、何でそんなに大量の睡眠薬入りの菓子を常備しているんだろうか??

 地震まで、残り半時間(ジナス)


次回は地震のシーンに突入です。

この地震はリズの人生を決定づけますが、澄香にも多大な心理的変化のきっかけにもなります。この両方を同時に成立させるために、「地震」という自然現象を用いることにしました。

未だ東日本大震災の記憶も新しく、避難生活を余儀なくされている方々もいらっしゃいます。その爪痕が癒えるにはまだまだ時間が掛かると思います。皆さんのお心を傷つけること無く書ければいいのですが、拙い筆ですのでそう上手くいくかどうかも分かりません。

けれども拙いながらも努力しようと思います。

どうぞおつきあいくださると、幸いです。m(_ _)m


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